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2023年10月19日 (木) | Edit |
朝7時前に起床。早く寝たので6時過ぎには目が覚めた。
今日の朝食もバイキング、食べ過ぎないよう控え目にした。
9時前にホテルを出て、岬の分教場、二十四の瞳映画村に向かった。
9時からオープンなので、着いたときはまだ数人しか入場者はいなかった。
分教場 銅像
壷井栄文学館、キネマの庵、映画のセットで使った分教場や男先生の家などの建物群などを見学して歩いた。
小学生の時に観た映画の場面がいくつか浮かんできた。
戦争で失明した男性の役を田村高廣が演じていたのは知らなかったが、そのシーンは今でも覚えている。
見えない写真を手に、同級生の名前を順番に言い当てるシーンが子供心に感動的だった。
次女が図書館から借りて持ってきた「二十四の瞳」の本も昨夜から読み始めたので、映画村の中で古い記憶が蘇ってきたのだろう。
物忘れが多くなったジイにはいい薬になった。
お土産を買った後最後に醤油ソフトを買って食べた。
みたらし団子風の味がした。
今日も快晴で暑かったので美味しく感じた。
醤油ソフト
10時半過ぎまで見学した後車でフェリーの出る福田港まで戻ってレンタカーを返した。
ガソリン代はコミということで満タン返しではなかったので、手続きはなしで簡単に返せた。
船に乗る前にお昼のお弁当をテークアウトできそうなお店を探したがどこにもなかった。
見渡した限りにはコンビニもなかった。
11時40分に出航し、姫路港には13時20分に着いた。
船内には食事のメニューも出ていなかったので、お昼は姫路駅に行ってから食べることにした。
船内では次女に借りた「二十四の瞳」の本の続きを読んだが半分まで読んだところで姫路港に到着した。
下船後急いでタクシー乗り場に行った。
1台しか止まっていなかったが、一番先に行けてその車に乗ることができた。
後ろの人たちはすぐに乗れただろうか?
14時11分発の新幹線に乗り遅れたら大変だ。
15分で姫路駅に着けたので、駅の構内の食事処でテークアウトの寿司類を買った。
新幹線に乗車してからお昼を食べた。
出来立てだったので美味しかった。
名古屋で次女と別れ、長野行きの中央本線に乗り換えた。
こちらは始発なので入線してくるまでしばらく待つ時間の余裕があった。
長野に近づいたころ冠着駅で臨時停車して上り線の通過を待ったため3分ほど遅れて長野駅に着いた。
長野駅から上田まで新幹線に乗り換えたが、もともと乗り換えの時間が10分しかなかったのが、出発時間まで数分しかない状況だったので、バアも走るように通路を移動した。
上田駅までは長野駅始発のあさまだったので自由席にしてあった。
その自由席まで行きつく頃に始発のベルが鳴りだし、慌てて手前の車両から乗り込んだ。
午後7時の退勤時間帯のせいか、始発の割には空席が少なく、3列席の二人空席のところを探して何とか座れた。
上田駅までは10分少々、座ったと思ったらもう降りる感じだった。
8時前に無事帰宅した。
記念会もそうだが、こんな旅がこれから何回できるだろうか、身体と相談しながらになる。
2023年10月18日 (水) | Edit |
同じホテルに泊まった次女の部屋は隣だったが、次女が戻ってきたころには先に寝てしまったので、朝7時半に朝食会場で再会した。
ホテルの朝食はバイキング形式で、いろいろ豊富なメニューが取り揃えられていた。
食べ過ぎないように控え目にしたつもりだが、食べ終わったらお腹が苦しくなった。
明石風たこ焼きがあったので珍しいと思って食べたが、食べてから去年もこのホテルに泊まった時に食べたことを思い出した。
姫路まで来たついでに次女と3人で一泊で小豆島観光をすることにしていたので、ホテルまでタクシーに来てもらって、小豆島行きのフェリーが出る姫路港まで行った。
バスで行く方法もあったが、時間がかかるのと到着時間が読めない心配があった。
9時45分に出航し、小豆島福田港には11時25分に着いた。
瀬戸内海は快晴で、島々が浮かぶ景色は絵のようだった。
船内はガラガラで一番前の座席に座って、船の進む先をのんびり眺めることができた。
フェリー 姫路港 福田港
福田港についてレンタカーの手続きをしようとしたが、しばらく待たされた。
フェリーを運航している会社がレンタカーも運営していて、ジイたちが乗っていたフェリーが折り返し姫路港まで行くので、その仕事が終わるまで手続きができなかった。
人数が少ないので運行業務と兼務しているようだ。
福田港からレンタカーに乗って出発できたのが12時だった。
最初に寒霞渓に行った。駐車場に着いた後、売店で肉ソーメンを注文して食べた。
下調べではレストランがあったはずだが、今は閉鎖されていて小さな売店で商っているだけとのこと、これもコロナの影響か?
肉ソーメン
食事のあとロープウェイに乗車。
ジイたち3人と若い女性の4人だけの貸し切り状態だった。
小豆島の最高の標高は817mらしいが、ロープウェイ山頂駅の標高は612m。
車でロープウェイ乗り場に行ったときは、一番高い所だと思ったが・・・。
一般的には最初にロープウェイに乗ったら上に上がっていくものだが、ここは下って行った。
ロープウェイ① ロープウェイ② 寒霞渓
5分弱で中腹のこううん駅に着いた。
変化に富んだ岩石の岩肌が別世界の様相、もっと紅葉が進めば素晴らしい景観になっただろう。
到着した駅の周辺は、ただ駐車場があるだけで何も観光的要素がないので、次の上りのロープウェイで山頂駅まで戻った。
何か物足りなさがあったので、山頂駅から歩いていける展望台が4か所ほどあるというので、順番に歩いて行くことにした。
予想以上の山道でアップダウンがあり、杖を突きながら歩くバアには少し酷だったが、3か所ほど展望台に行った。
最後の展望台はさらにアップダウンが多く距離もありそうだったので、行かずに引き返した。
展望台① 展望台②
次に車で海岸線まで降りてきて、道の駅小豆島オリーブ公園に行った。
館内にたくさんの箒が吊るされていて、無料貸し出しされていた。
アニメ魔女の宅急便に出てくる箒で、近くにある風車を背景に箒を股にして空を飛ぶコマーシャルと同じように飛んでいる姿をSNSに載せるのがトレンドのようだ。
オリーブ公園 魔女の箒
次に干潮の時に島まで歩ける道が現れるエンゼルロードを下見に行った。
今日は時間帯としては午後4時半以降にならないと道が出現しない。
それほどスケールの大きいものではなさそうなので、出直すのは止めにした。
エンゼルロード
今日の観光を終わりにして予約してあったホテルに行った。
夕食の時間が団体が入っていて混んでいるので、第2部の午後7時半からということだった。
これなら先にホテルにチェックインしてからエンゼルロードに行けば歩けたかもしれない。
ホテルの部屋は、3人一緒の部屋でセミスィートで予約してあったので、最上階の広い部屋だった。
ツインのベッドと和室に4つは布団が敷ける広さだ。
ホテル
すぐ上の階に大浴場があり、ジイと次女が入浴した後、次女がサポートしてバアもあとから大浴場に入った。
腰の手術をしてから大浴場に入るのは初めてだ。
ジイは部屋から夕日が沈むまで海を眺めていた。
夕陽
夕食は今はやりのバイキング形式だったが、いろいろ食材が豊富で堪能できた。
ドリンク類も飲み放題で別料金ではなかった。
それでも生ビール中ジョッキ2杯がやっとだった。10時過ぎに就寝・・・。
2022年09月29日 (木) | Edit |
今日はバアの用事で新宿に行った。
東京に出るときは一泊して、用事のほかに観光に一日充てるようにしているが、今回はいろいろ予定が立て込んでいるので、日帰りの計画をしていた。
コロナ禍で高速バスを使うのは嫌なので、今回も新幹線を使って出かけた。
上田駅10時12分発で、新宿には12時に到着した。
やはり新幹線を使うと短時間で行ける。
昼食の時間になったので、駅の近くのレストランで食事をした。
ちょうど昼休み時間で、しばらく席が空くまで待たされたが、時間に余裕があったので、イライラせずに待つことができた。
待っている間にメニュウを見てオーダーをしてあったので、席に着くとすぐに料理が運ばれてきた。
ジイとバアの家の周辺ではちょっと食べられないランチだ。
タイミングよく個室風の席に案内されたので、食事の後はコーヒーを注文して1時過ぎまでゆっくりさせてもらった。
ランチ① ランチ②
この後、バアと別れてジイだけで、絵の画材が豊富に置かれている世界堂に行くつもりだったが、その途中にある東急ハンズが目に入って、そこに立ち寄った。
しばらくしたらバアから早く用事が済んだという連絡があったので、ジイも世界堂には行かずに、東急ハンズから新南口に行って、そこでバアと落ち合った。
新宿駅
帰りは上田駅着5時28分の新幹線に乗って帰る予定をしていたが、上八重原自治会で一昨日立てた幟旗を午後6時に下ろす作業が急遽入ったので、それに間に合うよう新幹線を1本早めて帰ることにした。
大宮から長野終点のあさま号に乗った。
どうせ長野止まりなら自由席でもガラガラだろうとタカをくくっていたら、空席があまりなくバアと並び席では座れなかった。
この時間帯は、新幹線も各駅停車のようで、停車するたびに席が空き始め、高崎駅を出た時には半分以上が空席になったので、そこから席を変えバアと並び席で上田まで過ごした。
5時前に帰宅することができたので、幟旗の下ろし作業には余裕をもっていくことができた。
家を出るときに、ちょうど陽が沈むところで、西の空が赤黒く染まっていた。
旗下ろしをしている間にみるみる外が暗くなって、家に帰るころには真っ暗になっていた。
夕焼け
2022年09月12日 (月) | Edit |
7時までぐっすり眠った。7時半に朝食会場に行った。
広い場所でゆったりと時間をかけて食事をした。
お腹の調子も戻って来た。従業員に断って、コーヒーを持って行ったボトルに入れた。
大船渡9時11分発のBRTで最初に陸前高田の奇跡の一本松まで行った。
BRTは越前高田の近くまで旧鉄道敷を走っていたが、途中から一般道に出た。
大船渡線の線路は震災前に走っていた陸前高田市内が壊滅的な打撃を受け、鉄道の復興をやめて、BRTに切り替えたのだろう。
一般道を大きく迂回して陸前高田に入った。
そこは復興後の新しく変わった景色のところだった。
奇跡の一本松の遺跡があるバス停は、道の駅と東日本大震災津波伝承館が一体となった高田松原津波復興祈念公園の中にあった。
道の駅にあったコインロッカーにスーツケースを預けた。
海側には海岸が見えないほどの高さの防潮堤が築かれていた。
奇跡の一本松は防潮堤の端にある気仙川に面する場所に建てられていた。
そのすぐそばには津波で壊れたユースホステルや、対岸には屋上まで津波が襲った中学校が震災遺構として残されていた。
防潮堤 震災遺構
防潮堤の上をしばらく歩いた後、津波伝承館に行って中を見学した。
予定していたバスより1台後のバスまで滞在することにして、道の駅でお昼を食べてから気仙沼に行くことにした。
ただお昼を食べるところが混んでいたし、食欲もあまりなかったので、昼食は気仙沼に行ってから食べることにした。
午後12時半前のバスに乗って気仙沼に向かった。
BRT
途中鉄道敷に戻る区間もあったが、また途中から一般道や自動車専用道の三陸道に入ってしばらく走った。
一般車も無料の区間だろうが、BRTが高速道路を走るなどと想像もしていなかった。
気仙沼駅には1時過ぎに到着した。
駅前で食事処を探したが何もなかった。
駅にキオスク風のお店があったが食べたいものは売ってなかった。
気仙沼駅
14時21分発の2両編成の列車に乗り、朝もしっかり食べたし、持っていたおやつなどを食べながら一関まで向かった。
この区間には渓流釣りの師匠の家がある。
家の近くには砂鉄川が流れていると聞いていたので、摺澤駅と柴宿駅の間を走る間目を凝らして風景を眺めた。
今度の旅については師匠には知らせていない。
一関駅は去年の秋のみちのく釣行できているので少し記憶に残っているが、新幹線の乗り継ぎに10分しかなかったので、急いで新幹線のホームまで行った。
待っている乗客がたくさんいたので、3列席の両端を指定でとったのがまた失敗したかと心配したが、大宮まで空いた席に来る乗客はいなかった。
大宮駅で往きと同様駅弁を買い、北陸新幹線の車内で昼兼夕食を食べた。
無事8時過ぎに帰宅した。
2022年09月11日 (日) | Edit |
6時過ぎには寝苦しくて目が覚めてしまった。
7時からカフェテリア方式の朝食を食べた。
ホテルのアメニティはいまいちだったが、朝食は意外と充実していた。
昨日の夕食でたくさん食べ過ぎて胃が疲れていたが、それでも食べてしまった・・・。
戦後の食糧難時代に育った悲しい性か・・・。
8時にスーツケースをホテルに預けて、チェックアウトし宮古駅に行った。
宮古駅から8時25分発の路線バスに乗って、浄土ヶ浜ビジターセンターに行った。
ビジターセンターは9時からオープンで、それまで待ってパンフレットなど情報を仕入れてから、浄土ヶ浜に行くつもりだったが、9時に奥浄土ヶ浜まで行く無料のシャトルバスが出るというので、それに乗っていった。
ビジターセンターは高台にあり、そこから浜まで行くには階段を下りて行かなければならなさそうだった。
ビジターセンター シャトルバス
シャトルバスで一番奥のところまで案内されああと、海岸沿いに整備された遊歩道をビジターセンターの方角に戻るように歩いた。
浄土ヶ浜は、子供たちがまだ小学生に頃きたことがあり、かれこれ40年が過ぎている。
海岸に打ち上げられたわかめを子供たちが拾い上げて引きずって歩いていたのを覚えているが、今は勝手に海産物を採取することを禁じる看板が出ていた。
浄土ヶ浜
遊覧船に乗りたかったので、波止場まで行くと9時30分発の遊覧船があった。
時計を見ると2分前、慌てて乗船券を買って乗船した。
ジイたちが最後だった。
座るところを探すほどたくさん乗っていた。
女性のガイドがマイクを通していろいろ説明していたが、船のエンジン音が大きくてほとんど聞き取れなかった。カモメやウミネコが船についてきて、1個200円で売っているパンをちぎって投げるお客さんが多く、子供たちの歓声も大きくて、すべての音を拾う補聴器を付けたジイにはただただうるさいだけだった。
遊覧船
遊覧船を降りて、ビジターセンターに向かうと、遊歩道の最後が、センターの建物に直通になっていて、エレベーターで3階まで上がると、そこがビジターセンター入口につながっていた。
センターが1階とすれば地下1階が展示館、地下2階が遊歩道につながるような構造だった。
館内を見学しても時間が余ったので、予定していたバスより前のバスに乗って、宮古駅まで戻った。
ホテルに行って預けたスーツケースを受け取り宮駅に戻って、電車も1台前の時間のディーゼルカーに乗った。
お昼は、食べ過ぎでお腹の調子が悪いので、食堂などで食べるのをやめ、コンビニで買ったおにぎり、パンを車内で食べた。
ジイはパンを一つ食べただけでおにぎりは食べられなかった。
当初予定していた電車は、宮古から盛まで乗り換えなしで行ける電車だったが、1台前の電車は、釜石止まりで、釜石から盛まで乗り継いだ。
予定より1時間半も早く到着した。
釜石行き 盛行き
盛駅から今日の目的地大船渡まではBRTというバスになる。
最初の時刻表では盛駅から大船渡駅まで5分となっていたので、駅員さんに歩いて行ける距離かと聞いたら、大人の足でも30分以上かかる、と言われた。
どんなバスなのかイメージできなかったが、乗ってみて初めて理解した。
旧大船渡線の鉄道敷を舗装して、そこをバスで走る方式だった。
踏切が、一般道と交差しているところについているが、それは普通一般道を走る車のためのものだが、ここではBRTバスのために踏み切りだった。
バスが近づくと感応式で踏切が空くようになっているようだった。
場所によっては、車優先で、しばらくバスが踏切で待つ場面もあった。
BRT
大船渡駅から予約していたホテルは、駅から3分となっていたが、探しながら歩いたら10分かかった。
復興工事後に建てられたホテルなので新しくきれいなホテルだった。
夕食前に、復興工事で新しく開発され、集積された店舗でお土産と食事をしようと行ってみたが、閉まっている店が多く、食事のできるところも数が少なくて決められなかった。
海産物のお土産だけ買い、ホテルに戻る途中の食事処で夕食を取った。
お刺身などは食べ飽きてしまったので、揚げ物(鮭)、焼きもの(カンパチのカマ)、厚揚げなどを頼んで食べた。
今どきの食事処で、個室になっていて注文はタブレットを使って注文した。
広々した部屋のツインベッドでゆったり眠れた。
夕食② 夕食① 夕食③ お酒