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2021年01月16日 (土) | Edit |
このところ数日朝6時前後に目が覚めることが多くなった。
ただそのまま起きることなく、ベッドで7時の目覚ましが鳴るまでじっとしている。
夜就寝する時間を少し早くしているせいかもしれない。
6時間ほど眠ると目が覚めるリズムができてしまっているのだろう。
寝不足は日中しっかり補っているから、不健康にはなっていないが・・・。
今朝は少し暑くなって掛布団をはねた。起きてから外の温度計を見たら、この時期には考えられないような7℃になっていた。
気温が上がるとは予報で聞いていたがここまでとは・・・。
温度計
午後から天気が崩れる予報が出ていたので、朝9時半に長女の家に行って、倉庫兼ガレージとして使っている建物の中に、2台の車をまっすぐ止められるように白線を引きに行った。
目印がないとうまく車庫入れができないという。
車道白線引き用の水性ペイントをインターネットで取り寄せ、昨日配達された。
缶入りではなく、スプレーが売っていたのでそれを2本取り寄せた。
10㎝の幅で両サイドに養生テープを貼って、線を3本引いた。
スプレーで吹き付けるので思いのほか簡単に終わった。
冬場でも1時間もすれば乾くと缶に書いてあった。
朝から気温が高かったので、汗をかきかきの作業だった。
白線引き
早めに戦引きが終わったので、空き地に埋まっている石を備中鍬や唐鍬を使って掘り出し耕した。
この空き地を畑にして野菜でも作るかという考えもあったが、ミニ耕運機で耕していても、大小様々な石が埋まっているので、畑には向かない感じがした。
花壇だったら深く掘らなくても済むかもしれないので、花壇にしようかと思っている。
一昨日積み直した石垣に石を足した。見栄えはいまいちだが出入りしやすくなればそれでいい。
石垣左 石垣右
お昼前までやっていたら、急に風が冷たくなってポツポツと雨が落ちてきたので作業をやめて家に帰った。
家に帰ると間もなく雨が本降りになった。
午後1時半ごろ外が明かるくなって薄日が差してきた。
バアがウォーキングに出たがっていたので、一応念のため傘を持ち、ゴアテックスの合羽を着てリハビリウォーキングの出かけることにした。
歩くコースは、長女の家までを往復することにした。
途中雨が降ってきたら長女に家で雨宿りもできる。
雨にも降られず長女の家に着いたので、ガレージを開けて白線をバアに見せた。
リハビリウォーキング
家の戻る途中で、雲の切れ目から見えていた青空がなくなり、黒い雲が西の空から迫ってきた。
傘をさすほどでもないが雨もみぞれ交じりで落ちてきた。
家に着いて10分もしないうちに雪になった。
みるみるうちに庭や畑が雪で白くなった。
1時間後には真っ白になった。
今日はいっぺんに春と冬がやってきた感じだった。
雪の降り始め 雪が積もった

2021年01月15日 (金) | Edit |
天気予報では朝から一日晴れの予報だったが、どんより曇っていた。
今日は佐久平水彩画研究会の例会の日だったが、佐久市が長野県のコロナ警戒レベル5に指定されたため、公の施設が利用停止となり、佐久創造館が使えなくなったので、例会は中止となった。
時間が空いたので、用事もあり小諸に出かけることにした。
10時に家を出て小諸駅の近くまで行った。
駐車場に車を停め、市街地を歩き出した。
歩き出して間もなく、空を覆っていた雲が取れだして、青空が見えてきた。
少し寒かった気温が次第に日差しとともに上がってきて街中を歩いていても気持ちよくなってきた。
途中北国街道につながる道路に藤村使用の井戸という立て札と井戸があった。
すぐ近くには藤村旧栖地という札もある。
島崎藤村が6年間新婚生活を送った家があったところだ。
家の前の共同井戸で、今はポンプ式の井戸になっているが当時はつるべ式井戸だったようだ。
付近の道路はタイルが張られていて「藤村プロムナード」と名付けられていた。
藤村がここに住んでいる時代に、千曲川旅情や代表的な小説「破戒」が執筆されたといわれている。
藤村の足跡をたどるべく、付近の寺社を1時間ほど歩いた。
藤村の井戸 街歩き 
お昼に近くになったが、小諸市内で飲食するのははばかれたので、御代田のパン屋さんまでパンを買いに行った。
何度かパンを食べに行ったり、買いに行ったところだ。
ここから見える浅間山は雄大で迫力があるので、美術会でも写生に来たことが何度かある。
浅間山
ここも今回はパンを買うだけで食べるのはやめ、家まで持って帰って食べることにした。
少し遅い昼食となってしまったが、お腹が空いていたせいもあるが、おいしくパンをいただいた。
丸子のツルヤやマツキヨに行った帰りに、接骨院に行った。
昨日家の車の出入り口の拡幅作業をしたので、筋肉痛が出るのではないかと心配したが、特に痛いところは出なかった。
年を取っているので明日ごろ出てくるかもしれないが・・・。
足のほうは今日も電気と施術でもみほぐしてもらったので大丈夫だろう。
今日もコロナ感染者が全国で7,000人を超え、東京都もまた2,000人台になった。
去年の大晦日に1,337人と初めて1,000人台になった時は驚いたが、最近では1,000人台では驚かなくなった。
感覚がマヒしてくるのだろうか?
緊急事態宣言を効果あらしめるために、特措法改正に罰則規定を盛り込む案が浮上しているが、後手後手に回った失政のつけを国民に負わせるのはいかがなものか・・・。
2021年01月14日 (木) | Edit |
今朝はまたマイナス7℃まで下がっていたが、朝から快晴で気温が急上昇した。
朝食の後、家の掃除をしたが、途中から暑くなって汗をかいていた。
10時過ぎに長女の家に行った。
かねてから約束していた、母屋側の県道に面した車の出入り口を広げる工事をしに行った。
クワとスコップで組んである石積みを解体して内側に引っ込めて石を積み直す工事だ。
重機があれば簡単に出来るのだろうが、そんなものは持っていないし、借りても操作できない。
この辺の農家の人達は、土木工事もお手のもののようだが・・・。
はじめに左側の石積みから取り掛かった。
スコップで土を掘ろうとしたら、土が凍っていて歯が立たなかった。
唐鍬と言われる肉厚の土堀用の鍬を家から持って行ってあったので、それを使って掘り進めた。
積んである石の周りには隙間を塞ぐ大小様々な石が詰めてあったので、それを取り除くのが大変だった。
ツルハシでもあればよかったがそれも持ち合わせていない。
レンギョウのカブも一株抜いた。
左の石積み修復前
ひとまず積んである石を取り外すところまででお昼になったので、家に戻ってお昼を食べた。
気温が上がって、上着を脱ぐほどの暖かさになった。
午後1時過ぎから再び作業を再開した。
膨らむように出っ張っていた石積みを、県道に面して直角になるぐらいに約30㎝引っ込めて石を積み直した。
プロのように隙間なく組み直すことはできなかったが、崩れなければよしとしよう。
次に右側の石積みに挑戦した。
こちらは石積みの外側にハナズオウが根を張っていた。
まずはそれを取り除いてから、石積みに取り掛かる。
既に半分石積みが崩れていたので、こちらは取り外すのは簡単だったが、もう一度組み直すのに空き地に転がっている石を持ってきて足さなければならなかった。
こちらは約20㎝引っ込めて積み直した。
工事には2,3日かかるのではないかと思っていたが、何とか午後3時までには全部積み直すことができた。
全体で約50㎝ぐらいは広がったので、これから出入りするときにボディーをこする不安は解消できると思うのだが・・・。
左の石積み修復後 県道から見た全体像
あとは県道に出るときの右から来る車が見えない問題を解決する課題があるので、それは今検討中だ。
最近の車には、左右の車や人の動きを捉えるカメラを搭載するものもある。
今日は工事でリハビリウォーキングができなかったが、午後からバアも長女の家まで一人で歩いて来て、ジイの作業を見守っていた。
作業を終えて母屋でお茶をご馳走になった後家に戻った。
通販で道路白線引き用のペンキのスプレー缶を取り寄せて、午後4時以降の配達で届くようになっていたので、それに間に合うよう家に戻った。
倉庫兼ガレージの中に車を2台収納しているが、白線の目印がないので、車の止め方がまっすぐに出来ないらしい。
これもジイがやってやると口約束してしまったので、早速ペンキが届いたらやらなければならない。
DIYが身上のジイだから仕方がないが・・・。
2021年01月13日 (水) | Edit |
昨日夕方には止んでいた雪が寝ている間にまた少し降ったようで、積雪量が増えていた。
庭の樹木についた雪が冷えて氷の結晶になっていた。
常緑樹のトウネズミモチの葉のふちが白くふちどりになっていた。
枝垂れのハナモモの枝は造花のようだ。
トウネズミモチ ハナモモ
最低気温はマイナス6℃で冷えているが、暖かい空気が入り込んできているのか、濃い霧が立ち込めていた。
南側の麦畑も西側の畑も幻想的な景色になっていた。
朝の麦畑① 朝の麦畑②
午前中は霧がなかなか晴れず、陽射しが弱いので、道路に積もった雪も凍ってなかなか融けなかった。
歩くことも、買物に出かけることもできなかった。
11時半前にコープの宅配が来たがそのころになってようやく霧が取れて青空が出て来るようになった。
午後1時からリハビリウォーキングに出かけた。
昨日は歩いていないのでどうしても歩きたかった。
リハビリウォーキング
午前中の景色が嘘のようだった。
既に道路や畑にはほとんど雪が残っていなかった。
向かい風の時は少し寒く感じたが、追い風の時はポカポカして防寒着の下は汗をかいているように感じた。
このまま春が来るような錯覚を覚えた。
家に戻って、朝撮った景色を同じアングルで撮った。
同じ一日とは思えない景色の変わりようだ。
午後の麦畑① 午後の麦畑②
ウォーキングから戻って一息入れた後、食料品が底をつき始めたので、立科町のツルヤに買い出しに出かけた。
駐車場がガラガラだったのでオヤっと思ったら、定休日だった。
滅多にない定休日にぶつかってしまった。
しょっちゅう買物に来ていたら、入口に予告が出ているのに気が付くのだろうが、前回は1月7日なので気が付かなかった。
あと一日ぐらい買物をしなくても何とかなるが、明日は別の用事もあるので、少し逆方向になるがベイシアまで行くことにした。
上田のアリオやイオンにはまだ行きたくない。上田市では毎日5,6人の感染者が出ている。
遠回りして買物してきたので家に帰ったら4時半を過ぎていた。
先日の一都三県に続いて、栃木、愛知、岐阜、大坂、京都、兵庫、福岡の7府県が緊急事態宣言の対象となった。
去年の4月にはそれなりの効果があったが、今や張子の虎と同じ、効果は期待できない。
飲食店などの時間制限だけで観戦が沈静化するわけがない。
人の移動を止めない限りダメなのはわかっているのに・・・。
2021年01月11日 (月) | Edit |
朝起きた時の気温はマイナス5℃だったが、最低気温はマイナス10℃だった。
深夜に冷え込んだようだ。
朝のうち曇っていたので気温はなかなか上がらなかった。
毎日報道番組は、新型コロナウィルスの話題が中心だが、阪神淡路大震災の日が近づいてきて、少しずつ取り上げられるようになった。
さらに今年は東日本大震災から10年の節目の年なので、合わせて報じられることが多い。
70年余生きてきて、戦争の惨禍こそ経験しなかったが、二つの大震災と今回の新型コロナ感染症を経験したことは、自分の来し方行く末の意味を考え直す大きなきっかけになっていると思う。
既に老境に入り、わが身の健康を維持するだけでも思うに任せない状態では、他者のために何か身を削るようなことができるわけではないが、せめてこんなブログで思いつくままにつぶやいて見ようと思う。
午前10時半まで空模様を眺めていたが、気温が0℃より少し上がってきたので、陽射しはないがリハビリウォーキングに出かけることにした。
気温が低いので寒いのではないかと思ったが、微風だったのでそれほど寒くは感じなかった。
最近は、歩いている途中でワンチャンやネコチャンと会えるコースを暗黙のうちに選んで歩いている。
今日も豆ちゃんに会って、声をかけてしまった。
クロリンと同じ黒猫にもあったが、ジイとバアの姿を見て急いで側溝に隠れたので違うネコだったようだ。
今日も歩いている途中3人の人とすれ違った。
田んぼにトラクターで堆肥を撒いていた。
しばらく歩くたびにこの香りと付き合うことになる。
リハビリウォーキング 堆肥が撒かれた田んぼ
家に戻ってお昼はおでん鍋を食べて身体がすっかり温まった。
鍋は、次女の家の完成祝いのお返しに貰ったカタログで取り寄せたものだ。
焼肉やすき焼きもできる優れものだ。
午後から明日の上田支部の総会の資料の印刷をした。
昨日一部印刷したが、全10ページ、30部印刷するのに意外と時間がかかった。
他に会費の領収書を作ったり、会議の進行表を作ったり、細々したものを用意していたら夜までかかってしまった。
今日は早く寝て明日に備えよう。