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2019年12月13日 (金) | Edit |
今日は9時半から中央公民館で上田支部の常任委員会があった。
本来なら、午後上田のささやという結婚式場などのある施設で行われ、会議の後に納会が予定されていたのだが、予約が遅くなって会場が取れず、納会は中止して常任委員会だけ中央公民館で行うことになった。
2時間ぐらいで会議は終わる予定だったが、12時を過ぎてしまった。
今後の組織の活性化と支部員の自覚を促すため、1年間役員に集中していた責任を、支部員全員が負担し合う組織体制に変更する案は、おおむね同意されたが、新しい役員体制については、新たな支部長に指名された人が、高齢を理由に固辞する形になったため、最後まで結論が出なかった。
先日の東御美術会の納会の時に話した感触では、引き受ける覚悟を決めたように感じたのだが…。
確かに見た目には若く話すこともしっかりしているが、85才という年齢を考えれば、2年間の任期を全うできるのか本人の気持も揺れ動いていたのだろう。
ジイ個人としては、庶務としてできる限り支えていこうと覚悟しているが、ジイ自身もこの1年の肉体的な衰えを実感しているので、一回りも違う人の健康不安がいかばかりかと推し量ると、無理に支部長の役を押し付けるわけにはいかない。
来年1月の総会までに今の支部長、庶務の人と話し合ってもらうしかない。
午後1時前に帰宅して昼食を取った後、1時半過ぎからバアとリハビリウォーキングに出かけた。
午前中は昨日と同様風もあってバア一人では歩く気にならなかったようだ。
気温は昨日ほど上がらず、5℃ぐらいだったが、それほど風は感じずに1時間ほど歩いた。
今日のリハビリウォーキング
ちょうど今日でステロイド注射をしてもらってから3週間が経った。
整形外科医院の先生からステロイドの効果は、2,3週間と聞いていたが、その3週間が過ぎたわけだが、あれほど痛みや炎症による水が出ていたのが収まって、今日まで痛みも腫れもない。
炎症の原因となった半月板の断裂も、炎症は止まっているようだ。
1時間歩いても膝に力や衝撃が加わった時はピリッと痛みがあるが、その後は痛みが残らない。
1週間後に佐久平水彩画研究会の例会があるので、その後整形外科院に行って、リハビリのやり方などを教わってくるつもりだ。
2019年12月12日 (木) | Edit |
今朝起きたら気温が8℃もあった。
昨日の天気予報では最低気温がマイナス1℃と言っていたので、温度計を見て驚いた。
立科町にある観測所のデータを見たら、午前2時半で最低気温マイナス1.9℃となっているが、5時ごろから気温が上がり始めて6時にはすでに8℃になっていた。
どうやらその時間帯で温かい空気が入り込んできたらしい。
西からの強風が吹いていたので、その風が暖かい空気を運んできたようだ。
風はあるが、寒くは感じなかったので、10時過ぎに久し振りにバアとリハビリウォーキングに出かけた。
中八重原の牧場の近くまで歩いてきた。
地形によって歩いていても風のあるところと、全く風のないところと様々だった。
風のないようなところには、昔からの集落がある。
先人の知恵というか、かつては自然から痛い目にあいながら、その自然と向き合って、自然と調和しながら暮らすことを学んできたのだろう。
いまの環境問題を考えるときの教訓でもある。
気分よく歩いてきたら、目標の1時間を10分もオーバーしていた。
家に戻ってきてあわててバアのウォーキング姿を写真に収めた。
リハビリウォーキング
午後長女夫妻が長野市内の有名なパン屋さんの食パンを買って届けに来てくれた。
今日は、上田市と長野市の県の庁舎に接骨院・鍼灸院の名称変更の手続きに行ってきたという。
地元の人が名前を聞いただけでおおよその場所の見当がつく「上八重原接骨院・鍼灸院」にしたそうだ。
その名前を頼りに大勢の人が受診してくれることを願うばかりだ。
二人が帰った後、改装した玄関の上がり框が想定していたより高いので、一段低いところに踏板を作って欲しいと頼まれたので、手持ちの材料で間に合うか、新しく集成材を買わなければならないか、カミチャンのイメージなども聞きに追いかけるようにカミちゃん家に行った。
改装してきれいなった玄関なので、やはり新しい材料を買ってきて造り付けることにした。
夜は、明日の上田支部の常任委員会の会議に資料の印刷をした。
いよいよ明日の会議で、来年からの体制がほぼ決まる。
2019年12月11日 (水) | Edit |
今朝もマイナス3℃まで気温が下がっていたが、昨日と違って朝は濃い霧に包まれていた。
奥の田んぼが絵にしたくなるような景色なっていた。
朝の霧 田んぼの霧
10時ごろになってようやく霧が晴れてきた。
気温も上昇してきて、外にいても寒くないので、イチジクの冬囲いをすることにした。
横に広がった枝を切り落とし、数本の軸になる枝と今年伸びた細い枝をまとめて、しゅろ縄でまとめた。
その周りを今年いただいた稲わらをぐるり立てた。
稲わらをもう一段積み上げて周りを囲んだ。
最後に頂上に出ている枝先に傘をかぶせるように藁を乗せ、稲わらが崩れてこないようにしゅろ縄でぐるぐる巻きにした。
今年は稲わらを50束ももらったので、ふんだんに使ってもなくなる心配がない。
来年の野菜作りにもたっぷり使えるほどある。
イチジクの冬囲い
畑のイチジクの後は、庭のキンモクセイ、ギンモクセイに寒冷紗をグルグル巻きにした。
これは去年使ったものを再利用した。
稲わらのほうが暖かいかもしれないが、人間だって前の年の服を着るのだから、キンモクセイも去年のものを着せても怒られないだろう。
風もなく気温も高くなったので、汗をかきながらの作業となった。
去年は風のある中、軽い寒冷紗を巻き付けるのに、風に飛ばされないようにするのに苦労したが、今日は無風状態なので楽に巻けた。
キンモクセイ
午後から、庭のミントやオレガノなどハーブ類や菊など咲き終わって枯れ始めた草花を根元から切って片付けた。
今年は夏の間、庭の雑草の手入れが十分にできず、ハーブ類も間引きなどができなかったので、庭の景色が荒れ放題という感じだった。
来年はもう少し手入れを早めにしなければ・・・。
今日はバアの新しい薬の効果を見るための臨時の検診があるというので、2時半に家を出て、東御市民病院まで送って行った。
病院に行く前に立科町のクロネコに行って次女の家に干し柿を送った。
バアを病院に送った後、診察が終わるまで近くのホームセンター「コメリ」で時間を潰した。
血液検査もあるので1時間以上かかると思っていたら、1時間も待たずにバアに呼び出された。
帰りにベイシアと薬局に寄ってから帰ったら、もう外は暗くなっていた。
2019年12月10日 (火) | Edit |
今朝も氷点下の冷え込みだった。ため池の水も半分凍っていた。
雲も風もなく、青空が広がって、気温がどんどん上がった。
出かけていてできなかった家の中の掃除を済ませた後、ジイ小屋のテラスの屋根の下に吊るしてあった干し柿を下ろした。
バアが、柿の周りが硬くなって中のとろみが少なくなっているという。
ジイは周りが硬いほうが好きなのだが・・・。
昨日届いた四国のマイスターが送ってくれた小原紅早生ミカンと一緒に山ちゃん家やカミちゃん家に分けることにした。
大宮の次女の家には、干し柿だけでも送れるよう箱詰めした。
干し柿 紅ミカン ミカン箱
干し柿を下ろした後、イチジクの木の冬囲いをしようと思ったら、道具がカミちゃん家の倉庫に持って行ってしまっているのに気が付いた。
冬囲いはやめて、午後から、干し柿などを届けに行きがてら、接骨院の駐車場にする場所に植えてあるレンギョウの抜根をしに行った。
道具はそのために持って行ってあった。
レンギョウはかなり年数が経っているのか株元も太かったが、根は深くないので、横に伸びた根を断ち切れば比較的楽に抜くことができた。
北側の5株を引き抜いた後、建物に近い南側の一株を最後に抜こうとしたら、すぐ脇に下水のマンホールがあってそれを抱くように根が張っていた。
そのせいか根が横に伸びないで、下に伸びたようでなかなか引き抜けなかった。
下水管に当たってはいけないので神経も使った。30分以上悪戦苦闘してやっと抜けた。
市道から5台ぐらいは並べて止められるスペースができた
。離れのリフォームを請け負ってくれている業者の、駐車場は砂利敷きで十分という意見に従って、舗装をしないで砂利を敷く予定だ。
お金をかけずに自分たちでやるDIYの精神だ。
マイスターの古民家修復の手伝いの経験がいろいろなところで生きている。
簡単に抜けるレンギョウ 最後に苦労したレンギョウの株 抜いた後
仕事を終えた後、カミチャンがお茶を入れてくれた。
汗をかいた後のお茶が美味しかった。
家から歩いて様子を見に来ていたバアと一緒に家に車で帰った。
暮れはじめた空に月が出て、それが池に映っていた。
月と池
12月になってサンルームの片隅に置いてあったカニシャボの花が咲き始め、満開になってきたので、玄関の目に付くところに移してやった。
目に留まらないところで密かに咲くより、玄関で人目に付いたほうがいいと思うのだが、カニシャボにとっては日が差さない玄関では迷惑かもしれない・・・。
カニシャボ
2019年12月09日 (月) | Edit |
昨夜は11時前に寝てしまった。朝4時過ぎには目が覚めた。
線路の近くにあるホテルで、電車の通る音が聞こえてきて、それが気になって眠れなくなってしまった。
近くの駅前のコンビニ行って朝食を買ってきてホテルの部屋で食べた。
シェフナベさんが9時前にホテルまで車で迎えに来てくれた。
今日は、岩手の師匠と一緒に、埼玉県庁内にあるシェフナベさんの職場の研究所に案内してくれるという。
新しくできた上尾バイパスなどすっかり景色が変わってしまったエリアを走った後、国道17号に出てからは、見覚えのある景色を見ながら県庁まで行った。
シェフナベさんは、市役所を退職してからもずっと地方自治問題を掘り下げ、本来あるべき住民と自治のありようが、どんどん住民から離れていく現状を、県内外のあちこちで機会を設けては訴えている。
本人はそろそろ足を洗って釣りに専念したいなどと言っているが、ジイの見立てでは5年や10年は今の研究所を見放せられないだろう。
彼のような人材が今の自治体の現状に警鐘を鳴らし続けなければ、地方自治が崩壊してしまう・・・。
11時半に浦和駅までシェフナベさんに送ってもらい、帰る方角の違う岩手の師匠と浦和駅で別れて、湘南新宿ラインで新宿に行った。
新宿で、国内最大の画材屋である世界堂に行って、いろいろ水彩画関連のグッズを買い揃えた。
新宿3丁目から西新宿まで歩いて、お昼を食べた。
その後は喫茶店で1時間ほど過ごして、予約した高速バスの時間までの調整をした。
新宿から池袋まで山手線で行って、高速バスに乗って帰った。
帰りのバスは、到着予定時間より10分近く早く着いたので、午後7時過ぎには家に帰ってくることができた。
2019年12月08日 (日) | Edit |
今朝は晴れて放射冷却でマイナス6℃まで冷え込んだ。
ため池が半分だけだが結氷していた。今シーズ初めてのことだ。
ため池の結氷
10時前に家を出て高速バスのバス停のある佐久インター南に行った。
10時45分発と、よく利用する8時台のバスと違って遅いので、駐車場が空いているか心配したが、かろうじて少し離れたところに空きがあった。
バスは10分近く遅れて到着した。
途中、下仁田と富岡でインターを降りて18号線沿いにあるバス停で乗客を乗せた。
朝8時の時間帯のバスは、下仁田か富岡のどちらか1か所だけ停まるだけなのに、今日のバスは2か所とも停まるようになっていた。
下仁田を過ぎた時点で隣の席に乗客は乗ってこなかったので、相席はないと荷物をそちらに置いてゆったり座っていたら、次の富岡で予約のない人が乗ってきて隣に座られてしまった。
仕方がないので荷物の一つを網棚に乗せ、リュックを膝の上に乗せた。
高速道路で遅れを取り戻したのか、池袋に到着したときは、2,3分の遅れで到着した。
重い荷物を持っているので、とりあえず上尾まで行って予約してあるホテルに行って、荷物を部屋に置くつもりで、湘南新宿ラインに乗った。
1時間ぐらいかかると思っていたら、35分で上尾に着いてしまった。
時間はまだ2時半でチェックインするにはまだ時間があるのでエキナカのタリーズコーヒーで時間を過ごした。
ホテルにチェックインしたあと、かつての職場の周辺を歩くことにした。
11年半まで通っていた通勤路を歩いた。
いくつかの店舗は記憶があるが、半分ぐらいは新しく建て替えられて別の名前になったりしていた。
昼食を食べに行っていた梅月というお店はなくなって、周辺を含めて新しいマンション建設が始まっていた。
クジラの竜田揚げや若鳥の唐揚げが美味しかったお店だ。
職場だった建物も半分ネットが掛けられて、外壁タイルの補修工事が行われていた。
かつての職場
さらに歩いてかつて結婚式場もあった福祉会館が文化センターという名称に変わって、建物の外観はリニューアルされていた。
中に入って見ると、壁の色やデザインは変わっていたが、構造は昔のままだった。
文化センターの手前の中華のお店「宝来」もよくお昼に通った。
店舗は新しくなっていたが、名前が残っていたのが妙に懐かしかった。
ここのあんかけ五目そばをフーフー言いながらよく食べたものだ。
中華の宝来
駅まで戻る途中、十数年月に数回行っていた雀荘の前を通った。
看板は残っているが閉まっている感じだった。
雀荘
上尾駅では毎年ペデストリアンデッキを飾るイルミネーションを見た。
年々規模が小さくなっている気がする。こんなところにも景気の低迷が現れている。
西口のモンシェリー通りの建物の間から夕日に富士山がシルエットで見えていた。
そういえば駅西口の先には、冨士見という地名が残っている。
ホテルに戻って歩数計を見たら12,000歩になっていた。
富士山
6時前に納会の行われるお店に行った。
例年集まるのは、6,7人だが、今日は全部で11人集まった。
今年みちのく釣行に初参加した小学生とその親夫婦をはじめ、今は二人の子育て真っ最中で、6年ほど釣りを休んでいた人も、育休から現場復帰したのを機に顔を出した。
まるで同窓会のような感じで盛り上がった。
2019年12月07日 (土) | Edit |
今朝は6時に目覚ましをセットして起きた。
寝室のカーテンを開けたら外は真っ暗だった。
今の時期の日のでは6時45分ごろだ。
今日は今年最後のいきいきサロンがあり、8時に集合になっているので、バアを上八重原公民館まで送って行った。
8時に家を出て公民館に行ったがまだ誰も来ていなかったので駐車場で少し待った。
まもなく福祉運営委員長さんがきたのでバアを車から降ろして、ジイだけ家に戻った。
昨日百均でクリアブックを買ってきたので、上田支部や東御美術会の書類を整理した。
特に上田支部の書類は、ワードやエクセルに入力する原稿や、その校正刷りなど、もう廃棄していいものも残っていたので、会議などに使ったものだけを残してファイル化した。
来年から庶務を一人で引き継ぐ予定なので、過去の資料もいずれデータ化して、紙で残すのは必要最小限にするつもりだ。
10時ごろからジイ小屋の脇に建ててある農機具の物置の、扉が劣化して重たくなったので、取り換える作業をした。
今までの扉は、長野に引っ越してきたときに以前の家で使っていた2個の洋服タンスを壊して持ってきたタンスの扉を再利用したものだ。
新しい扉は、化粧合板を使った。
2個あった丸鋸の1個をジイ小屋に残しておいたので、合板をカットするまでは問題なかったが、扉に付いていた戸車を付け替えようと思ったら、戸車の車が回る溝を切らなければいけないことがわかった。
大半の工具を長女の家の倉庫に運んでしまったので、溝を切るためのノミなど手元になかった。
仕方がないのでマイナスドライバーを使ったら、切り落としたところが汚くギザギザになってしまった。
きれいに仕上げ直そうとヤスリを探したらこれも持って行ってしまっていた。
なんだかんだと手間がかかって、新しい扉を取り付け終わったら午後1時を過ぎていた。
物置の扉ビフォー 物置の扉アフター
お昼でいきいきサロンが終わるのかと12時ごろから電話を待ちながら作業していたが、電話がかかってこなかった。
今日のいきいきサロンは子供会とも合同で餅つき大会もあると聞いていたので、終わる時間も遅めの設定だったのだろう。
物置の作業を終え、1人でお昼を食べ始めたらバアが戻ってきた。
仲間の保健補導員さんに送ってきてもらったという。
ジイの好きな餡子のお餅をお土産に持って帰ったので、食べかけていたお昼をやめて、あんころ餅を食べた。
美味しかったので一人で全部平らげた。
明日は、泊まりで渓流釣りの納会で上尾に行くので、久し振りに合う仲間への手土産を買いに立科町のツルヤに行ってきた。
ツルヤブランドのリンゴバタージャムが好評だったのでまたそれを手土産にした。
2019年12月06日 (金) | Edit |
昨夜は暖房をつけ忘れて寝てしまった。朝起きて室温を見ると16℃だった。
高気密高断熱の家でも、一晩暖房しないとここまで室温が下がる。
外を見ると畑や庭がうっすらと雪で白くなっていた。今季の初雪だ。
初雪
外の温度計は0℃、最低気温はマイナス4℃になっていた。
午前中曇っていたので、気温がなかなか上がらなかった。
10時半に買物に出かけるため車のエンジンをかけたら、気温低下に注意のメッセージが出た。
このメッセージは外気温が3℃以下になると表示される。
パネルに表示される外気温は1℃だった。
上田のアリオで買物をしたが、お昼に近くなったので、店内の丸亀製麺で温かい釜揚げうどんを食べた。
少し身体が温まった感じがした。
アリオの駐車場に入るときに、パトカーが止まっていて、横断歩道の一時停止違反を見張っていた。
時には白バイが見張っていることもある。
すぐそばに上田警察署があるので、買物でしょっちゅう来ているジイたちには取り締まりの個所というのはよくわかっていて日ごろから気を付けている。
ジイたちが駐車場に車を停めて、店舗に行くのに渡るその横断歩道の手前まで来たら、右側から通りぬける車が来たので、立ち止まって待っていたら、通り抜けたその車をサイレンを鳴らしてパトカーが追いかけていった。
ジイとバアで一時停止違反の罪を作ってしまった。
お昼を食べて買物を終えて家に帰るころには、青空も出てきたが気温は4℃までしか上がらなかった。
今週は「サクラを見る会」の招待者名簿という公文書を巡る政府と野党の攻防をワイドショーで取り上げられ続けた。
開示したら自分たちに都合の悪いことが記録された公文書を廃棄してしまう、というのは安倍政権の特異性でもあるが、終戦前後の政府や軍部と相通じる発想でもある。
ポツダム宣言受諾後にあまたの公文書が焼却されてしまった。
地方自治体の職員だったジイは、3年間文書管理の業務に携わっていた。
新入職員に対する最初の研修で、公文書のイロハを教えるのだが、まずは自分が仕事上で作成した文書はメモも含めてすべて公文書となること、それは個人の私文書ではなく、市民の財産となる公の文書であることを教える。
だから文書の形式も表現方法も一字一句間違いないよう書く訓練をさせる。
文書の保存年限も1年から永年まで5段階で取り扱ってきた。
ジイがいた時代は、まだ電子データでの保存より紙べ―スの保存年限が念頭にあったので、毎年書庫が大量の文書で膨れ上がってしまい、回転式の電動書架を導入して狭いスペースを有効に活用するとともに、ファイリングシステムを導入して、不要な文書を適正に廃棄する業務を進めた。
その中でも、毎年保存年限が来て廃棄する文書も、必ず各所属にいる文書主任が廃棄文書を点検したあと、教育委員会の文化財担当課に廃棄文書を点検させるシステムにした。
行政文書として不要になったものでも、文化財的価値があるという文書は残すという発想だ。
少なくてもジイが役所にいた時代のこれが一般的な公文書の取り扱いだった。
ましてや時代が変わり、情報が紙媒体から電子データが中心になった今日、データ化された公文書は、保管スペースの問題がほとんど起きないので、すべての公文書はハッカーなどによる情報漏洩以外、永年保存しても大きな問題は起きない。
すべて文書は永年保存すればいい。
国民の財産である公文書を、公務員が時の権力に忖度して廃棄してしまうのは、はっきり言って犯罪だ。
2019年12月05日 (木) | Edit |
今日は東御美術会の今年最後の例会と、夜には納会がある。
その間に佐久の野沢整形外科に行って、先日佐久医療センターで撮ったMRIの結果も聞きに行きたいので、今日は一日忙しい。
東御美術会の例会は午前中だけにしてお昼は家に戻って食べることにした。
今日は祢津公民館で静物を描く、ということでいろいろ画題が持ち寄られていたが、その中でポインセチアを選んで描いた。
午前中だけなので、B5のスケッチブックの画用紙を使った。
いつも使っている8号に比べると4分の1程度のサイズだ。
9時半から描き始めて約2時間で完成させ片付けた。
画題のポインセチア ジイの描いた絵
やはり午前中で帰るという人がいたので、その人を送りがてら帰宅した。
次期上田支部の支部長候補になっている人だ。
先日の役員会では固辞しているように見えたが、覚悟を決めたようだ。
家に帰ったら、バアが早めの昼食を用意していてくれた。
野沢整形外科に行く前の約1時間、13日の上田支部の常任委員会の会議資料を印刷した。
今の支部長、庶務に事前にチェックしてもらうためだ。
午前中の東御美術会の例会には来ていなかったが、夜の納会には出席することになっているので、その時に渡すことにした。
1時20分に家を出て、郵便局に寄り上田支部の支部員に年末年始の予定の日程変更をお知らせするハガキを出した。
最近は水をつけなくてもそのまま貼れる切手シールを売っているので、それを買って貼った。
整形外科には2時前に着いた。まだ誰も来ていなくて一番だった。
2時15分になるまで入口の外のベンチで待った。
晴れてはいるがさすがに外にいるのは寒い。
中待合には先に5人ほどが呼ばれたが、診察室に呼ばれたのは一番先だった。
MRIの結果は、やはり内側の半月板が損傷していた。
変形性膝関節症とも連動して炎症を起こしていたらしい。
2週間前に打ってもらったステロイドで痛みがほとんどなくなり、炎症による水も溜まっていないが、ステロイドの効果は2,3週間までと言われた。
今はいいがやはりこれからの1週間でまた痛みが出てくる可能性もある。
半月板の損傷は、それ自体再生してよくなるということはないので、手術するかリハビリで大腿四頭筋の筋力を強化するしかないようだ。
いずれにしてもステロイドの効果が切れる1週間様子を見ることにした。
効果が切れても炎症が再発しなければいいのだが・・・。
整形外科で1時間も待たされないで終わったのが嬉しい。
家には3時半に帰ることができた。
家の西側の畑の麦が、西日にあたって光って見えた。
筋状にそれとわかるように芽が伸びてきた。
浅間山やそれに連なる黒斑岳の山頂付近が雪で白くなっていた。
麦畑 浅間山
5時に長女夫妻が納会の会場の御牧苑まで送ってくれるため迎えに来てくれた。
長女は休みでほかに用事もあったろうに送迎に付き合ってくれた。
今まで御牧苑の納会ではほとんど車で行っていたのでお酒を飲んだことはなかったが、送迎をカミチャンがしてくれたのでこころおきなくお酒が飲めた。
7時に迎えを頼んでいたが、宴会が伸びて30分も遅くなってしまった。
それまで「近くの駐車場でまで待っていてくれたようだ。
2019年12月04日 (水) | Edit |
昨夜は暖房を点けないで寝たが、寒くて目が覚める、ということもなく朝まで熟睡できた。
これも右膝の痛みが出なくなったおかげかもしれないが・・・。
今日も晴れていたので10時前にリハビリウォーキングにバアと出かけた。
昨日、立科町のエリアを久し振りに歩き始めたら電話で戻る羽目になってしまったので、今日はもう一度そのエリアを歩くことにした。
風もあまり吹いておらず、日光を浴びてポカポカしながら歩いたので、途中の長い上り坂では背中に汗をかいているのを感じた。バアは去年に比べると格段の速さで歩けるようになっている。
そのスピードに付いていくのがやっとだ。
坂を上り切った先の開けたところで一休みした。
この時期は空気が澄んで山並みがくっきり見える。
ちょうど1時間歩いた。膝の痛みはほとんど感じず、太ももやふくらはぎの筋肉が突っ張っている感じだ。
リハビリウォーキング 一休み
午後から、生ごみを捨てる穴を庭に掘った。
寒くなって使っていたごみ穴が満杯になってきた。
夏場は、どんどん分解が進むので満杯にならないが、寒くなると分解に時間がかかる。
微生物だけではなくごみに群がる昆虫類もめっきり減ってくる。
スコップを使って穴を掘る作業は、足に負担がかかるが、膝は全然痛くならなかった。
作業を終えた後も大丈夫だ。
空がジイの足を心配して?怪しい雲が湧いてきていた。
生ごみの穴 怪しい雲
穴掘りを終えて庭の枯草の片づけをしているときに長女から電話があった。
カミチャンと一緒に塗った和室の壁の養生テープを剥がしてスッキリしたので見に来ないか、という電話だった。
長女たちの家に行って早速仕上がった壁を見させてもらった。
自分で言うのはなんだが、塗っているときに感じた色ムラは、乾いてほとんど見えず、なかなかの出来栄えだった。
この部屋を自分の寝室兼居室として使うカミチャンが満足しているようなので、何よりだ。
仕上がった壁
ちょうどお茶の時間で、おいしいシュークリームをご馳走になった。
離れの接骨院のリフォームも進んでいた。
今日は壁紙を張り替える作業をしていた。
新しく玄関入口の造作もほぼ完成していて、後は壁紙を張ったり、玄関のサッシのガラスを替えたりすればほぼ完成になるそうだ。
2019年12月03日 (火) | Edit |
朝目覚めると掛布団がベッドから落ちそうになっていた。
毎晩床下暖房を点けて寝ているが、昨日も今日の外気温が氷点下にならず、室温も20℃を越えているので寝ている間暑く感じたのだろう。
この程度の気温で冬が終わればいいのだが、今週末にかけてぐっと冷え込む予報になっている。
今日は晴れて暖かそうなので、10時に家を出てバアとリハビリウォーキングを始めた。
午前中のリハビリウォーキング
15分ほど歩いたところで電話がかかってきた。
上田支部の役員会のためにみんな集まっているという。
確かにはじめは午前10時に集まることになっていたが、メンバーを招集したMさんが午後1時からと伝えてしまったという話を昨日支部長とのやり取りで聞いたので、お昼を食べてから出かけるつもりでいた。
仕方がないので、歩いた道を戻って家に帰り、急いで支度をして昨日作った資料をもって文化会館に出かけた。
話し合いは、事務的なものが先行し、来年度からの役員体制をそうするかという核心的な部分がどんどん後回しになって、会議を始めてから1時間以上経ってようやく支部長が事情で退任する、という話が出た。
支部長が考えている後任人事案も、支部長、副支部長に名指しされた人からも異論が出た。
これでは小田原評定会議と同じだ。
実務の主要な部分を担う庶務の仕事はジイの単独指名案が出された。
いろいろ言いたいことはあるがトップの人事が決まらない限り先に進まないので黙っていた。
12時半を過ぎて、認知症が始まった夫を家に残して心配している人もいるので、会議が終了した。
午後1時前に帰宅して昼食を取った後、午前中30分しか歩けなかったので、もう一度リハビリウォーキングをやり直した。
出かける前に家の西側畑を見たら、麦が新芽を出していた
。今年の冬は麦畑に囲まれた風景が楽しめそうだ。
午後のリハビリウォーキング 西側の麦畑
リハビリウォーキングを1時間した後、今日の会議で決まった年末から年始にかけての事業内容の変更を支部員に伝える通知文を作成して、支部長と庶務に文面をファックスした。
すぐに返事が返ってきて一部訂正してハガキ印刷にかけた。
夕食の後、明日に発送するため宛名書きを、郵貯の年賀状ソフトを使って入力、印刷した。
さらに今日の会議を踏まえて、13日に行われる常任委員会の資料を作成した。
新たな役員体制の下で組織が能動的に動くように組織体制の見直しも提案することになっているが、その資料をまとめるのに苦労した。
2019年12月02日 (月) | Edit |
今朝7時の外気温はなんと8℃だった。
12月になって冬モードと昨日のブログに書いたのに、今朝は10月並みの気温だ。
昨日日中南風で気温が急上昇していたが、暖められた空気がそのまま残っていたのだろう。
天気予報では深夜から雨ということだったが、朝起きた時点では畑など濡れておらず雨は降っていなかったが、間もなく降りだした。
今日は、長女たちの家の和室の仕上げの壁塗りをするので9時半過ぎにでかけた。
雨が本降りになっていたが、気温が低くないので決行することにした。
10時前からカミチャンと手分けして塗り始めた。
脚立を使う高いところはカミチャンにやってもらい、ジイは鴨居から下の部分を担当した。
一昨日最初の塗りをしたところは、塗った時はかなり塗りムラが目立っていたが、乾くとそれほど目立たなくなっていた。
それでもよく見れば、元の壁の色が上から塗った塗料の下から浮き出ている。
ただ仕上げ塗りを始めると、最初に塗った塗料の膜が表面を覆っているので、その上をなぞるように塗ると、比較的均等に塗料が伸びて塗りやすかった。
最初の塗りでは午後3時過ぎまでかかってしまったが、今日は塗り始めて2時間、ちょうどお昼で塗り終えることができた。
プロではないので均一にむらなく塗料を塗れたわけではないが、まずまずの仕上げ塗りになった気がする、というかそう願いたい。
一日立てば塗料が乾くので、明日の午後にでももう一度確認しよう。
その部屋を自分の部屋として使うカミチャン自身が気に入るかどうかだが・・・。
壁の仕上げ塗り① 壁の仕上げ塗り②
塗り終わってお昼を食べに家に戻ろうと外に出たら、東北の方向に虹が二重に出ていた。
11時ごろから外が明るくなってときおり陽も射しこんできていたが、東から北にかけての空が青空で、西・南の雨雲の切れ間から陽が射して虹を作ったのだろう。
下の虹は色が濃くて7色が分かりそうな感じだった。
二重の虹
家に戻ってお昼ご飯を食べている間にまた空が雨雲に覆われて雨が降りだした。
長女たちの家に戻って壁塗りの道具や塗料を片付けた。
追加で買った塗料は3分の1使っただけで残った。またほかで塗ることないだろうが・・・。
家に戻って、明日の上田支部の役員会に使う資料を印刷したり新たに作ったりした。
これからの支部のあり方を決める大事な会議になる。
芸術の世界は実力主義だから、会の中心になって引っ張っていくべき日本水彩画会の会員の人たちがここでも高齢化が進み、次の世代が育っていない。
会の運営の一部を駆け出しのジイも担わせてもらっているが、残念ながら実力ではまだまだ教えてもらう立場だ。
サポートはさせてもらうがやはり会員の人たちにもうひと踏ん張り頑張ってもらうしかない・・・。
2019年12月01日 (日) | Edit |
今朝の最低気温はマイナス5℃、朝起きると畑が霜で白くなっていた。
深夜の時間帯に点けているエアコンの室外機から排出される水が、凍っていた。
暦も12月師走になって寒さも冬モードに入ったようだ。
しかし日中は晴れた上に風が南風だったので気温が15℃近くまで上がった。
エアコンの水が凍った
昨日和室の壁塗りで足りなくなった塗料をアマゾンで午後4時前に注文したら、昨夜のうちに発送され、10時ごろにはクロネコから配達時間指定のメールが入った。
今日の午前中の配達指定をメールで送った。
立科町にある営業所からくるので、午前中の指定をすると、大体9時半前後に届くので待っていたが、1時間あとの10時半に届いた。
今日は休日なので、いつもの配達の人と違う人だった。
品物を受け取ったら上田へ買い物に行く予定をしていたので、スタートが遅くなってしまい、買物から戻ったら12時半だった。
もう少し早く塗料が届けば、カミチャンに連絡して午後一番からでも壁塗りをしてしまおうかと思ったのだが・・・。
他にやることもあったので、壁塗りは明日にすることにした。
夕方立科町のコメリに行って仕上げ用の刷毛などを買って、塗料などと一緒に長女たちの家に届け、カミチャンと明日朝から壁塗りすることを確認した。
家に戻ると早くも陽が沈んであたりが暗くなり始めていた。
今日の日の入りは、東御市では4時33分で、冬至の時よりも3分早い。
今週末にかけてさらに1分早い日の入りでその時が一番早いようだ。
冬至は日の出から日の入りまでの時間が一番短いのであって、日の入りが一番早いわけではないし、日の出が一番遅いわけでもない、ということを数年前に知った。
日の入り
2019年11月30日 (土) | Edit |
昨日一日壁塗りや畑仕事など体を動かしたが、足が痛くなって動けなくなるということはなかった。
佐久の野沢整形外科でステロイド注射をしてもらって1週間経ち、ステロイドの効果で右膝周辺の痛みが徐々に消えてきている。
今朝は昨夜の就寝から7時近くまで、足の痛みで目が覚める、ということもなくぐっすり眠ることができた。
ステロイドの効果が出始めたころは、いつ薬の効果が切れるのか不安だったが、今日は痛みの原因となっている箇所の炎症が収まっているのではないかと感じるようになってきている。
一昨日MRIを撮ってもらってその結果が分かるのは1週間後と言われているが、その結果を待たずとも今のような状態なら、再発しないリハビリの方法を教えてもらうだけでもいいような気分になっている。
今日は、長女の家の和室の壁の本塗りをすることになっているので、9時過ぎに家を出た。
昨日塗った定着剤は乾いていたので、いよいよ水性塗料の塗りを始める。
水性塗料なので、少し塗ってみたら硬い感じがしたので、水で薄めながら塗った。
定着剤と同じように砂壁にどんどん吸い込まれる感じで、均等に塗ったつもりだが少し乾いてくるとかなりムラ塗りになっているのが分かった。
畳1枚分を塗った後、もう一度上塗りをしてみたが、やはりムラが残った。均一になるよう重ね塗りをすることにした。
塗料缶に書いてある説明書をよく読んだら、最初の塗りが乾くのに夏場で1日、冬場で2日と書いてあった。
今は冬場だろうから2日かかるということになる。
買った6ℓ入りの缶で塗れる面積は、畳で18畳分以上と書いてあったので、十分足りると思っていたが、実際に塗ってみると、最初の塗りでほとんどなくなってしまった。
とても二度塗りできる量ではなかった。
作業も、昨日の定着剤のようには行かなくて、午前中でやっと3分の2ぐらいしか進まなかった。
今日は長女が仕事は休みだったので、午前中家から歩いてきたバアと長女が相談して、我が家にある食材を二人で歩いて取りに行き、また歩いて長女の家に戻って来てお昼を準備してくれた。
おかげでバアは1万歩に手が届く歩数になった。
午後1時前から作業を再開し、塗り終わったら2時を回っていた。
仕上げ塗りは、アマゾンで同じ塗料を取り寄せてからなので、2,3日後ということになった。
帰りはバアも車に乗って帰った。
二人で壁塗り
2019年11月29日 (金) | Edit |
今日は朝から青空が広がっていた。
昨夜のうちに気温が氷点下になったので、かなり冷え込むかと思ったが、最低気温がマイナス3℃とそれほど冷えてはいないようだ。
ただ、美ヶ原高原や蓼科山は降った雪が融けずに山並みが白っぽくなっていた。
美しヶ原の雪
今日は、長女夫妻の家の2階の和室の壁塗りをすることになっていたので、9時半に家に行った。
壁を塗る前に壁砂を定着させるための液体を塗る段取りになっていた。
ネットで調べたらその定着液は30分ぐらいで乾くと書いてあったので、今日一日で壁塗りは終わらせることができると思っていた。
実際にその定着液を使う前に、容器に書いてある仕様書を読んだら、乾燥に夏季で1日、冬季で2日と書いてあった。
これでは今日一日では塗り終わらない。
定着液を塗り始める前に、昨日までにあらかたカミチャンが、養生テープを張ってくれてあったので、畳の床だけテープにビニールシートが一体になっている養生テープを張って、液が垂れても畳につかないようにビニールシートを広げて準備完了した。
高いところはカミチャンが脚立に乗って塗り、ジイは鴨居や窓枠から下の部分を塗った。
はじめのうちは丁寧に塗っていたので、用意した定着液が足りなくなるかと心配したが、最後は少し余った。
作業を始めてから1時間ほどで塗り終わった。
倉庫のトタン塀を塗った時と違って、土壁に刷毛を立てると吸い込んでいくので、塗り伸ばすのではなく、沁み込ませるように塗るという、まるで要領が違うので面食らった。
明日塗る塗料も水性塗料なので、今日の定着液に似たような要領で塗ることになるのだろうか?
壁に定着液を塗った
今日から離れのリフォームに大工さんが入って、入口の改造を始めている。
鉄骨で組んだメーターモジュールの部分なので、造作は現場合わせで苦労しながらやっているようなので、写真を撮るのは遠慮した。
一日がかりの壁塗りのつもりだったが、午前中で終わったので、午後は畑をミニ耕運機で耕した。
一昨日焼却灰を畑に撒いたので、それを漉き込むように耕した。
耕したあとは、ミッチャンが園芸用に植物を植えてあるエリアとの境目に、畔板を仕切り代わりに埋め込んだ。
畑を耕した 境目

2019年11月28日 (木) | Edit |
朝起きて朝食の準備を済ませてから、公民館までプラごみを出しに行った。
ごみの分別方法が今年から一部変わったので、プラごみが貯まるペースが速くなった。
2か月で1,2回出しに行っていたのが、1か月でそのぐらいのペースになった。
車で運べないお年寄りなどどうしているのか心配だ。
昨日一日雲に覆われていた浅間山が雲の切れ間から白くなった顔を出していた。
今季初冠雪だった時には写真が撮れなかったので、プラごみを出してきたあと写真を撮った。
朝の浅間山
今日は佐久医療センターでMRIを撮ってもらう予約が入っているので、11時に医療センターに着くように家を出た。
バアに一緒に行ってもらった。
時間通りに着き、予約していた窓口に書類を出すとすぐにMRIのほうに案内された。
撮影用の衣類に着替え、予約時間の11時半に右膝周辺の撮影が始まった。
生まれて初めてMRIを経験したが、耳栓をされ、はじめのうちは断続的な機械音が気になっていたが、そのうちリズミカルな音に変わったら睡魔に襲われた。
20分ほどで終わったが、頭がボーっとしていた。
バアは1時間近く待合室で待たされた。会計を済ませ佐久医療センターを出た。
今回は、診察・治療まで紹介されたのではなく、単にMRIを撮ってもらうことだけの依頼なので、診察はMRIの結果を待って、先日行った整形外科で再診を受けることになっている。
MRIの資料が整形外科に送られるまで1週間ということで、それまで待たなければならない。
病院と診療所や開業医との「地域連携」というが、早く結果を知って適切な医療を受けたい患者からすれば、設備と医療スタッフが揃った大病院に初めから受診したい、と思うのが普通だと思う。
たまたまジイの場合は、先週打ってもらったステロイド注射の効果で痛みが和らいでいるのでまだいいが、それでも1週間後まで今の状態が持続できるかわからない不安がある。
週明けには整形外科に結果が届いているか電話で確認するつもりだ。
帰りに、その整形外科の場所をバアに車で案内したあと、お昼を外食した。
混んでいて席に着くまで20分ほど待たされた。
食後、佐久のカインズとイオンで買い物をしたあと、帰路についた。
家に直帰する前に長女の家に寄って、明日から始める2階の和室の壁の塗装に使う道具を倉庫にしまった。
長女の家から浅間を見たら朝より雲が取れて冠雪している姿がよく見えた。
午後の浅間山
いよいよ離れの接骨院のリフォームが始まっていた。
電気の配線工事もやっていて明日までかかるそうだ。
壁塗りの養生はカミチャンがやっていてくれているので、ジイはやらなくて済みそうなので、家に戻った。
夕方、長女の家の近くにある農業生産法人の家に、お礼を届けに行った。
稲わらの束とロールをいただいたお礼だ。
朝は5℃だった気温が、日中ずっと曇って冷たい空気が吹いていたので、届け物をして家に持って温度計を見たらすでに気温が氷点下まで下がっていた。
38年ぶりに日本を訪れたローマ教皇は、核兵器や大量破壊兵器の廃絶を強く訴え、帰国の機上では絶対的な安全性が確保されていない原発の稼働に否定的な意見を述べた。
そんなさなか、昨日日本の原子力規制委員会は、東日本大震災で被災した女川原発2号機が新規制基準を満たすとする審査書案を了承した。
広島・長崎の原爆の被爆と福島第一原発のメルトダウンによる被曝と、世界のどこにもない二重の被爆体験をした日本が、世界に向けてローマ教皇以上に大きな声で反核、反原発を訴えなければいけないはずなのに、為政者はもう「のど元を過ぎて熱さを忘れてしまった」のだろうか?
アベさんいい加減にやめなさい!
2019年11月27日 (水) | Edit |
朝起きると雨は降っていなかったが、デッキが濡れていたので、明け方近く降ったのだろう。
今日の天気予報は一日曇りとなっていた。
空は雨雲がせわしく動いていて、時々霧雨となった。
9時過ぎに玄関のチャイムが鳴るので戸を開けたら、家の奥の田んぼや周りの畑をやっている農業生産法人のSさんだった。
藁のロールを持ってきたがどこに置けばいいか聞きに来てくれたのだ。
稲刈りの時に、稲束を50束作ってもらっていただいたときに、欲張って藁ロールの10個お願いしていた。
先日、奥の田んぼで作るはずの藁ロールが作られず、全部燃やされてしまったので、頼んだ藁ロールは忘れられたのかと思っていた。
聞いたところでは、奥の田んぼの切り藁はロールにできなくなっていたので焼いてしまい、藁ロールは他の田んぼで作ったものをわざわざ運んできてくれたものだという。
ありがたいことにちゃんと忘れずに届けてくれたというわけだ。
畑の隅に10個積んでいってくれた。
藁ロール
時々霧雨も降っているので、藁束を収納している小屋に、藁ロールも収納することにした。
少しはみ出てしまったが何とか屋根の下に積み込んで、濡れないようブルーシートを掛けた。
これだけの量があれば、来年の野菜作りは、株元にたっぷり敷き藁できるので、草取りも少なくて済みそうだ。
俄然来年の野菜作りへの意欲がわいてきた。
藁置き場に 藁置き場
小屋に収納する作業が終わるころには、雨雲が過ぎ去って青空が出て陽も射すようになった。
お昼前のコープの宅配が来る前に、リハビリウォーキングに出かけることにした。
足の具合は、先週佐久の整形外科で打ってもらったステロイド注射がまだ効いているようで、ズキズキする疼痛は感じなくなっている。
静岡への一泊で、囲炉裏の傍で長い時間座って痛みが出るのではないかと心配したが、激しい痛みは全くでなかった。
仲間の一人がカイロプラクティックの資格があると言って、マッサージやストレッチをしてくれたのもよかったのかもしれないが・・・。
50分ほど歩いて家に戻った。
コープの配達に間に合うか心配しながら歩いていたが、家に着いてから30分ほどしてやってきた。
いつものドライバーと違う人だったので、少し遅れてきたようだ。
リハビリウォーキング
午後は、百匁柿の渋が抜けていそうなものを30個ほど収穫した。
先週収穫した1個を剥いて食べたら渋くて食べられなかった。
その時に取った柿の1個を今日食べてみたら甘くなっていておいしかった。
採って数日置いたら甘くなるかもしれないと期待して収穫した。
そのあと、畑に焼却灰を蒔いた。
今年1年野菜を作っていないので、だいぶ土の酸化が進んでいる可能性もある。
春になったら苦土石灰を蒔くつもりだがその前に焼却灰を蒔いてみた。
時間があるときにミニ耕運機で、土に漉き込んでみるつもりだ。
畑に焼却灰
2019年11月26日 (火) | Edit |
昨夜は2時半ごろ就寝したが、神経が高ぶっていてなかなか寝付けなかった。
一部屋に3人で寝ていたが、しばらく両側から聞こえてくる鼾でなおさら眠れない。
しかし7時半に起きたら、隣に寝ていた仲間がジイの鼾がうるさかったと言ったから、意外と自分で思う以上によく睡眠したのかもしれない。
朝から小雨が降っていた。
朝食を囲んで昨夜の続きでそれぞれの今までの生きざまを報告し合った。
集まれなかった60人ほどの仲間の消息もみな知っている限りの報告がされた。
50年経過して、70人の仲間のうち自死や病死など15人がすでに鬼籍に入っていることが分かった。
みな次は自分かもしれない、という思いがある。
田舎家
11時半まで過ごした後、三々五々解散することになった。
来年の3月11日で大学に機動隊が導入されてから50年の節目となるので、そのころに東京で可能な限り集まれる仲間を募って集まろう、ということになった。
もう大勢が一堂に会する機会は最後になるかもしれないので・・・。
帰りは、雨降る中昨日走った道を逆に迷うことなく走って帰った。
途中長野県に入るころには雨もやんで運転が楽になり、高速道路など睡魔に襲われながらも無事自宅まで午後3時過ぎに戻ってくることができた。
長女が心配してLINEで着いたかたずねてきた。
4時から5時半まで寝た後、LINEで無事帰ってきたことを伝えた。
2019年11月25日 (月) | Edit |
朝は雨上がりのような霧が出て幻想的な風景だった。
それも2時間もすると霧が晴れて陽射しが出て外は暖かくなった。
朝の霧
今日は25年ぶりに大学時代の仲間と会うため、静岡県富士宮市に行く。
出かける支度をして車で11時に家を出た。
行き方にはいくつかのルートがあるが、距離的にはまだ完成していないが一部供用開始となっている中部横断自動車道のルートに沿って行くのが一番近そうなので、そのルートで行くことにした。
佐久南インターから中部横断道に乗り、完成して走ることのできる八千穂高原インターまで行った。
この区間は高速道路だが無料区間だ。
その後国道141号線で須玉インターまで行きそこから中央自動車道、双葉ジャンクションから中部横断道に再び入って、開通しているところまで走った。
走っている車の正面に頭に雲の冠をいただいた富士山が見えた。
富士山
車のナビはデータが古いので、道路のないところを走っていた。
山梨、静岡のエリアの中部横断道はかなり工事が進んでいて、目的地の近くまで高速道で走ることができたので、午後3時までに着く予定で走ったが、午後2時前に目的地へ行く最初の目印の身延線稲子駅に着いた。
途中で、今日一緒になる仲間に電話をしたら後から目的地に行く途中であることが分かり、彼の車が追いつくのを待った。
合流したあと10分もしないで集合場所の家に到着した。
そこは30年以上前に仲間の一人が農家の住宅を買い取って、福祉活動の拠点としてまた、本人の農業実践の場所として長く使ってきた家だ。3時半ごろまでには全部で10人が集まった。
囲炉裏を囲んで話が弾んだ。
一人はジイの今の家に訪ねてくれたことがあるが、それ以外は25年前に新宿の早稲田で会って以来だ。
その間ジイも含めてみな容貌、外観にはかなりの変化があるが、話していくうちに若いときのイメージとのギャップが無くなるから不思議なものだ。
10人のうち半数の5人は何らかの形で牧師をいていたが、1人を残してみな牧師を隠退していた。
牧師にならなかった5人もそれぞれ学生時代の思いや課題を引きづって今日まで生きてきたがわかった。
どんな形にしろ我々が死ぬまで背負っていくものなのだろう。
夜中の2時ごろまで話し込んだ。
いろりを囲んで

2019年11月24日 (日) | Edit |
今朝は11月下旬の気温とは思えない高温だった。
最低気温は9℃、最高気温は22℃まで上がった。
こんな暖かい日にやるのはなんだが、スタッドレスタイヤに交換するため、午前中長女の家に行った。
明日は、南アルプスを南下して静岡の富士宮市まで車で行くので、途中の山中で降雪にあっても困るので、タイヤ交換することにした。
事前に連絡していなかったが、家にカミチャンがいたので、カミチャンにタイヤ交換の要領を手ほどきするため、N-boxのタイヤから交換を始めた。
降雪地帯で暮らしたことのないカミチャンにとっては、冬用タイヤに交換するのは初めてだった。
やり方だけ教えて実際の交換はカミチャンにやってもらった。
その後フィットのタイヤ交換は自分でやった。
毎年家の前の駐車場で寒風に晒されながら、震えるようにタイヤ交換していた。
それが今日は、汗だくだくになっての交換だった。まるで夏用タイヤに交換している感じだった。
一昨日のステロイド注射の効果がどこまで続くのかわからず、タイヤ交換作業で薬の効果が切れてくるのではないかと心配したが、30分ほどの作業で特に異常にはならず、ほとんどひざの痛みを感じない状態だった。
交換したノーマルタイヤはカミチャンにフィットのタイヤも洗って干してもらった。
12時を過ぎたので、タイヤが乾いて倉庫に収納するまでカミチャンにお願いして家に戻った。
タイヤ交換している間にバアが一人でリハビリウォーキングをしながら長女の家まで来て、交換する姿を眺めていたので、帰りはフィットに乗って自宅に戻った。
午後、上田のイオンの隣にあるいつも利用しているガソリンスタンドまで給油に行き、ついでにタイヤの空気圧も調整してきた。
往復で26㎞あるので、給油だけでそこまで行くのは、2,3円の単価の安さでは元が取れない勘定になるが、使い慣れたところで給油する気楽さに勝てなかった。
夕方空が赤く染まっているのに気が付いて西の空を見たら、久し振り鮮やかな夕焼けになっていた。
時間は4時45分、日没が早くなった。
玄関前の夕焼けベンチに腰掛けて夕焼けを眺めた。
夕焼け
2019年11月23日 (土) | Edit |
夜中の睡眠中、足の痛みで目が覚めることはなかったが、熟睡したあとの明け方5時ごろから目が覚めた後、しばらく寝付けなかった。
朝7時に起きた後も劇的に痛みを感じなくてキツネにつままれたようだった。
昨日の整形外科の診療明細を見たら2本の薬注の項目の一つにステロイドを使ったことが分かった。
もう1本はヒアルロン酸で他の病院で打ってもらっていたものと同じだ。
朝から膝の調子がいいので、昨日にひき続き10時からリハビリウォーキングに出かけた。
天気予報では朝から晴れることになっていたが、曇っていた。
長女の家に立ち寄って一昨日塗装が終わった倉庫の北側の壁面を写真に撮った。
曇っているので逆光にならずはっきり撮れた。
長女たちは留守のようだったので声を掛けずに、家に戻った。
時間は1時間を越えていたが、ほとんどひざの負担は感じなかった。
ステロイドの効果がどれほど持続するのかわからないが、しばらく効いてくれているといいのだが・・・。
リハビリウォーキング 倉庫の北側の壁
午後2時に鷹野リンゴ園に行き、自家用のリンゴと贈答用のリンゴを2ケース買った。
宅配便で送る作業は12月にならないと手が付けられないようだ。
まだ収穫真っ最中だからだ。
買ってきた贈答用のリンゴに一箱を開けたら、思ったより粒が小さかった。
このサイズで今まで送っていたとしたら、少しがっかりだ。
買ってきたリンゴを長女の家に届けるため、電話をしたらまだ買い物の途中ということだった。
倉庫の壁の塗装に使った脚立2台に付いたペンキを落としたかったので、留守中だが長女の家にバアと一緒に行った。
バアにも手伝ってもらって、シンナーでペンキを落とした。
この次は室内の和室の壁の塗り替えがあり、この脚立を使う。
また塗料が付くかもしれないが、汚れたまま室内で使いたくなかった。
作業の途中で長女夫妻が買物から帰ってきた。
お茶をご馳走になった後家に戻った。
夜LINEで次女から孫のあーちゃんが大学に合格した、という連絡があった。
いろいろ苦労を重ねた後の結果なのでことさら嬉しい知らせだった。
次女家族もこれでピリピリした緊張感から解放されてホッとすることだろう。
秩父のオープンシェルターから保護ネコのクロネコ(じゅんちゃん)を譲り受けた由、ネコの画像もこれから頻繁にLINEで見られそうだ。
クロネコじゅんちゃん
2019年11月22日 (金) | Edit |
今朝はマイナス5℃まで冷え込んだ。
可燃ごみを出しにステーションまで歩く間吐く息が白くなった。
西の畑は霜で白くなっていた。
外の洗い桶の水が凍っていた。
西の畑の霜 氷
西に面して玄関外の枕木に付けていた温度計が、紫外線で目盛りが消えてきたので、油性ペンで目盛りを書き加えた。
温度計を直射日光が当たりにくい北側の面に付け直した。
今までと最高気温、最低気温が変わる可能性があるが、今朝の温度計はマイナス5℃で止まっている。
ヤマちゃん家の温度計はマイナス7℃だったという。
温度計
9時半の開店時間を待って、立科町のツルヤに買物に出かけた。
このところ買物に出かけることができなくて、食料品などが底をついてきていた。
アリオやイオンなどの大型スーパーには行かず、一番近い地元スーパーだ。
大型スーパーの特別割引デーと買物の都合が合わないときは、ツルヤに行くことが多い。
国道を挟んで反対側に移転拡大したコメリにも寄って電動工具を買った。
木工に使う工具類をほとんど長女たちの家の倉庫に運んでしまったので、自分の家でちょっとした工作をしようと思うと道具が足りなくなった。
買物は1時間もしないで終えて帰宅したので、久し振りにバアとリハビリウォーキングをした。
9月に膝の痛みを再発してからジイはほとんどリハビリウォーキングに付き合わなくなった。
それでもバアは毎日とは言わないが、1人で家の周りを1時間を目標に歩いてきた。
今日のリハビリウォーキングはどちらかというと、ジイのためのリハビリウォーキングのようなものだった。
歩くスピードもバアのほうが早く、ジイが後ろからやっとついていく感じだ。
家まで戻ったら55分の歩きだった。
リハビリウォーキング
庭のドウダンツツジが今日の冷え込みですっかり落葉していた。
紅葉の色が悪かったモミジが最後に残った葉が例年のような赤味を出していた。
これぞ有終の美というところか・・・。
葉が落ちたドウダンツツジ モミジ
1時間近く歩いたせいでもないがまた膝に水が溜まってきた感じもあったので、以前に佐久の絵の仲間から聞いていた整形外科医院に行くことにした。
来週大学時代の仲間が集まる会に一泊で行く予定もあり、出かけた先で悪化しても困る。
午後は2時半から診察が始まるというので、2時過ぎに医院に着くように出かけた。
出るときには予報通り雨が降っていた。
受付は5番目だったが、看護師の問診の後10分ほどで診察室に呼ばれた。
今までの経過の報告を聞いて医師は単なる変形性膝関節症ではなく、内側の半月板が損傷している可能性があるといった。
ただ、医院ではレントゲンや超音波の設備はあるが、半月板の状態を調べるMRIの装置がないので、佐久医療センターに紹介状を書いてもらうことになった。
たまっている水を抜いてもらったら、36ccもあった。今までで一番多い量だ。
仮に半月板の損傷が本当の原因だったとしても一朝一夕に症状が改善するわけでもなさそうなので、しばらく痛みと水抜きと付き合わなければならないらしい・・・。
2019年11月21日 (木) | Edit |
今朝の最低気温はマイナス3℃だった。
いよいよ本格的な寒さがやって来たようだ。
ネットで注文した追加のペンキが、昨夜遅くクロネコヤマトからメールで、今日のお届けと知らせてきた。
時間を指定できるので、午前中に届けるように返信した。
こういう時は大体9時から9時半までの間に届く。
予想通り9時半ごろ届いたので、カミチャンに電話したら今日トタン塗りの残りをやってもいいというので、10時に長女の家に行った。
倉庫の東西の壁は一昨日塗り終えていたので、残すは北側の壁だけだ。
北側には灯かり取りのため3か所窓が付いている。
まずはこの窓にペンキが付かないよう養生をした。
塗り始めると一昨日にはあまり感じなかった寒さに震えた。
明け方の冷え込みが、晴れてはいても冷たい風が吹いていたので気温が5℃ぐらいまでしか上がっていなかった。
しかも北側なのでお日様の恵みも得られない。
刷毛やペンキを入れた箱を持つ手がかじかんだ。
ペンキの伸びも悪く午前中はなかなか捗らなかった。
北側の壁塗り
お昼は少し早めに家に戻り、バアが作ってくれたカレーライスを食べた。
毛糸の帽子や襟巻を持って行って、午後からのペンキ塗りに備えた。
途中から太陽が西に傾き始めて、北側の壁にも日が差すようになり、防寒対策と相まってペンキ塗りも少し楽になった。
午前中の様子ではペンキがまた足りなくなるかと心配したが、最後に4時過ぎに全部塗り終わった段階で少し余っていた。
一昨日塗った面積より、窓3か所分だけ面積が少なかったからだろうが、窓枠の周りを気を付けて塗らなければならなかったので、手間と時間は一昨日と同じぐらいかかってしまった。
何とか2日で塗り終えてホッとした。
明日は午後から雨の予報も出ているので、今日が仕上げるのには絶好のタイミングだった。
屋根やシャッターはプロの塗装屋さんに頼んだが、周りのトタンは自分たちで塗った。
近くで見れば塗り方、仕上げに差はあるが遠目にはあまり変わらない。
西壁アフター
離れを接骨院として開設するためのリフォームを依頼している業者さんから、離れの壁の塗装は自分でやったほうがいいと勧められているらしい。
今回の倉庫の塗装で、初めての体験だというカミチャンがその気になるだろうか?
それならそれで手伝ってもいいかな、と思っている・・・。
2019年11月20日 (水) | Edit |
昨日のペンキ塗りの姿勢で腕や足の筋肉痛が出るかと心配したが、朝起きると特別変化はなかった。
筋肉痛より膝痛のほうが優っているからかもしれない・・・。
朝の気温はぎりぎり氷点下まで下がったようだ。
昨夜は暖房をセットしておいたので室内は20℃になっている。
10時前に北御牧の郵便局に、郵便を出しに行った。
先日ネットで注文したプリンターのインクが、昨日違う機種のものと間違えて送られてきた。
先方の間違いかと思って注文履歴を調べてみたら、こちらの発注ミスとわかった。
電話で確認したら、返送してくれれば手数料500円で欲しかったインクと交換して送ってくれるとのことだった。
郵便局へ行って返送する料金を聞いたら普通郵便で510円だが、ゆうパケットという方法を使えば360円(サイズなどに寄って金額は変わる)で送ることができるというので、それで送った。
手軽にネットで何でも買える時代になったが、時々うっかりミスで無駄なお金を使ってしまう。
気を付けなければいけない。昨日追加注文したペンキは間違ってなかった。
外に出たついでに、上田支部の庶務のMさんの家に行って、来年1月の支部の総会資料の原稿を預かってきた。
午後家の周りを歩いていたら、家の入口に植えてあるシデコブシの花芽がたくさん付いているのを見つけた。
春先に淡いピンクの花を咲かせる。
年々花の数が増えてきているがここまでたくさん花芽が付いているのは初めてだ。
樹形が1年ではそれほど大きくならないが、これからの成長が楽しみだ。
その隣に家を建てた時の外構工事の際に植えたレンゲツツジのほうも花芽がたくさん付いていた。
一昨年たくさん咲いたが去年は数えるほどしか咲かなかった。こちらは1年おきなのだろうか?
シデコブシ レンゲツツジ
午後から総会資料の作成をした。
全部でA4で4枚だが、2時過ぎから5時近くまでかかってしまい、終わったら外は薄暗くなっていた。
2019年11月19日 (火) | Edit |
昨日は夜遅くから雨が降りだしたが、今朝起きた時には雨は止んでいて、青空が出ていた。
昨日は南からの強風が吹いていたが、今日はその風も弱くなっていた。
今日は長女の家の倉庫のトタンをペンキ塗りすることになっていたので、9時に長女の家に行った。
今日一日でペンキ塗りは終わらせたかったので、昨日まで少しずつカミチャンがやってくれていた錆び落としの残りをするのはやめて、ペンキを塗り始めることにした。
一応取り寄せたペンキは錆びの上からも塗れるタイプのペンキだ。
母屋の外壁塗装をした塗装屋さんが置いていってくれた足場や脚立を使って塗り始めた。
買っておいたトタン塗り用の大きめの刷毛で塗り始めたが、すぐに持ち手のところの木部が折れてしまった。
別の買い置きしてあった刷毛を使ったらそちらのほうが軽くて細かいところで塗れるので塗りやすかった。
ペンキ塗り①
途中バアやヤマちゃん夫妻が様子を見に来てくれたので、休憩してお茶にした。
午前中東側の壁面を塗り終わったところで12時になった。
カミチャンと一緒に自宅に戻ってお昼を食べた。
現場に行く前に立科町のコメリに行って、新しく刷毛を買い直した。
午後は次第に塗り方も要領を得てきて、仕上がりもよくなり、手さばきも早くなったので、2時ごろから始めて4時前に西面を塗り終えることができた。
ペンキ塗り②
午後から風が強くなってきて、少し冷たく感じるようになった。
昨日は生温かい風だったが、今日の風は時間とともに冷たくなった。
ちょうど西面を塗り終わったところで、ペンキも底をついた。
ネットで注文したものなので、夕方家に戻ってから同じペンキをアマゾンで注文した。
西面は塗る前と塗った後をビフォーアフターで画像にした。
ビフォー アフター
残った北側の壁面には、ガラス窓が3か所あるので、ペンキが届く前に養生テープを張っておく必要がある。
倉庫のペンキ塗りが終わったら、母屋の2階の和室の壁塗りをすることになっている。
そちらは室内なので周りを塗料で汚さないようしっかり養生しなければならないので、その練習にもなる。
多分明日は筋肉痛も出るだろうから一休みだ。
今日は4年前に亡くなった兄の命日だった。
ジイも兄がなくなった年齢よりも2年多く生き延びた。
目標は86歳で亡くなった父親の年齢を越えることだが、今年のジイの健康状態では、その目標達成の自信が揺らぎ始めている。
2019年11月18日 (月) | Edit |
今日はバアの定期検診の日で東御市民病院に行くため、8時半に家を出た。
車がフィット1台になってからバアの病院行きもジイが車を運転して送っていくようになった。
8時半に家を出るというのは、水彩画では当たり前の時間だが、バアも一緒に出かけるとなると朝食の片づけ、洗い物など結構忙しくバタバタして出かけることになる。
今日は時間通り出かけられたので、予約の9時前に病院に着いた。
バアを送った後コメリに行った。
院内で診察の終わるのを待つのは、そろそろインフルエンザも流行の兆しがあり、そのウィルスをもらいたくないので、コメリで時間を潰すことにした。
コメリでは、長女の家の外水道の流しを頼まれていたので、それを買った。
近々倉庫のトタンを塗るので、トタン用の刷毛なども購入。
さらにジイがかねてから欲しがっていた一人用ダイニングこたつを買うことにバアの許可が出たので、それも買った。
風袋が大きいものが揃ってしまったので、フィットの荷室は後部座席を倒してやっと買ったものを乗せられた。
まだ時間があったので、コメリの店内を見ていたらいろいろ買いたいものが出てきて、バアの呼び出しの電話が来るまでコメリにいたら衝動買いが増えてしまうので、買物をやめて病院に戻った。
院内を回ってバアを探していたらちょうど診療が終わって出てきたところに出くわした。
次回の予約が、他の病院の予約とかち合っていたことが分かり、日程を変更してもらった。
薬局に寄った後、長女の家に行って、コメリで買った外流しを組み立てた。
ちょうどカミチャンが庭掃除をしているところだったので組み立てを手伝ってもらった。
外流し
午後から、倉庫のトタンのさび落としをすることにして、家に戻った。
昼食の後、買ってきたこたつを組み立てていたら2時になってしまった。
1人用こたつ
急いでさび落としに長女の家に行ったが、南風が強くて脚立を使って高いところのさび落としをするのは危ないのでさび落としは見合わせた。
そのかわり木工の仕事を倉庫の中でやった。
離れに押し入れに造りつける棚板についてもカミチャンの意向を聞いた。
棚板は合板を使おうと思ったが、厚みのある板を買ってこないといけないようなので、後日取り付けることにした。
なんだかんだ作業していたら4時半になってしまったので家に帰った。
家に戻るとさらに南風が強くなってきていた。
母屋とジイ小屋の間の吹きだまりに枯葉が山になっていた。
枯葉
2019年11月17日 (日) | Edit |
今月の水彩画関係の行事が今日で一段落する。
月2回ある東御美術会の例会の2回目の例会が今日あった。
前回の例会は、上田城の写生が重なったので休んでいるし、例会の後常任委員会と70周年記念事業実行委員会があるので、休むわけにはいかない。
朝8時20分に家を出て、途中コンビニで昼食を調達してから、祢津公民館に行った。
静物画の画題で野菜や果物などが何点か用意されていたが、その中から大きな百匁柿に似た柿を描くことにした。
静物画で何度も柿を描いてきたが、基本中の基本である色と形が思うように描けてこなかった。
今日も描き終わった後、大先輩に静物画でも遠近を考えて、奥の柿の大きさを小さくしたほうがいいと指摘された。
風景画では遠近や収束点など意識して描いているつもりだが、静物画でもありかと気づかされた。
あとで修正しよう。
画題の柿 ジイの絵
お昼を食べた後午後1時から常任委員会が開かれた。
もう総会の準備の打ち合わせの時期になった。
今の役員の任期はもう1年あるがその先のことを考えると、今から人材育成が必要だ。
ただ来年創立70周年記念事業を今の役員体制で実施しなければならないので、その先のことまで考えていられないというところがみんなの本音だろう。
半分は上田支部の役員を兼務している状態だ。
70周年の記念誌の発行については、元学校長の人がしっかり準備を進めてくれているので心配なさそうだ。
2時半まで会議をしたあと、文化会館で実施している上田支部小品展の会場にほぼ全員で向かった。
今日は最終日で、3時から支部の顧問の米津先生が出品作品の講評をしてくれるというので、支部員が大勢集まった。
ジイの絵については、年々絵がうまくなっている、今回の2点も上手にまとめているが、まるで絵葉書のようで可もなく不可もない、と評されてしまった。
写真のように描写するのがもてはやされたのは半世紀前までで、カメラの性能が向上した現代では、同じように絵で描写しようとしてもカメラに太刀打ちできるわけがない。
それでも絵が写真以上に見る人に感動を与えるにはどうしたらいいか、宿題を与えられてしまった。
講評
丁寧な講評を1点1点やってくれたので全部終わったら4時の閉会を過ぎていた。
それから、飾り付けの片づけ、掃除をし終わったら4時半を過ぎていた。
解散の後、O先生の家に絵を届けてから家に帰ったら5時を過ぎてあたりが暗くなっていた。
今日はジイが一日出かけていたので、長女夫婦がバアを誘って、朝一でうえだのAコープで買い物をしたあと、道の駅雷電クルミの里でブランチをしたり、文化会館へ行って小品展もみたりしてきたようだ。
上田市内で初めての本格的なワイナリーがオープンしたのでそこにも行ってワインを試飲してきたそうだ。
ジイだけ忙しく動き回って取り残されているバアに気遣って誘ってくれているようだが、ジイのいるときにも一緒に連れて行って欲しいものだ。
ジイの絵の前で
2019年11月16日 (土) | Edit |
今日は何も用事が入っていないので、朝から気がかりだったことをやった。
朝食の後、まずは先日植えたタマネギの苗に水やりをした。
一応植えた苗は全部定着しているように見える。
生涯学習で野菜作りを教えてくれた講師が、苗の株元にもみ殻を入れると、霜柱で根元が浮き上がるのを防いでくれる、と言っていたので毎年そうしてきたが、今年はまだもみ殻を入れてない。
もう少し様子を見てからにするつもりだ。
何せしゃがんで作業するのはまだ膝にこたえる。
その後は、ジイ小屋のテラスに一角に木工に使う古材などを囲いを作って収納していたが、主要な材料は長女の家の倉庫に運んだので片付けた。
使える古材を選別し、使えないものはあと火燃しすることにした。
片付いたテラスには、長靴などを収納していた収納ボックスを壁際に置いた。
テラスの外側に置いてあったものだ。
テラスは今後コープの宅配を受け取った後、我が家とヤマちゃんの家の分を仕分けるスペースとして使う予定だ。
ごちゃごちゃしていたテラスが少しスッキリした気がする。
意外と時間がかかって、終わったら12時半になっていた。
ジイ小屋のテラス
遅れの昼食を取った後、選別してこれから使える古材などを積んで長女の家に行った。
カミチャンが庭にいたので、荷下ろしを手伝ってもらった。
さらに、倉庫のトタンのペンキ塗りに使う足場の組み立ても手伝ってもらった。
これだけは一人ではできない。
そのあと倉庫の外壁トタンの穴の開いているところを塞ぐ作業をした。
カミチャンは、これからやるトタンのペンキ塗りの前のさび落としをやってくれた。
さび落とし
穴ふさぎは思いのほか手間がかかって、最後の1か所をやるころには日も落ちて手元が暗くなり始めていた。
穴ふさぎは塗装屋さんからもらった角波トタンをカットして古いトタンの上から接着剤で張り付けるのだが、接着剤が思うようには古いトタンにくっつかず苦労した。
養生テープがあったので、それを上から張って固定した。
果たして1日でうまくくっついているか心配だ。
来週になれば少し時間が取れるので、トタンの塗装をカミチャンと二人でやるつもりだ。
それが終わったら、母屋の2階の和室の壁の塗り替えをするつもりだ。
塗料は昨日までにアマゾンで取り寄せて倉庫に運んである。
家に戻ったら5時を過ぎていた。
2019年11月15日 (金) | Edit |
昨夜は寝る前に睡眠導入剤を飲んで寝たら、今朝目覚ましで起きるまで一度も目が覚めなかった。
夢うつつに膝が痛く感じたような気もするが、はっきり覚醒したわけではないのでよくわからない。
いずれにしろ薬がこんなに効き目があるなんて、あまり服用したことがないので驚いた。
11月になってから、毎日のように水彩画関係の用事で出かけることが多く、それ以外は病院通いという感じだ。
他にやりたいこと、やらなければならないこともあるのだが・・・。
今日は佐久平水彩画研究会の例会があるので、8時半に家を出て会場の佐久市創錬センターに出かけた。
コンビニで昼食を買ったりしていたので、9時の集合に10分ほど遅れてしまったが、会が始まる寸前だった。
今日は、それぞれが自分の模写してみたい絵を持ち寄って、それを模写するというものだ。
長野のU先生が新幹線で来てくれて、はじめに30分ほど模写する心構えや模写の歴史、意義などを話してくれた。
ジイは、2017年緒日本水彩展で会友奨励賞を受賞した人の絵を模写することにし、例会で初めから描くのは時間的に無理だと思ったので、一昨日の夜家でデッサンだけ済ませておいた。
早速彩色を始めたが絵の具を混色して、描かれている色を同じように出すのが難しかった。
単に混色だけでなく、重ね塗りによって出てくる色もあるのでそう単純ではない。
お昼をはさんで午後2時まで描いた後、それぞれ模写した作品を前に並べて、U先生に講評してもらった。
何人かはかなりレベルの高い模写をしていた。
ジイの絵は並べて離れて見ると幼子の体形が少し傾いていたり、洋服のシワの線が強すぎたり、細かい点で何か所も問題があった。
逆光の描き方は模写を通していろいろ参考になった気がする。
光と影を自在に操れるようになればいいのだけど・・・。
講評① 講評② ジイの模写
3時に解散となり、どこも寄らずに帰宅した。
陽のあたる室内で描いていたら、かなり体温が上がったようで、家に戻ったらどっと疲れが出た。
出かけている間に周りの畑がきれいに整地され、何か種がまかれている様子だった。
多分麦だろう。今年の冬は周囲の景色も変わりそうだ。
日が落ちて浅間山系が、赤く染まっていた。
整地された畑 赤く染まった浅間山系

2019年11月14日 (木) | Edit |
3か月に一度の定期検診で上田医療センターに出かけた。
8時半に家を出るとすぐに、北の空に虹が出ていたので、車を停めて窓を開け写真を撮った。
虹は東の空に出るのが当り前と思っていたが、北の空の虹は長野では初めてのような気がする。
朝食を食べているときにリビングの窓から見えている南の空は青空だったので、まさか虹が出ているなどとは想像もしなかった。
家を出てすぐ窓ガラスに雨粒が当たり始めた。
気が付かなかったが北の空にはまだ雨雲が残っていた。
家を出るのを見送ってくれたバアは気が付いていないだろうと、すぐ電話で教えてやった。
朝の虹
病院には途中混んでいる道路があって9時の予約に5分遅れとなった。
自動受付機に診察券を入れようとしたら、診察券が見当たらなかった。
たくさんの診察券をまとめて入れてあるカードケースのどこを探してもない。
受付カウンターに行ってカルテを出してもらった。
今日は初めに採尿があった。その後泌尿器科へ行って順番を待つ。
最低でも1時間は待たされるので、ゆっくり持って行ったタブレットで週刊誌を読んでいたら、30分ほどで診察室に呼ばれた。
尿の検査は全て異常なしだった。
膝を痛めているので血液検査だったら何か数値に異常が出たかもしれないが・・・。
次回は血液検査で、前立腺のPSA検査を1年ぶりにやることにして、早々に診察を終えた。
会計を済ませると、会計の人から診察券を返された。
どうやら前回病院に忘れてきてしまっていたようだ。再発行してもらわずに済んだ。
10時には医療センターを出ることができた。
帰りに丸子のマツキヨで処方してもらった薬をもらって家に戻ったらまだ11時だった。
浅間山の雲が取れて一昨日の初冠雪の時の雪が少し筋になって残っていたのでカメラに収めた。
我が家の西側の畑の先の林もすっかり紅葉していた。
初冠雪の浅間山 紅葉
ネットで注文した和室の壁の塗り替え用の塗料や倉庫のトタンの塗料やシンナーが届いたので、午後出かける途中に長女の家に寄って塗料などを倉庫に置いた。
長女夫妻は、仕事が休みで小布施へ出かけて留守だった。
上田支部の小品展を開催している文化会館の別の会議室で緊急の会議が招集されたので、それに参加した。
上田支部の役員と東御美術会の役員が重なっている部分も多いので、東御美術会の幹部二人も加わっての会議だった。
今の上田支部に支部長は2期4年になるが、今度の新年で改選となるのを機に、諸般の事情から支部長を降りるということで、次の役員体制をどうするか、ということだった。
支部長になる資格は、日本水彩画会の会員を有するものという規定があるらしい。
上田支部にいる会員は全部で7人だが、高齢や病気を理由に次のなり手がいないということのようだ。
ジイは二人目の庶務ということで2年間庶務の補助をしてきたが、もとより駆け出しで会員でも会友でもない。
今度の会議の意図がよくわからないが、一つにはジイに東御美術会の中での役割を軽減して、上田支部の庶務の仕事に専念してもらいたい、ということがあるようだ。
実際には、東御美術会の庶務をしているAさんがほとんど事務的なものを担っていて、ジイはスポット的な仕事を手伝っているに過ぎないのだが・・・。
結局結論は出ず、また先送りになって12月に会議をすることになった。
会議の後、小品展の受付を一人でやっているので、聞いたら当番を忘れてきていない、とのことだったので受付を手伝うことにした。
4時過ぎに当番を忘れていた人が慌ててやってきたので交替して家に戻った。