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2021年04月05日 (月) | Edit |
今日は大腸の内視鏡検査の日。
いつものように朝7時に起き、着替えと洗顔だけして、朝食は抜きで7時半過ぎに家を出た。
飲み物も500ccの水だけしか飲めない。
クリニックに向かう途中も飲み続けたが、全部は飲み切れなかった。
夏の暑いときなら飲めたかもしれないが、外の気温は6℃、風が強くて肌寒い朝なので、水だけ飲むというのは難しかった。
クリニックには普段30分弱で行けるが、ちょうど通勤時間帯なので40分かかった。
ついてすぐに個室に入って、2リットルの下剤を10分おきに紙コップで飲み始めた。
今まではクリニックにきてから下剤を飲みだしたが、今回から家で前日から飲み始めるようになったので、クリニックで飲む量は減ったが、トイレに駆け込む苦しさは、2日間続くので、どちらがいいか?
ジイとしては短期間のほうがいいと思うが、下剤を短時間に飲まなければならない苦しさを嫌う人のほうが多いのかもしれない。
このクリニックでは内視鏡検査に変えてCT検査もするようになったようだが、その検査なら下剤の飲む量が4分の1で済むし、カメラを挿入されないので抵抗感が少なくて済むようだ。
今日は1.7リットルまで飲んだところで腸がきれいになったということで、下剤を飲むのから放免された。
苦しい時間だったが、大リーグの大谷がピッチャーで2番を打つ歴史的な瞬間をテレビ放映していたので、それを見て気を紛らわすことができた。
午前中11時過ぎから検査の予定が、外来や手術があった関係で、ジイの検査は12時半になった。
検査で2個のポリープが見つかり、切除してもらった。
取ったポリープは後日検査した結果を教えてもらうことになったが、小さなもので悪性のものではないだろう、という説明があった。
検査の後帰りにスーパーでおいしいものを買って帰るつもりだったが、渡されたのは、これから明日の夜まで口にしていいレトルト食だった。
今日は一日スープ一杯だけだった。
スープ
午後1時半にクリニックを出て、隣の薬局で止血剤を処方してもらって、家には2時過ぎに戻った。
楽しみにしていた食事を制限されてしまったので、何もする気力も起きず、唯一のスープすら口にする気が起きなくて、5時ごろまでリビングでうつらうつらして過ごした。
食事をする楽しみを奪われたら、何もする気力が起きなくなる、ということを実感した。
将来、胃ろうをしなければならない事態になったら、断固拒否して死を選びたい、と思った。

2021年03月29日 (月) | Edit |
朝起きたらデッキの温度計が10℃になっていた。
3月とは思えない朝の気温だ。
日中には25℃ぐらいになっていたから、まさに異常気象だ。
今日は、上田市内のクリニックに行き、来週やってもらう大腸の内視鏡検査のための採血と、検査2日前からの食事制限用のレトルト食品や下剤を受け取り、医師から検査の内容と事故率などの説明を受けた。
医師からは1年ごとに検査を受けるよう勧められているが、今回は2年半ぶりなので、ポリープの一つや二つは見つかるのではないかと覚悟している。
ポリープぐらいならいいものだが・・・。
30分ほどで終わったので午前11時過ぎには家に戻ることができた。
午後から佐久に行く用事があったので、家に戻ってすぐにリハビリウォーキングに出かけた。
軽めのウィンドブレーカーを着て歩き始めたが、暑苦しいのですぐに脱いで腰に巻いた。
それでも冬用の下着を着ていたので、背中が汗でじっとりした。
浅間山の頂上付近が白いベレー帽をかぶっているように見える積雪があった。
昨日の夜降った雨が山頂では雪になったようだ。
最近の暖かさで山頂には全く雪がなかったのに・・・。
リハビリウォーキング 浅間山頂上の雪
午後の佐久へは引っ越しの手伝いで出かけた。
4階建てのアパートの3階だったので、荷物を持ちながら何度も階段を往復したので、汗が噴き出した。
折り畳みのベッドを二人掛かりで運んだ時は、さすがに途中で息が切れた。
額にかいた汗が目に入るなんて、いつ以来かだいぶ昔に遡らなければならないほどのことだ。
もう1回別の日に運ぶものがあるらしいが、ジイの手伝いは今日だけにさせてもらった。
2021年03月11日 (木) | Edit |
今朝はまた寒さがぶり返して気温がマイナス6℃になっていた。
久し振りに霜が降りて畑が白くなっていた。
フクジュソウが霜にあたってしなびていた(日中には元通りに花が開いていたが)。
今日はバアの椎間板ヘルニアの手術から3年が経過し、手術後の経過を診察する日になっていたので、8時半に家を出て佐久医療センターに向かった。
9時に医療センターに着いてバアを降ろした後、ジイは佐久総合病院本院に行った。
耳鼻咽喉科の診察が週3日行われていて、今日のその診察日だったので、最近の老化による難聴を診てもらうことにした。
この数年人の話やテレビの音が聞こえにくくなってきていた。
特に最近はマスク越しの会話が多くなり、何度も聞き返さないと聞きとれなくなった。
あまり待たされずに、まず聴力検査をしてもらった。
左右の耳で多少違うようだが、特に高音域で聴力が落ちているグラフを示された。
こうした聴力の低下は薬で治せるものではないので、補聴器で対処するしかない、ただ眼鏡のように矯正視力ですぐに対応するようにはいかず、補聴器に慣れるための訓練も必要、という説明を受けた。
事前に障碍者のケースワーカーをしていたバアから聞いていたので、市販の補聴器に飛びつく前に、しっかり補聴器に適応できるような訓練を受けるため、耳鼻科に補聴器外来があるというので、早速予約した。
診察と会計を済ませた後、再度医療センターに行った。
本院との距離は車で10分ほどだ。
10時50分に医療センターに着いてバアと待合室で会ったが、まだ混んでいて診察室に呼ばれないとのこと、5分ほど待ったらようやく呼ばれて診察室に一緒に入ることができた。
経過は順調で問題なく、変形性膝関節症も手術するほどではないとのことだった。
こちらとしては膝の手術など毛頭眼中にないことなのだが、整形外科の医師はすぐに物理的な手術に関心が行ってしまうのだろうか?
診察も終わり会計も済んだのが11時20分、3年で経過観察も終わりかと思ったら、術後10年は面倒を見るとのこと、来年の予約も入っていた。
アフターケアは有り難いのか、迷惑なのかよくわからない・・・。
お昼には少し早かったので、また長野牧場の子ヤギを見に行った。
昨日ローカルニュースにとどまらず全国ニュースでも子ヤギの誕生が報じられたので、他にも子ヤギを見に来た人がいた。
全国的に有名になった子ヤギを見てバアも満足していた。
子ヤギ 見に来た人達
この後久し振りに佐久市内の大戸屋で昼食を食べた。
古いスタンプカードも新しくなって、会計の時にはいくらか値引きにもなった。
大戸屋の昼食① 大戸屋の昼食②
大戸屋に隣接するパン屋さんでパンを買い、道路を挟んで向かいにある上州屋で渓流釣りの小物や釣り餌も買った。
帰りに長女の家に寄って、パン屋さんのパンをお裾分けしたあと、一端に家に戻ってまた長女の家に戻った。
庭の境界に縁石を買いに長女と湯ノ丸インターのコメリに買いに行った。
下見では必要な20本がなかったが、ちょうど新商品が入荷したばかりで在庫があった。
N-boxに積んでもらって、長女の家に戻り、早速花や庭木の境に石を並べた。
和風の家なので、レンガを並べるよりはみかげの縁石のほうが似合っていると思う・・・。
忘れてはいけない3.11という日に石を買ってきて並べたのも意味があると思うことにした。
縁石を買った 縁石を並べた
いろいろ作業をして家に帰るとき、西の空が茜色に染まっていた。
東北の空も赤く染まっているだろうか?

2020年07月22日 (水) | Edit |
腰の周りにできた湿疹を診てもらうため、午前中東御市民病院に行った。
内科の診察を受けることにして、待合室で待った。
診療待ちの人は少なそうに見えたが、診察室に呼ばれるまで1時間以上待たされた。
診断結果は帯状疱疹(ヘルペス)だった。
痛み止めの薬に対する湿疹ではなかったようだ。
痛みはないかと聞かれたので、ないと答えたら、普通水膨れした個所が痛痒く感じるらしいが、痛み止めの効果で痛みを感じないで済んでいるようだ。
ヘルペスの薬のほか痛み止めの薬を処方することもあるらしいから、腰の痛み止めのための薬はやめないで一緒に飲み続けていい、ということだった。
近くの行きつけの薬局を済ませて家に戻ったら12時を過ぎていた。
早速昼食の後から、ヘルペスの薬も飲んだ。痛み止めの薬を合わせて、全部で5錠になった。
午後4時過ぎからリハビリウォーキングに出かけた。
歩き始めに迎い風があって歩きにくかったが、その後はあまり暑さを感じずに気持ちよく歩くことができた。
45分ほど歩いて家に戻った。
リハビリウォーキング
日中晴れ間もあり風もあったので、多少畑の土も乾いたようなので、ミニ耕運機で昨日収穫したジャガイモを植えてあったところや、草刈りをしたあとなどミニ耕運機で耕した。
途中まで耕したが、枯草がミニ耕運機の刃にからまってエンジンが止まるトラブルが2回続いて耕すのを中止した。
草と軟らかい土が刃の回転軸にからみ付いて動かなくなってしまったようだ。
からみ付いた草と土を取り除くのに30分近くかかってしまった。
耕した畑 ミニ耕運機
暗くなる前に夏野菜の収穫をした。今日もキュウリが20本近く採れた。
長女にLINEでキュウリがいるか聞いたら、毎日接骨院の受診者が手土産に持ってきているとのことだった。
さて、採れ過ぎたキュウリをどうしようか?
2020年07月16日 (木) | Edit |
朝7時の時点ではほとんど青空がなかったが次第に青空が広がってきた。
朝食の後、畑のキュウリ、ナス、トマト、ピーマンを収穫した。キュウリは今日も10本も採れたが、さすがにヤマちゃん家や長女の家にまで配るわけにはいかない。
9時半にリハビリウォーキングに出かけるころには、空の半分以上が青空になっていた。
6月の血栓手術以来行ってなかった中八重原まで足を伸ばした。
歩いている道沿いにある畑では、夏野菜が植えられていて、さすがにプロが手を入れて育てているので、ジイの畑の野菜に比べて葉の勢いもいいし、実の付き方もいい。
トマトなど脇芽を取って1本立ちでまっすぐに伸ばしていて、実が均等に育っている。
同じように育てられる技術を習得する前に、体力が続かなくなりそうだ。
リハビリウォーキング
中八重原の奥にある牧場まで行く手前でUターンして、家に戻った。
そこまで行っていると1時間15分以上になるので、ちょうど1時間で戻るコースにした。
キッチンの蛍光灯が切れたが、ちょうど在庫がなくなっていたので、午後立科町のコメリに買いに行ったが、電球色の蛍光灯が置いていなかった。
やはり家電ショップでないとダメなのだろう。
昼光色や昼白色の蛍光灯は、ジイのこだわりで妥協するわけにはいかない。
買わずに家に戻りリビングように付いている蛍光灯2本の1本を台所に付け替えた。
天気予報どおり4時ごろから雨が降ってきた。
ジイ小屋で、明日の佐久平水彩画研究会の例会に備え、20号の画用紙を、ロール紙から切り取って水張テープで用意した。
昨日会長から電話があって、明日の例会でモデルに来てもらって人物画を描くが、20号のサイズでしっかり描くようにしませんか、と言われた。
人物画を苦手にしてきたジイとしては、10号でいいかと思っていたが、わざわざ電話で準備するよう連絡をいただいたので、無視するわけにはいかない。
人物画用にF版の20号をカットしたあと、風景画用にP版も水張りで作った。
横幅は同じだが、縦の幅が7,6㎝短い。また使うこともあるだろう。
ジイ小屋で作業している間に、雨が強く降る時間帯もあった。
午前中から午後にかけての晴れ間で少し乾いた畑もまた水溜りができるほどになった。
いつになったらジャガイモが掘れるようになるのだろうか?
いよいよコロナウィルスの第二波がやってきた。
政府は冷え切った経済を優先的に立て直したいのか、第二波とは認めないが・・・。
東京を除いてゴーツートラベルを強行するようだが、我々年寄りはわざわざ危険な県外に足を伸ばしてまで旅行はしない。
高齢者の重症化率が高いといわれるコロナために、わざわざ命を取られにいくほど愚かではない。