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2019年04月04日 (木) | Edit |
フランクフルト18時10分発の羽田行きの便は10分ほど遅れて飛び立った。
往きの時より薄着をしていたせいか、機内の温度が低く感じた。
一昨日あたりから痛くなった喉が少し痛みが和らいできていたが、また痛くなってきた。
機中では、日本の映画を1本だけ見たあと眠ろうとしたがなかなか眠れなかった。
約11時間の飛行中眠れたのは2時間ぐらいだろうか。
羽田には12時過ぎに無事到着した。
まず入国審査だが、出国の時もそうだったが、今はパスポートの顔写真と目の虹彩を照らし合わせるだけなので、並ぶ必要もなかった。
すぐにスーツケースが送られてくるベルトコンベヤーで、スーツケースを待った。
同じツアーの人の中で北海道と福岡の人たちのスーツケースが出てきた後、それ以外の我々のグループは最後のほうになった。
まずバアのが来たあと、ジイのがなかなか出てこない。
そのうちツアーの人たちも順に受け取ってお別れを言いあったが、ジイのだけは出てこなかった。
気が付いたらもう新しいのは出てこなくなった。
ルフトハンザと共同運行している全日空の手荷物の係の人が、ジイの名前のタグが付いた黒いカバンが一つ残っているという。
ジイのものとは似ても似つかない代物だ。
手荷物のカウンターに行って調べたところ、ナポリで積み込む際にジイのカバンのタグが外れ、タグを再交付して張り付ける際にジイのカバンにではなく別人の黒いカバンに付けてしまったのではないか、とのことだった。
ジイのカバンの行方を調べてもらったところ、どうやらミュンヘンに行っているとのことだった。
ナポリの段階でジイのカバンはフランクフルト行きの飛行機には乗っていなかったことになる。
最終的にどういう形で手元に送られてくるのか、わかり次第連絡するとのことで、ひとまず羽田にとどまっていてもどうすることもできないので帰宅することにした。
そこまで添乗員さんも付き添ってくれていたが、そこで引き取ってもらった。
無事ツアー旅行も終わって添乗員さんも一息入れたいところだったのに、申し訳ない。
全日空の係員も別のカバンと入れ替わって送られてきたというケースは初めてだと言っていた。
1時間以上手間取ってしまった。
羽田からモノレール、山手線を乗り継いで東京で北陸新幹線のホームに行ったが、ちょうどいい新幹線は2分後でぎりぎり焦って乗るよりはと思って次の新幹線にしたら、40分待ちだった。自由席なので、待合室で発車を待つわけにもいかず、ホームで並んで待っていたが、立っていても眠ってしまいそうな睡魔に襲われた。
やっと新幹線が入構して車内に入れたのは発車3分前だった。
折り返し運転のため車内清掃があり、すぐに車内に入れてもらえなかった。
新幹線の車内では、眠くならないよう子どもたちとラインのやり取りをして眠気を追い払った。
上田駅には眠りこまずに無事降りた。
しなの鉄道は20分待ちで乗ることができ、田中駅で降りて駐車場に行った。
10日間置きっぱなしにしてあった車は傷も付いておらず、無事だった。
ツアーの人たちに話したら、うちの方だったらそんなことをしたらタイヤ4本とも持っていかれているよ、と脅され少し不安だったが、こちらはまだまだのどかなものだ。
午後5時半に自分の家に戻ってくることができた。
スーツケースがないので、片付ける荷物もあまりない。
気温が低い日が続いていたのか、家の中の温度が13℃まで下がっていた。
すぐに暖房を点けた。
眠いがすぐに寝てしまうと時差ぼけが抜けないと思い、寝たのは10時半だった。
やはりトイレやお風呂は自宅のものが落ち着く。日常が戻ってきたと感じた。
午後7時半ごろ全日空から電話があって、明日荷物が羽田に送られてきて、明後日には宅配されるとのことだった。
バアのカバンは明日の午前中に届くので、一日遅れでも無事に荷物が届けばよしとしようか・・・。
2019年04月03日 (水) | Edit |
今日はホテルのロビーに10時集合なので、ゆっくり7時まで寝ているつもりだったが、やはり毎日5時半ごろには起きていたので、6時過ぎには目が覚めてしまった。
朝食は混む時間を外して8時ごろに行ったら、高校生ぐらいの集団が席を占領していて座る場所を探すのに苦労した。
そのうち4人席が空いたのでそこでゆっくり朝食を食べた。
昨日の夜に痛くなっていた喉が、漢方の改源を飲んだせいか、朝になったらだいぶ喉が楽になっていた。
朝食の後部屋に戻ってスーツケースのパッキングをした。
新しく増えたお土産の荷物を足しても、制限重量の23㎏まではほど遠い重量だった。
東京に行ったときに東急ハンズで買ってきた荷物を分けて預けるための折り畳みのバッグを使うまでもなかった。
10時過ぎに迎えのバスに乗ってナポリ空港に行った。
30分もかからずに空港に着いた。
始めにスーツケースを預け、フランクフルト行きのチケットとフランクフルトから羽田までのチケットを受け取った。
その次に手荷物検査とセキュリティチェックを受けた。
バアはリュックの中身を出されてチェックを受けていた。
多分液体の入ったものがチェックされたのだろう。
フランクフルト行きの飛行機は午後1時フライトなので2時間以上時間があるので、空港内で添乗員さんお薦めのパスタを最後のお土産で購入した。
またお薦めのアイスクリームなどを食べて時間を潰した。
12時半に搭乗手続きが始まり、バスに乗って飛行機まで行った。
遅れはほとんどなく、午後1時ごろ飛び立った。
機内では、サンドイッチとコーヒーが出た。バアは食べ切れなかったようだ。
フランクフルトには、ちょうど2時間で到着した。
駐機した場所から乗ったバスがエプロンに着くまで10分以上かかった。
フランクフルト空港は本当に広い。
出国手続きをして、18時10分発の羽田行きのゲートがまだ時間が早過ぎて表示されていないので、およその見当を付けてZゾーンで待っている間に、ブログを空港のフリーWi-Fiを使ってアップすることにした。
日本時間では、今午後11時40分だ。
2019年04月02日 (火) | Edit |
朝4時ごろ上田支部のMさんから電話が入った。
電話に出ないつもりで切断ボタンを押したがなかなか切れない、そのうちにMさんが諦めたのか電話が切れた。
それからしばらく寝付けなかったがいつの間にか寝込んだらしく次は6時の目覚ましで目が覚めた。
まだ外は薄暗かった。夏時間になって2日目まだ時間の感覚が慣れていない。
7時からの朝食には全員が集まっていた。
この旅は、毎日出発が早いので朝食もほとんど7時からだ。
今日は、この度最後の観光として、ナポリから約50㎞、「帰れソレントに」の歌で有名なソレントがある半島の裏側にあるアマルフィ海岸観光だ。
半島が急峻な断崖になっているので、道路が崖にへばりつくように立っている建物を縫うように走る狭い道路なうえに、片側には隙間なく縦列駐車しているので、車1台がすれ違うのも大変なところが続く。
昨日までの40人以上が乗れる大型バスでは走れないので、今日だけチャーターしたツアーの21人と添乗員がやっと乗り切れる中型バスで行った。
8時にナポリを出発し、途中ポタジーノの近くの絶景スポットに立ち寄って写真を撮った後、11時にアマルフィ海岸に到着した。
始めに駐車場から鐘楼の屋根が黄色と緑のマジョルカ焼きで覆われている聖アンドレア大聖堂に行った。
正面のファサードはイスラム様式とビザンチン様式がミックスされた珍しい風貌をしていた。
アマルフィ海岸① アマルフィ海岸②
ここで自由解散となったので、はじめに海岸からの眺めを見に行った。
イメージしていたのと違って、海岸には砂浜はほとんどなく、波打ち際の砂は小砂利だった。
昨日まで快晴の日が続いていたが、今日から少し天気が崩れ始めたのか、崖の上に法には雲が垂れ込めていた。
でも薄日は差しているので贅沢は言えない。
メインストリートの両側にはショップが軒を並べているが、南イタリアのどこでも売っていそうな土産品ばかりで購買意欲は湧かなかった。
アマルフィ海岸③ アマルフィ海岸④ アマルフィ海岸⑤ アマルフィ海岸⑥ アマルフィ海岸⑦ アマルフィ海岸⑧ アマルフィ海岸⑨ アマルフィ海岸⑩
最後にもう一度聖アンドレア教会の上り階段を上がってめすきーな風の柱などを眺めた。
バアも付き合って階段を登った。
今度の旅行は想像していた通り、歩く距離も多く、階段や歩きにくい石畳などかなり大変だったろう。
最後まで弱音を吐かずに歩き通した。
最後まで頑張ったバア
フリータイムで昼食は各自でとなっていたが、添乗員さんがバスの運転手の紹介するお店を午後1時に予約してくれていたので、そのお店で昼食となった。
ちょうど12人だったので一つのテーブルに4人ずつで、テーブルには1リットル入りのワインと水が付いていた。
ムール貝やアサリの載ったパスタ、生野菜に以下と小エビのから揚げ、デザートはババ・コンクレマ・リモーネというお酒を浸したスポンジにアーモンドと生クリームを混ぜたような味のクリームがかかっていた。
ワインも席料もチップも全部込みで一人25ユーロだった。
ベテランの添乗員さんと地元に顔が効くドライバーさんの紹介がなければとてもこんな金額で食べられるような食事ではなかった。
美味しい白のハウスワインだったので、お土産に買って帰ることにした。
昼食① 昼食② 昼食③ 昼食で飲んだワイン
食事も終えて最後の観光地アマルフィ海岸を午後2時過ぎに出て一路ナポリへの帰路に着いた。
帰りは、途中から狭い道から抜けて別のルートでナポリまできたようだが、白ワインが効いたのか半分以上眠っていた。
4時前にはホテルに着いたので、歩いてすぐのナポリ駅まで歩いて行った。
ナポリを見ずして死ぬな、と言われているのでもう十分死んでもいいのかもしれない。
ナポリのホテル ホテルの窓からナポリ駅 ナポリ駅正面 駅通路
昨日の夜から、喉が痛くなり始めていて、このところ帰国すると発症していたのどの痛みや咳が、帰国前から出始めたようだ。
咳はまだ出ていないが・・・。
7時からの夕食は泊っているホテルのレストランだったので、食事ではお酒を飲むのをやめてコーラにしたが、食事は全部食べ切れなかった。
夕食① 夕食② 夕食③
部屋に戻って日本から持って行った日本酒を飲んだが飲み切れなかった。
明日はこちらの時間で午前10時ナポリ空港からフランクフルトに飛び、フランクフルトから羽田へ乗り継いで、予定では羽田に4日の12時15分に着く。
遅くとも夕方までには帰宅できると思う。
2019年04月01日 (月) | Edit |
昨日はアルベロベッロに向かう車中で、午前中の観光の記録を下書きしておいたので、アルベロベッロのホテルでの就寝前のブログのアップは早めに終わらせることができた。
ただ、その前の日にも含めてバスの中の揺れながら書いていたので、誤字脱字や文章の乱れを見直す余裕はなかったので、間違いが多かったに違いない。
それは、帰国してから後で画像も取り込みながら修正するつもりだ。
今日も予定した観光を終えてナポリに向かう車中で下書きを始めている。
昨日は早く就寝できたので、旅行中の中では比較的長い時間眠ることができたが、午前4時ごろスマホの受信音が何度も鳴り響いて目を覚ましてしまった。
元号の発表を受けてのニュースだった。
関心のある者には重大な発表かもしれないが、あまり興味も関心もないジイにとっては、ありがた迷惑なニュースだ。
腹を立てながらもまた寝入ったらしく、次は6時にセットしておいた目覚ましで目が覚めた。
旅行前には、アルベロベッロに来たら朝早起きして街中を散策する予定だったが、昨夜ライトアップされた街中を歩いてきたし、今日は朝食後最初に観光が予定されていたので、朝の散歩は取りやめた。
8時に集合して、ホテルまで迎えに来た現地ガイドに従って歩いてトゥルッリのある街並み観光を始めた。
世界遺産に登録されたアルベロベッロには、約1,500戸のトゥルッリがある。
始めに今も住宅として使用されているエリアを見学した。
アルベロベッロの人口は約1万人だが、トゥルッリに住んでいるのは約200人らしい。
残りのトゥルッリは商業施設として使われているものが多いらしい。
屋根や壁は石灰岩を切り出したものを積み上げて造られている。
屋根の黒いのは石灰岩に含まれている鉄分が長い年月で酸化して黒くなったとのこと。
白い壁は石灰を水で溶かして練ったものを塗っていて毎年のように塗り重ねているとのことだった。
壁の厚さは厚いところで1mにもなるらしい。
写真で見ていたものは、ごく一部の住宅の通りだけを撮ったものだったので、こじんまりしたところかと思っていたが、東京ドーム1個分の中にちょうど納まるような規模だった。
アルベロベッロの家並み① アルベロベッロの家並み② アルベロベッロの家並み④ アルベロベッロの家並み⑤ アルベロベッロの家並み⑥ アルベロベッロの家並み⑦ アルベロベッロの家並み⑧ アルベロベッロの家並み⑨ アルベロベッロの家並み⑩
1時間ほど散策したあとホテルまで戻って、バスに乗り次の目的地、ポリニャーノ・ア・マーレに向かった。
アルベロベッロから30㎞の道のりだが、途中はほとんどオリーブ畑だった。
アルベロベッロのあるプーリ州はイタリアのオリーブの60%を生産する一大産地とのこと。
それでも世界一の産地はスペインには遠く及ばないらしい。
約1時間でポリニャーノ・ア・マーレに着いた。
広い駐車場にバスを止め、小さなバスに乗り換えて旧市街まで行った。
海に面した風光明媚なところだった。
海沿いの崖を利用した要塞都市で紀元前4世紀ごろシラクーサを支配していた国王が造らせた要塞が始まりだという。
ローマに通じるアッピア街道が通っている場所だ。
ポリニャーノ・ア・マーレ① ポリニャーノ・ア・マーレ② ポリニャーノ・ア・マーレ③ ポリニャーノ・ア・マーレ④ ポリニャーノ・ア・マーレ⑤
1時間ほど自由散策し、ジイとバアはバールでカプチーノを飲んでトイレを利用した。
シチリアも南フランスもトイレ事情は芳しくなく、公衆トイレも有料のところがほとんどだ。
あまりきれいではない公衆トイレで、0.5ユーロ払うくらいなら、1.2ユーロのコーヒーを飲んでトイレを借りたほうがいい。
バール
11時前に小さなバスからまた大きなバスに乗り換えて次の目的地マテーラに向かった。
午後1時前にマテーラに到着し、最初に急な階段を降りたところにある洞窟レストランで昼食をとった。
始めに耳の形をしたパスタ、次にしっかりした硬さのソーセージ、デザートはジェラートだった。
食後は、足元が厳しい階段や滑りやすい石の道なので、酔って転ばないようにアルコールを避けてコーヒーにした。
昼食① 昼食② 昼食③
アテーラには、サッシと言われる凝灰岩を削って造った洞窟住居が無数にあった。
おそらく氷河期に削られたのだろう深い渓谷の底から上へと住居が掘り進められたらしい。
こういう場所は、経済的には恵まれない人たちが初めに住みついたところだ。
まったく日が当たらない場所にも無数の穴が開いていた。
今はそういう場所には人が住んでいない。
世界遺産になって今もいたるところで修復が進んでいるが、車も入れないようなところは朽ち果てたままのようだ。
イエスが生きた時代より前から、人の営みの中に貧しきものと富める者、強きものに虐げられる弱き者の悲しい歴史の現実が景色の中に垣間見られた気がした。
マテーラ① マテーラ② マテーラ③ マテーラ④ マテーラ⑤ マテーラ⑥ マテーラ⑦ マテーラ⑧ マテーラ⑨ 住居内展示① 住居内展示②
マテーラのサッシ(洞窟住居)の光景を目に焼き付けた後、午後3時半バスに乗って初日に降り立ったナポリに戻った。
ナポリ市内に入るころには通勤時間帯になるので渋滞に巻き込まれるかもしれないと添乗員さんは心配していたが、さほど渋滞もせずほぼ到着予定時間の6時半過ぎにベベレッロ港の近くの駐車場に到着した。
駐車場の近くにあるヌオーボ城を横目に見ながら、その先にあるレストランで夕食を取った。
ヌォーボ城
塩の利いた生野菜のサラダにピザ・マルガリータを食べた。
一昨日食べたピザより二回り小さかったが、一人一枚はとても食べ切れず、ジイもバアも残してしまったが、その後のデザートは全部別腹と言いながら食べてしまった。
二人で飲んだデキャンタ入りの白ワインは、500㏄入りだったが二人で全部飲み干した。
今までの旅行でこんなに飲んだのは多分初めてだろう。
夕食① 夕食② 夕食③ 夕食④ 
食後駐車場に止めてあったバスまで歩いて10分ほどだが二人で千鳥足だったかも?
ホテルはナポリ駅のすぐそばのラマダで、最後はいいホテルになった。
窓から駅のフォームが見えた。明日も連泊だ。
2019年03月31日 (日) | Edit |
いよいよ旅行の6日目、5時前に目を覚ましたが、昨日はもう外が明るくなっていたが、今朝はまだ薄暗かった。
早く起きてまた朝の散策をしようと思っていたが、荷造りなどをしていたら歩く時間が無くなった。
7時の朝食が始まる前に、スーツケースをドアの前に出した。
阪急のツアーでは原則スーツケースは部屋まで自分で運ぶことになっているが、バスが止められる場所とホテルが離れているため、唯一ここだけは会社の費用でポ-ターを頼み、運んでもらえる。
朝食の後今日の最終目的地アルベロベッロに行くため8時にバス乗車となった。
ここからアルベロベッロまでは、480㎞もある。
出発後イタリア本土に渡るフェリーに乗るためメッシーナ港に行った。
約45分かかって到着した。
9時10分ごろバスに乗ったままフェリーに乗船した。
バスで乗船
乗船後バスから降りてデッキに上がって出港する様子を眺めた。
ここから本土の側のヴィラ・サンジョバンニ港までは正味20分間かかるという。
本土とシチリアの最短距離は27㎞というから、日本ではとっくに橋を架けていたに違いない。
シチリア島に上陸するときはパレルモまで一晩かけてフェリーで渡ったのに比べ、短時間だ。
出航 本島へ
9時45分にバスに乗った状態でフェリーを降りて、最初の休憩地ピッツォに向かった。
港から一路アルベロベッロに向かうこともできたが、長丁場になるので会社の配慮で寄り道に考えてくれたところだ。
港町ピッツォでは、この地の名物であるタルトゥーファ・ネロというアイスクリームを食べた。
黒いチョコレートのパウダーをかけたアイスクリームで、アイスの中にヘーゼルナッツやキャラメル味のソースなどがかかった濃厚な甘さのアイスだった。
大きなアイスなのでバアと二人で1個がちょうどいい量だった。
ダンテ アイス
ピッツォは長靴の形の、甲の部分のところに位置していて、ティレニア海に面している。
かつては海の交通の要衝だったらしく、古くて堅固な要塞が残っていた。
高台から眺める海の景色は絵にかいてみたくなるような風景だ。
砦 海の眺め
ピッツォで1時間を過ごした後、バスで1時間15分走ったところにあるコゼンツァという町のレストランでお昼を食べた。
生野菜のサラダと牛肉と豆や野菜キノコを煮込んだ食事だった。
気温は20℃を越える暑さになっていたので、ビールを飲んだ。
昼食① 昼食② 昼食③
2時半に出発レストランを出て一路アルベロベッロに、途中のガソリンスタンドでトイレ休憩を1回休んだだけで5時40分にアルベロベッロのホテルに無事着いた。
ここで7時の再集合までゆっくり休憩できた。
7時に集合してトゥッリというとんがり帽子のような形をした屋根が並ぶ建物のレストランに専用の送迎バスで出かけた。
タオルミーナからここまで運転してきたバスの運転手は、労働時間の規制のため、アルベロベッロまでで、これ以上の運転はできないので別の運転手とバスが来た次第だ。
日本では大きなバスの事故のたびに規制が強化されているが、まだここまで徹底されていない。
運転手の労働条件の観点ばかりでなく、乗客の安全を守る意味からもきちんとした規制を法律化すべきだと思う。
運転手さんも同じお店で食事していたが、今日のお店のサラダのトマトはとてもおいしかった。
ジイが作っているトマトよりも数倍おいしかった。
さらにメインのムール貝のリゾットも貝のダシが効いていてこれもおいしかった。
白ワインをデカンタで飲んだが、バアと二人で分けて飲んだが飲み切れず同席した人に残りを飲んでもらった。
ワイン通のその人も同じ白ワインを飲んだが美味しいワインだと言っていた。
デザートのアイスクリームだけはレモンの酸味が効き過ぎていてジイは苦手だった。
夕食のレストラン 夕食① 夕食② 夕食③ ハウスワイン
美味しい夕食を堪能したあとはバスでホテルに戻り、アルベロベッロの中心地にみんなで歩いて行った。
明日のアルベロベッロ観光は朝の1時間ほどしか時間が取れない。
夜でお店は閉まっているが、日本人女性がここに住むイタリア人と暮らしていて、お土産他をトゥルッリで営んでいるので、特別にお店を開けてもらって、内部の見学とお土産の買物をさせてもらった。
日本のテレビにも紹介されているお店だそうだ。
ここでお土産をたくさん買ったので、荷物が一つ増えた感じだ。
キノコの屋根が見える屋上まで上がらせてもらった。
暗い街中に青いライトアップが幻想的だった。
陽子さんの家の中 陽子さんの家の屋上 アルベロベッロの夜景