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2021年03月01日 (月) | Edit |
昨日の暖かさが残ったのか、今朝の気温はマイナス3℃とあまり冷えなかったようだ。
今日は用事もあったので10時前に小諸に出かけた。
かつての城下町の風情が残る本町界隈を歩いた。
今は小諸で唯一となった酒造会社のある家に大勢の人がたむろしていたので何事かと一緒に覗いてみたら、江戸時代のお雛様などを展示していた。
小諸市内には、昔ながらの雛飾りをこの季節に誰もが見られるように通りに面した家で飾っている。
人だかりがしていたのは、観光ボランティアガイドが引き連れている団体だった。
飾っているお雛様だけに限らず、歴史的な建造物である住家の説明もしていた。
小諸の雛飾り
一緒について歩くのもはばかられたので、その後は懐古園に行き、入場料を払って園内に入って散策した。
花らしいものはフクジュソウとウメの木が1本花を咲かせているだけだった。
懐古園はなんといっても桜の名所なのでまだ早過ぎたようだ。
島崎藤村の千曲川旅情の詩碑があるそばの展望台から見下ろせる千曲川を眺めた。
懐古園① 懐古園②
それほど広くない園内を歩いたがリハビリウォーキングとしては目標の6,000歩を達成できなかったので、小諸駅周辺をさらに歩いた。
昼食の時間を過ぎてので、小諸にできた新らしいレストランに車で行ってお昼を食べた。
ジャンボチキンカツを食べたが、とても一人で食べ切れる量ではなく、頑張ったが食べきれなかった。
昼食
昼食後一度家に戻ったあと、丸子のツルヤまで買物に出かけた。
買物の帰りに接骨院に行って施術をしてもらった。
いつもは火曜日と金曜日に行っているが、明日から彩明会の会員展が始まるので、その前に行くことにした。
家に戻って庭を見たら、フクジュソウが開花していた。
朝小諸に出かけるときは開いていなかったが、今日の暖かさで開いたようだ。
開花したフクジュソウ
夕方まで明日の会員展に必要なものを再点検し準備した。
出品する4点の作品も車に積んだ。
夜になって、上田支部の支部展の後援、協賛をしてもらっている報道機関や企業に対する協力依頼の文書の作成と印刷をしなければいけなかったのを思い出して、文書の作成と印刷をした。
思いのほか手間を食ってしまって夜中になってしまった。
2021年02月28日 (日) | Edit |
今朝はがっちり冷え込んでいた。
午前7時のデッキの温度計はマイナス10℃になっていた。
もう今シーズンのため池の全面結氷はないと思っていたのに、完全に凍っていた。
立科町の観測所の最低気温は午前6時12分マイナス12℃と記録されていた。
ため池の結氷
朝は冷え込んだが、天気予報では晴れて気温も10℃以上に上がる、という予報になっていたので、白樺湖の雪景色の写真を撮りに行くことにした。
9時半に家を出た。立科町の住家がある辺りには雪がなかったが、標高が上がるにつれ残雪が道路脇にも見られるようになった。
蓼科牧場の辺りまで来ると雪原になっていた。
女神湖に立ち寄ると、ここは全面結氷していて、氷上は雪で真っ白になっていた。
氷の上で子供たちがゲームをして遊んでいた。
女神湖
白樺湖はさすがに面積が大きいので部分的に氷が融けているところもあったが、湖面の雪景色を撮ることができた。
今日は写真を撮るだけで外周を歩くのは無理かと思ったが、ジョギングコースの雪も意外と融けていて何とか歩くことができた。
車に山用のステッキを積んであったので、雪が残っているところは滑って転ばないよう杖代わりに使った。
途中湖畔にあるローソンで昼食を買って、湖畔でお昼を食べた。
陽だまりのベンチに腰掛けて食べたので全然寒く感じなかった。
途中で積雪が30㎝以上残っているところは、凍っていた雪が溶け始めて靴がもぐりやすくなってきたので、車道を歩いたが、1時間半ぐらいかけて外周を一回りした。
白樺湖① 白樺湖②
白樺湖を後にして、次は佐久市立近代美術館に行った。
佐久平水彩画研究会の会員の3人のほか人物画を指導してくれている先生の作品も出品している展覧会を見に行った。
開催期間が、今日を除いて彩明会の会員展と重なっているため、今日見に行く以外に行ける日がなかった。
今日が初日なので、誰か会員がいるかと思ったが見当たらなかった。
帰りに受付で来月公募する「佐久平の美術展」の出品案内をもらった。
今描いている白馬の曙の絵を出品してみようかと思っている。
展覧会を見た後、近くの長野支場にヤギを見に行った。
そろそろ子ヤギが生まれているかと思って行ったが、お腹が大きいヤギがたくさんいたが子ヤギは見当たらなかった。
出産はこれからか?
サクラが咲く頃来ると子ヤギを見ることができたはず、そのころまた来ることにしよう。
長野支場
出かけている間、ずっと気温が高くなって春のような陽気になった。
最高気温は14.4℃、最低気温との差が26.4℃、いくらなんでもおかしい・・・。
この気候変動は人間の生命活動が原因だ。
2021年02月27日 (土) | Edit |
昨夜は冷え込みそうな感じだったので、早めに暖房を点けて備えたが、朝起きてみるとマイナス3℃と思ったより冷えなかったようだ。
そのかわり午前中は、晴れの予報だったのに、太陽の通り道のほうだけ曇っていて陽射しがなく、冷たい風も吹いていたので気温が0℃をなかなか越えなかった。
午前中にリハビリウォーキングに出かけるつもりだったが、それは諦めて市役所に提出する書類などを作って過ごした。
午後になって雲が取れ気温も3℃まで上がってきたので、午前中作成した書類を郵送するため、立科町の郵便ポストまで投函しに行くついでにリハビリウォーキングをすることにした。
家を出た時は風があったが、ポストのある立科町の道路まで行くとほとんど風を感じなかった。
歩いていても暖かくて気持ちよく歩けたので、立科町の町道から中八重原の台地までの上り坂を頑張って歩いた。
リハビリウォーキング
台地の上に登り切るとそこは風が吹いていた。
遮るものがない地形では我が家の周辺と同様風が通り抜ける。
中八重原から我が家までの道は風に向かいながら必死に歩いた。
急に風が冷たく感じた。
家まで帰りつくのに1時間10分かかった。
ジイ小屋に行って昨日額装した絵を運びやすいように箱に入れて紐で縛った。
額の表面には透明のアクリル板が入って画用紙を保護しているが、アクリル板は箱で保護しないでむき出しで車などで運ぶとキズがつきやすい。
そのあと、今回の会員展には出さないがいずれどこかの展覧会に出品するつもりの50号の冬の白馬の曙を描いた絵の手直しをした。
最後の空を描いたが、何度も絵の具を重ねたら色むらが出てしまった。
空の部分を一度絵の具を落としてやり直すことにした。
色を落として絵を見ると、画竜点睛を欠くという言葉があるが、空の塗り方でこの絵の価値が決まりそうな感じがした。
色むらの空 白馬の朝
夜会員展の作品目録を200枚印刷した。
予定では300枚刷るつもりだったが、コロナ禍でどれだけ来場者があるかわからない。
毎日のように会場に行くつもりなので、足りなければ途中で印刷すればいい。
2021年02月26日 (金) | Edit |
今日は長女の新車の1,000㎞点検が予約されていた日だった。
10時の予約だが、事前の手続きのため5分前には来るようにとメールが来ていた。
点検のほか、緊急連絡システムのプログラムの不具合を修正する作業もあるということで、時間が2時間以上かかるということだった。
そんなに長く店内で待っているわけにはいかないので、ジイも別の車で行って長女の車を預けた後いったん戻ることにした。
早めに来るように言われたのが気になって、9時10分には長女家を出たので、9時半過ぎにお店に着いた。
実はジイの車もエンジンのスタートボタンがリコール対象になっていた。
先月の車検の時には部品交換が間に合わず、今回行ったときに交換してもらうことになった。
先にジイの車の処置を終えたあと、ホンダ店の近くにあるヴァールマタンというケーキ屋さんにケーキを買いに行った。
今月誕生日を迎えた長女においしいケーキをプレゼントするつもりでいたが、今度の点検で近くへ行くのでその時に買う約束をしていた。
10時開店で、ちょうど開店したばかりだったが、それほど広くない店内に5人以上のお客さんが入っていた。
ケーキ屋の後上田のアリオに久し振りに行った。
この1週間以上上田市内でコロナの感染者が出なくなっている。
今日は久し振り4人発生したが、いずれも周辺の市町村ではない。
アリオでは今日のお昼の食材だけで、溜まっていたペットボトルや食品トレイ、アルミ缶を出すのが主目的だった。
その後は、先日東御市の中央公民館に頼んでおいた会員展に使う立て看板の張り紙の印刷ができたというので受け取りに行った。
これで会員展の前に用意しておくことはあらかた終わって、残すは作品目録を印刷するだけになった。
午後からリハビリウォーキングに出かけるつもりだったが、朝から曇り空で気温が上がらなかった。
朝起きた時はマイナス4℃と昨日より暖かったが、お日様が出ないのと冷たい風が吹いていたせいで今日の最高気温は3℃までしか上がらなかった。
結局歩くのは諦めた。
午後2時に長女の家に行って長女を乗せ、ホンダ店に点検の終わった車を取りに行った。
往きも帰りもジイの車の後を長女の車がついてきたが、バックミラーで見る限り新しい車にも慣れてきている感じがした。
3時過ぎに長女の家に戻り、接骨院に行って施術を受けた。
施術を終えた後、今日は寒いので来院者はないだろうとカミちゃんも参加して、午前中買ってきたケーキを食べる会を始めようとした途端、接骨院にお客さんが来て、カミちゃんは職場に戻った。
長女はあとでカミちゃんと一緒に食べるというのでジイとバアだけ食べた。
ヴァールマタンのケーキ
カミちゃんの施術が終わらなかったので、ジイたちは失礼して帰宅した。
家に帰った後、ジイ小屋で最後の作品の額装をした。
もう一つの50号の真冬の麦畑を描いた絵は迷った末に出品するのをやめ、去年同じテーマで描いた20号の絵を修正してそれを出品することにした。
他の会員で50号以上の作品を出品するのは二人だけで、ジイだけ2点出すのははばかられた。
今日中に結論を出さないと作品目録の印刷ができない・・・。
題名は同じだが号数が違う。
10号の絵の額装 20号の絵の額装
今日、政府の諮問会議で緊急事態宣言の対象を、首都圏の一都三県を除く6府県の先行解除することを決めた。
感染症の専門家など医療関係の委員がリバウンドを懸念しているにもかかわらず。
ただ数値が減っただけで、リバウンドをしない決め手などまだ何も持っていないのに・・・。
またコロナの抑え込みに失敗するつもりなのだろうか?
オリンピックを強行して感染大爆発を起こさないことを祈るばかりだ。
2021年02月25日 (木) | Edit |
今朝も気温はマイナス5℃だった。
最低気温はマイナス7℃まで下がったようだ。
我が家では生ごみを庭の一角に穴を掘って、地中分解させているが、生ごみを捨てた後、入れてあったポリバケツを外の水道で洗おうと思ったら、蛇口が凍って水が出なかった。
先日までの暖かい日では凍っていなかったのに・・・。
今日は佐久市に用事があって9時半過ぎに家を出た。
長女の職場でもある佐久の医療センターにも行き、時間ができたので病院の敷地の中にあるジョギングコースや芝生広場を歩いた。
医療センターにはジイやバアの手術や診察のために数えきれないほど来ているが、いつも混んでいて長時間待たされるので、用事が済めばすぐ帰るパターンだった。
ゆっくり敷地の中を歩いたのは初めてだった。
病院ができる前は、広大な工場敷地だっただけに、大木の桜並木や落葉樹の林などが残っていて、近所の人の散歩コースにもなっている。
リハビリウォーキング
小一時間歩いた後、佐久平の食事処で昼食を食べた。
今週は出かけることが多く外食することも多くなった。
午後2時前に家に戻った後、ジイ小屋で昨日手直しに失敗した麦畑夕景の絵をもう一度修正した。
絵の具を落とすときに力が入り過ぎて画用紙の繊維質が浮き出てしまった。
絵の手直し
白馬鑓ヶ岳の雪景色を描いた50号の絵を額に入れた。
今まで50号の画用紙で風景を描くときはP型を使っていたが、今回は山の雄大さを描きたかったので、短辺の長さがP型より大きいF型を使った。
ただそれに合うマット紙(額の内側の枠)がなかったので、40号用に使っていた額の大きさがF50号のサイズだったので、マット紙なしで額装した。
彩明会の会員展にはこの形で出品する。
白馬鑓の額装
最近二つの裁判で注目すべき判決が下された。
その一つは、大阪地裁での生活保護費引き下げ訴訟だ。
判決では、物価の下落率を考慮要素として決定される生活保護基準の決定にあたり、原油価格の高騰など特異な物価上昇があった08年を基準にした点や、生活保護受給者の支出が一般世帯よりも低いとされるテレビやパソコンなどの家電の物価下落率が大きく反映される厚生労働省独自の指数を基にした点などを、合理性や専門的知見との整合性を欠くとした。
最低限度の生活の具体化にかかる判断過程や手続きに過誤、欠落があると述べ、厚労相の裁量権を逸脱しているとして受給者の減額決定を取り消した。
論旨明快で小気味のいい判決だ。
もう一つが沖縄の那覇市内の公有地に建立されている孔子廟をめぐる最高裁の判決だ。
儒教の開祖・孔子を崇(あが)める「孔子廟(びょう)」に公有地を無償で使わせた行為は、憲法の政教分離に反するとした。
昨日の最高裁大法廷判決は、儒教そのものが宗教かどうかに関わらず、その運営の実態をみて違憲と判断した。
津地鎮祭違憲判決以来政教分離の判断が多く出ているが、いまだに靖国神社など神社本庁に関する政教分離については明確な判断を避けている最高裁だが、儒教の孔子廟については従来の判例を踏襲した。
2021年02月24日 (水) | Edit |
今朝はマイナス5℃まで冷えた。
これが平年並みの気温だ。
朝から晴れていたが、風もありなかなか気温が上がらなかった。
午前中畑のタマネギに化成肥料を追肥した。
寒さにもめげずタマネギの苗は健気に生き残っている。
タマネギ追肥
畑の日当たりのいい土手には早くもタンポポやホトケノザ、オオイヌノフグリが咲いていた。
人間界は昨年から新型コロナウィルスで右往左往していて季節感を味わうどころではないが、雑草はコロナとは無縁で一足早く春を迎えているようだ。
庭のロウバイもだいぶ咲き出した。
タンポポ ホトケノザ オオイヌノフグリ ロウバイ
午後1時前からリハビリウォーキングに出かけた。
風があるので、歩き始めに追い風になる中八重原に向かって歩いた。
途中、フクジュソウの群落があるところまで行くと、すでに葉が生い茂っていて花は色褪せ始めていた。
我が家のフクジュソウは開き始めたが今日の寒さでしぼんだままだ。
シクロヴィンヤードのブドウ畑でオーナーの女性に会って立ち話をした。
夫婦二人で頑張っている姿にエールを送った。
手入れが行き届いているので、ここのブドウ畑を見ながら歩くのを楽しみにしている。
購入した古民家を改造するか建て替えるか悩んでいるとのこと、建て替えるなら我が家がホクシンハウスで建てて満足していることを話した。
今日も1時間あまり歩いて家に戻った。
リハビリウォーキング ブドウ畑
夕方1時間ほどジイ小屋で会員展に出品する絵の手直しをした。
10号の麦畑の夕景を描いた作品は、夕焼けの空の色をいじくり過ぎて汚くしてしまった。
麦畑秋景 凍てつく朝
2021年02月23日 (火) | Edit |
今日は白馬村に行く予定をしていたが、天気予報で一日雪という予報が出ていたので、予定を変更して晴れの予報の南信に行くことにした。
以前に南木曾町にある「桃介橋」という大正時代に架けられた橋を、彩明会の会員が絵に描いて会員展に出品したことがあったので、ぜひ一度じっくり見てみたい、と思っていたのでまずはそこを目指して出かけた。
木曽方面は、以前に秋の信州釣行で何度か行ったことがあった。
東信から行く方法には主に三通りぐらいあるが、今日は三才山トンネルを通って松本から国道19号を南下するコースで行った。
有料道路を使わないコースで初めて走ったが、松本から塩尻を過ぎるまで車が多く時間がかかった。
目的地に着くまで3時間以上かかってしまった。
桃介橋はつり橋というイメージがあったので、それほど大きなものとは思っていなかったが、実際に見てみると大正時代に架けられたものとは思えないほどの長大なものだった。
以下書かれているものを引くと次のようだ。
桃介橋① 桃介橋②
「大正11年9月に完成しました。木曽川の水力発電開発に力を注いだ大同電力(福沢桃介社長)が読書発電所(大正12年完成)建設の資材運搬路として架けたものです。その後、昭和25年から村道(現在の町道)として、両岸集落の交通や、高校生・中学生の通学など地域の交通に大いに役立っていましたが、昭和53年頃から老朽化も進み、本格的な修理もできなかったため廃橋寸前となっていました。この間、保存・活用の声が多くあり、付近一帯の天白公園整備に併せて近代化遺産(南木曽町有形文化財)として復元し、大正時代の長大吊橋の本格的な保存と活用をめざしたものです。桃介橋は全長247m、幅2.7mで、この付近では最大川幅のところにあり、美しく雄大な景観を誇っています。この橋は、木製補剛桁を持った吊橋としては、日本有数の長大橋であり、下部石積み・上部コンクリートの主塔3基を有し、この種の吊橋としては当時(大正時代)我が国の土木技術の粋を集めためずらしい4径間の吊橋となっています。3基の主塔はデザインも大変すぐれており、特に中央の塔からは水辺へ降りる石段が設けられています。また、それぞれの主塔から斜吊索が張られ19世紀末のアメリカの吊り橋によく似ているといわれています。橋の中央に資材運搬用のトロッコのレールが敷かれていたため、その痕跡が分かるように復元してあります。」
吊り橋を往復したあと、木曽川の河川敷まで降りて水辺も眺めた。
白い大小の花こう岩が川の流れの両際に積みあがっていた。
上からはみな白く見えた岩も近くによるといろいろな色やごま模様が入ったりしていた。
ゴマがかかったおにぎりサイズの石をポケットに一つ忍ばせてきた。
木曽川河川敷
この後お昼の時間が過ぎていたので、馬籠宿まで行ってお昼を食べることにした。
途中の妻籠宿は2,3年前に来たことがあるので、その先の馬籠宿にした。
坂の上の駐車場に車を停めて、坂を下りながら歩いた。
一番下のお土産店や大きな駐車場に行く手前の急坂に建つ風情のあるお店でお昼を食べた。
食事処はどこもそばの看板ばかりだったが、ここは栗おこわの看板も出ていた。
馬籠宿 お店
冷たいおそばと暖かいおそばに天ぷら、栗おこわを取り混ぜて注文した。
どれもお腹が空いていたせいかおいしく食べた。
暖かいそば ざるそばに天ぷら 栗おこわ
一番下まで降りたところにある土産店にバアたちを待たせて、ジイだけ車を取りに来た道を登った。
毎日のようにリハビリウォーキングしているとはいえ、ジイでも坂の途中で一息入れなければ登れない坂だった。
息を切らしてようやく車にたどり着いた。
昔は石段があったような記憶だが、今は歩きやすいように道の中央が平板の石畳になっている。
少し風情がなくなってしまった。
まだ奈良井宿や妻籠宿のほうが、宿場の通りらしい雰囲気が残っているように思う。
というか風景画として描く気になれない・・・。
車で大きく回り込む車道を走って下の土産店まで行くと店先で待っていた。
帰りも来た道を同じようにたどって家まで戻った。
やはり行く時と同様塩尻・松本間が渋滞していて、家にたどり着いたら午後6時を過ぎていた。

2021年02月22日 (月) | Edit |
昨夜は暖房を点けずに就寝した。
朝起きてすぐに外の温度を確認すると7℃になっていた。
室温は21℃だった。
我が家は24時間強制換気をしているが、換気の際に熱回収をしているので、室温が急激に下がることはない。
バアの3カ月ごとの定期検診の日だったので、朝食の後は少し早めに片付けて出かける支度をした。
9時前に家を出て長女の家に寄って、車をN-boxに乗り換え、長女も乗せて市民病院に行った。
市民病院でバアを降ろした後、長女とコメリに行って、庭に植える苗木を物色した。
県道側に植えてあるレッドロビンの生垣の一部が枯れて隙間ができていた。
その隙間を埋めるため、去年挿し木をして苗木作りをしているが、その苗木の成長を待っていられないようだ。
一昨日コメリに買物に来た時に苗木がたくさん入荷して展示していた。
そんな話を長女にしたら、レッドロビンだけではなく、他にも花の咲く樹木を植えたい、というので苗木を見に行った。
レッドロビンは5本苗木を買った。
他に枝垂れの八重桜や源平モモ、ライラック、ブルーベリーの苗木などを買った。
苗木
まだ植えるには時期が早いが、昨日今日の天候は4月から5月の陽気だ。
バアの診察が終わった頃合いを見て市民病院に戻った。
ちょうど診察が終わり会計が済んだ時間に戻ることができた。
バアを乗せた後、市役所に行ってマイナンバーカードを受け取った。
簡単に済むのかと思ったら意外と暗証番号の入力や、顔写真の確認等時間がかかった。
終わったら12時を過ぎていたので、3人で18号沿いにある松屋でお昼を食べた。
昼食を済ませた後、長女の家に戻り買ってきたレッドロビンの苗木を植えた。
枯れたレッドロビンの枝を根元からチェーンソー出切り落とした後、ツルハシやクワを使って根っこを掘り出した。
県道に沿って石垣が積まれているそばなので、石がいっぱい入っていて掘り出すのに苦労した。
もう1か所は、ムクゲにレッドロビンが駆逐されてしまったところなので、ムクゲの根を引き抜くのに苦労した。
ムクゲは残してもいいと思うのだが、長女が好きではない樹木というので残すわけにはいかない。
3本と2本に分けて2か所の植栽を終えたら4時近くになった。
レッドロビン
2月だというのに20℃以上の気温の中で作業をしたので汗だくになってしまい、途中で何度も給水した。
植栽が終わった後、先日設置した重量ブロックの焼却炉に支柱を立ててブロックが倒れないように補強した。

ブロック
2021年02月21日 (日) | Edit |
今朝は気温が8℃になっていた。
昨日の深夜から今朝まで暖房を点けていたが、消費電力はいつもの半分に近かった。
室温も22℃になっていたので、部屋着だけでも寒さは感じなかった。
気象予報士は4月中旬から下旬並みの気温になったと言っていた。
今日は東御美術会の例会の日なので、8時半過ぎに家を出た。
今月からジイが所属している水彩画の4つの会が通常通り例会を行ったので、今月だけでも5回目となる。
東御美術会だけは月2回の例会がある。
今日は、静物画で花、と野菜の2種類の画題があったが、花はガーベラで一度も描いたことがなかったので、そちらを選んだ。
画題
はじめに木炭でデッサンした後、木炭を少しずつ消しながら鉛筆で細かいデッサンを重ねた。
持って行ったパレットにピンクの絵具がなかったので、チャイニースホワイトと赤系の絵具を混ぜてピンクのガーベラに近い色を作ったが、ホワイトと混色すると色が沈んで発色が悪くなった。
今日は前上田支部長だったTさんが指導してくれたので、いろいろ勉強することができた。
ある程度描いた段階で、Tさんの指摘を受けて、花の数が足りないので、中央に奥に花を一輪描き足した。
これで花の間隔にバランスが取れるようになった。
今日は午後1時半まで、ということで完成できなかった。
苦手な花を描くのは時間もかかる。
木炭のデッサン ジイの描いた絵
参加者の作品の講評を30分したあと2時前に解散となった。
帰りはどこも寄らずに家に戻った。
バアがリハビリウォーキングに出かけるため待っていたので、一息入れずにすぐに一緒に歩き始めた。
気温は20℃を越えていた。
帰りの車のオートエアコンも冷房になっていた。
防寒着は着ずに長袖のポロシャツに下着だけで十分だった。
長女の家の前を通り過ぎてその先まで足を伸ばしたので、正味1時間20分歩いたら、歩数計が1万歩を越えていた。
リハビリウォーキング
庭のフクジュソウが半開きになった。
この暖かさだったら明日にも開花しそうだ。
ロウバイは5個以上開き始めたので、サクラの開花宣言の基準の5輪以上に照らし合わせれば、今日の開花宣言ということになる。
フクジュソウ ロウバイ
2021年02月20日 (土) | Edit |
今朝の気温は2℃と朝から暖かったが、ため池の氷がまた全面結氷していた。
立科町の観測所の最低気温がマイナス8℃と記録されていたので納得した。
9時過ぎに文化会館から電話があった。
先日来年の彩明会の会員展の会場の利用申請書について、予約した日程で本当にいいのか確認の電話だった。
2月22日からの予約だが、23日が祝日なので祝日の翌日が休館になるけれどそれでいいのかという連絡だった。
顔なじみの職員からの電話だった。
令和になり天皇誕生日が変わって2月23日になったことが、まだ意識していなかった。
ただでさえ月曜日の休館が固定され、会員展の開催期間が7日から6日に減った上に、開催期間中に休館が入ると正味5日間になってしまう。
市の広報はじめ地方紙やミニコミ誌などに展覧会のお知らせとして掲載してもらっているが、途中に休館日まで入れると時数も多くなってしまう。
いろいろ考えた末、日程を3月1日からに変更することにした。
申請書に日付を訂正する印鑑が必要になったので、急遽文化会館に行くことになった。
文化会館まで行くので、バアを誘って近くの中央公園に行くことにした。
中央公園では最初に公園の一角にある池の周りに咲き始めたマンサクを見に行った。
まだ咲き始めたばかりだったが、蕾が黄色くなってこれから髭のように花弁が開いてくるところだった。
マンサク
芝生広場まで行ってランニングコースを3周歩いた。
既に10℃以上に気温が上がっていて、春のような陽気に誘われて、かなり大勢の人がウォーキングをしていた。
遊具のあるところでは子供連れがたくさん見受けられた。
桜の時期には大勢の人出があるが、2月のこの時期には珍しい光景だ。
リハビリウォーキング
まだ目標の6,000歩に届かなかったので、近くのコメリに車で行った。
冬の間閑散としていた花や苗木などの園芸コーナーに、今日から入荷したと思われるような真新しい苗木がたくさん並んでいた。
長女が家の庭や空き地に植えたい、と言っていた八重桜やヤマボウシ、レッドロビン、ライラックなどが展示してあった。
まだ植えるには早過ぎるが、植えるなら早めに買っておいたほうがいいだろう。
午後5時半から全豪オープンテニス女子決勝の大坂なおみ選手の試合をテレビ観戦した。
今回はNHKが放映権を持っているらしく毎試合放映していたようだ。
順々決勝まで深夜の再放送で観ていたが、準決勝と決勝は実況で観た。
以前の大坂の試合はハラハラドキドキが多かったが、今回の全豪オープンはほぼ安心して観ていられた。
これからしばらくハードコートは大坂なおみ時代が続くのではないかと思わせる安定感だった。
2021年02月19日 (金) | Edit |
昨日は夜になってグッと冷え込んだので、9時半ごろから早々と床下暖房を点けた。
朝起きてすぐにデッキの温度計を見たらマイナス6℃だった。
思ったほど冷えなかったと思って立科町の観測所の最低気温を見たら、午前2時39分にマイナス9.7℃を記録していた。
午前7時でマイナス5.3℃なので、我が家の温度計とあまり差はない。
今日は佐久平水彩画研究会の例会の日なので、8時15分に家を出た。
裏のため池がほぼ全面結氷していた。
例会の会場の佐久市創錬センターには久し振りだ。
コロナでしばらく中止が続いた後昨年の暮れに再開したがジイは休んだので、久し振りの出席となった。
今日は、苦手な人物画だった。
指導してくれるY先生の指示で、3つのポーズを5分間ずつ3枚のクロッキーを描いた。
5分間で手早く描くことも技術の向上に役立つのだと、思いつつ筆を進めたが思い通りにはならない・・・。
会員の多数決で一つのポーズが決まって、デッサンを描き始めた。
Y先生は木炭でデッサンを描くことを薦めるので、木炭で描き始めたが真っ黒になってしまった。
木炭は簡単に落とせるというが、使い方が悪いのかよく落ちなかった。
モデル デッサン
汚れた紙の上に透明水彩の絵具を乗せたので、あまりいい色が出ない。
お昼をはさんで午後2時まで描いた後、Y先生の講評を受けた。
いろいろ手直しすべきところがあるので、あとでやらなければ・・・。
描き終えた絵
講評が終わった後、ジイが欠席したときに描いた自転車と人物を描いた作品の講評があった。
仕上げてきた作品を見るとみななかなかの出来栄えだった。
面白い画題なので、今度描く機会があれば挑戦してみたい。
その後、今年度の事業計画や、日本水彩展に向けての作品研究会について打ち合わせをしていたら午後3時半を過ぎてしまった。
帰りに、佐久市内の野沢整形外科医院に寄った。
この一年間以上に及ぶが、左右の手の指の関節の痛みが続いていて、特に右手の親指の第一関節の腫れが大きくなっていた。
バアは、その腫れ方がリュウマチの人の関節に似ているから診てもらったほうがいいというので、以前にジイの膝痛やバアの血栓の時に世話になった先生が、リュウマチの専門医でもあるので、診てもらった。
診断の結果はリュウマチではなく、長年の酷使による軟骨の変形という診断だった。
痛みに効果のある湿布薬を処方してもらったので、東御市内のかかりつけの薬局へ行って湿布をもらってきた。
家に戻ったら5時半になっていた。
日中気温が上がったせいか、全面結氷していたため池は、ほとんど氷が融けていた。
バアは一人でリハビリウォーキングをして、1万歩を越えるほど歩いたらし
2021年02月18日 (木) | Edit |
今朝は久し振りに平年並みに冷え込んだ。
立科町の観測所では最低気温がマイナス6.5℃を記録した。
2階の窓からため池を見たら、3分の2ぐらい凍っていた。
昨日までの強風だったら冷えても凍らなかっただろう。
凍ったため池
晴れてはいたが雲が流れて陽が陰ることが多く午前中なかなか気温が上がらなかった。
しばらく気温が上がるのを待って10時半に3℃まで上がったのでリハビリウォーキングに出かけた。
歩き始めてすぐに市役所の配布物を届ける組長さんの奥さんと会い、しばらく立ち話をした。
組長さんは、去年バアと同じ椎間板ヘルニアの二度目の手術をしたらしく、しばらく無理な運動を控えるように医師から言われているとのこと。
配りものなどは奥さんが代わりにやっている。
いろいろ話を聞くと術後のことやリハビリのことなど、3年前のバアと同じようだ。
同病相憐れむ、の感があった。
リハビリウォーキング
家を出た時は日差しがあったが、歩いている間大きな雲流れで陽射しが遮られて、少し風が冷たく感じた。
1時間ほど歩いて戻った後、お昼前だったが、昨日の強風で剥がれてしまったキンモクセイに巻いていた寒冷紗を元に戻した。
今度は寒冷紗の上にグルグル巻きにしたシュロ縄を縦にも結んで補強した。
これでだめなら根本的にやり方を変えなければいけない。
寒冷紗
午後から、文化会館に行って、来年の彩明会の会員展の会場の利用申請書と使用料減免申請書を提出した。
その足で、中央公民館に行って、来月の会員展の会場に立て掛ける立て看板のプリントを依頼した。
家に帰る前に接骨院に行って施術を受けた。
最近は、火金の週二日行くようにしているが、明日は久し振りに佐久平水彩画研究会の例会に出席するので、接骨院には行けそうもないということで、今日行くことにした。
施術の後、長女が家にいたのでお茶をご馳走になった。
昨日は夫妻でお父さんのお墓詣りにさいたままで行ってきたそうだ。
去年から行く予定をしていたがコロナ禍で、なかなか行けなかったとのこと。
新幹線も都内や埼玉も交通機関はガラガラだったそうだ。
昼間の時間帯だからかもしれないが、人出もテレビで報道されているほどではなかったとのこと。
トランプ前大統領が自分に都合の悪い報道は全部フェークニュースと言って切り捨てていたが、日本でもあまた報道されているニュースの中で何が真実かよく見極める必要があることを考えさせられた。
接骨院から戻ってくると、ちょうど日中雲がかかって見えなかった浅間山山頂に日没前の夕日が当たっていた。

夕陽の浅間山
2021年02月17日 (水) | Edit |
今朝も気温は氷点下にならず2℃になっていた。
真冬でも毎年このぐらいの気温なら身体にこたえるものではないので楽なのだが・・・。
ただ今日は昨日の強風が残っていて、晴れ間は出ていても気温はなかなか上がらなかった。
結局最高気温は3℃だった。
昼前から曇りの予報になっていたので、いつもより早めに9時半からリハビリウォーキングに出かけた。
家を出ていきなり向かい風だったので、方角を追い風の東に向かって歩き出した。
北や西に歩を進めるときには向かい風になったが、風の冷たさが思ったほど厳しくなかったので歩く続けることができた。
それでも無理をせず途中で早めに家に戻る方向に変えて歩いた。
45分で家に戻ったので、そこまでの歩数は目標の6,000歩には500歩届かなかった。
最近は同じようにウォーキングをしている人を見かけるようになったが、さすがに今日はほかに一人も歩いている人はいなかった。
リハビリウォーキング
お昼前には晴れ間も少なくなって、風もさらに強さを増していた。
早く歩き始めて正解だった。
午後は、ジイ小屋でまた冬の白馬の絵の続きを描いた。
雪の陰影や木立の遠近が出るように、色々混色して色を重ねた。
最後に空の部分にたっぷり水を含ませて赤く染まる雲と明け方の青い空の色を、グラデーションになるように絵の具を置いてみたが、画用紙にしわが出てしまってうまくイメージ通りにならなかった。
また紙が乾いてから再チャレンジだ。
冬の白馬
朝、リハビリウォーキングに出かける前にまだ風が強くなる前に一輪開花し始めた庭のロウバイを写真に撮った。
一昨日の写真よりはピントが合っていた。
ロウバイ
2021年02月16日 (火) | Edit |
今朝も気温は氷点下まで下がらず、7時過ぎのデッキの温度計は1℃だった。
強風になるという予報だったが、まだ風は強くなかった。
去年挿し木をしたレッドロビンの1本が花が咲いていた。
去年12月から家の中に入れて、陽の当たるサンルームに置いていた。
レッドロビンの花
今日は、久し振りに松本に出かけた。
松本のデパートにしか売っていないものを買いに行く。
昨日行くつもりだったが天気が悪かったので今日にした。
丸子から鹿教湯温泉に向かう道路にかかる丸子橋が、一昨年の台風19号で崩落して、まだ通行止めになっているのを忘れて、近くまで行ってから気が付き遠回りをした。
その先の三才山トンネルが無料になって通るのは2度目だが、カーナビはいまだに有料トンネルと表示していた。
まだ最近のカーナビなのに・・・。
久し振りの松本だが、市内は工事中の個所があって混んでいた。
デパートで買物を済ませた後、昼食の時間になったのでイオンモールに行った。
建て替え前のイオンには何度も行ったが、新しいイオンモールはまだ数えるほどしか行ってない。
駐車場が混んでいて、空いているスペースを探すのにウロウロしてしまった。
店内はかなり混み合っていた。
首都圏などが二度目の緊急事態宣言を発出したころ、松本もコロナの感染爆発が起きて、県の警戒レベル5になって時短や営業自粛が行われていた。
今はほとんど連日感染者ゼロの日が続いているせいか、予想以上に人出があった。
お昼を食べるために入ったレストランも満席に近かった。
昼食① 昼食②
食事の後は、イオンで買い物をした。
上田のイオンは、いまだに上田からポツポツとコロナの感染者が出ているので、なかなか買物に行けない。
立科町や丸子のツルヤで買物を済ませることが多いので、イオンにしか置いていない品物が買えなくて困っていたので、今日松本のイオンで買うことができた。
買物を済ませた後、松本市営アルプス公園に行った。
広いイオンモールを歩いたがまだ歩き足りなかった。
公園内はガラガラだった。園内にある動物園コーナーへ行った。
今まで行ったことのない場所まで行くと、ニホンザルや鹿、イノシシ、タヌキなどの飼育エリアもあった。
飼育されている野生動物を見ると、自由を奪われている姿が痛ましく見えてあまり好きではない。
1時間ほど園内を歩いてから、帰路に就いた。
アルプス公園
家に戻ってくると、強風が吹いていた。
また、キンモクセイに掛けていた寒冷紗がほどけて風になびいていた。

寒冷紗
2021年02月15日 (月) | Edit |
今朝の気温は昨日の異常な暖かさを引きずっていて7℃になっていた。
2月中旬でこのような朝の気温は、長野に移住してきて以来あまり経験がない。
朝起きたころから雨が降りだし、次第に雨が強くなったので気温は上がらず、かえって午後から風が強くなって、気温も下がった。
夕方になってようやく雨が止んだが、時折風に乗って雨も飛んできていた。
この数日の高温で庭のロウバイがほころびはじめた。
写真に撮ったが、風に揺れてピンボケになってしまった。
フクジュソウも頭を出してきたつぼみの数を数えたら8個あった。
まだまだ出てきそうだ。
ロウバイ
今日は、雨が降って外に出られず、リハビリウォーキングに出かけることもできないので、一日ジイ小屋で白馬の朝焼けの景色の絵の続きを描いた。
描き始める前は完成度3割ほどだったが、今日一日で8割ぐらいになった。
朝日が当たる八方尾根の尾根筋の陰影はもっとしっかり色を付けなければならないと思っている・・・

白馬の朝焼け
2021年02月14日 (日) | Edit |
昨夜は11時過ぎに大きな地震があった。
震源地は福島県沖で、福島や宮城で最大深度6強だった。
長野県内でも震度2になった。
今回は緊急地震速報前に揺れを感じ、ゆりかごのような横揺れがしばらく続いた。
今住んでいるところで揺れを体感することは少ないが、すぐにテレビをNHKに切り替えて各地の地震の様子を見た。
一夜明けて今日になると、各地で道路の寸断や土砂災害、家屋の損壊もあったことが次々に報道された。
東北新幹線は電柱が折れるなどの被害が出て、完全復旧まで10日ぐらいかかるという。
大きな地震だった割に死者が出なかったことが何よりだった。
今回の地震は、太平洋プレートが陸側に沈み込んでいくあたりの、地下深くで発生したためマグニチュード7.3と大きい割に津波などが起こらなかったそうだ。
東北大震災から間もなく10年となるこの時期に、あの時のことを思い出させるかのような地震となった。
大震災の恐怖が風化し始めているときの警告となった。
今日は地殻だけではなく、気象も異常だった。
今朝起きた時は温度計がマイナス2℃だったが、午後3時ごろには22℃になっていた。
一日の寒暖差が20℃もあるなんて経験したことがない?
温度計
今日も10時過ぎにリハビリウォーキングに出かけたが、すでにポカポカ陽気で毛糸の帽子や手袋は付けず歩き始めた。
厚手のダウンジャケットはやめて薄手のライトダウンを着て出たが、それも暑苦しいので、途中で脱いで腰に巻き付けて歩いた。
途中何組か歩いている人たちを見かけた。ワンチャンやネコタちにも会えた。
今日は最高の猫日和だ。
リハビリウォーキング
1時間あまり歩いて家に戻り、恒例の庭の植物観察をした。
我が家のフクジュソウもようやく目を皿のようにしなくてもすぐに目に留まるようになってきた。
ロウバイのつぼみも早いものは一皮むけてきた感じだ。
フクジュソウ ロウバイのつぼみ
午後から家の入口の芝生の中に植えてあるシデコブシを防鳥網で囲った。
4隅を園芸用支柱で囲い、中に支柱より背の高い2本の棒を立てて、網をぐるり巻いた。
支柱の上を十字に網を掛けて鳥が止まれないようにした。
地面の下から入られたら防げないが、シデコブシのつぼみをついばむのはヒヨドリなので網の下からは入り込まないだろう、と思っている。
去年初めてたくさん付いたつぼみをほとんどついばんで咲く前に落とされてしまった。
見栄えは悪いが、開花するまで網を掛けておくつもりだ。
シデコブシ
2021年02月13日 (土) | Edit |
今朝もマイナス5℃まで冷えて、裏のため池も半分凍っていた。
朝から快晴で風もなかったので、気温がうなぎのぼりに上がった。
昨日歩けなかったので、今日は10時前からリハビリウォーキングをスタートした。
家を出るときには10℃近くになっていたので、防寒対策も少なめして出たが、歩いている途中で暑く感じるほどになった。
バアは着ていたライトダウンを脱いでしまった。
リハビリウォーキング
今日も歩いている途中で、数人の人とすれ違ったり、遠くで歩いている人を見たりした。
土曜日の休日というだけではなくこの暖かさのせいもあるように思う。
家に戻ってデッキの温度計を見たら19℃になっていた。
ため池の氷もあと少しで全部融けるところだった。
温度計 池の氷
午後から、文化会館に行って来年の彩明会の会員展の会場を仮予約した。
まだ予約は埋まっていなくて第一希望の期間を押さえることができた。
利用申請書や使用料の減免申請書の用紙を受け取り、後日提出することになった。
文化会館のあとコメリ東部店に行って、重量ブロック20個を購入した。
自分で車に積まなければいけないのかと思ったら、店員さんが二人掛かりでフィットの荷室に積み込んでくれた。
買ってきた重量ブロックを長女の家まで運んだ。
長女の家の空き地に一角に、買った重量ブロックで剪定枝や枯草を燃やす焼却炉を作る。
去年は空き地に山積みにして、少しずつ燃やしたが、飛び火が心配で大きく大量に燃やせず、一部山積みになって残っていた。
最初にブロックを積む前に、空き地をミニ耕運機で耕し、苦土石灰を撒いた。
その後空き地の片隅に、我が家の庭に生えていたシランの球根を植えた。
庭の枝垂れザクラの枝とこすれ合う場所に生えていたものだ。
これからは障害物のない広いところでのびのび育つだろう。
持って行った球根の半分で予定していたエリアに植え終わった。
残りの半分の球根はどうするか思案にしどころだ。
その作業を終えてから、焼却炉を作り始めた。
ブロックの基礎部分を掘り返したら、色々大小の石塊のほか、コンクリート製の石板やテレビのコードなどいろいろなものが出てきた。
先日購入したツルハシが大いに役立った。
障害物を取り除きながらブロックの一段目を何とか並べて水平を取ったつもりだったが、全部で3段ブロックを積み上げたらかなりずれたり歪んだりしていた。
作業を終えたら4時を過ぎていた。
久し振りに使っていない筋肉を使ったのであちこち硬直している。
明日、明後日当たり筋肉痛が出なければいいが・・・。
ブロック 焼却炉
2021年02月12日 (金) | Edit |
今日は彩明会の例会があるので早めに起きるつもりだったが、昨夜寝るときに目覚ましを速めるのを忘れて寝てしまった。
6時半ごろ目が覚めて、そのことを思い出したら眠れなくなって、しばらく寝床にいたが諦めて起きた。
物音でバアを起こしてしまったようだ。
一緒に起きて朝食の準備をした。
早めに食事も終え、出かける寸前になって、彩明会の例会の後に上田支部の正副支部長に見てもらう書類を届けなければいけないことを思い出した。
ところがその書類を印刷していなかった。
大急ぎで印刷して封筒に入れて家を出た。
会場の祢津公民館に向かっている途中で、今度は彩明会の今日の例会で、会員展の受付当番表を用意しておくのを忘れているのに気が付いた。
公民館に着いた後、すぐに当番表を手書きで作った。
今日その表に都合のいい日を書き入れてもらわないと、会員展に間に合わない。
みんなが揃ったところで、会員展について最後の打ち合わせをしていたら、今度は今月1日に文化会館に次回の会員展の会場予約をしておかなければいけなかったことが分かった。
これもすっかり忘れていた。いよいよジイの頭も怪しくなってきたか?
彩明会の例会は、会員展に出品する作品を持ち寄ってお互いに批評するものだった。
ほとんどの人が出品点数の4点以上の作品を持ってきた。
お互いに感想を言い合ったり、自分だったらこういう描き方をする、という形で批評し合った。
11時半過ぎに一通り7人全員の作品の批評が終わった。
彩明会
画題を用意してくれた人もいたが、これから描いても描き終わらないので、今日は早めにお昼を食べて解散することになった。
解散後、最初に文化会館に行って次回の会場の予約をしようとしたが、なぜか休館中という立て札が立って閉まっていた。また出直すしかない。
その後正副支部長の家に行って文書を届けた。
家には午後1時前に戻って来られたので、ツルヤに買物に行くことにした。
早く帰ってきたのでリハビリウォーキングに行くつもりだったが、午前中バアだけで歩いて来たとのこと。
ツルヤの買物は、本当なら2,3日後でもよかったのだが、ジイが卵を冷蔵庫のケースにしまうときに、冷蔵庫からケースを取り出して、卵を入れてから冷蔵庫に戻すときに、ケースに底がないのを忘れて下からケースを持った指で卵を押し上げてしまい、下へ3個落としてしまった。
床に落とした卵を掃除するのも大変だったが、数が足りなくなって、今日買物に行かなければならなくなった。
情けない話だ。
買物を終えた後、接骨院に行った。
施術を終えた後、先日取り付けたカーブミラーをブロックから外して、ポールに付け直した。
ポールの高い位置にカーブミラーを付けることによって、自分の車が映らないように調整した。
実際に自分の車で試してみたが、今までより見やすくなった。
カーブミラー
長女の家の庭先のフクジュソウが一輪開花した。
球根を3個買って植えたそのうちの一つが咲いたので、それを写真に撮ろうと近寄ったら、もう一つの花芽を踏んで折ってしまった。
今日はやめにバレンタインチョコをもらったのに、怒られそうだ。
フクジュソウ バレンタインチョコ
この一週間オリパラ組織委員会の森会長の女性差別発言問題がニュースの中心になり、うんざりしていた。
謝罪会見や二階幹事長のコメントでもう完全にアウト、もうブログでコメントする気も起きなかった。
今日の理事、評議員懇談会の席上での辞任表明でも、森さんは自分が何を批判されているか理解できていないようだ。
組織委員会会長という立場での立ち居振る舞いや言動が、どういう重さや影響力があるかわかっていない。
神の国発言で総理大臣の椅子も棒に振った経験も生かされていない。
83年の生涯で最大の屈辱と言ったが、もっと前から恥ずかしく思わなければならない発言をし続けてきた人だ。
今日のジイも、恥ずかしいぐらいいろいろ大事なことを忘れるようになっているので、批判できないが・・・。
今日で長野県の新型コロナウィルスの感染者が2日続けてゼロになった。
去年の11月5日以来のゼロだ。
ただ、1月中旬最大で一日89人も出たころに比べたらPCRや抗体検査の件数が圧倒的に少なくなった結果なので手放しで喜べない。
濃厚接触者しか検査しないやり方では、市中に無症状感染者が野放しになっている可能性がある。
ましてまだ1名とはいえ長野県内から変異ウィルス感染者がも出ている。


2021年02月11日 (木) | Edit |
今朝も昨日と同じように晴れて気温はマイナス4℃だった。
朝食の準備を済ませてから公民館まで容器包装用プラスチックを出しに行った。
家の裏のため池が半分だけ凍っていた。
昨日より少し風が強そうなので、歩くのがためらわれたが思い切って10時過ぎに家を出てリハビリウォーキングを始めた。
先日100均で買ってきたマスクの内側に入れるプラスチック製のカップに、曇り止めの鼻あての付いたマスクを掛けて歩いたので、息苦しさも口元の寒さも感じなかったし、歩いている途中で、吐く息で眼鏡が曇る不快感もなく歩くことができた。
21feb11mask.jpg
これからは防寒対策としてマスクも付けて歩くことにしよう。
今までは歩いている間、人とすれ違うことなど滅多にないので、感染予防としてのマスクは全く不要だった。
今日も1時間歩いて、目標の歩数を軽々オーバーした。
リハビリウォーキング
今日も午後から、白馬村の雪の絵の続きを描いた。
昨日絵の具を落とした山の個所ももう一度彩色した。
まだしっくりとこないが、もう少し塗り込んでから考えよう。
今日も2時間ジイ小屋で絵を描いて過ごした。
明日は、彩明会の例会があるので、その準備をした。
来月の会員展に向けて、出品予定の作品を持ち寄って、みんなで批評し合おうということになっている。
顧問の指導を受けられなくなって、自分たちだけで研鑽を積まなければならなくなって1年以上になる。
毎年会員展に見に来てくれる人たちに、レベルが下がったと思われたくはない。
幸い会員の中に、日本水彩画会の会員と会友もいるので、お手本となる人たちが健在だ。
今日の絵
2021年02月10日 (水) | Edit |
今日も朝から快晴で気温はマイナス4℃だった。
10時からリハビリウォーキングに出かけた。
昨日歩けなかったので、気合が入り過ぎてかえって足の運びが重いように感じた。
いつものコースの先にある商店の入口に郵便ポストがあるので、2通の郵便を投函した。
一日1回の収集時間が過ぎているので、明日になってしまうが・・・。
バアは、毎日の歩数を記録するスマホをバッグに入れ忘れ、せっかく歩いたのに今日の歩数が、昨日に続き低い数字のままになったのでガッカリしていた。
歩いている途中、空の上を旅客機が何機も飛んでいった。
今日は航跡が白く残る気象条件のようで、いつもは音がしてから飛行機を見つけるがなかなか難しいが、今日はすぐに見つけることができた。
聞こえてくる位置と、実際に飛んでいる場所が、推測以上に離れていることが分かった。
これからは音が聞こえてくるところからかなり離れたところを探すことにする。
空に浮かぶ雲の3分の1は飛行機雲が広がったものだった。
約1時間のコースだったが、空を見上げて立ち止まったりしていたので、10分も時間をオーバーした。
リハビリウォーキング 飛行機雲
午後ジイ小屋で2時間弱、白馬村の絵の続きを描いた。
赤く染まる雪山とその影にさらに色を重ねてみたが、気に入るような色にならなかったので、最後に色を落とした。
紙が濡れてしばらく乾かないので、そこで描くのを中止した。
白かった画用紙の色が黄ばんでしまったので、この後透明感のある色は出せないかもしれない。
白馬村の雪景色
描き終えて母屋に戻るとき、西の空が茜色に染まっていた。
自然の色には勝てないと思った。
浅間山はすでに西日が終わっていた。
山頂の雪もだいぶ少なくなってきた。
朝のうち半分凍っていたため池も全部氷が融けて、鏡のように浅間山を映していた。
夕焼け 浅間山

2021年02月09日 (火) | Edit |
今日の最低気温はマイナス7℃になった。
朝から快晴なので放射冷却なのだろう。
いつもより15分早く起きた。今日は上田支部の例会があるので、朝から出かけなければならない。
昨日出かけていたので、支部長を迎えに行くべきか連絡できなかったので、7時半に電話をしたら他の人に送ってもらうとのことで、多少家を出る時間を遅くすることができた。
NHKの朝ドラを見終わってから家を出た。
途中、コンビニで昼食を買ってから会場の神川公民館に行った。
道路が空いていたので、一番に到着した。机や椅子をセットし暖房を点けた。
9時には13人が集まった。
今月から5月まで、日本水彩展に出品する絵の作品研究会をやることになっていて、最初に作品を持ち寄った3人の作品を、支部長など日本水彩画会の会員の人たちが講評した。
今日が1回目なので、じっくり時間をかけて公表した結果1時間以上かかった。
作品研究会
その後から、静物画の制作に取り掛かったので、12時までの時間ではデッサンと簡単な彩色だけで終わってしまった。
ジイが画題に選んだコチョウランは花びらが複雑で、初めて描いたのでデッサンだけでも悪戦苦闘した。
公民館の使用が、午前と午後で分けなければいけないのと、コロナ前のように室内で食事ができなくなっているので、製作は午前中に限られてしまう。
コチョウラン ジイの描いた絵
ひとまず12時で制作は終了とし、12時から事業部係長会議を行った。
昨夜印刷した資料に基づいて1年間の事業の概略を説明した。
その資料に基づいて4人の係長にそれぞれの係の1年間の事業計画書を書いて提出してもらうようお願いした。
去年から組織体制を変えたが、去年はほとんど活動できなかったので、今年が新体制のスタートの年でもある。
全員参加型の組織に変えたので、どれだけ支部員を事業に巻き込めるか、勝負の年となる。
年々高齢化が進む中での活性化というのはとても難しい気もするのだが・・・。
去年中止した支部展、小品展も実施を前提に準備することを確認し、10月末に一泊で写生旅行もすることで決まった。
1時間で会議を終了させた後、9月の支部展の後援を依頼する報道機関や企業に提出する文書について三役と打ち合わせをした。
午後1時半に会議が終わったので、上田医療センターに行って、昨日受け取れなかった処方箋をもらってきた。
その足で丸子のマツキヨで薬を処方してもらって家に戻った。
3時前だったので、接骨院に行って施術を受けた。
施術を受けている間に次の受診者が来るなど、また受診者もボチボチ回復している様子なので安心した。
今日は晴れても気温が上がらず、バアも寒くて歩けなかったらしい。
2021年02月08日 (月) | Edit |
朝起きて驚いた。雪が降って一面の銀世界になっていた。
北信地域で降雪があるのは天気予報で知っていたが、この辺で降るとは思わなかった。
今日は長女の誕生日なので、朝から一緒に出かけることにしていた。
長女が生まれた日、誕生地は埼玉だったが、珍しく雪が降ったことを思い出した。
朝の雪① 朝の雪②
長女に迎えに来てもらって出かけるつもりだったが、長女はまだ雪に慣れていないので、こちらから長女の家に行って、長女の新車をジイが運転して出かけることにした。
最初にジイの3カ月に1回の定期検診がある上田医療センターに行った。
今日はコロナ禍の中、診察はなしで処方箋だけ出してもらうことになっていた。
受付をして会計さえ済ませれば処方箋を出してくれるので時間がかからない。
長女の家を出て間もなく上田市内に入ると雪が止んだだけでなく、降った形跡もなかった。どうやら八重原台地だけ降っていたのだろうか。
これなら初めから長女に運転を任せてもよかった。
上田医療センターが終わった後は、長女が運転して小諸に行った。
小諸では一時青空も出ていたので懐古園周辺を歩いた。
懐古園の中は入らなかったが、ほとんど人影はなかった。
懐古園三の門
観光客用の駐車場も閉鎖されていた。
小諸は今年初めに大きなコロナのクラスターが発生し、首都圏並みの営業自粛が先月まで行われていた影響か、飲食店はいまだに閉店しているところが目立った。
歩いているうちにまた曇ってきて風が冷たく感じるようになったので早々に切り上げて、郊外にあるファミリーレストランにお昼を食べに行った。
「いっちょう」というチェーン店だが、まだ小諸店ができて間もない。
こんな時期なので空いていると思ったが、満席で10分ほど待たされた。
すべて個室タイプなので、利用するほうにとっては安心感があるのかもしれない。
我々もそう思って選んだお店だが・・・。
メニュウはいろいろあったが海鮮系のものを選んだ。バアと長女はイクラがたっぷり入ったイクラ丼と握りずしを、嬉しそうに食べていた。
1時間以上滞在してゆっくり食べ、おしゃべりをして過ごした。
昼食
帰りは、丸子のマツキヨに行って、薬をもらおうと思ったら、病院で受け取ったはずの処方箋がなかった。
診察明細書と領収書はあったのだが・・。
慌てて病院に電話したら会計に処方箋が残っているとのことだった。
途中で落としてしまったのかと心配したが、会計をした時に出し忘れたようだ。
確かめなかったのもいけないが、今まで必ず一緒に出ていたのであるものとばかり思っていた。
診察がなかったので、手違いがあったようだ。
もう遅いので明日上田支部の例会が終わった後取りに行くことにした。
長女を送った後、家に戻ったら5時になっていた。
朝降った雪は跡形もなく消えていた。
夜は、昨日ブログを書いた後夜中までかかって作った上田支部の書類を印刷して、明日に備えた。
2021年02月07日 (日) | Edit |
今朝はマイナス4℃だった。
10時半にリハビリウォーキングに出かけるときには、デッキの温度計が10℃近くになっていた。
家を出るときにため池を見たら、池の淵だけ凍っていた。
ため池の氷
今日も無風状態でポカポカ陽気だった。
今日は中八重原のブドウ畑や牧場のほうまでで出かけた。
先日途中でフクジュソウが咲き出したのを見たが、今日はそのフクジュソウの花の数が倍近くに増えていた。
この二日ぐらいの春のような天気で一気に咲き出したようだ。
バアの歩きも調子がよさそうで、前回より5分以上時間が短縮して1時間ちょうどで家に戻った。
リハビリウォーキング
家に戻った後、昨日掘り出したタマネギの苗を黒マルチを敷いてあるタマネギの畝に植えた。
11月に植えた苗は、何本か寒さにやられていたが、9割以上残っているので想定内だ。
そろそろ追肥をしたほうがいいかもしれない。
午後は、白馬村の冬の朝の景色の絵の続きを描いた。まだ完成度は5割にも達していないが、全体の構図ははっきりしてきた。
朝焼けをどういう色調にするか、これからが勝負となる。
久し振りに2時間以上絵と向き合った。
白馬村の雪景色
4時半ごろジイ小屋から母屋に戻ると、昨日アマゾンに注文したリビングの掛け時計が届いていた。
一昨日の夜、寝るときに今まで使っていた掛け時計が1時間進んでいた。
毎晩午前0時に電波を受信して時刻調整する電波時計だ。
2,3か月前に一度狂ったことがあったが、その時は電池切れも重なったのだろうと、電池を交換して電波の受信をリセットしたら元に戻った。
まだ電池が消耗するには早すぎる。
昨日の午前中受信をリセットして時刻が合ったので安心していたら、しばらくして10分遅れていた。
もうこの家を建てた時からの時計なので、かれこれ18年になる。
もう寿命なのかもしれないので、アマゾンで調べたら手ごろな価格ものがあったので、すぐに注文した。
翌日には届くということだった。
宅配業者がクロネコヤマトだったので、昨夜のうちに配達メールが入り、配達時間の指定ができた。
午前中はリハビリウォーキングに出ているかもしれないので午後4時以降の配達にしてもらった。
今朝起きると、掛け時計の時間が元に戻っていた。
どうやら昨夜0時の電波受信で調整したようだ。
ただ、一度ならず二度も狂ってしまった時計を信用できない。
今の菅内閣と同じようなものだ。早速届いた新しい時計に付け替えた。
今までの時計は2階のプレイルームに引っ越した。
今はそれを見ながらブログを書いている。
掛け時計
2021年02月06日 (土) | Edit |
今朝はマイナス3℃だった。明け方はもっと冷えていたようで、ため池が半分以上凍っていた。
ため池は無風で氷点下5℃以下になると結氷する。
ただ立春も過ぎたので、これからは余程の大寒波でも来ない限り、凍ってもすぐ融けて全面結氷することはないだろう。
冷えていたのは朝だけで気温がどんどん上昇した。
10時過ぎにリハビリウォーキングを兼ねて、色々道具を持ってカーブミラーを取り付けに行った。
襟巻や手袋なしで行ったが汗ばむような陽気だった。
長女の家の手前で、接骨院の近くでやっている道路工事の看板が目についた。
看板
長女の家に着いてすぐに作業を始めた。
ツーバイフォーの板をブロックの長さにカットし、防腐剤を塗って、ブロックに張り合わせ針金で留めた。
ブロックには歯が立たなかったが、木材ならミラーの固定金具を簡単に取り付けることができた。
重量ブロックごと、強風などで道路に転落しないか長女が心配するので、あとでペグのようなものを買ってきてブロックを止めることにした。
ブロックの自重で簡単には落ちないと思うが・・・。
終わった後、写真を撮るのを忘れたのであとで長女に写真を撮ってもらってメールで送ってもらった。
カーブミラー
作業していると、ヤマちゃん夫妻が歩いてやってきた。
接骨院の施術を受けに来たようだ。
先客もあったので待つ間長女の家で一緒にお茶を飲んだ。
施術の後は、4人で一緒に歩いて家に戻った。
今日の最高気温は13℃だったが、5月ぐらいの陽気に感じた。
リハビリウォーキング
午後は、庭のシダレザクラの周りに植わっているシランの株を掘り起こした。
年々シダレザクラが大きくなり、枝垂れた枝がシランとぶつかるようになった。
シラン自体も株を増やしているので、夏場はサクラの枝葉とシランの葉がこすれ合って大変だ。
掘り起こしたシランは長女の家の空き地の一角に植えることにした。
庭のロウバイも花芽が一皮むけた感じになってきた。
県内でも開花のニュースがテレビで報道されるようになった。
ロウバイ
外仕事のついでに、タマネギの苗作りをしたところに残っている赤タマネギの苗を移植しようと思って掘り出そうとしたら、土が凍っていて硬くなっていた。
はじめはスコップの刃が立たないほどだった。ツンドラのようになっていた。
藁小屋の陰で日が当たらなかったせいだ。
掘り起こした苗は凍った土が融けるまで黒マルチの上に置いておくことにした。
西側の道路と庭の間に残っていたイチイノキの切り株を、チェーンソーで切った。
数年前に道路との境に前地主が植えたものを伐採したが、当時はノコギリしかなくて、低い位置から切ることができなかったので、地面から20,30㎝残っていた。
チェーンソーを手に入れて、ようやく根元から切り落とすことができ、スッキリした。
夕方から上田支部の支部展の資料作りや、来週の例会の後の事業部係長会議の資料作りをした。
前回までの資料の大半が、支部長に引き継がれていて、一昨日の東御美術会の日にその資料を支部長から借りてきた。
以前に前支部長からデータをコピーさせてもらったが、そのデータにはないものが、今度の資料に多く含まれている。
面倒だが、今後に活用できるように必要な文書は、ワードやエクセルで作成しなおした。
ジイも含めてだが、まだ紙ベースで保存することが大事と思う世代だ。
2021年02月05日 (金) | Edit |
今朝はまたマイナス5℃まで下がった。
今日も晴れで、昨日の風が残っている感じ。
庭のギンモクセイに掛けていた寒冷紗がほどけてひらひらしていた。
先日は家側の小さいキンモクセイの寒冷紗を直したばかりだ。
冬の間ほどけないようしっかりかけるやり方を考えなければいけない。
やり直しをするときはだいたい風のあるときなので、なおさらひらひらしてなかなかしっかり押さえられない。
何とかあと2か月やり直ししないで済んで欲しい。
寒冷紗
気温も5℃になり風も少し収まった11時からリハビリウォーキングに出かけた。
昨日は休んだので、今日は気合を入れて歩き始めた。
建築中の家が見えるところまで来たら、足場が取れていた。
3日前に歩いているときには確かまだ足場があった。
遠くてよくわからなかったが、とても目立つ濃い緑の壁面はモルタル塗りの下地かと思っていたら、それが外壁だったようだ。
これからは緑の館とでも呼ぼうか?
歩いている途中から風も収まって、ポカポカ陽気になった。
ネコ日和のような陽気だが、珍しく1匹の猫にも出会わなかった。
家のため池まで戻ってきたら、雲一つない青空に飛行機雲がくっきりと白い線を描いていた。
今のコロナの状況では、今年も飛行機になるようなことはないだろう・・・。
リハビリウォーキング 飛行機雲
午後は早めに長女の家に行って、県道に出るところにカーブミラーを取り付ける作業を始めた。
重量ブロックにミラーの金具を取り付けて固定しようとしたが、普通のネジでは固くて入り込まなかった。
接骨院の施術を終えた後、立科町のコメリに行ってコンクリート用のネジを買ってきてやってみたが、それでもうまく打ち込めなかった。
ドリルで穴を空けようとしたが、それも木工用のドリルなのでうまくあけられない。
そのうち電動ドライバーのパワーが落ちて万策尽きてしまった。
外も暗くなってきたので、明日重量ブロックに板を張り付けて、それにミラーを固定することにしようと考えている。
カーブミラー
今日は次女の4?才の誕生日だ。
自分のことより孫たちの近況をLINEで知らせてくれた。
去年大学に入学したアーちゃんは、もう春休みだという。
とうとう一度も学校での授業はなく終わったそうだ。
リモートで学んだ単位は全部取れたそうだが、大学生活は学業だけでない。
様々なコミュニケーションを通じて人間形成ができる大切な時期だ。
早くコロナが終息して本当の大学生活を送ってもらいたいものだ。
ムー君、ノム君もそれぞれ元気にしているようだ。
ありがたいことに、二人とも早く北御牧に行きたいと言ってくれているそうだ。
今は、世の中が、そう簡単に自分の思うようには生きられないことを学ぶ機会を与えられている、と思ってくれればいい。
2021年02月04日 (木) | Edit |
今朝はマイナス1℃と寒さが緩んだ。
ただ風があったので体感的には昨日とあまり変わらない。
朝食を少し慌ただしくとった後、片付けはバアに任せて、東御美術会の例会に出かけた。
先月17日に行う予定だった総会が、コロナの感染者が増え県の警戒レベルⅣの指定を受けて、公民館が利用できなくなったため、総会も中止になった。
そのため今日が新年最初の例会となった。
はじめに祢津公民館の入口にある談話コーナーに、持って行ったスルメの絵を展示した。
先月彩明会として風景画を2点展示したので、今回は静物画を展示した。他の会員8名のものと一緒だ。
東御美術会は去年12月に1回目の展示をしていて今回が2回目なので、1回目に展示しなかったメンバーの作品を展示した。
今日は午後から常任委員会と70周年記念事業実行委員会があるので、朝から主要なメンバーが集まってきていた。
午前中は、9時半から野菜を画題にして静物画を描いた。
今回は6号の紙を持参したので、サイズ的には小さいので、あまり小さくまとまらないよう描いたつもりだが、途中で小さくまとまり過ぎている、という指摘をされて、ハクサイのサイズを水増しした。
あとでもう少ししっかり色を付けたい。
画題 ジイの絵
当初午後の会議は2時からを予定していたが、他の会員の作品の仕上がりが早まりそうだったので、30分繰り上げて1時半からの開始となった。
常任委員会では、総会で諮れなかった今年度の事業計画について協議した。
例年5月下旬に計画している写生旅行は、宿泊するホテルの送迎バスを利用していることから、3密になりやすいし、食事や部屋での濃厚接触の可能性もあるし、ワクチンも先行きどうなるか見通しが立たないことから、今年は中止することになった。
ジイは写生旅行係として5年目になるが、今回だけは気乗りがしなかったので、中止の結論になって内心ホッとした。
9月に予定している会員展は、70周年記念展として去年できなかったものをもう一度やることになったが、これもコロナ次第では中止することも想定することとした。
ただ、記念誌の発行だけはこれ以上引き延ばすことはできないので、発行する方向で準備をすることになった。
記念誌に掲載する作品の撮影と印刷会社との交渉はジイとAさんの二人でやることになっているので責任重大だ。
会議は早く始めたので3時前に終了した。
帰りは祢津公民館からの帰り道にあるコメリによってカーブミラーなどを買ってから家に戻った。
今日は留守番だったバアも風が強すぎてリハビリウォーキングに出かけられなかったようだ。
2021年02月03日 (水) | Edit |
今朝はまたマイナス5℃まで下がった。これが平年並みか?
朝食の準備をしてから、発泡スチロールを公民館まで出しに行った。
出す時間は6時半から7時半までの間と決められている。
早起きではないジイにとっては少しハードルの高い時間だ。
それに月1回しか出すことができないので、うっかりすると出し忘れてしまう。
今日は1年分溜めたものだ。
公民館までは車で行くしかないが、今の車は暖房がつくのに時間がかかるので、公民館に着いてもまだ暖房がかからなかった。帰り道でようやくかかった。
車内が暖まったころに家に着いた。
今回の車検でバッテリーも交換したのだが・・・。
午前中晴れてはいたが風もあり、時々雲に陽射しも遮られて気温が上がらなかった。
デッキの屋根の支柱に取り付けた夜間照明の延長コードを留めるステップルを、昨日長女の家のガレージから持ってきたので、仮に留めておいたコードをステップルでしっかり留め直した。
これでコードがたるんでくることもなくなるだろう。
デッキの根太が腐ってきて、デッキの上を歩くとたわむようになったので、2年越しで修理しなければと思いながら、なかなか取り掛かれない。
暖かくなったらやろうか・・・。
午後になって風も弱まらなかったが、明日は歩けないので、何としても歩こうと意を決してリハビリウォーキングに出かけた。
追い風になる中八重原に向かって歩いた。
シクロビンヤードのブドウ畑の脇を通るコースを歩いた。
我が家と地形が異なるせいか、家の近くで感じた風の強さはなく、それほど寒さを感じることもなく歩くことができた。
浅間山もジイの一番好きな冠雪した姿になっていた。
リハビリウォーキング 冠雪した浅間山
歩いている途中で、早くもフクジュソウが咲いているのが見えた。
同じ八重原台地でも場所が違うと先時期が違うのか、それとも品種が違うのかわからないが、我が家のフクジュソウは今朝も霜柱でまた頭が隠れて見つけにくくなっていた。
フクジュソウ
家に戻ったあと立科町のツルヤとコメリに買物に行った。
食料品の底がついたわけではないが、色々見るものがあった。
買物から帰った後、明日の東御美術会の例会の段取りをした。
明日は例会の後、常任委員会もある。
去年延期した70周年記念事業の会議もあるので、事前に資料などに目を通した。
2021年02月02日 (火) | Edit |
朝起きるとまだ雨が降っていたが、まもなく雨は上がり晴れ間が広がって明るい陽射しが出てきた。
気温は3℃からスタートして10時頃には10℃に達した。
リビングに置いてある鉢やプランターから小さな虫が発生しているようなので、デッキに出して殺虫剤をかけた。
カネノナルキは鉢が重たくてデッキに出し入れするのに苦労した。
カネノナルキ
10時過ぎにリハビリウォーキングに出かけた。
今日は防寒対策し過ぎると熱くなりそうだったので、ライトダウンにして、毛糸の帽子や手袋はなしで出かけた。
朝まで雨が降っていたとは思えない青空だった。
日陰に残っていた雪もすっかり融けて跡形もない。
昨日の朝全面結氷した池も3か所とも全部融けていた。
歩き始めは無風状態で、薄着で正解だったが、30分近く歩いていると次第に風が出てきて、大気が入れ替わり始めたのを肌で感じた。
リハビリウォーキング
1時間強歩いて家に戻った。
庭のフクジュソウが頭を出し始めていた。
まだ写真に撮ってもわかりづらいほどだ。
お昼ごろからさらに風が強まり、黒い雲が広がって青空がほとんどなくなった。
3時前に接骨院に行くため外に出たら、風花が舞っていた。
午前中とは打って変わって冬に逆戻りしていた。気温も3℃になっていた。
接骨院の前の道路が1週間前から側溝工事をしているので、母屋側の空き地に車を停めた。
このところこの工事のせいか不安定な天候のせいかわからないが、受診者が少し減っているようだ。
ひとまず無事に2年目を迎えて、このまま安定した経営ができることを願っている。
接骨院から戻ると、朝から浅間山に掛かっていた雲が取れて浅間山やその左の黒斑岳が真っ白に光っていた。
雪雲はなくなってまた青空になっていた。
浅間山
夜になって気温は氷点下2℃まで下がってきた。もっと下がりそうだ。
2021年02月01日 (月) | Edit |
今朝はマイナス9℃まで下がった。
家の裏のため池も再び全面結氷していた。
昨夜の天気予報ではここまで冷える予報ではなかったが・・・。
ただ日が昇るにしたがって気温もどんどん上がって10時には2℃まで上がった。
午後から市役所に行くつもりだったので、早めに歩こうと、10時半にリハビリウォーキングに出かけた。
家を出た時は風があるように感じたが、歩き始めたらほとんど無風状態で、体感的には春の暖かさに感じた。
途中で手袋や防寒のために付けていたマスクも外した。
ネコ日和なのか、歩く先々で野良や飼い猫の姿を見た。
飼い犬の豆ちゃんも家の玄関で日向ぼっこをしていた。
気分がいいので、いつもより歩く距離を伸ばしたので、1時間10分の歩きとなった。
リハビリウォーキング
午後から市役所に行き、最初に国保の窓口で高額療養費の申請をした。
去年の6月と8月が該当していて、その月の医療費の領収書を全部持参したが、70歳以上の高齢者は1医療機関につき5,000円未満の領収書は添付しなくていいとのことだった。
確定申告に備えて領収書は全部保管してあるので困ることはないのだが・・。
申請が済んだら、11月分も該当しているということで申請書を渡された。
その分の領収書は持って行ってないので、再度市役所に行かなければならない。
国保の後は住民課に行ってマイナンバーカードの手続きに行った。
市役所では申請書の受付はせず、申請書の書き方を指導するだけで、申請書は市役所の外に設置してあるポストに投函した。
保険証と免許証の二つがあれば、自宅に郵送してもらえるそうだが、保険証は持ってこなかったので、後日市役所まで取りに来なければならないらしい。
文句の一つも言いたいところだったが、間違いなく本人に手渡さなければならないものだから黙って引き下がった。
手続きが簡単に終わったので、出かけたついでにどこかに行こうかバアと相談したが、コロナ禍の中あえて人がいるところに出かけたくもないので、家に帰ることにした。
途中明神池の脇を通ったら、半分だけ池が凍っていた。
市内を走っているときには外気温が10℃近くになっていたので、せっかく凍った池もこの暖かさでみな融けてしまうだろう。
早く家に戻ったので、畑に残っていたニンジンを掘り出した。
葉は枯れていたが、ニンジンはまだ十分食べられそうだ。
畑の土は、天地返しをしているころは一部凍っていて掘り返すのに苦労したが、今日は雪の後のせいもあって軟らかくて掘りやすかった。
ニンジンの畝周辺だけ天地返しがしてなかったので、ニンジンを収穫したあと天地返しをした。
収穫したニンジンの一つに、思わずプッと笑ってしまう形のものがあった。
意図して作られたものではない自然の造形だが、自然にはユーモアも仕込まれている?
ニンジン
夕方まで白馬の雪景色の絵の彩色を始めた。
朝焼けをどんな風に描けるか・・・。
水彩画
緊急事態宣言が1カ月の延長となった。
正式には明日決めるようだが。商売や生活が苦境に立たされる人がさらに増える。
政府は、そういう人に待ったなしで援護する義務がある。
2021年01月31日 (日) | Edit |
今朝もマイナス6℃まで下がった。
7時の目覚ましで一度は目を覚ましたが、その後30分ほどウトウトしたあとに起床した。
朝のワイドショーを見たり新聞を読んだ後、10時過ぎにリハビリウォーキングに出かけた。
晴れてはいるが雲も多く、時折お日様が雲に隠れた。
風も強めで歩くのには少し寒かった。
リハビリウォーキング
今日はウォーキングの途中で、長女の家にミズカケナを届ける用事があったので、一部コースを変えた。ミズカケナは昨日ジイの実家から送られてきたものだ。
去年まで九州産のブンタンが送られてきたが、大きな段ボール一箱もあるので、去年お礼の電話をした時に、もう少し量は少なくてもいい、と言ってしまった。
あとからバアに失礼なことを言ってと怒られてしまったが・・・。
そのかわりで、今年は御殿場産のミズカケナが送られてきた。
まだ親父や兄貴が健在なころ毎年送られてきていたので、とても懐かしく思った。
義姉にも気を使わしてしまったようだが・・・。
長女は夫が休診日なので一緒に出かけていて留守だったので、物置の冷蔵庫に入れておいた。
長女の家からの帰りは、強い風も追い風になったので、楽に歩くことができた。1月も今日で終わりだが、元旦から今日までリハビリウォーキングを休んだのは7日だけで、あとはほぼ1時間前後をしっかり歩くことができた。
ポストにネット注文していたタブレットケースが入っていたので、早速ケースを付けた。
液晶画面のシールも同封されていたのでそれも張った。
タブレットケース
午後は、白馬村の雪景色を画題にした新しい絵を描き始めた。
とはいっても今日は大雑把なデッサンだけで終わったが・・・。
50号の画用紙を16等分し、プリントアウトしたA4サイズの写真を転写した。
一昨年の3月に一泊で写生に行ったときに取った風景だ。
実際には午前10時ごろに撮った写真だが、日の出直後の赤く染まる雪景色として描いてみようかと思っている。
イメージ通りに描けるか心配だが・・・。
今の時期に描き始めるせいか、どうしても雪景色になってしまう。
気が付いたら外は薄暗くなり始めていた。
新しい絵 デッサン
夜は、昨日市役所から送られてきた、医療費の高額療養費の申請をするようにという通知に従って、医療費の領収書の整理をした。
来月には確定申告も始まるので、丁度いい機会だ。
ジイがかつて国保の事務を担当しているときには、わざわざ市民に高額療養費に該当するからと通知を出すようなことをしなかった。
あくまでも本人の申請を待つだけだったが、最近は高額療養に該当するときは市から通知が来るようになっているようだ。
窓口で支払うときに該当するものは、その時に減額を受けているが、1か月を単位にそのほかの医療機関で支払ったものも合算して、基準額を越えていれば超えた分を還付してくれる形になったようだ。
ただこれも本人が申請して初めて還付されるので、市役所に行かなければならない。
今回の還付はジイの2か月分の小遣いぐらいあるので近いうちに市役所へ申請しに行くつもりだ。
その時に、いままで抵抗して作らなかったマイナンバーカードの作成申請もしてこようかと思っている。
今年の確定申告はそれを使ってネットで申請してみようか・・・。