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2019年05月15日 (水) | Edit |
今日は先週佐久総合病院から予約を取ってもらった佐久医療センター(どちらも経営主体は同じ)の診察日。予約時間は11時だが15分前には来院すること、となっていたので10時過ぎに家を出た。
医療センターはバアの手術以降何度も行っているので、道順も駐車場も院内の様子もよくわかっているので何の不安もない。
今日の診察で、手術日も決めることになると覚悟を決めてでかけた。
鼠経ヘルニアは、何もしないで治るものではないことはネットで調べてよくわかった。
ヘルニアと診断を受けてから、自分で触診して出たり引っ込んだりしているのも自覚できるようになった。
一日でも早く手術して治すしかないと覚悟を決めていた。
受付のブースは、バアの整形外科とは違ったが、待合室は同じところだった。
バアの時は1時間も2時間も待たされることが当り前だったので、ジイも原田マハの単行本の小説を持って行った。
手続きを終えて、待合室で本を広げた途端に診察室に呼ばれた。
手術は、腹腔鏡下で腸が脱出する部分をメッシュで閉鎖する手術のようだ。
左右両側にヘルニアがあるので面積が広いので、全身麻酔をして手術するとのこと。
いろいろ起こりうる合併症や副作用についても説明を受けた。万が一のものがほとんどだが、それを気にしたら手術は受けられない。
1か月以上先の来月中旬に手術日が決まった。
一応入院初日に手術をして2日の経過を見て、合計3日間の入院となった。
バアの時の検査入院と同じ日数だ。
ネットでは日帰り手術もあるということだから、慎重かつ丁寧な対応だと理解しよう。
手術日が決まった後、手術前に必要な各種検査をしてもらった。
バアの時の経験が生きて、何か所もある検査場所を迷うことなく巡り歩くことができた。
一通り検査を終えて最後にもう一度検査結果を見ながら担当医の診察を受けた後、最後に入退院支援室で入院に際しての注意事項などの説明を受けて全部終わったのが、午後1時半だった。
バアの時は夕方までかかったから、それに比べれば短時間で終わることができた。
ホッとしたら急にお腹が空いているのに気づき、家に帰る前に佐久平のイオンに寄ってお昼を食べてから家に戻った。
去年はバアの手術と入院、今年はジイの手術と入院と、70代になって、古希と言われるだけあって身体に変調をきたす年齢になったということか?
ただ、まだ二人とも生きる気力まで衰えてきている実感はないので、もう少し人生を楽しむことができそうだ。
持って行った文庫本が数ページしか読めなかったので、家に帰ってから寝る前まで読んで読了した。
猫のミーちゃんは3日前に姿を現した後、一度も我が家周辺に来ていない。
最後に見た時の様子がただ事ではないほど弱り切っていたそうで、バアは最後の別れを言いに来たのではないかと言っている。
5月2日に撮った猫たちの写真が最後となった?
左端がミーちゃん。
左端ミーちゃん
2019年05月08日 (水) | Edit |
今朝の我が家の玄関前の温度計では、最低気温がマイナス3℃になっていた。
近くの気象庁の立科の観測所の記録では最低気温がマイナス1,3℃だ。
軽井沢あたりでは外の水が凍ったとニュースで言っていた。
そんな寒さにもめげず庭のヤマブキやフジの花がどんどん開花してきている。
ヤマブキ 作品研究会
今日は佐久総合病院の予約が9時半に入っていたので、8時半に家を出て病院に向かった。
今年1月からリハビリウォーキングなどで歩き始めると右下腹部が痛くなる現象が出始めた。
2月に佐久総合病院の総合診療科で調べてもらったが、結局原因不明のままだった。
3月に佐久総合病院の血管外科で左足の静脈瘤の手術を受けたが、その後の経過診察の時、医師に下腹部の痛みについて相談したら、静脈瘤の手術前に撮影したCTの画像をみて、ヘルニアの可能性があると言って、隣の診察室の消化器外科の先生の予約を取ってくれた。
今日はその予約の日だった。
緊急オペが入ったということで、予約時間から1時間近く待たされたが、ようやく診察を受けすぐに超音波検査室に行くよう指示された。
エコーを撮ってまた診察室に戻って間もなく呼ばれた。
結論は鼠経ヘルニアで、痛みのある右側だけではなく左側にもあるということだった。
手術をせずに回復したり、良くなったりすることはないとのことだった。
放置すれば悪化して痛みが増したり、吐き気や激痛で緊急手術の可能性もあるとのこと、80代なら無理して手術まで勧めないが、まだまだ先があるジイの年齢なら手術を勧めると言われてしまった。
去年はバアの腰椎椎間板ヘルニアだったが、今年はジイが腸のヘルニアと、バアに付き合うような形になってしまった。
手術は、全身麻酔をして腹腔鏡手術で行うので、佐久医療センターになるということで、紹介状を書いてもらい、来週診察をしてもらう段取りをしてもらった。
とりあえず下腹部の痛みが、どこかの悪性腫瘍や血管の瘤など命にかかわるものが原因ではなくてホッとした。
加齢からくるものでなった以上は諦めて手術で治すしかない、と覚悟した。
2,3日の入院になるらしい。
まだ幼児の時に入院して以来、物心ついてからは一度も入院の経験がないジイなので、何か楽しみでもある。
家には12時半前に戻った。午
後からは1時間バアとリハビリウォーキングに出かけた。
朝方の冷え込みが嘘のように暑くなって20℃を越えていた。
2019年04月17日 (水) | Edit |
朝庭のモミジにキツツキの仲間のコゲラがやってきた。
急いで手元のスマホで撮った。ピンボケだがそれらしくは見える。
遠くでギーッ、ギーッと鳴く声が聞こえてくることはあるが、近くには滅多に飛んでこない。
コゲラ
今日は午後3時に佐久総合病院で先月の静脈瘤の手術の経過診察の予約が入っているので、バアも一緒に午前中から佐久市内に行って、サクラの花見やリハビリウォーキングなどをした後に病院に行くつもりでいた。
朝起きて、今日はコープの宅配日だったと気が付いた。
海旅行前の3月20日の宅配以来ほぼ1か月ぶりの宅配なのですっかり忘れていた。
11時半過ぎに来た宅配を受け取ってから家を出た。
佐久のイオンでお昼の弁当を買い、最初のヤギの飼育場のある長野支場に行った。
去年の彩明会の例会で写生に行ったのが4月14日で、その時は桜が満開になっていた記憶があったので、サクラを見ながらお弁当を食べるつもりだった。
入口の駐車場が空いているので不思議に思ったが、長野支場の中に入って理由が分かった。
サクラはまだ全然咲いておらず、蕾も硬く我が家のサクラよりも遅れているのが一目瞭然だった。
桜の木の下に1台だけあったベンチに腰掛けてお弁当を食べた。
花見客が誰一人いないせいか、食べている間にも少し寒々してきた。
長野支場のサクラ
早々にお弁当を食べ終えて、いつも歩くカラマツなどの並木があるほうに車で移動し、リハビリウォーキングをしに行った。
昨日のようなポカポカ陽気なら何人もウォーキングしているとすれ違うのだろうが、今日は曇っているうえに少し風も吹き始めていたので、すれ違ったのは3人ぐらいだった。
1時間弱歩いて車に戻った。
もっと歩くつもりだったが風が出てきて歩きにくくなってきたので早めに引き上げた。
リハビリウォーキング
佐久総合病院には2時半に着いてしまった。
古い病棟が解体、除去されたところに広い駐車場ができ、止められるようになっていた。
診察に来た人の車は駐車時間に関係なく無料で止められるようになっていた。
駐車場で10分ほど待ってから診療窓口に行った。
駐車場から見える新しい病棟は、バアが去年医療センターで手術したあと、リハビリのために転院した病棟だった。
そういえばそのころ病室の窓から建物を解体する重機が見えていた。
もうそれから1年が経った。
3時の予約だったが、緊急の外来があったようで1時間も待たされたが、診察の結果もう静脈瘤の手術の経過診察は不要ということで無罪放免となった。
1か月以上付けていた弾性ストッキングからも解放される。
右足のほうも当分手術の心配はいらないとのことだった。
診察の最後に、歩行中の下腹部の痛みと血管との関連性について聞いた。
ジイの父親が動脈瘤の破裂で緊急手術を受けたことがあるので、もしやと思っていた。
医師の説明では、動脈瘤や静脈瘤は痛みを感じず、突然破れるものとのこと、先月のCT検査の画像を見ながら、大腸に変な凹みがありそうだということで、同じ外科のヘルニアの専門医に診てもらえるよう予約を取ってくれた。
ゴールデンウィーク明けに診察してもらうことになった。
2019年04月09日 (火) | Edit |
旅行から帰ってきてから一度もリハビリウォーキングに出かけていない。
昨日バアは一人で県道まで歩いてきたそうだが、今まで50分ほどで歩いていた距離を1時間かかったという。
5日も歩いていないので左足が固まっていたという。
朝から晴れているので、午前中歩きに出るタイミングを計っていたが、ずっと春先特有の強い風が吹いていて歩きに行けなかった。
午前中のリハビリウォーキングを諦めて、上田アリオへ買物に出かけた。
ハッピーデーの翌日のせいか店内は比較的空いていた。
車窓から上田城のサクラが咲き始めているのが見えたので、城址公園を歩こうかと思ったが、上田市内も風が強く吹いていたのでやめて、家に帰ることにした。
途中ガソリンスタンドで給油したがまた値上がりしていた。イ
タリアでもスタンドの値段を見ると日本円で180円以上していた。
産油国にオイルマネーが集中しているように見えるが、産油国の国民すべてにそのお金が行きわたっているわけではない。
ベネズエラの現状を見るとひどいものだ。
買物から戻った後、午後になっても強風は止まなかった。
ジイは、夕方ウォーキングマシンで30分歩いて何とか目標の6,000歩に達した。
ジイの足も、昨日の夜手術した左足が突っ張っている感じがした。
やはり鍛えなければすぐに衰えてくる年齢になったのかもしれない。
バアも夜になってウォーキングマシンで20分ほど歩いていた。
イタリア旅行中のブログの再編集をするつもりだがなかなか取り掛かれない。
ようやく今日撮ってきた写真を整理して、どの画像を使うか選べるよう48枚を1ページに印刷したら、21ページにもなった。
明日からやるつもりだが・・・。
写真の整理
2019年03月20日 (水) | Edit |
朝風が穏やかなうちに剪定枝や段ボールなどを畑で燃やした。
その後10時にリハビリウォーキングに出かけた。
すでに気温が急上昇して冬物のダウンコートでは暑いので、春物のコートで出かけた。
田んぼの畔のほうからカエルの鳴き声が聞こえてきた。早くも冬眠から目覚めたようだ。
畑の近くからはひばりの鳴き声も聞こえてきたが、その姿を見つけることはできなかった。
リハビリウォーキング
約1時間歩いて家に戻ったが、背中から汗が流れていた。
サクラのつぼみが少し膨らんできた。
東京あたりのサクラの標準木に比べたら笑われてしまいそうだ。
畑ではオオイヌノフグリの隣で、ヒメオドリコソウが咲き始めていた。
この雑草は手抜きした場所に繁る。そろそろ耕せよ、と言われているようだ。
サクラの花芽 ヒメオドリコソウ
11時半ごろコープの宅配を受け取った。これからしばらく注文は停止だ。
早めの昼食を食べたあと、佐久総合病院本院に行った。先日の手術の結果を見てもらう。
午後1時に受付を済ませ、すぐに超音波検査室に行って手術した左足の検査をした。10分で終わった。
このあと、診察は、3時に予約が入っていた。
受付で確認すると医師は2時にならないと来ないし、その時間で他の人の予約が入っているので、待っていてもその後になると言われた。
仕方がないので、院内にあるレストランに行ってコーヒーを飲んで時間を過ごすことにした。
2時半までレストランで待った後外科にもう一度行った。
待合室でまた1時間以上待って、診察室に呼ばれたのは3時40分だった。
足の付け根の深部静脈から先の高周波で焼いた部分はエコーで見る限り出血もなく完全にふさがっているとのことだった。
時間をかけて焼かれた静脈は体内から消えてなくなるとのこと。
失われた血流は別に新しく再生されるので何も心配ないらしい。
膝から下の瘤になった静脈を抜き取った傷口も完全にふさがって、炎症もないので入浴も許可された。
ついでに飲酒も許可が出た。
もともとたくさん飲めるわけではないので、今夜はこれから350㏄の缶ビールで一人で快気祝いでもするつもりだ。
血流をよくする弾性ストッキングは1か月後の診察まで、日中は履かなければならないとのこと。
ストッキングがずり落ちないよう足の付け根に近い一番上にシリコンが付いている。
その部分が皮膚に食い込んで赤くただれ始めていたので、かゆみ止めのステロイド系の塗り薬を処方してもらった。