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2019年03月20日 (水) | Edit |
朝風が穏やかなうちに剪定枝や段ボールなどを畑で燃やした。
その後10時にリハビリウォーキングに出かけた。
すでに気温が急上昇して冬物のダウンコートでは暑いので、春物のコートで出かけた。
田んぼの畔のほうからカエルの鳴き声が聞こえてきた。早くも冬眠から目覚めたようだ。
畑の近くからはひばりの鳴き声も聞こえてきたが、その姿を見つけることはできなかった。
リハビリウォーキング
約1時間歩いて家に戻ったが、背中から汗が流れていた。
サクラのつぼみが少し膨らんできた。
東京あたりのサクラの標準木に比べたら笑われてしまいそうだ。
畑ではオオイヌノフグリの隣で、ヒメオドリコソウが咲き始めていた。
この雑草は手抜きした場所に繁る。そろそろ耕せよ、と言われているようだ。
サクラの花芽 ヒメオドリコソウ
11時半ごろコープの宅配を受け取った。これからしばらく注文は停止だ。
早めの昼食を食べたあと、佐久総合病院本院に行った。先日の手術の結果を見てもらう。
午後1時に受付を済ませ、すぐに超音波検査室に行って手術した左足の検査をした。10分で終わった。
このあと、診察は、3時に予約が入っていた。
受付で確認すると医師は2時にならないと来ないし、その時間で他の人の予約が入っているので、待っていてもその後になると言われた。
仕方がないので、院内にあるレストランに行ってコーヒーを飲んで時間を過ごすことにした。
2時半までレストランで待った後外科にもう一度行った。
待合室でまた1時間以上待って、診察室に呼ばれたのは3時40分だった。
足の付け根の深部静脈から先の高周波で焼いた部分はエコーで見る限り出血もなく完全にふさがっているとのことだった。
時間をかけて焼かれた静脈は体内から消えてなくなるとのこと。
失われた血流は別に新しく再生されるので何も心配ないらしい。
膝から下の瘤になった静脈を抜き取った傷口も完全にふさがって、炎症もないので入浴も許可された。
ついでに飲酒も許可が出た。
もともとたくさん飲めるわけではないので、今夜はこれから350㏄の缶ビールで一人で快気祝いでもするつもりだ。
血流をよくする弾性ストッキングは1か月後の診察まで、日中は履かなければならないとのこと。
ストッキングがずり落ちないよう足の付け根に近い一番上にシリコンが付いている。
その部分が皮膚に食い込んで赤くただれ始めていたので、かゆみ止めのステロイド系の塗り薬を処方してもらった。
2019年03月19日 (火) | Edit |
今朝は30分早く目が覚めてしまった。
しばらくもう一度眠ろうと頑張ったが寝付けず、目覚ましが鳴る前に起きることにした。
バアもジイの気配で目を覚ましたらしく一緒に起きた。
猫たちが早くもデッキに来ていた。
クロ
朝食を済ませ、洗い物をした後、蛇口やキッチン周りを掃除していたら、足元が冷たくなったので何かと思ったら、水漏れで足元に水があふれてきていた。
調べたら蛇口のヘッドと金属のホースのつなぎ目辺りから漏れているようだった。
ヘッド部分を分解して調べたが原因はわからなかった。
分解したものを元に戻したが、元通りには戻らずかえって水漏れがひどくなってしまった。
台所の混合栓
9年前にも年末の大掃除で流し台の排水溝を分解したあと水漏れを起こして、修理に来てもらったことがある。
ホクシンさんに電話して、業者に来てもらうことにした。
はじめは来週に来るということだったが、それではこれから毎日水漏れに悩まなければならないので、早く見に来てもらうよう再考してもらい、午後1時に来てくれることになった。
1時過ぎに業者が来て見てもらったが、具合が悪くなった混合栓のメーカーはすでになくなっているが、別のメーカーが製造を続けているとのことだった。
メーカーに連絡してもらい、メーカーから後で連絡があるとのことで、その業者は特に修理することなく帰った。
メーカーからの連絡は午後6時になってからあった。
メーカーというよりその代理店で、部品を取り寄せるので時間がかかるとのことだった。
来週になると旅行になるのでなるべく早くとお願いしたがいつになることやら・・・。
ゴールデンウィークや年末年始でなくてよかったが・・・。
最初の業者が2時前に帰ったあと、リハビリウォーキングに出かけた。
歩き始めて間もなく、宅配業者が我が家のほうに向かっていくのにすれ違った。
アマゾンに発注した40ワットのLED電球が明日配達になるというメールをもらっていたが、まさかと思ったが間もなく戻ってきた宅配業者に聞いたらやはり我が家に行ってきたというので、受け取りのサインをして玄関に置いておくようにしてもらった。
ちょうど我が家が見える高台の県道に向かって歩いていたから分かったことだが・・・。
歩いたコースの途中、ブドウ畑にするため木を伐採していたところを通った。
すっかり工事が終わって木がなくなっていた。
ブドウ畑になる予定の山林 リハビリウォーキング
約1時間歩いてから家に戻って、早速届いた電球をリビングの蛍光灯に取り付けた。
しかし、何度やっても点灯しなかった。取り付け方が悪いのかと何度か試してみたが駄目だった。
注文したメーカーの製品情報をよく見なおしてみたら、ラピッドスタート形用のものではなく、グロースタート用のものだった。
違いがあることはわかっていたが、グロ-なしで工事も不要と書いてあったので、当然ラピッドスタート形に対応しているものと思い込んでしまった。
安い買い物ができたと思って喜んでいたのに、大失敗だった。
蛍光灯の配線を繋ぎ変えれば使えるようだが、電気工事士の資格がない素人がやってはいけないことなので、返品するか考えている。
夕方日没後の夕焼けが寂しい色に感じた。
LED蛍光管 夕焼け
2019年03月18日 (月) | Edit |
朝起きると、うっすらとだが雪が積もっていた。
いつ降ったのかもわからないが、昨日の怪しい天気の影響だろう。
もう春が目の前、名残りの雪といったところか。
午前中、上田に買物に出かけた。アリオに車を置いて上田駅まで歩いた。
26日の羽田まで行くための新幹線の切符を買った。
帰りの切符も買って二人で2万円でお釣りが来た。
大人の休日俱楽部の割引を受けるとかなり割安感がある。
切符を買った後駅からまたアリオに戻り買物をした。朝食の後からしばらく胃が痛くなり、買物中も痛みが止まらなかった。
ウォーキングの時の下腹部の痛みとは場所も痛みも違うものだった。
胃の痛みのせいで下腹部の痛みは出なかったが・・・。
駅との往復は30分にも満たなかったので、もう少し歩かないと歩き足りないのだが、買物を終えて歩かずにまっすぐ家に戻った。
帰りの車を運転しているころから胃の痛みが収まってきた。
昼食は普通に食べられた。
食後に胃の痛みも出なかったので、一過性のものだったようだ。
昨夜夜更かししたせいかもしれない。
食後昼寝をしたらすっかり元気になったので、3時ごろから30分ほどリハビリウォーキングに出かけた。
気温が急上昇してデッキの温度計が20℃近くまで上がっていた。
毛糸の帽子や手袋も必要なかった。
近くの山林の木が先日から伐採されていて、今まで家のほうから木に隠れていた工場の社屋が丸見えになっていた。
リハビリウォーキング 林の伐採
ウォーキングから戻った後は庭の植物の観察をするのが恒例になっているが、今日はシバザクラや別のクロッカスが開花していた。
シバザクラ クロッカス
2019年03月17日 (日) | Edit |
また冬がぶり返したような寒さでマイナス8℃まで最低気温が下がった。
朝のうちは日が差していたが、間もなく雲が出てきた。
今日も東御美術会の例会があるので、8時半に家を出て祢津公民館に行った。
水彩画の会だけで4つ、毎月の例会は全部で5回あるので、まじめに全部出席すると結構忙しい。
絵の上達は数を重ねるところにある、と言われているので頑張るしかない・・・。
持って生まれた才能があれば別だろうが、凡人には努力するしかない。
東御美術会の例会も、1月の総会からしばらく出席者が多かったが、さすがに息切れしてきたらしく、今日は10人しか集まらなかった。
3つほど画題が用意されていたが、その中から紙風船を選んで描いた。
一番描きやすい画題かと思って選んだが、実際に描き始めると、紙風船も紙袋に掛けられた布もしわが多く、陰影が複雑で苦労した。
紙のサイズが6号のF版で少し小さめだったので、例会中に仕上げることができた。
午後1時半まで描いた後、会長から講評してもらった。
苦労した布の表現では、布の柔らかさが出し切れていないと指摘されてしまった。
画題 今日描いた絵
午後2時前に解散となったので、2時半前に帰宅した。
そのころは雪が降る予報だったが、また雲が晴れて陽がしてきていた。
その後夕方にかけて、空が目まぐるしく変化した。
急に暗くなって数分雪が降ってきたと思ったらまた日が差してきたりした。
外に出て空を見上げると、南半分は雪雲、北半分は青空になっていた。
我が家の上空は青空の端になって家の屋根に日が当たっていたが、南の立科町は雪が降っている感じだった。
居ながらにして二つの天気を経験するなどというのは滅多にないことだ。
今の日本を始め世界の政治経済状況を反映しているような天気だ。
暗雲と晴れのせめぎあい、晴れになって欲しいものだが・・・。
南の空 西の空 北の空
2019年03月16日 (土) | Edit |
天気予報では明け方から午後3時頃まで雪マークになっていたが、朝起きると曇ってはいたが雨や雪が降った気配は全然なかった。
偶数日はバアが猫たちに朝ご飯をやる番になっているが、それを知ってか知らずかデッキのテーブルに猫たちが集まって、催促するような顔つきだった。
朝ご飯を待つ猫たち
その後雪どころか日が差してきてすっかり青空が広がった。
せっかくの晴れになったので家の掃除をした後、バアとリハビリウォーキングに出かけた。
普段はほとんど車の行き交うこともない家の周辺の道路が、土曜の休日だというのに軽トラが何台も行き交っていた。
一昨日など1時間の間に2台しかすれ違わなかったのに・・・。
そろそろ道普請の時期なので、うちの組も今日かと心配したが、すぐに24日だったことを思い出して胸をなでおろした。
数年前に一度忘れてすっぽかしたことがある。
バアのウォーキングのほうは、ジイがいない日も続けている効果もあって、近ごろは歩き始めの固まった状態はほとんどなくなってスムーズに足が出るようだ。
おそらく今歩いているようなところは、手術前の状態に完全に戻っているのではないだろうか。
むしろジイのほうが後れを取るようなときもある。
リハビリウォーキング
家に戻った後庭を観察して歩いた。
我が家に春を告げる樹木だったサンシュユの花芽がほころび始めた。
今年からロウバイが最初になったが・・・。
サンシュユ
ジイの手術の傷の張られていたテープも剥がしたところ、傷口はふさがっていて、膿んでもいなかった。
シャワーでお湯がかかると少し沁みるが問題なさそうだ。
20日の診察まで、入浴やアルコールが禁止されている。
傷口よりそちらのほうが痛い・・・。
2019年03月15日 (金) | Edit |
深夜午前1時ごろ寝ていて寒さで目が覚めた。
このところ暖かい日が続いたので、気が緩んで暖房を点けるのを忘れていたらしい。
またすぐに寝付けたのは良かったが、朝は1時間前から目が覚めてしまった。
今日は、佐久平水彩画研究会の例会に参加するので、もともと早めに起きるつもりだったが・・・。
8時15分に家を出て、会場の佐久市立創錬センターへ行った。
途中コンビニに寄って昼食を買ってからセンターに行ったら9時5分前だった。
これから毎月1回通うことにしているので、このぐらいの時間に家を出れば間に合うことが分かった。
今日は1時間ほど、4月からの新年度の事業計画について話し合われた。
来年3月までいろいろ他の会とは違う企画や取り組みが計画されていて楽しみだ。
打ち合わせの後静物画を描いたが、会長の発案で今回は絵具を2色に限定して描くことになった。
ジイは初めてのことなのでどうしたらいいか困ったが、とりあえずよく使うウルトラマリンブルーとマゼンダの青と赤を使うことにした。
画題はテーブルに横並びに置かれていて、その中からいくつかを選んで自分で構図を組み立てて描く方法だった。
こういうのも初めてなので面食らった。
ジイは、ワインボトル、リンゴ、レモン、ケトルのほか画題になかったワイングラスを足して描いてみた。
鉛筆画で濃淡や光と影をデッサンするのに近い感覚だった。
昼食をはさんで2時15分まで描いた後、作品を並べて描いた本人の説明と他の人からの感想や批評などを言い合う形を取った。
今回は特別指導者が来て講評するという日ではなかった。
一方的に教えを乞う、というのではなくそれぞれ感じたことを言い合うほうが刺激があっていい。
まだジイの場合は少し遠慮して発言したつもりだが・・・。
研究会で描いた2色だけの絵 作品の批評会
午後3時過ぎに終了して解散した。
創錬センターにいる間に、Kさんが我が家に製図台を届けてくれることになっていたが、バアから届いたという連絡がないので電話したらまだ来ていないとのことだった。
Kさんに電話したらやはり近くまで来たがわからなくてうろうろ走り回っていたようだった。
少し家から離れたところに行ってしまったようなので、少し戻ってもらって教えた方向に行ってもらうことにした。
我が家の前のため池のところまで来たところで、どの家か聞くために電話がかかってきたが、電話をしている間に心配して外に出てきたバアを見つけて分かったようだった。4
時に家に帰ってきて、早速Kさんが届けてくれた図面台をジイ小屋に運び入れ、代車にセットした。
高さや角度が調整できるようになっていたので、描きやすい高さ、角度に直した。
50号の絵を載せてみたが問題なかった。
この製図台を使って、先日の彩明会の例会で描いた白馬槍の絵の手直しをしてみた。
ライティングデスクよりは描きやすかった。
さてこれからどのくらいの作品がこの製図台から生み出されることになるか?
製図台① 製図台② 50号の絵 白馬槍の絵
今日は、阪急交通社から、26日からの南イタリア旅行の行程表が送られてきた。
これが送られてくると、いよいよという気持ちになってくる。
早速着替えなどの準備を始めた。
2019年03月14日 (木) | Edit |
朝7時に寝室のカーテンを開けると、外は雪景色になっていた。
午前1時に寝るときに外を見たが、雨も雪も降っていなかったが・・・。
起きた時は雪が止んでいたが、8時前後にまた少し雪が舞っていた。
雪は間もなく止み、その後は次第に雲が取れて青空が見えるようになった。
朝の雪① 朝の雪②
11時前に少し風は吹いていたが、陽が射していたのでリハビリウォーキングに出かけた。
そのころにはすっかり雪が融けて、道路も乾いていた。
雪が降ったほどなので風は冷たく感じたが、地形的に風が弱い立科町の町道を歩いた。
風も弱くなって寒さは感じなかったが、途中から太陽が大きな雲の中に入ってしまって歩いている間日差しが弱くなってしまった。
1時間歩いて家に戻ってきた。
リハビリウォーキング
午後から、ジイ小屋を片付け掃除をした。先
日一緒に美麻高原や白馬村の雪景色を写生に行ったKさんが、立派な図面台をイーゼル代わりに使うよう届けてくれるという。
仕事で使っていたもので、Kさんは別のものを使っているので、もう使わないとのことだった。
ジイは昔パソコン用に使っていたライティングデスクをイーゼル代わりに使っていた。
それを片付けて、図面台を入れるスペースを作った。
広くなった床を使って、ロール紙を広げて、10号の写生用の紙と50号用の紙をカットした。
最近は水彩画用の紙として特厚の紙を使うようにしている。絵
の具の吸い込みや、重ね塗りをした時の色の発色が、やはり紙質によってかなり違うことが分かってきた。
「弘法筆を選ばず」とは言うが、下手は下手なりに少しでも見栄えが良くなるのなら、紙も選ばなければ・・・。
今日から手術後禁止されていた入浴が、シャワー浴だけ許可となった。
術後ずっと履いていた弾性ストッキングを取って、傷口に貼られていた半透明のテープを剥がした。
傷口はほぼふさがっていた。お
湯がかかると少し沁みたが痛みはなかった。
普段畑仕事や釣りなどで傷をつけると、なかなか治り憎く、それは年のせいかと思い込んでいたが、消毒や薬をちゃんと使えば傷の回復も早いということのようだ。
3日ぶりの入浴で洗髪もしさっぱりした。
これから弾性ストッキングは、起きているときだけ履けばいいことになっている。
2019年03月13日 (水) | Edit |
昨夜から今朝にかけてもよく眠れた。
手術したことを忘れてしまうほど、手術後の傷の痛みは感じなかった。
朝起きると朝日が射していた。
今日もいい天気かと思ったが、それはリビングから見える南の空だけで、北の空には真っ黒な雨雲が控えていた。
8時過ぎには雨が降ってきたので、今日はウォーキングは中止かと思ったが、雨は30分ほどで止んでまた青空が回復した。
青空 雨雲
また、天気が変わらないうちにと、9時半にリハビリウォーキングに出かけた。
今日はジイも一緒に歩いた。
無理をしないで軽くと思ってスタートしたが、歩いていると調子がよくて1時間15分も歩いてしまった。
だからと言って手術した左足への負担は全然感じなかった。
歩数計は9,000歩を越えていた。
リハビリウォーキング
家に戻った後、畑のフキノトウを収穫した。
大宮に住む次女からフキノトウを収穫したというLINEが入ったのは先月の21日だった。
単純計算で季節が3週間は遅れているということか?
フキノトウ
午後はヤマちゃん家とケーキを食べる会をした。
先月ミッチャンの誕生日だったが、先月はジイが何かと忙しくなかなか実施できなかった。
丸子にあるケーキ屋さんでケーキを食べた。
昼食から3時間も経っていないのに、別腹なのかもっと食べられそうだった。
ケーキ① ケーキ②
今日はリハビリウォーキングに出かけた午前と、午後では同じ晴れでも大きく気象条件が変わった。
歩いているときはポカポカ陽気だったが、午後からは冷たい空気に入れ替わり、強い風が吹き出した。
庭のキンモクセイに掛けていた寒冷紗が、風にあおられて一部剥がれて、モモノキに引っかかっていた。
いよいよ春が近づいている・・・。
風
2019年03月12日 (火) | Edit |
昨夜は、お酒は禁止されていたので、いつもの寝る前の睡眠薬代わりのコップ半分の冷酒が飲めなかった。
手術した左足が一部ヒリヒリする感じがしたので、念のため痛み止めの薬を飲んだ。
お風呂にも入れないので、身体が冷えて寝つきが悪いと困ると思ったが、そんな不安も何のその早く値付けたようだ。
目覚ましが鳴る15分前に目が覚めた。傷の痛みも感じずに熟睡できた。
今日は日本水彩上田支部の例会の日なので、朝食の後出かける支度をして8時半に家を出た。
会場の上田市内の神川公民館は、今月いっぱいで閉館となる。
4月からは別の場所で保育所との複合施設がオープンするので、今日が使い納めだ。
6月の東京展に向けて、作品研究会があるので手術の翌日だが参加することにしたが、行ってみると作品研究会は午後からやるというので、いったん家に戻ることにした。
午前中は例会として静物画を描くことになっているとのこと、ジイは絵の道具もお弁当も持って行ってなかった。
最初に作品研究会をやるものと思って、それが終わり次第帰るつもりだった。
すぐに家に戻ってきたのでバアが驚いていた。
バアは10時過ぎにリハビリウォーキングに出かけた。
無理な運動はしないように言われているので、ジイは家で留守番をした。
傷の痛みもないし、出血もほとんどないので、歩いて歩けないことはないと思ったが・・・。
1時間ほどしてバアが戻ってきた。
ミッチャンと一緒に戻ってきたので、一緒に出かけたのかと思ったら途中で出会ったらしい。
今日の午前中は風も弱くポカポカ陽気で、ウォーキング日和だった。
リハビリウォーキング
昼食を食べた後また神川公民館に行った。すぐに作品研究会が始まった。
ジイが持って行った「しろかき」の絵は最後になった。
いろいろ日本水彩の会員の3人から細かいところまで指摘を受けた。
どこまで手直しするかは自分の判断でやってみようと思う。
作品研究会
2時半で解散したあと、来月から利用する新しい施設を下見した。
まだ完成引き渡しが済んでいなさそうで中には入れなかったが、行き方はわかったので来月は迷わずに行けそうだ。
春のような陽気で家の入口に植えてあるシデコブシの花芽が膨らんできていた。
シデコブシ
2019年03月11日 (月) | Edit |
今日は、午前中バアの手術満1年の検査、午後はジイの左足の静脈瘤の手術を予約してあったので、いつもより30分早く起きた。それより30分前ごろから目が覚めてしまったが。
バアの検査は、佐久医療センターで行う。家から車で約30分、予約時間は9時半だが、最初に行うのはMRIやCT、レントゲンの検査、その結果を待って11時30分から診察が予約されていた。
少しでも早く検査が終われば、診察も早めになるかもしれないと、8時15分に家を出た。
まだ雨がザーザー降りだった。
病院の受付はちょうど200人目だった。かなり早く行ったつもりだったが・・・。
検査は10時20分までに全部終わったが、その後診察まで待合室で待ったが、ジイは佐久総合病院まで午後1時までに行かなければならない。
12時半まで待っていたが、バアは呼ばれなかったので、バアを残してジイだけ車で佐久総合病院まで車で行った。
そのころには雨がやんでいた。
その後バアはようやく呼ばれて、検査の結果順調な回復ぶりで問題なしという診断だった。
また1年後に検査ということになった。
その後バアは佐久医療センターと佐久総合病院をつなぐシャトルバスに乗ってやってきた。
ジイが受付を済ませ、手術着に着替えて、手術前の点滴を受けているときにバアがやってきた。
2時少し前から手術が始まって、約1時間で手術が済んだ。
手術中は局所麻酔と点滴からも軽い麻酔薬を入れられた。
時々チクッとする感覚や足を動かされたり、こすられている感覚はあったが、麻酔が効いたのか半分うつらうつらしていた。
最後に手術した左足を包帯でぐるぐる巻きにされた。
手術は、膝のあたりから入れたカテーテルの先付いているラジオ波の高周波で具合が悪くなった静脈を焼き切り、下肢の皮膚にこぶのように出ているところは切開して抜き取るものだった。
術後に切り取った静脈を見せてもらった。
手術後2時間麻酔が切れるまでベッドで横になったり座ったりして過ごした。
付き添ってくれたバアと他愛ないおしゃべりをして過ごした。
最後に、医師が巻いていた包帯を取り、もう一度消毒して傷口をばんそうこうなどで塞いだあと、弾性ストッキングを履いて放免となった。
帰りはバアの運転で帰らなければならないので外が明るいうちに帰りたかったが、病院を出たのが5時半前だったので、途中から暗くなってきて無事家に帰りついた頃には真っ暗になっていた。朝
から夜までずっと病院だったのでとにかく疲れた。
寝る前になっても痛み止めの薬を飲まなければならないほどの痛みは出ていない。
今日は忘れてはならない3.11の日、午後2時46分はちょうど手術を受けているときだった。
被災した人たちの痛みや苦しみに比べればジイの手術など何も言えない。
2019年03月10日 (日) | Edit |
今朝は氷点下にはならなかったようだ。
朝のうちは青空が出て空気が暖かく、春先のような陽気だった。
庭のフクジュソウは、昨日は霜にあたって萎れていたが、今日は全員で春の歌を歌っているような姿だった。
クロッカスも一気に3輪咲き出した。
満開のフクジュソウ クロッカス
午前中上田アリオに買物や資源リサイクル物を出しに行った。
買物をする前に、上田城跡公園まで歩いて行った。
ウォーキング
そのころは青空は薄い雲に覆われるようになって、陽射しが弱くなっていたが、それでも暖かく感じながら歩くことができた。
ウメやマンサクが見ごろになっていた。
ウメ マンサク
お濠を一周して戻るつもりだったが、それでは1時間に満たないのでもう一周してからアリオまで戻った。
一周目にはいなかったカワセミが、お濠の一角にいるのを見つけた。
カメラマンが望遠で撮っていた。
コンパクトカメラではここまでがやっとという姿でしか撮れなかった。
カワセミ
午後昼食をとりながらびわ湖毎日マラソンをみた。
埼玉県職員の川内優輝選手は、公務員として最後のランとなった。
これからはプロとして走ることになる。
他のスポーツと違って陸上スポーツのプロは金銭的に恵まれているとは言い難い。
ましてマラソンなどの長距離選手の現役年数には限界がある。
当面東京オリンピック出場が目標だろうが、それに選ばれなければ将来は無きに等しい。
練習環境が整っている実業団に属さずに頑張っていた川内君を密かに応援していたのだが・・・。
9月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)で頑張ってもらいたい。
夕方、東京展に出品する絵や昨日描いた絵の手直しをした。
明後日の日本水彩上田支部の作品研究会でみんなの批評を聞くつもりだ。
2019年03月09日 (土) | Edit |
今朝は霜が降りるほど冷え込んだようだ。
庭のフクジュソウが霜で白くなっていた。
霜で白くなったフクジュソウ
今日は先月の大きなイベントの会員展を終えて最初の彩明会の例会があった。
前回の例会で顧問の先生が、例会を失念していたのを思い出し、出かける前に家に電話した。
やはり忘れていたようだ。
同じ亥年生まれ、一回り年齢が違うが、この間まで先生の元気さは、絵を描くことにあると思っていたのだが・・・。
今日は会員二人が休みで、総勢7人が集まった。
やはり10人以下の例会は、広い公民館の講堂では少し寂しく感じる。
例会
静物画は少し飽きてきていたので、今日は先日白馬村で撮ってきた写真を持って行って、それを見ながら描くことにした。
他の4人も外の景色を描いていた。
今日は午後2時から別のグループが講堂を使うことになっていたので、午後1時15分まで描いた後、先生の講評をしてもらった。
構図的には、少し山と林、雪、水たまりが同じような面積で区分してしまって、動きが感じられない、と批評された。
画面下の水たまりは切り取ってもいいのでは、と言われたが、その水たまりに映る白馬槍や木の幹のところを一番描きたかったところだったので複雑な気持ちだ。
家に帰ってきてバアに見せたら、水たまりを池と言われてしまうし・・・。
白馬の景色 ジイの描いた絵
朝は冷え込んだが日中は気温が上がってきて、バアはお昼過ぎに一人でリハビリウォーキングに励んだようだ。
2時前に戻ってきたときにはもう歩き終えていた。
夜になってときおり強い風が吹いて地鳴りがするような音が聞こえてきていた。
東京では今日春一番と認定されたようだ。
2019年03月08日 (金) | Edit |
昨日は日帰りで東京に行き、疲れてブログも書かずに寝てしまった。
年々体力が衰えてきているのを実感する。
午前中昨日のブログを書いた。
今日は朝から晴れていい天気だった。
北信の長野市では予想外の雪になっていたようだが・・・。
浅間山はまた白く冠雪していた。
冠雪した浅間山
晴れていたが風が強そうだったので午前中のリハビリウォーキングは見合わせた。
昨日は15,000歩以上歩いているので今日は休んでもいいかな、と思っていたが、午後になってバアが近くを歩いてくる、というので付き合うことにした。
まずは、郵便ポストに出す手紙があったので、そこに向かって歩き始めたら、風もあまり感じず意外と暖かかったので、足を伸ばして結局1時間ほど歩くことになった。
リハビリウォーキング
歩いている途中先日から山林の木を伐採していた場所に行くと、大勢で重機を使って切り倒した木材を片付けていた。
作業していた人に聞くと、整地したあとはブドウ畑にするとのことだった。
高台の南斜面なので、景観を悪くするメガソーラでなくてよかった。
平地ではないのでおそらくワイン用のブドウ畑になるのだろう。
東御市はワイン特区になっているので、事業への補助金などもあるのだろう。
近くに小規模ながらワイナリーも完成した。
ブドウ畑に
家に戻って庭を眺めると、スイセンの芽が5㎝以上立ち上がってきていた。
昨日の新宿御苑ではもう咲き終わっているものもあったのに・・・。
スイセンの芽
2019年03月07日 (木) | Edit |
今朝は6時に起床して早めに朝食をとり、東京に出かけた。
最近は新幹線より割安な高速バスの利用がメインになった。
バスの事故が起きるたびに安全性に不安を覚えるが、それも時が経てば不安も薄れてくる。
佐久インター近くのバス停には到着時刻の5分前に着いた。
丁度通勤時間帯でもあったので、計算より5分遅くなったが・・・。
いつも10分程度は遅れてくるので車の中で待っていたら、時間前にバスがやってきたので慌てて車から降りてバスに乗った。
夜のうち降った雨は止んでいたが、途中佐久から軽井沢までの間は、積雪で真っ白になっていた。
それも群馬県側に入ると雪はまったくなかった。
車窓から見える景色は、首都圏に近づくにしたがって、早くも木が芽吹いているものもあって季節の違いを感じた。
東京都内に入ったころから、バスのフロントガラスに雨粒が当たるようになった。
池袋には予定到着時刻より10分も早く着いた。
早く東京に着いたので、用事も12時半過ぎにはすべて終わった。
新宿の地下の四川料理の中華レストランでお昼を食べた。
ランチ② ランチ①
雨が小やみになっていたので、新宿御苑に行った。
園内の梅は満開になっていた。早咲きのヒカンサクラ系のサクラなども満開になっていた。
我が家ではロウバイが咲き始めたばかりというので、ここではもう花が茶色くなり始めていた。
新宿御苑散策 満開のウメ オカメサクラ ロウバイ
スイセンも花が終わっているものあった。おそらく1か月以上季節の差があるのだろう。
歩き始めて30分もするとまた雨が本降りになりだしたので、園内の大温室に入った。
ここならガラス張りの中なので雨の心配はない。
新宿御苑は環境省の施設だが、中でも温室は国内の温室園芸の先駆け、基礎を作ったところというだけあって、種類も装置も目をみはるものがあった。
日本では見られない原色の花がたくさんあった。
長いカタカナの名前などとても覚えられない。
名前にシンジュクが入ったここで作出されたランの品種も咲いていた。
バナナの花 蓮の花 新宿の名前が付いたラン
温室を出るとさらに雨が激しくなっていたので園内の散策はやめて、新宿三丁目近くの喫茶店で休憩した。
もう何年か東京通いをしているが雨に降られたのはほとんどなかった気がする。
その後新宿、池袋でショッピングをした後予約してあった高速バスで帰路に就いた。
帰りも、都内の道路が空いていたので、遅れることなく佐久に着き、9時過ぎには帰宅することができた。
こちらは雨が降った気配はなかった。
2019年03月06日 (水) | Edit |
昨夜は早く寝たので、5時ごろ目が覚めてトイレに行き、その後は眠れなくなったが6時過ぎまで寝床の中でタブレットでニュースや天気予報を見て過ごした。
外も少し明るくなってきたところで起きた。
二人一部屋だったので、隣で寝ている人の目を覚ました様子がうかがえたので起き上がった。
7時の朝食まで時間があったので、民宿の回りを写真を撮って歩いた。
曇りの予報だったが、山には雲がかかっておらず山容の全景が見えた。
はじめは山に日が当たっていなかったが、7時前になると朝日が山を照らすようになった。
美麻の朝景色
朝食も盛りだくさんだった。普段の家での朝食の倍はあったかもしれない。
当初民宿周辺で絵を描く予定をしていたが、山に雲がかかっていなかったので、昨日逆光で描けなかった白馬村の松川の川沿いに行って描くことにした。
8時に民宿を出て、はじめに白馬駅近くのビューポイントで写真を撮った後、松川に行った。
ここは渓流釣りの時に、仲間が釣っている間ジイだけ写生をした場所だ。
昨日下見に来た時にみんなここで描くイメージができていたようだ。
白馬松川の雪景色八方尾根唐松岳 白馬三山
8時半ごろから描き始め、ジイは10時半までに2枚描いた。
2枚目の途中で、山にガスがかかり始めて雪の筋が見えなくなってしまったので、未完成だが中止した。
今日は山の景色がよく見えて、八方尾根のゴンドラやロープウェイの筋を辿ることができた。
かつて八方池を経由して登った唐松岳や登ったことがないがよく眺めた白馬槍や杓子岳が手に取るようだった。
スケッチ① スケッチ②
11時でみな道具をしまって、白馬の道の駅に行った。30分ほどコーヒーを飲んで体を温めた。
雪の中で描いていたので冷えたと思ったが意外と気温が高くてそれほど寒くは感じなかった。
その後姫川源流の湿原を見に行ったが、こちらはまだ雪に埋もれていた。
フクジュソウやカタクリの花が咲き始めているかと思ったが、いくら暖冬でもまだ早かったようだ。
お昼近くになり、白馬を後にして小川村の道の駅に向かった。
道の駅で少し遅い昼食の後、写生を終了して帰途に就くことにした。
2時半前に東御市中央文化会館駐車場に戻ってきた。
今度の写生旅行は、会としてのものではなく個人的なものだったが、少人数でそれぞれの絵に対する思いなども話し合えて有意義だった。
また雪景色を外で写生しているにもかかわらず、ほとんど寒さを感じずに描けたのはラッキーだった。
2019年03月05日 (火) | Edit |
昨日一日降った雨も今朝は上がって青空が出始めていた。
今日から一泊で美麻地区新行高原に写生に行く。
同行するのは日本水彩上田支部の男性3人だ。いずれも80代の人たちだ。
集合は午前9時中央公民館駐車場になっていたので、8時半前に家を出た。
9時10分前には全員揃ったので、早速出発した。
東部湯の丸インターから高速に乗り、長野インターで高速を降りて、オリンピック道路を走り、美麻地区の今夜泊まる民宿に着いたのは、10時10分だった。
途中小川村辺りまではほとんど雪もなく心配したが、美麻高原が近づくにつれ、新雪が気の枝にも積もっているようになった。
民宿の前の田んぼも新雪が積もって真っ白になっており、イメージ通りの光景だった。
一息つく間も惜しんで早速写生を始めた。
あいにく北アルプスの爺ヶ岳や鹿島槍ヶ岳は、雲に覆われていた。
描いているうちに雲が晴れるのを期待し、稜線や山腹を後回しにし、家並みや田んぼの畔などを先に描いた。
今回の写生旅行は8号や10号のスケッチブックは持たずに、A6サイズの小さな紙にスケッチ画を描くだけにした。
描いているうちに期待通り山にかかっていた雲が取れてきて、山容の全体が見えるようになった。
新行高原の雪景色 スケッチ①
お昼前に1枚のスケッチを描き終えた後は、民宿でおそばの昼食となった。
そば粉の薄焼きや漬物などおいしいものがいただけた。
泊った民宿 昼食① 昼食②
午後は2時半まで描いた。
山は次第に逆光になってきて、山の筋などが見えにくくなったのでそれ以上描き続けるのはやめた。
ジイは昼食の後、2枚目として古民家が並ぶ景色を描いた。
去年10月の上田支部の写生旅行の時と同じだ。
その時と周りの景色はまるで違うが・・・。
雪の中の古民家 スケッチ②
2時半から、絵を描くのをやめて写生ポイントを探しに白馬村に行った。
何か所か以前にジイが来て釣りに来たり彩明会の旅行前の下見に来たりして、ポイントになりそうなところを案内した。
4時ごろまでアチコチ見て回った後、美麻の民宿に戻った。
白馬から民宿まで20分そこそこで着いた。
暖めてもらっていた部屋でお茶をしながら、今後の日本水彩上田支部の方向性などについて話し合った。
5時から順番にお風呂に入った後6時から夕食になった。食べきれないほどの料理で、ジイはご飯こそ食べなかったが出ていた料理はほとんど食べ切った。
夕食① 夕食②
食事をしながらのおしゃべりの中で、同行した先輩たちの絵に向かう気持ちの強さを学ぶ。
去年日本水彩の正会員になった人など、退職してからの20年余で正会員にまで昇り詰めた。
84歳でまだこれからの上田支部の発展のために力を尽くそうとしていた。
今回の写生旅行を言い出したのも分かった気がする。
9時半には布団にもぐりこんだ。
2019年03月04日 (月) | Edit |
昨日の午後から降り始めた雨は、予報では明け方にかけて雪になるとのことだったが、朝起きると雪にはなっていなかった。
その雨が今日一日降り続けた。
イギリスに旅行したときに、傘も差さず合羽を着て犬と散歩している人を見たことがある。
さすが霧と雨の多いイングランドでは雨でも歩く人がいるのかと感心したものだが、はじめから雨が降る中を歩き気にはなれない。
それでもバアは、家の中で電動ウォーカーで歩いていた。
リハビリに励む気持ちの強さに脱帽だ。
雨 家の中のウォーキング
ジイは午前中から午後にかけて、ジイ小屋で初夏の大王わさび農場の絵の続きを描いて、ひとまず完成させた。
10号それほど大きくない10号の絵だが、描き始めてから4日目でようやく描き終わった。
10号のサイズは、普段絵の会の例会で、風景画を描きに写生に行くときに使っているサイズだ。
写生に行ったときは3,4時間で完成させるようにしているから、家で描くときはかなり遅いペースということになる。
コーヒーを飲んだり、おやつを食べたりしながら描いているからあまり集中して描いているわけだはない。
外では絵の具の乾きが早いので、次の色を上塗りするのに待たずにできるが、室内だと乾くまで待たなければならないのも、時間がかかる原因の一つでもあるが・・・。
午後4時ごろ描き終えて母屋に戻った。
完成した絵
明日写生旅行に行く大町市美麻地区も、明日の天気予報では晴れになっているが、今日はこちらと同様雪ではなく雨になっているところが多そうなので、イメージしている雪景色が見られるか少し心配だ。
北アルプスは真っ白だろうが、足元の景色が雪なしではがっかりだ。
2019年03月03日 (日) | Edit |
今朝も冷え込みは弱かった。ただ曇り空でスッキリしない。
朝一番で明後日出かける美麻地区新行高原の民宿に、宿泊の最終確認をした。
一緒に出かける3人に旅程をファックスで送った。
天気予報では1日目は晴れ、2日目は曇りとなっている。
何とか北アルプス爺ヶ岳、鹿島槍の雪景色が見られるといいのだが・・・。
あとから写真をプリントして描くこともできるように、一眼レフカメラの電池も充電した。
しばらく使っていなかったので、電池が空になっていた。
午後から雨の予報が出ていたので、早めの9時40分にリハビリウォーキングに出かけた。
まだ風も弱かったので寒くは感じなかったが、陽射しがないのでポカポカというわけにはいかなかった。
農道歩きだったので1時間歩いてすれ違った車は2台だけだった。
1台も通らないと思っていたら、自宅が見えてから立て続けに2台となった。
リハビリウォーキング
午後からカインズと上田イオンに買物に行った。
どちらもお店の中は日曜日で子供連れのお客さんが多かった。
午前中伸び伸び歩いたせいか、人とすれ違うだけでぶつかりはしないかと不安が先だった。
動きが読めない小さな子どもが怖く感じるのは年を取った証拠かもしれない。
帰りにガソリンスタンドで給油した。明後日の写生旅行のため満タンにした。
帰るころになってポツポツ雨が降ってきた。
家に戻ってしばらくすると雨が本降りになってきた。
今日の夕方のおやつ時、珍しく4匹の猫が勢ぞろいしていた。
今日の猫たち
2019年03月02日 (土) | Edit |
今朝もあまり冷えず最低気温はマイナス3℃だった。
晴れて気温もどんどん上がった。
風が出てこない午前中にリハビリウォーキングに出かけた。
歩き始めてすぐに見慣れないお年寄りが歩いていたのであいさつを交わした。
中八重原の人で、近くにある自分の畑の見回りに来ていたようだ。
話をしていると、我が家の土地に以前に住んでいた人のことも知っていた。奥の田んぼもその人が持っていたそうだ。
今の6組も以前は家が5軒ぐらいしかなかったらしい。
ジイとバアが越してきてから後の奥の田んぼの耕作者が最低二人は変わったが、そのこともよくわかっていた。
そういういきさつなど昔から住んでいる人たちは、みなよく知っているのかもしれない。
そういう隣近所の情報が、支え合ったり、時にはいがみ合ったりしながら暮らしていくうえでの大事なものだったのだろう。
半世紀前ぐらいまでは・・・。
ため池のそばで10分ほど立ち話をした後、リハビリウォーキングを再出発した。
出会ったお年寄りが住んでいるという中八重原からぐるっと県道まで出て、上八重原の中心地を通って家まで戻ってきた。
車とすれ違ったのは県道を歩いているときだけだった。
歩いている間、ひところのような寒さはほとんど感じなくなり、確実に春に向かっているのを肌で感じた。
家に戻るとミーちゃんがデッキで日向ぼっこをしていた。今日も猫日和だ。
リハビリウォーキング デッキのミーちゃん
午後からジイ小屋で昨日の続きで、大王わさび農場を描いた。
途中で、水車小屋の裏の林がどのようになっているのかわからなくて、パソコンで当時の写真を調べて、別の角度から撮った写真を見て参考に描き直した。
だいぶ色が付いてきたが、まだ完成までは半分程度だ。
今日までの絵
東の空に変わった形の雲が出ていた。
タツノオトシゴ雲と命名した。
タツノオトシゴ雲?
2019年03月01日 (金) | Edit |
今日は朝から晴れて眩しい朝日が家の中まで入り込んでいた。
朝食の準備を済ませてから、可燃ごみを出しにステーションまで歩いて往復した。
もうひところのような寒さは感じなかった。ごみ袋の重さが腕に負担だったが・・・。
10時過ぎにリハビリウォーキングに出掛けた。
昨日は家の中の電動ウォーカーで30分歩いたが、やはりそれよりは外を歩いたほうが数倍気分がいい。
家を出た時は少し風があったが、蟹原の公民館まで下がっていく途中から風を受けなくなり、番屋川沿いを歩いている間は、無風状態で日当たりの中をポカポカ気分で歩くことができた。
また坂を上って一望千里のところまで台地の上に出ると、風を受けるようになった。
地形によって、また歩く方角によって風の感じ方がこれほど違うのかと改めて感じいった。
一望千里の付近で浅間連山を見るとそれぞれの山頂付近が、雪で白くなっていた。
浅間山は雲で隠れてしまって見えなかったが、烏帽子岳は先日までとは違ってまた雪で山頂付近が白くなっていた。
昨日の雨は山の上では雪になっていたのだろう。
リハビリウォーキング 烏帽子岳
気分よく歩けたので、距離を伸ばして1時間20分歩いて家に戻った。
家に戻って庭を見るとフクジュソウがとうとう開花した。
今日は3輪だけだったが、これから次々開花していくだろう。
オオイヌノフグリはもう満開になっていた。
開花したフクジュソウ オオイヌノフグリ
午後から、久し振りにジイ小屋で絵筆を握った。
始めに50号の「しろかき終えて」を手直しした。
画題名をしろかき終えてに変えた。東京に出すならその画題にしようと決めた。
そのあと彩明会の会員展で好評だった安曇野の大王わさび農場の初夏に行った時に撮った写真があったので、それを10号の画用紙に描き始めた。
デッサンと最初の色付けをしたところで終わりにした。
まだ海のものとも山のものとも定まらない。
日中10℃以上まで気温が上がったが、ジイ小屋はまだ暖房なしではいられなかった。
初夏の大王わさび農場
2019年02月28日 (木) | Edit |
早いものでもう2月も終わりだ。
「光陰矢の如し」とはきっとジイのような年老いた人が呟いた言葉が始まりだったに違いない。
今日は朝から雨で、夜まで一日中降り続いた。ほとんど強く降らなかったが・・・。
何も予定が入っていなかったので、一日家で過ごした。
雨
日中は、米朝首脳会談の話題で持ちきりだった。
テレビに映る二人の顔は、あまり見たくもない顔なので空と同じ鬱陶しく感じながら見ていた。
会談の結果は文字通り「泰山鳴動して鼠一匹」。
始めから期待はしていなかったが、拉致被害者の家族は藁にもすがる思いで朗報を待っていただろうに・・・。
来週大町市の美麻地区に雪景色を描きに行く計画を進めるため、一泊する民宿や参加者(3人)との連絡などをした。
2月中旬にも計画したが天気が良くなくて見送っていた。
3月下旬から旅行に出かけるので、何とか今度の日程で行っておきたい。
2019年02月27日 (水) | Edit |
今朝はまたマイナス8℃まで冷え込み、昨日のような春霞は出なかった。
起きた時は朝日が射していたが、すぐに曇りがちになってしまった。
昨日半開きだったフクジュソウも今日は花びらが閉じて開きそうになかった。
浅間山にも雲がかかっていた。
今日のフクジュソウ 今日の浅間山
今日は午前11時半に佐久総合センターの総合診療科の予約が入っていたので、10時45分に家を出た。
病院に着いて、有料の駐車場ではなく、少し離れた河川敷の無料駐車場に車を停めた。
午後にも外科の予約を入れてあるので、今日は一日かかる覚悟だ。
まず総合診療科で、立って動いているときやウォーキングで歩いていると下腹部が痛くなる症状について、2週間後の診察だが結局症状に大きな変化がなく、原因はわからずじまいだった。
多分そうなることは予想していたが・・・。
ただ急を要するような臓器の異常ではなさそうなので、しばらく様子を見るしかない。
大腸の内部が原因だとすれば、毎年内視鏡検査をしているクリニックで診てもらうほうがベターだろう、ということになった。
内視鏡検査は、下剤など検査前の段取りが結構身体に負担を感じるようになってきているので、進んで受けたくはない。
しばらく様子を見るしかないだろう。
今夜の「ためしてガッテン」を見ていたら、膀胱が下がって尿漏れや痛みが出る原因として、骨盤底筋が緩んでしまうという症例が紹介されていた。
トレーニング方法もやっていたので試してみよう。
午後1時に総合診療科の診察が終わったので、院内にあるレストランでお昼を食べた。
バアが去年入院している間に2回ほど利用したことがある。
満席だったが、一人用のテーブルが一つ空いていて待たずに座ることができた。
病院の食事メニューにはふさわしくない?天丼を食べた。意外とおいしかった。
天丼
食事をした後、午後2時から診察が始まる外科に行った。
2時になってすぐに診察室に呼ばれた。一通り手術内容などの説明を受け、手術の日取りを来月11日に決めた。
これで終わりかと思ったら、術前検査センターに案内されて、そこから院内の採血、採尿、CT、胸部レントゲン、心電図と回って検査を受けて術前検査センターに戻り、問診を受けたり、手術の後に足に履く弾性ストッキングの試着などをした。
ストッキングは値段の異なる2種類を試着したが、9,140円のものにした。
もう一つは3分の1の値段だったが、履くのに倍の力が必要なのと履き心地が悪かった。
全部終わったら4時15分になっていた。
スマホのスケジュール表には入れ忘れていたが、手術の日はバアも佐久医療センターで術後1年の検査の日だった。
午前中の予定なので、それが終わったら佐久総合病院に移動して手術となる。
手術に付き添いは不要と言われたが、バアに付き添ってもらおう。
麻酔をした後なので帰りはバアの運転で家に帰らなければならない。
2019年02月26日 (火) | Edit |
今日は何も予定が入っていない日だ。
朝の冷え込みがなく、春先の霞が遠くの景色をぼんやりとさせていた。
久し振りにバアとリハビリウォーキングに出かけた。
家からバアの運転で明神池まで行って、池の周辺を歩いた。
浅間山が霞んで見えた。最初に池の一周をしたら、元気な時の一周15分と同タイムで歩けた。
別に意識して早く歩こうとしたわけではないが・・・。
昨日以前に丸子中央病院で腰を診てもらったときに支給されたコルセットを探し出して腰に当てたら、金属の異物感を感じなくなった、と言っていたから、それもいい影響を与えたのかもしれない。
池の近くの諏訪神社の階段の上り下りも、安定感が増したように見えた。
1時間以上歩き、歩数も8,000歩近くまで行った。
リハビリウォーキング 霞んだ浅間山
家に戻ったころには気温も10℃を越えて春の陽気だった。
庭のフクジュソウが開花しているのではないかと期待したが、まだ開き切れていなかった。
半開きのフクジュソウ
先週末からケーブルテレビの「ウィークリーとうみ」で彩明会の会員展の模様が放映されていた。
今日初めて見たが、スタート画面でジイの描いた大王わさび農場の水車の絵が映っていた。インタヴューを受けている様子をみたが、表情や話し方など、これが本当に自分かと思うような違和感を感じた。
声の質など自分で感じているものと違うので、バアに確認したら、テレビから聞こえてくる声がジイの声だという。
なかなか自分のことは客観的に見ることができないということか?
安倍首相も「投票の結果を真摯に受け止める」といった舌の根も乾かないうちに、埋め立てを続行するという。
自分の言葉が他人にどう聞こえているのかが理解できていない・・・。
2019年02月25日 (月) | Edit |
水彩画のイベントが終わったら、次は病院だ。今の生活の有りようを象徴している感じだ。
今日は3か月ごとの定期検診になっている泌尿器科の診察を受けるため、上田医療センターに行った。
その後の買物もあるのでバアにも一緒に病院の手前まで行ってもらった。
病院にはウィルスが飛び交っているので、ジイだけが行き、診察が終わるまでバアは近くをウォーキングして待ってもらった。
今日の診察は、採血、採尿もあったので、診察まで1時間半以上待たされた。
血液検査では、前立腺がんの兆候を調べるPSA検査の数値を調べてもらっているが、今回も問題にある数値にはなっていなかった。
下腹部の痛みについては、前立腺との相関関係はなさそうだ。
考えられるのは腸のヘルニアだが、それは佐久総合医療センターで診てもらって異常がなかったという話をしたら、それなら引き続き佐久総合で診てもらうようにと、つれない返事だった。
一つの問題を感じる症状を複数の病院で診てもらうのはタブーの時代になってしまったのだろうか?
診療が終わり会計を済ますまでさらに時間がかかって、すべて終わったら病院に着いてから2時間が経っていた。
バアはウォーキングの後、近くのスーパーのイートインスペースでコーヒーを飲んで待っていた。
合流したあと、上田アリオに行ってレストランエリアで昼食を食べた。
久し振りにカレーうどんを食べた。カレーのシミが服に飛び散らないよう紙のエプロンを付けた。
かき揚げやゲソ揚げも食べたらお腹が苦しくなった。
カレーうどん 紙の前掛け
お昼を食べた後、食料品を買った。
帰りに、丸子のマツキヨで薬を処方してもらった後、東御市文化会館に行って、会員展の書類を預かったあと家に戻った。
朝はマイナス3℃と冷えていたが、家に戻った午後2時には気温が12℃まで上がっていた。
フクジュソウが半分開きかけていた。明日にでも開花しそうだ。
夕方、久し振りに鮮やかな夕焼けとなった。
フクジュソウ 夕焼け
夜7時から上八重原公民館で、4月からのごみの分別の仕方の変更について市の主催する説明会があった。
市のごみ処理行政については、経験からいろいろ言いたいこともあったが、言ったところであまり改善にはつながりそうもないので黙っていた。これも年の功か?
2019年02月24日 (日) | Edit |
今日はまた少し冷え込んで最低気温はマイナス8℃になっていた。
いよいよ彩明会の会員展も最終日になった。
来場者に渡す作品目録が残り少なくなっていたので、昨夜追加で40枚印刷した。
それを持って少し早めに9時過ぎに家を出て会場に向かった。
外の気温はまだ2℃だったが、バアはジイが出る前に一人でリハビリウォーキングに出かけた。
追いかけるように車で出かけたが姿が見えなかった。
最終日の日曜日ということで10時ごろから来場者が増えてきた。
開会日に運んでもらった生け花が、展示室の暖かさで一気に開花していた。
里山同好会の幹事として一緒に会の運営を担ってきた人が見に来てくれた。
里山歩きをやめてもジイにはこういう趣味があっていいですね、と言われたが、山登りのような頂上がないものなので、どこまで描いても極めることができない苦しさがある・・・。
最終日 開花した生け花
11時前に文化会館を出て、途中のスーパーで買い物をして家に戻った。
毎朝の食材が底をついてきていた。
バアが用意してくれていた昼食を食べた後、一休みした後出かける前に庭に出た。ハナが見送りに来た。
ハナ
午後の受付当番になっているFさんに家に寄って一緒に文化会館に行った。
文化会館の中には、日本の水彩画の礎を築いた丸山晩霞(東御市祢津の出身)を記念した記念館があるが、普段入場料を取っているのだが、今日は天皇在位30周年とやらで無料になっていた。
公共施設なので、以前なら条例には定められていない減免措置はできないはずだが、指定管理者制度が導入されて、管理者の判断でできるようになったのだろうか?な
ぜそんなことをするのか意図は不明だが、無料なので昨年やった生誕100年記念展以来久し振りに中に入って常設展を見たが、半分ほど展示作品が入れ替わっていて、初めて見るものがあった。
わが会員展のほうは、3時から顧問の先生の講評を1点1点してもらった。
10回目となる会員展ということもあってか、先生の批評も甘口だった。
10年の間の上達を評価してくれたのだろう。
今回は、開催期間中文化会館のホールなどでの催しものが皆無だったので、ついで見のような来場者がなかったが、来場者は300人を超え1日平均45人だった。
まずまずの入りだったと言っていいだろう。
4時から片付けをした後、反省会を行った。
Aさんが手作りの10年の記念誌を作ってきてくれた。
ジイにとっては1年のうちで一番大きなイベントが無事終わり、ホッとした。
また新しい絵に向かって前進だ。
辺野古移設に関する沖縄県民投票が終わった。
まだ最終結果は出ていないが、出口調査では移転反対が多数を占めることは確実と報じられている。
投票率も50%を超えた。
政府はこの結果をきちんと受け止めない限り「沖縄に寄りそう」などという言葉を使ってはならない!
2019年02月23日 (土) | Edit |
今朝の気温も氷点下にはなっていなかった。
ただ風が強いので体感温度は氷点下なみ。
今日も午前中1時間ほど会員展の受付の応援に出かけた。
顧問の先生も来てくれたので、11時過ぎに文化会館を後にして家に戻った。
明日の最終日閉会前に顧問の先生から出品した全作品の講評をしてもらうため、リストを作る約束をしていたのにすっかり忘れていた。
先生は、別の紙にメモしてあるから作らなくてもいい、と言ってくれた。
午後はジイの受付当番になっているので、早めにお昼を食べて、12時半に家を出た。
会場に着くと文化協会の広報担当の人が取材に来ていたので、その対応をした。
その人は「シャーロックホームズを読む会」を主宰する人だった。
中学生の頃図書館にあったコナンドイルの本を片っ端から読んだ記憶があるが、シャーロックホームズの本は全部で60編あるそうだ。
そんなには読んだ記憶がない。せいぜい10編程度だろう。
午後は、市外の来場者が多かった。
わざわざ遠くから見に来てくれるのはありがたい。
大王わさび農場の水車を描いた絵を評価してくれる人がいてうれしかった。
二人ほど、会員募集の張り紙を見て、尋ねられた。
土曜日の例会では、仕事などで難しいようで、加入には結びつかなかった。
4時過ぎに最後の二人が入場したあとは、ぱったり途絶えたので、5時前に閉館した。
家に戻る途中、西日を正面に受けて眩しかった。
だいぶ日の入りも遅くなってきたようだ。
2019年02月22日 (金) | Edit |
今朝はまたマイナス5℃まで気温が下がっていた。
朝ご飯に集まった猫たちも寒そうにしていた。
2,22とニャン、ニャン、ニャンという語呂合わせで今日は「猫の日」らしいが・・・。
猫たち
朝彩明会の会員のSさんからファックスが送られてきた。
地元のミニコミ誌に掲載された会員展の記事だった。
ジイが取材を受けたものだ。早速地元誌にお礼のファックスを送った。
午前中バアと一緒に文化会館に行って受付をしているAさんと打ち合わせをした後、佐久近代美術館で行われている4人展を見に行った。
4人のうち2人は日本水彩上田支部の支部員だ。
彩明会の会員展と1日違いで始まったが、前日の彩明会の初日に見に来てくれたのでお礼の意味もあって出かけた。
佐久平水彩画研究会に中心メンバーでもある。
油彩やアクリルなど多彩な作品だった。
4人展といっても全部で50点以上展示されていた。
かなりレベルが高く、いい刺激になった。
見終わった後、バアと1時間弱公園のカラマツの並木があるところを歩いた。
風もなく気温も朝に比べると急上昇していて、気持ちよく歩くことができた。
佐久から見える浅間山も雪がほとんど消えていた。
佐久近代美術館 公園でリハビリウォーキング 佐久からの浅間山
歩いているときからお腹が空いてグーグーお腹が鳴っていた。
1時近くなってイタリアンのお店で昼食を食べた。
いつも混んでいるお店だが、タイミングよく待たずに席に着くことができた。
メインのパスタはカルボナーラを選んだ。
ピザは食べ放題だが、4切れ食べたらもうお腹いっぱいでそれ以上食べられなかった。
高カロリーのものをお腹いっぱい食べてしまったので、夕食は一口で終わりにした。
イタリアン
はやぶさ2が、小惑星りゅうぐうに着陸し、岩石を採取する弾丸を発射し、採取に成功したようだ。
これで終わらず、さらに爆薬を爆破させて地表にクレーターを作り、地中にあった岩石も採取するという。
それも無事成功させて地球に持ち帰って欲しいものだ。
未知の世界に新しい知見が生まれる画期的なものになる。
それまで生きていられるかなー?
2019年02月21日 (木) | Edit |
昨日の暖かい空気が残っていたのか、今朝も気温は1℃とこの時期にしては異常に高い温度だった。
今日も午前中彩明会の会員展の会場に行った。
バアも車で一緒に行って、ジイが受付の手伝いをしている間、文化会館の周辺を一人で歩いた。
会場にいる間に里山同好会の仲間二人が見に来てくれた。
1時間ほど受付を手伝った後、バアと一緒にガソリンスタンドとイオンでの買い物に行った。
今週は会員展のため普段の生活が制約されている。
何とか時間を作って買物に出かけた。リ
ハビリウォーキングもバアだけでやっている。
12時過ぎに家に帰ってお昼を食べた後、2時過ぎにまた文化会館に行った。
午後の受付当番の人と3時半まで受付や来場者の対応をした。
4時前に家に戻った後は、少し疲れ気味でテレビを見ながら何度も気が付くと居眠りをしていた。
今日も暖かくてまだ2月だというのに、気候的には「春眠暁を覚えず」ということか。
この暖かさで、浅間山の雪もすっかり少なくなった。
ロウバイの花も全部で5輪咲いていた。
雪が少なくなった浅間山 ロウバイの花
2019年02月20日 (水) | Edit |
朝起きると外は霧に包まれていた。最低気温は1℃、氷点下になっていなかった。
起きた時には3℃になっていた。昨夜寝る前には、月が出ていたのに道路が濡れていた。また一雨あったのか?
朝の霧
9時半ごろ霧が晴れてきたので、バアと一緒に文化会館に行った。
ジイだけは連日行ったり来たりしているが、バアはまだ見に行っていなかった。
我が家の周辺は霧が晴れていたが、千曲川から浅間山系の側はまだ濃い霧のままだった。
受付当番のAさんに昨日作ったデータの入ったUSBを渡した。
バアが会員展を見終わった後、中央公園に行ってリハビリウォーキングをした。
そのころには霧が晴れ始めていた。
芝生公園の周回道路を3周したあと、階段の上り下りの訓練をした。
少し足に痛みがあるので無理をせず45分歩いて家に帰った。
春先のような暖かさで、かぶっていた毛糸の帽子を脱いだ。
リハビリウォーキング 階段
急に暖かくなって早速庭のロウバイが開花し始めた。
長野県の南にある飯田市ではすでにロウバイが満開になった映像がニュースで流れていたが、ここではやっと開花が始まったところだ。
ロウバイは香り高い花だが、まだそれほど花芽がないのでまだ香りは期待できない・・・。
同じ庭のフクジュソウも間もなく開花しそうだ。
ロウバイ フクジュソウ
午後にまたジイだけで会員展に行った。
2時に里山同好会の人たち4人が見に来てくれるというので、相手をするためだ。
1時間以上お喋りしながら会場にいてくれた。
その後は毎年来てくれる人の対応などをしていたら4時近くになってしまったので、家に帰った。
夕方、佐久平水彩画研究会で指導してもらった「しろかき」と「姨捨の夕陽」の絵を手直しした。
2019年02月19日 (火) | Edit |
今朝は3℃とこの時期にしては異様な暖かさになった。
最低気温はマイナス4℃になっていた。
今日は二十四節気の雨水だが、それにふさわしい雨模様の一日になった。
今日も午前中彩明会の会員展が開かれている文化会館に行った。
来場者の一人から声を掛けられた。
ジイのブログを読んでいるとのこと、ジイと同じように東京から移住してきて、同じような生き方に共感してくれているようだった。
うれしいような恥ずかしいような気分だ。
名前も顔も分からいジイに、会いに来て実物を見てどう思ったことだろうか?
会員展には1時間半ほどいて一端に家に戻った。
お昼を食べた後、午前中受付をしていたSさんと打ち合わせすることがあったので、12時半に家を出て再び文化会館に行った。
雨が降りだしてきたので午後の出足が鈍くなると心配した。
午後1時から受付が交代したので、しばらく代わった人と一緒に受付をした。
やはり雨のせいか来客も少なく、3時前にジイは家に帰った。
家では最終日に彩明会の10年の歩みを冊子にすることになっているので、その冊子に使う写真を過去の撮りためた写真の中から抽出する作業をした。
北御牧に家を作ったころから撮りためた15年分の画像データを、3テラバイトのハードディスクに保存してある。
その中から、彩明会の例会や写生旅行に行った日付で検索して、冊子に掲載できそうな画像を探した。
4時ごろから夜までかかって使えそうな写真を10枚ほどピックアップした。
明日の午前の受付をするAさんが、画像や10年史のデータをもとに冊子を作ってくれることになっているので、明日それを持って文化会館に行くことにしている。
会場 会場の生花
今日は月の軌道が一番地球に近づいて大きく明るく見える満月というので、10時半ごろ写真を撮った。
昼間の雨雲はなくなって、まだ早く流れる雲があるが、しっかりカメラで月を写すことができた。
三脚も使わなかったが、明るいので手ブレもせずに撮れた?
スーパームーン