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2018年12月15日 (土) | Edit |
今朝も晴れて冷え込んだ。最低気温はマイナス7℃だった。
風が冷たくて体感温度はもっと低く感じた。
毎年やっているイチジクやキンモクセイの冬囲いを午前中にやった。
作業をしていて思うのだが、何で寒い中やるのかと・・・。
しかし、暖冬かと思われた今月初めごろには暖かすぎてその気にもならなかった・・・。
今年は、稲わらを手に入れられなかったので、藁で全体を巻くのは無理だった。
イチジクだけは、北側の寒風が当たるところを稲わらを巻いて全体は寒冷紗で覆った。
庭のキンモクセイ、ギンモクセイは寒冷紗だけで巻いた。
イチジクの冬囲い キンモクセイなどの冬囲い
冬囲いの作業の後、物置に今年使った寒冷紗やキュウリネットなどを乱雑に仕舞い込んでいたものをきれいに折り畳んで片付けた。
右手の腱鞘炎のせいで先延ばしにしていたものだ。腱鞘炎は完治していないが、いつまでも片付けずに放置しておくわけにはいかない。
昼食の後、気温も少し上がってきたのでリハビリウォーキングに出かけた。
午前中雲に覆われていた浅間山が顔を出し始めた。冠雪は一昨日のままだった。
今日は中八重原の先まで足を伸ばした。
一面畑が広がるところで、電柱も電線も視界には入ってこない場所だった。
こんなところでも人の手が入って耕作されているが、このまま人口減少が続くと、いずれ荒野になってしまうかもしれない。
リハビリウォーキング 電柱のない景色
昨日から沖縄の辺野古で埋め立て用土砂の投入の強行が始まった。
沖縄の心に寄り添うと言いながら、再三の県知事の停止の要求にも耳を貸さず強行した。
安倍首相の言葉はまさに「巧言令色鮮し仁」そのものだ。
政治家が語る言葉に「信」がなければ、堕落が始まる。
取り返しのつかないひどい国になる前に、安倍政権を倒さなければいけない。
2018年12月14日 (金) | Edit |
今朝も晴れて冷え込んだ。冷たい風が吹いていて、温度計のマイナス2℃よりずっと寒く感じた。
佐久近代美術館に絵を持っていくので、車の後部座席を倒して、50号の額を積み込もうとしたら、車が汚れているので洗車することにした。
外水道はまだ凍るところまでにはなっていなかったが、手が冷たいので家の中の温水を汲んでウェスで拭いた。
本格的な寒さになると、濡れたウェスで拭くと、拭いた先から凍ってしまうので洗車はできない。
今日はそこまでにはならなかったが、洗車が終わってゴム手袋を脱いだ後、手が痛く感じるような寒さだった。
10時から受付が始まるので、9時半過ぎに家を出て美術館に着いたら10時10分になっていた。
初めての出展なのでまごついたが、入口を入るとすぐに係の人が案内してくれた。
最初に額縁のサイズの検査があって、そのあと書いていった出品票のチェックと出品料の支払いを済ませた。
受付番号で8番目だった。30分ぐらいかかるかと思ったが、10分もかからずに絵を預けて帰路につくことができた。
審査の結果は後日郵送で知らされるそうだ。
美術展は年を開けた1月4日から1か月間開催される。
あまり落選はなさそうだから入選だけは大丈夫だろう。
11時に家に戻って来れたので、リハビリウォーキングでもしようかと思ったが、バアは外が寒いので家の中にあるウォーキングマシンですでに歩いた後だった。
午後からは、日本水彩上田支部の常任委員会が2時から、そのあと4時からは納会が上田の「ささや」で行われるので、1時過ぎに家を出た。
彩明会の顧問の先生の家に迎えに行き、先生を乗せてささやに行った。
常任委員会の議題は、年明けの総会の議案についての協議だ。
事前にジイが頼まれて作成した資料に基づいて協議が進められた。かなり内容が変更されたところもあって、総会までに改めて内容を修正し、印刷する必要がでてきた。
そういう事務的なものを処理するのがジイの役割なので仕方がない。
常任委員会は3時半で終了し、納会は4時から同じささやの別室で行われた。今
回は参加者が21名と少し少なかった。
5時半でお開きとなり、いつもは先生や彩明会の人と近くのガストでお茶をしてから帰るのだが、今回は先生が早く帰るというので、自宅まで送って家に帰ったので、6時半には家に帰ってきた。
ちょうど帰宅ラッシュで道路が混んでいて、帰りは時間がかかった。
久し振りの夜の運転でほかの車のライトが眩しかった。
白内障が進行しているのかもしれない。
2018年12月13日 (木) | Edit |
今日は朝から晴天になった。その割には冷え込みは厳しくなかった。
明け方まで曇っていたのかもしれない。
昨夜は、来年の海外旅行をどうしようかとバアと話し合い、いろいろなツアーなどを調べていたら夜中になってしまったので、ブログを書いたのは深夜になり、寝るのが遅くなってしまった。
午前中は何をしていたか思い出せないくらいだから、多分テレビのワイドショウなどでも見ながら居眠り三昧だったに違いない。
11時前に鷹野リンゴ園に電話したら用意できているというので、自家用のリンゴを買いに行った。
家に戻ってため池のところまで来たら、浅間山が真っ白に冠雪しているのを発見した。急いで写真に撮った。
真っ白に冠雪した浅間山
これからお昼の支度をする予定だったが、急遽思いついて御代田の浅間山が間近に見えるパン屋さんに行って、パンを食べながら浅間を眺めたくなった。
12時半前にパン屋さんに着いた。
イートインできるようになっていて、席が空いているか心配したが、ちょうど一席だけ空いていたのでその席を確保してからパンを選んで食べた。
残念ながら食事できる場所からは、大きな窓だが結露していて外の景色が何も見えなかった。
食べる前に浅間山の写真を撮った。
席について急いで食べてしまったので、食事のほうは写真に収めるのをすっかり忘れてしまった。
気が付いたときにはお腹の中だった。
食事の後、おいしかったパンなど家でも食べられるように買った後、車を駐車場に置いたまま、周辺をウォーキングした。
晴れていても気温はあまり上がらず、少し寒かったが浅間山を眺めながら歩くのは気分が良かった。
今年、彩明会や東御美術会で写生に来た時に描いた場所などを巡りながら40分ほど歩いた。
御代田のパン屋さん パン屋さんから見える浅間山 パン屋さんの周辺のウォーキング

このまま帰るのはもったいない景色だったので、先月オープンした御牧ケ原台地の小諸市域にあるジオヒルズワイナリーのカフェにも立ち寄った。
このワイナリーは、小諸の懐古園の近くにある島崎藤村ゆかりの宿中棚荘とはりこし亭という食事処を経営している人の家族が作ったものだ。
もう何年も前からワイン用ブドウを栽培し、中棚シャルドネというブランドを小諸市内にあるマンズワインで委託醸造、中棚メルローを玉村豊男さんのヴィラデストワイナリーなどで委託醸造してきていたようだ。
いよいよ自分のワイナリーで醸造できるようになった。
醸造所の2階をカフェとしてオープンしたことは地元のテレビ局のニュースで知っていたので、折があれば行ってみようと思っていた。
ランチタイムには軽食も出しているようだが午後2時を過ぎていたので、コーヒーとリンゴジュースだけ頼んで飲んだ。
中棚荘のおかみさんも手伝いに来ていた。
30分ほどいたあと、すぐ脇の大きなため池「みまき大池」の外周を歩いた。
10分も歩けば一周できると思って歩いたら、意外と奥が深くて倍の時間がかかってしまった。
明神池の一周より時間がかかった。
相変わらず浅間連山は雲一つなくて、雪をかぶった様子がりりしく見えた。
ジオヒルズワイナリー みまき大池
家に戻った後、明日の日本水彩上田支部の納会の前に行う常任委員会の会議資料を印刷した。
来年1月の総会の議案になるものだ。
2018年12月12日 (水) | Edit |
昨夜就寝する時間まで雪が降り続き、暗闇の中でも外は一面雪景色になっていた。
朝起きてみたら、積もっているはずの雪がほとんど融けて雨になっていた。
今季初の積雪と思って期待していたのにがっかり・・・。
わずかに花壇に雪が残っているだけだった。
日中雲が流れて浅間山が姿を現した時には、山筋が白くなっているのが見えた。
ときおり日もさすが雨も降ってくる目まぐるしく変わる天気だった。
わずかに残る積雪の跡 雪の浅間山
リハビリウォーキングにも出られないので、午前中は昨日ひとまず完成した姨捨の夕陽の絵の手直ししたあと額装した。
馬子にも衣装ではないが、額に入れると少し出来栄えが上がるような気がするから不思議だ。
額装した絵
お昼前にコープの宅配の受け取りを済ませた後、ヤマちゃんと鷹野リンゴ園に送ったリンゴの代金を支払いに行った。
ついでに自家用のリンゴを買うつもりだったが、箱詰めしたものがなかったので、明日あらためて買い求めに行くことにした。
このリンゴ園のリンゴを食べるとスーパーで売っているリンゴは食べられなくなってしまう。
午後は、上田アリオとユニクロに買物に出かけた。
ユニクロでは極暖の下着を購入。本格的な寒さになってくると、暖かい下着は必需品だ。
昔のようなモコモコの生地でなくても十分暖かいものができてきたので、身体も動きやすい。
夕方四国のマイスターから甘いミカンが届いた。
夕食はリンゴとミカン、干し柿でお腹がいっぱいになってしまった。
2018年12月11日 (火) | Edit |
今朝は今季一番の冷え込みとなった。
玄関前の温度計では、最低気温がマイナス8℃を指していた。
家の北側のため池が半分凍っていた。これも今季初めての結氷だ。
ため池の初氷
午前中はなかなか気温が上がらず氷点下のままだったので、リハビリウォーキングは午後に持ち越した。
時間ができたので、ジイ小屋で姨捨の夕日の絵の続きを描いた。
気が付いたら12時になっていた。
昼食あと、リハビリウォーキングに出かけた。
太陽は出ていなかったが、風がないので温度計の気温は3℃だったのにあまり寒さは感じなかった。
歩いているうちに、太陽も出てきて暖かくなったが、風も少し出てきた。
今日は明神池までの最短コースで歩いた後、久しぶりに池を一周した。
家に戻ってきたら、1時間40分も歩いていた。歩数計も1万歩を超えていた。
途中、中八重原の水車小屋の水車が凍っていた。
水車小屋 リハビリウォーキング
3時から午前の続きで姨捨の夕日の絵を描いた。
5時過ぎで、ほぼ最初の完成を見た。
今月の5日から描き始めてちょうど1週間で描き終えた。
50号の絵をこんなに早いペースで描いたのは初めてだ。
集中すれば描けることが分かった。
これも財布を落として落ち込んでいた時に描き始めてすぐに財布が見つかった連絡があったことが、精神的に弾みになったのかもしれない。
いい絵になったかは何とも言えないが、水彩画を初めてちょうど10年近くになって、今まで習得した技術の集大成と言ってもいいかもしれない。
夜、佐久市立近代美術館で開催される「第33回佐久平の美術展」への応募票に「姨捨の夕陽」という題を書き込んだ。
完成した姨捨の夕陽の絵
6時ごろから雪が降りだした。これも今季初の雪だ。
10時過ぎには2,3㎝の積雪になっている。明日の朝が楽しみだ。
初雪
2018年12月10日 (月) | Edit |
今朝もマイナス5℃まで冷え込んでいた。
ジイ小屋のテラスに置いてある猫用の飲み水を入れているボウルの水が凍っていた。
晴れて陽射しはあるが一向に気温が上がってこないので午前のリハビリウォーキングは見合わせた。
昨日浅間山にかかっていた雲が雪になったのか中腹までうっすらと白くなっていた。
浅間山
時間ができたのでジイ小屋で姨捨の夕日の絵の続きを描いた。
棚田の先の市街地の景色をどんな色を使って表現するか、苦労した。
一つの色で済むわけではないので、下地に赤系と青系の混色を使い、その上に青系と黄系の混色で塗った。
かすかに見える家や工場の建物の部分は、下地の色を残すようにしてみた。
2時間ほど描いたところで11時半になっていた。
お昼を食べた後、気温が少し上がってデッキの温度計が8℃になっていたので、リハビリウォーキングに出かけた。
家の近くから高台の県道の先にシートに囲われている建設中の建物が見えたのでそこを目標に歩いた。
初めは北の方角に向かって歩いていたので、冷たい向かい風を受けて寒く感じたが、建築中の建物の先からは、南から東の方角に変わったので、寒さを感じなくなった。
風も弱くなったようで、家までの1時間10分の後半は寒さも感じず楽しく歩くことができた。
いよいよ本来の寒さになってきたが、いつまで外歩きができるだろうか?
ただ、バアの歩きは確実に回復してきているように思う。
リハビリウォーキング
家に戻った後、郵便局に行って年賀状を買った後、市役所まで行った。
国保の高額療養費の申請をし、来年2月の彩明会の会員展の開催のお知らせを市の広報に掲載してもらうお願いをしてきた。
1時間ほどで用事を済ませて帰ってくることができたので、またジイ小屋で絵の続きを描いた。
提出期限まであと4日と迫ってきたので、なんとかそれまでに仕上げなければ・・・。
今日までの絵
2018年12月09日 (日) | Edit |
今朝は朝のうち曇っていたので、厳しい冷え込みにはならなかったが、午前中は気温が上がらず10時ごろまで氷点下だった。
バアは毎日一人で歩いていたが、ジイはしばらく歩いていないので、午前中から歩くつもりだったが、寒そうなので見合あわせた。
ジイ小屋のテラスに干していた干し柿を下ろした。
今月に入ってから少しずつ下ろして試食しているが、食べごろになってきたので、全部下ろして一部は箱詰めにし、一部は初めて冷凍保存した。
今までは箱詰めオンリーだったが、冷蔵庫にしまって年越しをすると全体が硬くなり過ぎてしまい、中のとろみがなくなっておいしさが半減する。今
年は、7,8個ずつ小分けして冷凍してみた。
解凍したときにとろみが戻るかわからないが・・・。
干し柿
毎年クリスマスリースと一緒に子どもたちに送っていたが、今年はどうしたものか?
次女の家族は冬休みに来るようなのでその時に持たせればいいが、長女のところは年末年始は忙しくて来られないだろう。
お昼前から晴れてきて陽射しが当たるようになってきたので、リハビリウォーキングに出かけた。
初め風もあって防寒対策をばっちりして歩いていたが、その風も弱くなって寒さも感じなくなってきた。
ジイも久し振りにウォーキングで坂道では息が上がったが、次第に調子も上がってきた。
途中、建設中のシクロヴィンヤードのワイナリーの建物の足場が取れて建物の外観が見えるようになっていた。
オープンが楽しみだ。
明神池まで歩いて行き、帰りは少し遠回りをして帰ってきたので、時間的には1時間40分、1万歩を超えた。
我が家からは県道の上に立っているように見える大きな1本のクルミの木が、そばで見るとすっかり葉も実もなくなっていた。
リハビウォーキング ワイナリー クルミの木
家に戻ってきた後、姨捨の夕日の絵の続きを描くつもりだったが、疲れてしまって描くのをやめた。
6時からサッカーの天皇杯決勝をテレビで観戦した。
久し振りに浦和レッズが優勝杯を手にした。
長野に移住してきても、かつてスタジアムまで応援に行っていたチームだけに応援に熱が入った。
J1参入を再び決めた長野のチームの松本山雅よりもどちらかと言えば浦和レッズのほうを応援してしまう・・・。
2018年12月08日 (土) | Edit |
今日は彩明会の今年最後の例会と納会の日だ。いつもより30分早く起きて支度をした。
彩明会の例会にはいつも近所のFさんを乗せて行くが、今日はお昼の納会から参加するというので、一人で会場の祢津公民館に行った。
Fさんの家に寄らなかったので、8時30分より前に着き、一番だった。
今まで一度も一番になったことがなかった・・・。
玄関を開けている間に次の人も来て、一緒に部屋に入って暖房を点けたり、机を並べたりした。
9時前にはみな揃ったので会を始めた。
今年1年の事業報告をし、来年2月の会員展の内容について相談した。
会員展は10回目となるので、記念展と銘打ち、今まで描いてきた中で一番気に入っている作品を、絵のサイズの制限なく1点は出してもいいことにした。
会員の全員が50号前後の大きい絵を描いているわけではないので、今までは20号以下のものと限定していた。
ただ今回は、会員の数が減って一人4点ずつ出品しても、今の会場の大きさだと空間が空き過ぎてしまう不安もあった。
話し合いを30分ほどしてから静物画を描き始めた。
納会は車で15分ほどのところにある「風香」で食事をしながら、ということだったので、11時45分まで描いた後、顧問の先生に簡単に講評してもらって終わりにした。
時間が少ないので6号の画用紙に描いたので、何とかその短い時間の中で描き終えることができた。
急いでいたので、画題を写真に撮るのを忘れていた。
今日描いたジイの絵
12時半から風香で食事をしながら、これからの彩明会をどうするか話し合った。
年々会員が高齢化し、今年も二人が退会し、先細りしていくのが見え見えだ。
しかし、顧問の先生はじめみなが、彩明会が一番居心地がよく楽しいので、これからも体の続く限りこの会だけは続けて参加していきたい、という結論だった。
ただ、これからは今生涯学習などで学んでいる人たちなど積極的に会員になるよう勧誘していくことになった。
午後2時まで食事とデザートなどをご馳走になりながら話し合った。
納会の食事 デザート
3時前に家に戻った後、一息入れてから、ジイ小屋で昨日の続きで姨捨の夕日の絵を描いた。
最初の全体の彩色を終えて、重ね塗りが始まった。
夕焼けのグラデーションがイメージ通りには描けずに苦労した。
紙を立てかけて描くと、絵の具が垂れ下がって筋状になってしまうので、床に置いて色を付けた。
5時半まで描いたが、完成まではほど遠い。
姨捨の夕日
12月に入って臨時国会は会期末が近づき、自公政権の強引な国会運営が続いている。
水道「民営化」法に続き、改正入管法までごり押しで成立させてしまった。
国民生活に重大な影響を与える問題の多い法案で、十分議論を尽くす必要がある。
審議が満たなければ会期を延長して審議を続けるとか、いったん廃案にして次の通常国会で再度審議するとか、いう従来の国会運営など全く視野になくなったようだ。
もはや衆参両院で与党が圧倒的多数を占める今の状況では、やりたい放題ということか。
海外の政治状況も目を覆いたくなるようだが、日本もひどくなる一方だ。
どこか過去の二つの世界大戦の始まりと似たような状況になりつつあって、嫌な感じがするのはジイだけか?
2018年12月07日 (金) | Edit |
9時過ぎに家を出て小諸警察署に行った。
警察署の中に入ってすぐのところに遺失物の窓口があった。
滅多に警察署などに行ったことがないので、迷うかもと思っていたが、玄関から入ってすぐだったので迷いようもなかった。
これだけ目立つところに窓口があるということは、世の中落とし物が多いということかと感心してしまった。
財布を落として自虐的な気分になっていたが、普通にあることかと変に慰められた感じだ。
昨日電話で詳しく話していたので手続きはそれほど難しくはなかった。
財布に入れていた現金も全額戻ったし、カード類もほぼ覚えていたものと一致していた。
全部効力の停止を手続したので、いまさら戻っても使えないものばかりだが・・・。
JAFのカードだけは忘れていたが、これはクレジットカードではないので、始めから問題なかった。
財布もジイにしては高級なスペインのロエベのものだ。
旅行したときにバルセロナで買ったものなので、旅行の思い出とも重なるものだった。
家に戻ってから、千曲バスの小諸営
業所にお礼の電話を入れた。
バアに大人の対応をしなさいと言われたので、なぜ落とした日のバスの中の調査をちゃんとしてくれなかったのか、と電話口で嫌味を言うのはやめて、素直に感謝の言葉だけ言って電話を切った。
それよりも同じ並びの席に座っていた学生らしき人に、あらぬ疑いを持ってしまったことを悔いた。
長野県の人に悪い人はいない・・・。
数年前に中条村の道の駅のトイレに財布が入ったポシェットを置き忘れた時も、道の駅の売店に届けてもらっていた・・・。
警察署の帰りに、東御市役所に行って高額療養費の追加の返金の手続きをしてきた。
さらにもう1件追加が出たようでまた後日申請するように言われた。
9月分の中で発生したようだ。
制度がよくわからないが、申請すれば支給されるようなので、領収書を探してみな出てきたのでまた申請に行こう。
最後に佐久浅間農協に行って、キャッシュカードが戻ったので、停止してもらっていたカードが使えるよう手続きをした。
印鑑や通帳が必要だったが、持って行った3種類の印鑑は全て登録してある印鑑とは違っていたので、あらためて家に戻って出直した。
金融機関やジイとバアによって印鑑を使い分けているので、合計で数えきれない印鑑が登録されている。
いざというときに、子どもたちが困るに違いない。
こういうものも終活の課題として整理しておく必要がありそうだ。
ジイが出かけている間、バアは1時間弱一人でリハビリウォーキングをしてきたそうだ。
午後から、姨捨の夕日の絵の続きを描いた。なかなかイメージしているようには描けない。
あと1週間格闘しなければ・・・。
姨捨の夕日
2018年12月06日 (木) | Edit |
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2018年12月05日 (水) | Edit |
昨夜は屋根に落ちる雨の音が響いてくるほどで、一時は雷も聞こえていたが、今朝起きるころにはすっかり雨は上がっていた。
10月初旬の天気と言われた昨日の暖かさが今朝も続いているようだ。
この時期に最低気温が10℃など考えられない。
おそらくこの地に住むようになって初めての現象だ。
9時半過ぎにリハビリウォーキングに出かけた。
風が少し強かったので寒くなるかと思ったが、全然そんな気配はなかった。
リハビリウォーキング
市のホームページの「空き家バンク」掲載された売り土地の現場まで歩いていった。
高台で見晴らしがいいかと思ったが、いまいちだった。
かつて我が家の土地を取得したころに比較して土地の値段は半分近い値段で売り出されていた。
今まで市の「空き家バンク」に掲載された住宅は、この上八重原地区だけでも数件ある。
売買が成立したものもあるので、新住民が入居してる可能性もあるが、総じて人口の減少は否めない状況のようだ。
いずれ今のジイたちの家や土地も「空き家バンク」に掲載される日が来るかもしれない。
陽気がいいので足を伸ばしたが、家に戻ったら1時間15分のウォーキングとなった。
午後から、上田市のサントミューゼで開催されている東信美術会の展覧会にバアと行った。
入館しようと思ったら上田支部の人たちとばったり出会った。
ほとんど一緒に見て歩いた。
途中で、今月14日に出品の受付がある「第33回佐久平の美術展」に出品するんでしょうね、と念を押されてしまった。
日本水彩東京展に落選したあと、自分を鼓舞するつもりもあって、今日会った上田支部の人に出品案内をいただいていた。
その人は、その展覧会で毎年のように受賞している人だ。
夏ごろから出品するための作品を描かなければと気には留めていたが、手を傷めたのを言い訳にして先送りにしてきた。
いよいよ切羽詰まって、出品を断念するつもりになりかけていた。
今まで描いたものでもいいから出しなさい、と言われてしまったが、間に合うかどうかわからないが新しい絵を描いてみることにした。
サントミューゼと隣接している上田アリオで買物をした後、フィットの給油とタイヤの空気圧点検をして家に帰った。
家に戻った後、久しぶりにジイ小屋で50号のキャンバスに向かった。
画題は、以前から決めていた姨捨の棚田の夕日の風景画だ。
今日は、デッサンの途中までで終わった。
残り10日もないのにできるだろうか?
2018年12月04日 (火) | Edit |
昨夜は暖房を点けずに寝たが寒くて目が覚めることはなかった。
かえって暑くて目が覚めトイレに行くほどだった。
朝のうち曇っていた空も次第に青空が出てきた。
リハビリウォーキングに出かける10時半ころには、ポカポカ陽気になった。
風もなくため池に浅間連山が映っていた。
午前の浅間連山
歩き始めて間もなく、薄めのコートを着ていたのに、下着は冬用のものだったので、背中から汗が流れているのが分かった。
午後から東信運転免許センターに行くつもりだったので、50分ほどで家に戻った。
午後から、バアの運転で免許センターまで行った。
午後は1時からの受付で、1時15分ごろ着くと、受付が混んでいたが、それは更新手続きの窓口で、再交付窓口は空いていた。
申請書と紛失の顛末書を書いて提出した。
写真は5年前の更新の時に撮った写真を持って行った。
免許証用の写真は、別に写真を撮ってそれを使うのは今年9月の更新で分かっていた。
2時前には新しい免許証をもらえたので、午後のリハビリウォーキングを免許センター周辺でやることにした。
渓流釣りの場所である八丁字沢や鹿曲川の周辺を歩いた。
漁協の管理外のところだが、魚がいそうな様子だった。
解禁になったら竿を入れてみたくなった。
1時間ほど歩いたら、午前の分も合わせて12,000歩を越えていた。
新しい免許証もでき、晴れて自分で運転して家に戻った。
これで新しいクレジットカードが届くようになれば、今までと変わらない日常生活が送れるようになるだろう。
帰ってくるころには青空はほとんどなくなって今に降りだしそうな雨雲が近づいてきていた。
浅間連山も雲で真っ暗になっていた。
午後の浅間連山
夜、上田支部の総会の資料を全部完成させ、支部長や庶務に校正してもらえるよう印刷した。
明日は久しぶりに絵筆を手にしよう。
2018年12月03日 (月) | Edit |
昨夜二日分のブログを書いていたら深夜になってしまい、朝7時起きた時にはまだ寝不足だった。
一日中曇りという天気予報通り朝から曇って薄暗い。
朝食の後もうひと眠りしようと思ったが、昨日の総会の時、区長から配りものを届けるという予告の話があったので、届くのを待っていたが、結局今日は届かなかった。
曇りだった空も雨が降りだした。
昨日の事件でまだ気持ちが落ち込んでいて、午前中は何もしないで過ごした。
ブログを読んだ長女から慰めの電話があった。
長女も海外でスマホを掏られ、大変な目にあったこともある。
一昨日も玄関のカギを落として大変だったと慰めてくれたが、うっかりのDNAを引き継いでいるのかと思ったら少し悲しくなった。
曇りのはずが雨になった天気は、午後になると青空が出るようになった。
3時になって、配りものも届かなかったので、昨日の総会に委任状を出して欠席した家に総会資料を届けに行くことにした。
12月とは思えない暖かさだったので、バアを誘ってリハビリウォーキングを兼ねて出かけた。
歩いている途中、バアが百足(むかで)を見つけた。
子どもころは家の周辺でよく見かけたものだが、何十年も見ることがなかった。
まだ小さいので子どもの百足だろう。
歩き始めは少し固まっていたバアの足も歩いている途中で調子がよくなってきて足の運びも早くなってきた。
来年にはまた海外旅行を目指したくなったようだ。
近場を歩くだけのつもりが、中八重原のほうまで足を伸ばして1時間強も歩いた。
百足 リハビリウォーキング
夜になって、上田支部の総会資料作りの続きをやった。
少しいつもの精神状態に戻ってきたかな?
2018年12月02日 (日) | Edit |
ホテルを7時半に出て上尾駅から池袋まで直通の電車に乗った。
混んでいたが、次に宮原駅で前に座っていた人が降りたので座ることができた。
大宮駅でプラットホームの非常ベルが鳴るというアクシデントがあって出発が5分遅れ、池袋までその遅れ取り戻せなかったが、バスの出発まで十分時間があったので問題はなかった。
定刻通り8時50分に出発したバスは、都内の一般道路が日曜日で空いていたせいか、下車した佐久インター南まで予定より10分以上早く到着した。
乗客も7,8人でガラガラだった。
今日は1時20分から上八重原の町内会の決算総会のまえの組長会議があるので、それに間に合うように戻ってこなければならなかった。
早く着いたので、家にも12時に帰ってくることができた。
家について、ポケットに入れておいた財布がないことに気が付いた。
すぐにバス会社に連絡して、バスの座っていた座席周辺を探してもらうことにしたが、車庫に戻ったバスに財布は残っていなかった。
途中の上里サービスエリアの休憩の時には、間違いなくポケットにあったので、その後座っている間にポケットからはみ出してしまった、とおもうのだが・・・。
今まで何度か財布を置き忘れたり、落としたりしたことがあるがその都度親切な人に届けてもらったりして事なきを得てきたが、今回ばかりは出てこなかった。
組長会議と決算総会に出席したあと、家に戻ってきて財布に入れていたカード会社数社に電話して支払いを停めてもらい、カード再発行を頼んだ。
警察にも紛失届をした。運転免許証も入っていたので近いうちに再発行してもらいにいかねばならない。
クロネコヤマトのカードもなくしてしまったので、登録してある子どもたちのデータも再発行まで3週間近くかかるというので、今年は明日にでもクリスマスリースを作って送るつもりだったが、それもできなくなった。
カードがなくてもできないわけではないが、作る気持ちになれなくなったというべきか?
このブログもようやく気持ちを奮い立たせて書いている・・・。
2018年12月01日 (土) | Edit |
朝8時45分佐久インター南のバス停から高速バスに乗るため、7時50分に家を出た。
バスの予約状況を見たら満席に近いので、駐車場も混んでいると思い早めに出た。
バス停に着くと二人の女性係員がいて駐車場の空きスペースに誘導してくれた。
今までの倍近い駐車場が新たにできていた。これなら平日なら心配ないだろう。時
刻通りバスが到着し、終点の池袋にも予定より早く着いた。
池袋から地下鉄丸ノ内線で新宿まで行くつもりで乗ったが、途中銀座を通るので銀座で降りて、長野県のアンテナショップに行き、今日の釣友会の納会の参加者に渡す手土産を買った。
銀座から新宿に地下鉄で移動して、世界堂で筆や絵の具などを購入した。
上田支部の仲間から頼まれていた絵の具も買った。
釣友会の納会は上尾で行われるので、まだ時間があったのでカフェに入りお昼の軽食とコーヒーで2時間ほどゆっくりした。
読みかけだった原田マハの残りと新書版の本1冊を読み終えた。
新書版の本は「モネのあしあと」で副題に「私の印象派鑑賞術」と付いている本だ。
読み終えて、もう一度パリの美術館巡りやジヴェルニー、ルーアンなど訪ねてみたくなった。
カフェで時間を過ごした後上尾まで湘南新宿ラインで直通で行ける電車で行ったら、40分で行けてしまった。
6時の納会まで2時間以上時間があったので、ホテルにチェックインしたあと、荷物を置いて市内の街歩きをすることにした。
久し振り駅から市役所の建物まで歩いた。
道沿いの店舗には懐かしい昔ながらの店構えが残っているものもあったが、半分以上は建て替えられたり、別のお店になっていたりした。
市役所まで行くと、土曜日だが1,2階の市民課や福祉関係の窓口だけ開かれていたので、中を覗いてみた。
退職して11年近くになるが、初めて庁舎の中に入った。
窓口に座っている職員を見たが、知っている顔はなかった。
市役所
市役所の裏の職員駐車場も半分以下の面積になり、新しい住宅がいくつもできていた。
農協もJAさいたまになっていた。合併されたのだろう。
農協の裏のお昼を食べに行っていた蕎麦屋などもなくなったが、よく通った雀荘の建物は残っていた。
ただ看板が薄く剥げていたので、だいぶ前に閉店されたままのようだった。
かつての雀荘
上尾でもそうだが首都圏の町並みは、10年もするとすっかり変わってしまう。
ヨーロッパでは、100年以上前に絵画に残された町並みが、現在でも同じように見られるところが数多くあるというのに・・・。
風景画を描くときは、100年経っても変わらない山並みを入れて描こうか?
周りの風景はすっかり変わってしまったが、丸山晩霞の描いた八重原から見た蓼科山は今も同じ形で残っていた。
6時からいつものレストランで納会が始まった。
岩手の師匠は、畑で採れた長芋をお土産に運んできてくれた。
話が弾み、お酒も進んで気が付いたら10時になっていた。
お店のマスターの計らいで開店から閉店まで居させてもらった。
駅のペデストリアンデッキに飾られているイルミネーションが、以前より縮小されていた。
観光協会が集めた寄付金で運営しているものだが、だんだん寄付も少なくなっているのだろうか?
駅のイルミネーション
2018年11月30日 (金) | Edit |
富山旅行に出かけている間ずっと暖かだったので、今朝の冷え込みは、長野の自宅に帰ってきたことを肌で実感した。
玄関前の畑は霜で白くなっていた。
写真を撮った後、玄関前の温度計を見たらマイナス5℃だった。
最低気温はマイナス6℃になっていた。
家に戻ってからリセットしていなかったので、今朝の最低気温かどうか断言はできないが、7時過ぎの現在気温がマイナス5℃だから今朝のものと思う。
朝の霜
家の中に置いてあるカネノナルキとカニシャボの花が出かけている間にずいぶん開花が進んでいた。
少し開花が早いのでお正月までもたなさそうだ。
カネノナルキ カニシャボ
午前中は、旅行中の衣類の洗濯ものを干したり、家計簿を付けたりしたあと、来年1月に行われる日本水彩上田支部の総会の資料作りを始めた。
預かった原稿に何か所か問題があったり、読み取りにくいものがあったりするので、時間がかかりそうだ。
来週の木曜日まで校正用のプリントを仕上げなければならない。
午後から、食料品や車の給油のため上田のイオンに行った。
旅行に出かける前に在庫を減らしていたので、冷蔵庫が空っぽに近かった。
ガソリンは、富山市内では144円から146円で表示しているガソリンスタンドが多かったが、いつも給油しているガソリンスタンドでは表示価格152円となっていた。
会員価格で149円だったが、ずいぶん地域差がある。
買物から戻った後、リハビリウォーキングをするつもりだったが、3日間たくさん歩いたので中止した。
そのかわり4日分の新聞に目を通した。
臨時国会等うんざりする記事が多い・・・。
2018年11月29日 (木) | Edit |
昨夜は10時前にはテレビを見ている途中で眠り込んでしまったようだ。
夜中の1時過ぎに目を覚まし、しばらく眠れなかったが気が付いたら朝の6時半だった。
カーテンを開けて海を見ると、陽が昇り始めているようだが、海の上だけ雲に覆われていて隙間から明るい光が漏れて見えた。
朝の海の眺め
朝食が7時半からだったので、朝風呂に入ってきた。
温泉に泊まりに来て、昨日チェックインの後と夕食の後、そして今朝と3回も温泉に入るなどということは滅多にしたことがない。
9時前にチェックアウトして、昨日宿に入る前に立ち寄った氷見番屋街に行って、自分たち用のお土産の魚介類を買った後高岡市に向かった。
初日に新湊漁港に行ったが、途中でそのコースと一部重なっていた。
近いところをグルグル回っていたような感じだ。
高岡市内では最初に高岡城址公園に行った。公園の中は紅葉真っ盛りだった。
北陸なのでもっと紅葉は早いのかと思っていたが、内陸で標高の高い長野より遅いことを実感した。
冬に雪は多くて大変なのだろうが、まだ寒さはそこまで迫ってはいないのだろう。
内堀では1m近い丸々太った鯉が近寄ってきた。バアがその鯉を眺めていた。
高岡城址公園の紅葉 内堀の鯉 鯉を眺めるバア
城址公園を半分回った後、近くにある高岡大仏を見に行った。
ちょうど大仏の背中から陽が射す逆光だったが何とか撮影できた。
ボランティアガイドの人がいろいろ説明してくれた。
高岡大仏
大仏を見た後また城址公園に戻って残りの半周を歩いて車を止めてあった駐車場に戻った。
お昼に近くなってきたので、商家の土蔵造りの家が建ち並ぶ高岡お車山祭の町、山町筋に行った。
最初の御車山祭会館を訪ねた。
毎年5月1日に山という木材の管理をしている組織ごとの山車7台を街中に引き回す山車祭の山車を展示している会館だ。
入館するとここもガイドさんが10分以上かけて歴史から現代の祭りの様子まで事細かく説明してくれた。
最後に17分間の大型スクリーンでのビデオ上映までオマケがついていた。
お車山会館の山車
1時半になってしまったので、お昼を国の重要文化財になっている菅野家の一部になっている山町茶屋でお昼を食べた。
食後、菅野家を見学したが、ここでも市の教育委員会の人が一通り建物の由来や金むくの仏壇などについて熱く語ってくれた。
山町筋菅野家住宅
最後に高岡駅をはさんで反対側にある国宝瑞龍寺を見学した。
このお寺は、加賀二代藩主前田利長の菩提を弔うために三代藩主利常によって建立された。
ここでもボランティアガイドがいて、数人の観光客と合わせて我々も一緒に説明を受けながら見学させてもらった。
簡単に見学して富山観光の締めくくりにするつもりだったが、1時間近く説明を聞きながら見て回った。
高岡市内の見学はガイドの説明で多くを学ぶことができた。
瑞龍寺① 瑞龍寺② 瑞龍寺③
見学を終えて高岡を出発したのはおかげで午後3時20分になってしまった。
帰りは糸魚川まで高速で走った後、小谷・白馬経由で帰った。
白馬まで約2時間20分、白馬から自宅まで1時間40分と約4時間で戻ってくることができた。
往きは上田菅平インターから一度も高速を降りずに富山まで走ったが、時間的には30分と変わらない時間だった。
ただ白馬から自宅までは日没で暗くなっていたので知らない道だったら不安になったかもしれないが、何度も走っている道だったので問題はなかった。
3日間一度も雨に降られず、青空見ることができた。
菅野家住宅の説明をしてくれた教育委員会の人が、3日間も晴れが続くなんてこの季節としては珍しい、と言っていた。
バアの術後初めての宿泊旅行が恵まれた天候だったことに感謝。
2018年11月28日 (水) | Edit |
昨夜は酔っていたので、11時前には寝入ったものと思われる。
午前5時過ぎに目を覚ました後もう寝付けなくなってしまった。6時半に温泉に入りに行った。
烏の行水だがさっぱりしたところで、朝食を食べに行った。
バイキング形式だが、さすが富山のホテルだけあって、魚介類が豊富に用意されていた。
イクラとサーモン、カニをシラウオの混ぜご飯の上に載せて食べた。
お茶碗一膳では足りない気がしたが他にも焼き魚や、練り物などがあったので一通り食べたら満腹になってしまった。
部屋に戻って朝ドラなどを見ていたら、眠くなってしまった。
天気予報では日中曇り夕方から雨の予報だったが、9時にチェックアウトして外に出ると青空が見えた。
大きな荷物を駐車場に止めてある車に置いて、ホテルのシャトルバスで富山駅まで送ってもらった。
富山駅の反対側(北口)から徒歩圏内にある「富岩運河環水公園」に行った。
近くを流れる神通川から引き込んだ運河で、富岩水上ラインという運河クルーズで、途中運河の2.5mの水位の段差を解消する閘門を渡る体験もできる船の乗り場ある。
船乗り場に行ってみると、すでにクルーズは来年3月まで運休となっていた。
仕方がないので公園になっている運河の周りを一回りした。途中野鳥観察小屋があったので覗いてみると、大型の望遠レンズの付いたカメラを構えている人がいた。
その先を見たら、カワセミが枯れ木の枝にとまって魚を狙っていた。
川に飛び込んで魚をくわえて枝に戻るところまで目撃することができた。
船に乗ることはできなかったが、滅多に見られないものを見ることができた。
富岳環水公園 カワセミ
富山駅まで戻って、駅から市電に乗って車を停めてあるホテルの隣の駐車場まで戻った。
ちょうどバアが乗ってみたいと言っていた新型の洒落た形のトラムに乗ることができた。
富山市電
車に乗って、富岩水上ラインの終着点になっている富山湾に近い岩瀬地区まで車で行った。
車で行っても20分以上かかるところだった。
最初に国指定文化財になっている北前船廻船問屋森家を見学した。
明治11年に建設された建物で全国から寄せ集めた材木をぜいたくに使っていた。
140年も経ているので骨組みはしっかりしていた。
玄関から建物の裏まで通じる土間通りには、小豆島から運んだ幅1間、長さ15mにも及ぶ平らに石が敷かれていた。
裏手は神通川の船着き場になっていて、荷物の出し入れに硬くて平らな石がよかったのだろう。
土蔵の鏝絵など贅をつくしたものだった。
倉敷の大原美術館を建てた倉敷レーヨンの創業者大原お氏が、富山湾岸に作った製造工場のための社宅として一時期所有していたという。
明治以降の交通、運輸の大きな変化で海運業も大きく変わり没落してしまったのだろう。
見学者に一組ずつ、丁寧に家の中をガイドしてくれた。
北前船廻船問屋森家
近くの富山湾展望台に行ったが、バリアフリーにはなっておらず、昇るのは断念した。
そのあとクルーズ船の終着点になっている岩瀬カナル会館に行ってみたが、船が運航していないせいか閑散としていた。あまり見るものもなかったので今日泊まる氷見市に行くことにした。
途中普通の昼食をとった後、氷見漁港に行った。
氷見の中心街が道路沿いに長いアーケード街がつながっていたが、シャッターの降りているお店が目立った。
あとで聞いてみたら水曜日の今日は定休日になっているとのこと、ただそれでもだいぶさびれていることは確からしい。
氷見番屋街という氷見漁港場外市場にも行った。
まだ新しい施設で、市場のアウトレットモールという感じ、明日帰る前に自家用のお土産を買いにもう一度寄ることにして、予約してある宿に向かった。
昔ながらの旅館で和室の12帖の広い部屋だった。
食事も部屋食ということで、畳に座って食べられるか心配だったので、事前に電話しておいたら椅子を用意しておいてくれた。
3時半にチェックインしたので夕食まではたっぷり時間があった。
昨日のホテルの温泉は、バアは不安があったので入りに行かず、部屋の温泉の出る浴槽で済ませたが、今日は大浴場に挑戦した。
段差を小さくした手すりが付いていて、問題なく入れたようだ。
夕食は食べきれないほどのご馳走が出た。
中でも鮮度のいいプリプリのお刺身の船盛は最高だった。
カレイの唐揚げやブリ大根など記憶に残る味だった。富山旅行をしてよかった。
バアは、畳に敷いた布団にも何とか横になることができた。
旅行に出る前から心配していたことだが、みなクリアできた。
刺身の船盛 ブリ大根 カレイのから揚げ
2018年11月27日 (火) | Edit |
富山旅行に出発するため朝6時起床。
朝食を済ませ、出かける支度をし終わったら、7時半だった。
8時を目安にしていたが、早く準備できたので早速スタートした。
上田菅平インターから上信越道、北陸道を走る予定で出かけたが、ちょうど通勤ラッシュにぶつかって、インターに入ったのは家を出てから40分も過ぎていた。
高速道路は渋滞もなく順調そのもの、途中道路の工事で何か所も1車線通行になったが、問題なく走ることができた。
途中1回トイレ休憩をしたが、最初の目的地「新湊きっときと市場」には11時15分に到着した。
富山湾の真ん中のフィッシャーマンワーフと銘打った民間経営の鮮魚センターだ。
市場内でまずは混み合う前にお昼を食べた。
お刺身の盛り合わせがメインの「海の幸御造り御膳」を食べた。
刺身が8種類もあって、堪能した。
新湊きっときと市場 海の幸御造り御膳
食事の後は、市場の中を歩いて、干物など海産物を買って子どもたちに明後日届くよう宅配分で送ってもらった。
自家用はまたこのあと氷見市や高岡市に行く予定なので、そちらで探してみるつもりだ。
市場に隣接している「海王丸パーク」に行った。
日本丸と並んで帆船としては歴史的なもんである海王丸が停泊しているテーマパークだ。
富山湾を見渡せる展望台には58段もある階段を登らなければならなかったが、景色を見たさにバアも階段昇りに挑戦した。
富山湾の東側には立山連峰が少し霞んでいたがよく見えた。
この時期に山並みが見えるのはラッキーと言えるだろう。
海王丸 立山連峰 海王丸パークの展望台の階段
その後富山市内に行った。
富山県庁の隣に、富山城跡公園があった。
かつての富山城櫓を復元した富山城郷土博物館に入館して、富山の歴史を探訪した。
富山城
その後時間が3時を過ぎたところだったので、泊まるホテルに行って、ホテルの隣の駐車場に車を入れた。
チェックインして荷物を置き、一息入れてからホテル周辺の観光に出かけた。
歩いて数分のところにある富山市ガラス美術館に行った。
ちょうど「星野富弘・花の詩画展」という特設展が開催されていた。
群馬県にある星野富弘美術館には何度か見に行ったことがあるが、他の地方で見られるなんて思ってもいなかった。
ガラス美術館のほうは割愛して、特設展のほうを見ることにした。
星野富弘展
絵画鑑賞の後、富山の薬売りの中で有名な胃腸薬「越中反魂丹」を始め、自社製の和漢薬、薬草、健康茶など昔ながらの「座売り」をしている「池田屋安兵衛商店」に行った。
店内を覗いていると、昔ながらの丸薬の製造機が展示されていて、丸薬を実際に丸めてみる実演と体験ができた。
1,2ミリの大きさの丸薬が作られる工程がよくわかった。
薬の池田屋安兵衛 丸薬づくり体験
気が付くと外はすでに暗くなっていたので、ホテルに戻り、ホテルと同じビルにある食事処に行って、お酒を飲みながら海の幸を食した。普段控え目の夕食だが、富山旅行ではダイエットは無視してグルメを楽しむつもりだが、食事を終えた時には息をするのも苦しくなりそうな満腹感になった。ホテルに戻って、温泉のある広い浴場でゆっくり温泉に浸かって疲れを取った。寝るまでに時間があったのでブログをホテルの部屋でアップした。
2018年11月26日 (月) | Edit |
今朝は昨日までの冷え込みがなかったようで、家の中も20℃とちょうどいい暖かさだった。
今日は3か月ごとに検診をしてもらっている上田医療センター泌尿器科の予約日だ。
明日から旅行に出かけるので、病院に行く前に家の中の掃除をした。1
0時半の予約に合わせて、15分前に着くように家を出た。
診療科の待合室にいくと、空いている席を探さなければならないほど混んでいた。
嫌な予感がしたが案の定長い時間待たされた。
12時を過ぎてもまだ先に来た人が待たされていた。
12時20分にやっと呼ばれて診察室に入り、1分医師と話して終わりとなった。
今回は残尿量の検査をしたが、特に異常がないということで無事でなによりだったが、予約してあっても2時間も待たされるという予約の方法に問題があるのか、患者数が多過ぎるのか・・・。
せめて1時間以内の待ち時間で済むようにしてもらいたいものだ。
帰りに丸子にある薬局に寄って家に戻ったら、1時半を過ぎていた。
遅い昼食をとったあと、立科町のコメリに買物に出かけた。
今まであった店舗から国道を挟んで向かい側の広いエリアに新店舗を建てて、今月23日からオープンした。
売り場面積も駐車場も倍以上の広さになったので、今まで行っていた東部湯の丸インターの入口にあるお店まで行かなくても、間に合うものが増えた。
距離的には半分ぐらいだ。
ただ、農業用資材や建材、工具などは商品が少ないようだ。
買物から戻ってきたら3時半を過ぎていて、早くも陽が傾き始めていた。
午前中バアは一人で1時間ほどリハビリウォーキングをしてきたというので、午後のリハビリウォーキングは中止した。
夜になって、明日からの富山旅行の準備をした。
この時期日本海のほうは寒いだろうと、いろいろ防寒着を用意したが、明日は全国的に気温が高くなりそうだ。
車に乗せていく衣料品などの荷物が増えそうだ。
思えばバアがヘルニアを発症し、手術をしてから初めての泊りの旅行だ。
日本海の海の幸を味わって来ようと思う。
ブログは旅行から戻ったら書く予定。
2018年11月25日 (日) | Edit |
朝から天気がいい日が続いているが、冷え込みも続いている。
今朝の最低気温もマイナス6℃になった。周りの畑が霜で白くなっていた。
朝食の後、近くの林にモミの木の枝を採取しに出かけた。
モミの木は我が家の庭にもあって、毎年クリスマスリースを作るときに、枝を切ってリースの土台に巻いていたが、手の届くところの枝がなくなってきたので、今年は近くの林のモミの木にした。
今年のアドベントは12月2日からなので急いで作らなければならないのだが、いろいろやらなければならないことが多くて間に合いそうもない。
モミの木の枝を取ってきた後、昨日できなかったN-Boxのタイヤ交換をした。
2台目の交換なので手順よくできたので30分もかからずに交換を終えた。
交換したタイヤの汚れを高圧洗浄機で洗おうとしたら、水が出なかった。
昨日使ったときにホースに残っていた水が凍っていて、水が流れなくなっていた。仕方がないので洗浄機を日向に出してしばらく融けるのを待つことにした。
タイヤ交換
その間リハビリウォーキングに出かけた。
朝は冷え込んでいたのに、歩き始めた10時半過ぎには気温も上がって、風もなかったので途中からかぶっていた毛糸の帽子は暑苦しくなって脱いだ。
1時間ほど中八重原のワイン用のブドウ園のほうまで歩いてきた。
リハビリウォーキング
お昼前に戻ってきて、洗浄機の水も出るようになったのでタイヤを洗った。
午後は、3時から支部展の閉会前の講評があるので出かけた。
いつもは支部長が講評してくれるのだが、今回は顧問の米津先生が講評してくれた。
的確に短い言葉で、評価できるところ、描き方を見直したほうがいいところなどを指摘してくれた。
自分の絵だけではなく他の作品の講評も参考になる。
4時から片付けを始めたが、絵の取り外し、パネルの片付け、床の掃除など大勢でやったので、結構手早く済ませることができた。4時半前に解散し、家には5時前に戻ってくることができた。
帰ってくる途中、夕焼けがきれいに見えたので、家について大急ぎでカメラで撮ったが、一番きれいな状態が過ぎてしまっていい画像が撮れなかった。
夕焼け
2018年11月24日 (土) | Edit |
今朝は放射冷却でマイナス5℃まで冷えて、霜が降りていた。
これからは、毎日深夜の暖房が欠かせなくなってきた。
モミジも一気に散ってきて、木の下やデッキに枯葉が積もるようになった。
葉が落ちたモミジ
朝の冷え込みとは裏腹に陽が高くなるにしたがって、気温も上がってきたので、9時半過ぎにリハビリウォーキングに出かけた。
昨日夕方浅間山にかかっていた噴煙のようにみえた雲はなくなって、スッキリした山容を見せていた。
浅間山
今日は田楽池のほうから立科町のほうまで1時間歩いてきた。
ライトダウンのジャケットを着て出かけたが、途中から汗ばむ感じだった。
午前のリハビリウォーキング
家に戻った後、フィットのタイヤをスタットレスタイヤに交換した。
N-Boxのタイヤも交換したかったが、午後1時までに中央公民館でやっている支部展の受付当番で行かなければならないので、フィットだけで時間切れとなってしまった。
27日から富山に旅行に出かけるので、タイヤ交換のあと洗車もした。
タイヤ交換
お昼を食べて急いで中央公民館に行った。ギリギリ1時10分前に到着し、受付に座ることができた。
午後の来場者は、3連休の真ん中のせいか少し少なかった。
午後4時半を過ぎてからは、外が薄暗くなり始めて関係者以外はほとんど来場者も来なくなったので、少し早めに帰ることにした。
今日の夕焼けは、いつになく素晴らしかったとバアは言っていたが、帰るころにはその夕焼けも終わって暗くなっていたので、わからなかった。
2018年11月23日 (金) | Edit |
一昨日の夜から床下暖房を点けるようにしているが、今朝は氷点下まで下がることはなかったようで、室温も20℃と程よい温度になっていた。
午前中上田アリオに買物に行った。往きはバアの運転で行った。
特に特売日というわけではないが、アリオでいつも買っているハムやチーズなどの在庫が少なくなってきていた。
夏の間からずっと自家製のブルーベリーのジャムをヨーグルトのソースとして使っていたが、それも底をついてきた。
アリオで売っているソースで来年までつなげなければならない。
アリオに行くと平日だというのにいつになく混んでいた。
今日は勤労感謝の日で祝日だった。3連休の初日だったかと混み具合に賦が落ちた。
買物を終えた後、東御市中央公民館で行われている上田支部会員展にバアを連れて行った。
ジイの絵は隣の絵の引き立て役になっていた。まだまだ未熟なのを実感・・・。
会員展を見た後、文化会館に行って丸山晩霞生誕150年「美しき明治のみづゑ丸山晩霞展」を見に行く予定をしていたが、12時を過ぎてしまったので、いったん家まで戻ってお昼を食べてから出直すことにした。
晩霞展は最終日に近いせいか結構来館者が絵を鑑賞していた。
信州の地に晩霞が蒔いた種が今も息づいているのだろうなと思いながら鑑賞した。
その中で、八重原で描いた風景画があった。
我が家から見える蓼科山の景色と同じだ。
ジイの絵も晩霞の技法の原点に立ち戻ってみようか、と今回の晩霞展に展示されている作品を掲載している図録を買った。
晩霞の八重原の風景画
文化会館を出たら午後3時になって少し気温が下がり始めていたが、まだ今日はリハビリウォーキングをしていなかったので、文化会館から中央公園まで歩くことにした。
中央公園の芝生広場を一周してから文化会館まで戻った。ちょうど1時間歩いた。
中央公園でリハビウォーキング
家まで帰ってくると、浅間山がまるで噴火したように雲がかかって見えた。
噴火するとこんな景色になるのだろうなと思った。
浅間山噴火?① 浅間山噴火?②
2018年11月22日 (木) | Edit |
今朝もいつもより30分早く起きた。
昨日は遅くまで会員展の準備をしていたので、5時間も寝てない。
眠い目をこすりながら朝食を食べた。
8時に家を出て会場の中央公民館に行った。
まだ8時20分だったが、すでに5人ほど来ていた。
中央公民館のロビーで展示することになっているが、8時半からの教育委員会職員のラジオ体操が終わるまで作業を始められなかった。
職員と一緒に10何年ぶりかにラジオ体操をやった。
音楽が鳴ると、不思議と身体が動いてラジオ体操を間違いなくやることができた。
ラジオ体操は全国共通のものだ。
掛け声を方言でやるビデオを見たことがあるが、体操そのものは変わらない。
子供のころから刷り込まれたものは、どんなに年をとっても忘れないということを実感。
「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものだ。
今の政権の教育の在り方に危うさを感じてならない。
ラジオ体操が終わった後、まだ庶務の人が来ないので、中央公民館のロビーで行う展示会の設営は、行きがかり上ここ数年文化フェスティバルで指揮を執ってきたジイの出番となり、始めることになった。
9時半にはほぼ設営も終わり、展示に取り掛かることができた。
初日の開会は10時半で通知してあるが10時には準備がほぼ終わった。
10時半過ぎには会場を出て家に戻った。
中央公民館のロビーで会員展
お昼過ぎに待ちかねたプリンターのインクが届いた。午
前中バアも一人で1時間ほど歩いたそうだが、お昼を食べた後、午後も明神池周辺を歩いてもいい、というのでバアの運転で明神池まで行って、周辺を1時間歩いた。
最初の明神池まで一周を15分で歩いた。
すでに歩くスピードは元気なころと変わらなくなった。
諏訪神社の階段も、躊躇なく上がれるようになった。
家を出るときには風が吹いて寒そうだったが、リハビリウォーキングをしている間はそれほど風を感じないで歩くことができた。
明神池の周りから少し遠くまで足を伸ばして歩いたが、車に戻ってきたらまだ1時間しか経っていなかった。
リハビリウォーキング 神社の階段
家に戻って夕方まで、こたつに入りながら気持ちのいい昼寝をむさぼった。
夕方外に出てみると、満月に近い月が東の空から上がり始めて、池に光が映っていた。
反対に西の空は、夕焼けが終わりそうになっていた。
太陽の沈む位置がずいぶん南のほうに移ってきていた。
満月 夕焼け
2018年11月21日 (水) | Edit |
午前8時45分に、先日大腸検査をした日比クリニックでポリープを取ったので、その病理検査の結果を聞くため予約してあった。
いつもより少し早く起きて朝食を食べ、8時に家を出た。
通勤時間帯なので早めに出たが、意外と道路が空いていて8時半前に着いた。
すでに10台ぐらい駐車場に車が止まっていたので待たされるかと思ったが、5分も待たずに診察室に呼ばれた。
検査結果は、癌化する可能性のあるポリープとの診断だった。
長く放置すると癌化する、というだけで問題がないことが分かったので、また1年後検査するということで終わった。
予約時間前の8時40分にはクリニックを出ることができた。
9時過ぎに家に戻ったので、バアがあまりの早さに驚いていた。
早く帰れたので、リハビリウォーキングに出かけることにした。
朝は今季最低のマイナス6℃まで下がっていたが、ウォーキングに出かけるころには10℃まで上がっていて、風もなく寒さよりもポカポカした感じで歩くことができた。
歩いていても気持ちがいいので、中八重原の先まで足を伸ばした。
途中一望千里のモニュメントのあるところで一休みしてお茶を飲んだ。
浅間連峰がくっきりと見えた。
結局1時間半近く歩いたので、1万歩になった。
一望千里のモニュメント 浅間連山
昨日届くかと思ったプリンターのインクは今日も届かなかった。
昨日のメールで東京三鷹の郵便の集配センターに届いた記録が追跡できたので、今日は間違いなく届くと思ったのだが・・・。
北御牧郵便局に問合せしたが午後5時の最終便でも局まで届かなかったとのことだった。
急いで東御のコメリまでインクを買いに行った。
午後6時半から、里山同好会があるので、その時に配りたい書類もあるので5時に家を出たインクを買いに行った。
途中通勤ラッシュにあっていつもより倍の時間がかかったが、コメリからの帰りは道路も空いていて5時40分に家に戻れた。
大急ぎで資料を印刷してから、里山同好会の納会の会場に行った。
休会中だった人も含めて、11人が集まった。それぞれ思い出に残った山歩きについて順番に話してもらった。こ
れからは、同好会としてではなく、個人的なつながりで続けることにした。
同じ汗を流してきた人たちにつながりなので、これで終わりということではなく、お互いに都合のつくときに声を掛け合いましょう、ということで会を閉じた。
9時に家に戻ってきてから、明日からの上田支部会員展(小品展)の目録や画題札の印刷に取り掛かった。
目録は400枚を両面印刷しなければならないが、またインクがなくなるといけないので、とりあえず200枚だけ印刷して、明日注文したインクが届けば、残りの200枚を印刷することにした。
2018年11月20日 (火) | Edit |
今日は朝から晴れていい天気になった。
朝一番でたまった可燃ごみを出しにステーションまで歩いていくのに防寒対策をして出たが、寒さはそれほどではなかった。
今日は合併浄化槽の法定点検の日になっているが、ハガキで日にちの通知があっただけで、時間が書いてないので、いつ来るかと朝から待ち続けたが午前中は来る気配がなかった。
11時近くになっても来ないので、午前のリハビウォーキングに出かけることにした。
それらしき車が来たら急いで戻れるように、家に周りで見通しのいいコースを歩いた。以前には45分コースとして歩いていたところを37分で歩いて家に戻ってきた。
歩いている間車がすれ違ったのは2台だけで、いずれもそれらしき車ではなかった。
リハビリウォーキング
午後2時半になってようやく検査協会の人がやってきた。30分ほどで検査は終わった。
特に問題はなかったが、先月交換したブロアーは、1,2年で内部の部品を交換するタイプなので、注意するように言われた。
浄化槽を点検管理している業者がチェックしてくれるはずとのこと。
部品までいちいち自分でネットで取り寄せるわけにもいかないだろう。
次回は午前中に来てもらうようお願いした。
事前に時間を電話で相談すれば巡回のコースに組んでくれることも教えてもらった。
浄化槽の点検が終わったら午後のリハビリウォーキングに行くつもりだったが、少し風が出てきて寒くなってきたのでとりやめた。
郵便局の宅配がきたので、昨日ネットで注文したプリンターのインクがもう届いたのかと喜んだが、中を開けたら先日注文したブルックスのコーヒー豆だった。
昨夜インクの注文をネットでした時には、翌日配達となっていたので、さすがと思ったがぬか喜びだった。
印刷が中断したおかげで、今日画題の変更が1件あったが、印刷する前になったのが不幸中の幸いだ。
明日は病院に行ったり、夜は里山同好会の納会があるので明日インクが届いても印刷するのは深夜になりそうだ。
昨日から日産のカルロス・ゴーンの逮捕の話題でテレビの報道は満載だ。
我々が50年働いて得る額の何十倍もの報酬をたった1年で得ていながら、さらにその所得をごまかしているとしたら、なんとおぞましいことか。
昔の人は、半分妬みもあって「金持ちと灰皿は貯まれば貯まるほど汚くなる」と言ったそうだが・・・。
つつましく暮らしている自分を褒めてやるか…。
2018年11月19日 (月) | Edit |
今朝は曇り空で、放射冷却がなかった分気温は氷点下まで下がらなかった。
午前9時過ぎにバアの定期検診で東御市民病院に行った。
車で出かけたが、何も考えずに運転していたら上田に買物に行くときの道順で走っていた。
途中で気が付いたので遠回りしないで済んだが、運転中の注意力や集中力は確実に劣ってきている・・・。
自分のことを棚の上げるわけではないが、高齢者が増える中で同じような運転する人が多くなっているはずだ。
道路上には危険がいっぱい、ということか。
早くAI技術が進展して、安全に自動運転してくれる技術が確立されるのを期待したい。
あと10年生きているかわからないが、そのころまでに確立されれば、免許証返上など考えなくて済むのではないか?
病院のほうは血液検査があったので、その結果を待って診察があったので、1時間以上かかってしまったが、半日掛かりではないのでよしとしよう。
血圧は安定しているので、特に医師からのコメントもなかったようだ。
帰りにベイシアで買物をし、薬局に寄って薬を受け取って家に帰ったのが11時過ぎだった。
午後になって、町内会の配りものをしながら、リハビウォーキングに出かけた。
昨日はジイが一日出かけていたので、バアのリハビウォーキングは休んだせいか、歩き始めは足が固まっていたようだが、しばらく歩くうちにほぐれてきたようだ。
今日も1時間10分のウォーキングだった。
家の周りは雲に覆われて陽射しがなかったが、北の空は青空が見えて雲の間から日も射していた。
リハビウォーキング
夕方から、22日から始まる日本水彩上田支部の会員展(小品展)の目録の印刷を始めたが、途中でインク切れになったので、インクを取り替えたらエラーになってしまった。
キャノンのプリンターの純正インクではなく、格安のインクをネットで購入しているので、時々エラーでインクが検知されないときがある。
今のプリンターは、そうなると印刷がストップして動かなくなってしまう。
以前のプリンターなら強制的に印刷できるようになっていたが、今のプリンターはどうやっても動かないので印刷を諦めた。
ネットで買った会社に返品交換を依頼するつもりだが、別のインクを翌日配達で注文した。
遅くても明後日には届くだろうから何とか間に合いそうだ。
2018年11月18日 (日) | Edit |
今日は東御美術会の例会と常任委員会の日だ。
このところ就寝するのがまた遅くなってきて朝寝不足感が残ることが多い。
水彩画の例会の日は、最近はバアが弁当を作ってくれるようになったので、朝早く起きなくても済むようになったが、一人時間まで寝ていることもできるが、それも申し訳ない気がするので、今日は行く途中コンビニで弁当を買うことにしてお弁当作りは断った。
会場が市役所に隣接する中央公民館なので、近くにセブンイレブンがある。
お昼休みに買いに行ってもいいと思っていたが、朝出かけて途中の旧北御牧村唯一のコンビニに寄ってもまだ9時の集合時間には余裕があったので、そこでお弁当を買ってから中央公民館に行った。
9時過ぎに簡単な報告事項があった後、絵を描き始めた。
いくつか画題が用意されていたが、ジイは落ち葉を拾い集めてきた人がいたので、それを描いた。
イチョウやコナラ、サクラ、ブルーベリーなど色とりどりの葉があって、色の多彩さが面白かったので、それを描くことにした。
この画題を選んだのはジイだけだったので、独り占めで描いた。
描き始めは面白がったが、描いて色を付けるうちに、構図や色の配置など難しすぎて訳が分からなくなってしまった。
色を付けてから全体の構成を見直すつもりだったが、デッサンからやり直さなければいけない、と思ったが手遅れだった。
昼休みをはさんで午後1時過ぎまで描いたが、満足のいくところまで描き切れなかった。
30分ほど会長の講評を受けた。いろいろ指摘されたが、駄目だと思ったところをやはり指摘された。
画題の落ち葉 ジイの描いた絵 講評
今日は、例会の後2時から常任委員会があった。3
か月の活動報告と、12月の納会や1月の総会の進め方や議題にについて協議した。
役員や常任委員会の委員については、今年で2年の任期が終了するが、引き続き2年間変更なしで総会に提案することになった。
ジイの写生旅行係もお役御免にならなくなった・・・。
1時間の常任委員会の後、同じメンバーで再来年の美術会70周年記念事業推進委員会が開かれた。
メインの議題は記念展と記念誌の発行だ。
記念展は、毎年実施している会員展に冠を付けるだけなので、それほど問題ないが、記念誌は費用が掛かることなので、個人に経済的負担を少なくするため、印刷屋に依頼しないで、ネット印刷を使うことも検討された。
事前の調査をすることになった。
二つの委員会をやったので、会議が終わったのは4時だった。急いで家に戻った。
今日は5時から組長会議と忘年会が行われる。
組長会議の前に、昨日集めた区費の収納もあるので、4時半に家を出た。飲み会になるので、車ではなく歩いて行った。
会場の上八重原公民館まで歩いて20分だ。
組長会議のテーブルには仕出しの弁当とつまみ、缶ビール2本が用意されていた。
30分ほどで会議が終了したあと、忘年会になるはずだったが、10人近くいる組長さんたちの多くが席を立って帰り支度を始めたので、ジイも忘年会には参加せずに帰ることにした。
8年前組長になった時は、年に3回ほど会議の後に飲む会が用意されていて、ほとんどの人が参加していた。
今回も、最初で最後の飲み会なのでみな出席するものと思って、ジイも半心イヤイヤながらも参加するつもりで歩いて行ったが、そういう状況ではなかったので、喜んで退席した。
帰りは夜道になっていたが、用意していた懐中電灯で足元を照らしながら帰った。
曇っていて月明かりもなかった。
2018年11月17日 (土) | Edit |
今日は日中曇りの予報だったはずだが、朝から陽が射して明るかった。
早くから目が覚めて寝不足だった目には眩しかった。
朝の冷え込みは0℃前後でそれほどではないが、室温は16℃で、まだ暖房していない室内は足元が寒く感じた。
こたつに入って足を温めた。
午前中リハビウォーキングに出かけた。
9時半過ぎに家を出たが、そのころには外気温も10℃以上に上がっていた。
今日は立科町の十八塚リンゴ園のある近くまで足を伸ばした。
ただ、今は主力商品のフジの収穫時期なので、リンゴ泥棒と疑われないようリンゴ園から少し離れた道を通るようにした。
おかげで少し交通量の多い道を歩くことになってしまった。
高いところから振り返ると、我が家の屋根やモミの木が見えたが、周りの木が大きくなってきて、家が見つけにくくなってきた。
リハビウォーキング リンゴ園のある高台からの我が家
途中で、リンゴを入れるコンテナや段ボールをいくつも抱えて歩く6人ほどの集団とすれ違った。
どうやらリンゴ園で契約しているリンゴの木の収穫をしに来たようだ。
リンゴ園に記号や番号を付けたリンゴの並木があって、フジがたわわに実っていた。
今日も1時間を超えて歩いた。
午後は、2時から始まったJ2の松本山雅の試合をテレビで観戦した。
今日はJ2の最終戦で、トップの山雅から4位までのチームが今日の勝敗如何で、順位が入れ替わるという接戦だ。
上位2チームがJ1に自動昇格できるという天下分け目の試合ということで、応援に力が入ったが、山雅は結局1点も入れられず引き分けに終わった。
昨日日本代表とベネズエラの試合を見たばかりなので、レベルの違いを感じてしまった。
他の3チームがやはり引き分けなどで終わったので、山雅は勝ち点1を上積みしただけだったが首位を辛うじてキープし、優勝とJ1昇格を手に入れた。
来年チーム力をかなりテコ入れしないと、前回と同様1年で降格してしまう。
夕方、町内会の後期の区費を集金して歩いた。
前回は日中に集金して歩いたが、留守のところもあったので、今回は午後6時前後に集めることにした。
今の時期なら、外が暗いので在宅か留守か、家の中の明かりで見当が付く。
今日も1軒明かりがついていないところがあったので、そこを飛ばして最後に行ったら、ちょうど帰宅したところだった。
スムーズに全部集金できたとホッとしていたら、電話がかかってきて、まだ集金に来ないのか、と催促されてしまった。
その家は徴収免除になっている単身世帯だと思い込んで集金に行かなかったが、事前に納付書はポストに入れてあったらしい。こちらがうっかり、集金不要と思い込んでしまった。
組長の仕事の中で一番大事な集金の仕事も満足にできないようでは組長失格だ。
10年後にまた組長の役が回ってくるが、次は無理だろうな・・・。
今年も夏の間デッキに出して日光浴させていたカネノナルキが、家に入れてから花芽が膨らみ始め、開花し始めた。これから年明けまで咲き続ける。
カネノナルキ
2018年11月16日 (金) | Edit |
今朝も氷点下まで下がったが、昨日の朝よりは冷えていなかった。
バケツに洗車用の雑巾を入れて外の流しに出しっぱなしにしていたら、水が凍っていた。
まだ薄い氷だが今季初めて見る風情だ。
朝の氷
今日は朝からいい天気だったので、午前中からリハビウォーキングに出かけた。
毎日同じコースでは飽きてしまうので、途中からコースを変えて歩いた。
すでに45分や1時間コースを越えて、足を伸ばしている。
今日は家に戻ってきたら1時間15分が経過していた。歩数も8,000歩台だ。
朝の冷え方を考慮して、ライトダウンを着て歩いたら、途中から暑くなってきて背中が汗で濡れてきた。
風も弱く陽射しがあったので、デッキの温度計を見たら朝7時過ぎにマイナス1℃だったのに、12時前には15℃まで上がっていた。
リハビウォーキング
午後は、庭のオレガノやミントなどのハーブ類を片付けた。
ミントなど葉がまだ青々していたが、霜が降りるようになった今、いずれ枯れてくる。
枯れたまま立たせていては荒れ屋敷のように見えてしまう。
初めは枝切り用の剪定ハサミで少しずつ切っていたが、時間が掛かるので刈り払い機で一気に刈り取った。
刈った後は、庭のコスモスなどと一緒に庭で燃やした。
風が出てきていたのでよく燃えて刈った草はきれいになくなり、終わった時には庭がすっきりした。
最後にスカシユリの球根を掘り起こした。
半分だけ埋め戻し、残りは別のところに埋めたり発泡スチロールに入れて保管した。
スカシユリは、我が家の庭の土や気候に合っているらしく、ホームセンターで買ってきた一袋の球根が、数年でバケツ一杯の量に増えていた。
夕方、昨日手直しした小品展に出品する2枚の絵を額縁に入れてみた。
新しいマットは画用紙の大きさに合わせてカットしてもらったので、絵の良し悪しは別としてイメージ通りの形になった。
千曲川秋景 浅間山初冠雪