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2014年03月25日 (火) | Edit |
昨夜泊ったホテルのあるアンカラは、トルコの首都で人口450万人の大きな都市だ。
しかし、トルコ最大の都市イスタンブールの人口が約1,300万人と言われているから、それに比べるとだいぶ少ないが、2番目の都市ということになる。
オスマン帝国が崩壊し、ヨーロッパからの侵入を食い止めて1923年に共和国を立ち上げたときに拠点になったところということで首都がおかれたとのこと。
防衛的な戦略からも国境に近いイスタンブールよりも内陸部のアンカラに首都を持ってきたとも言われる。
アンカラの歴史は古く、歴史的遺産はBC3,500年まで遡れるものがあるとのこと。
古代ローマ帝国時代には首都になったこともあり、古くはアンゴラと呼ばれた。
そういえばアンゴラ兎などはここから出ているのだそうだ(以上トルコ人ガイドの受け売り)。
ガイドのセダット・ギョクさん
しかし、今朝はホテルを8時半に出発して、アンカラの市内観光はせずに、ヒッタイトの古代遺跡の残るボアズカレに向かった。
世界遺産に登録されている名称は「ハットゥシャ遺跡」となっているボアズカレの村には、団体客が昼食を取れるような施設がないので、手前の町にあるドライブインで少し早目の昼食となった。
ヒヨコマメのスープの後に、サチカブルマという羊肉と野菜を鉄鍋で煮込んだ料理を食べた。
4人で一つの鍋に盛られたサチカブルマを取り分けて食べた。
3日目となるトルコ料理の中では、今までで一番味の濃い料理だった。
その後のデザートは、蜂蜜漬けにした柚餅子(ゆべし)のような食べ物だった。
昼食のサチカブルマ デザート
トルコでは蜂蜜も良く食べられていて、今朝のホテルのバイキングでも蜂蜜が置いてあったが、その蜂蜜は日本のように巣から取り出したものを漉してから食べるが、トルコではハチの巣のまま切り分けて食べるようになっていた。
今朝もそれをパンに付けて食べてみたが、ハチの巣のセルの繊維質が口に少し残る感じだが蜂蜜そのものは濃厚で美味しかった。
トルコの蜂蜜
食事の後、ドライブインの売店でその蜂蜜が売られていたので、お土産でそれを一つ買った。
12時ごろハットゥシャの遺跡に到着した。
他の世界遺産遺跡に比べ観光客はまばらだった。
歴史的には紀元前19世紀から1,000年以上広大な面積を支配しつづけた初めての帝国として、また紀元前13世紀にはエジプトのラムセス2世と長い戦いの末不可侵条約を結んだことが、遺跡から出土した銘板から発見された。
ヒッタイト人が強大な権力を握った元になったのが鉄を使った武器にあると言われている。
日本の縄文時代以前にすでにユーラシア大陸ではこうした文明が跋扈していたわけだ。
大神殿跡や獅子門、スフィンクス門、王の門など城塞の所々に配置されて復元された門をバスで移動しながら見学した。遺跡の下の村 ライオンの門 スフィンクスの門 王の門
最後に、車で10分ほど離れた岩場に造られた野外神殿のあるヤズルカヤを見学した。
大きな岩に帝国の国王と神々の像をレリーフとして掘り込んだものだ。
大理石の岩盤に掘り込んだのはどんな人たちだったのか、その労力や技術はどれほっだったのか、どんな道具を使ったのかそれらを想像するだけでも、面白くなる。
約2時間半の見学を終えて次の目的地カッパドキアに向けて約240㎞移動した。
国土の広さは日本の約2倍、人口は7,500万人なので、日本に比べれば人口密度は半分だ。
途中の風景は、手つかずの山地もあったがほとんどは平たんな農地が広がっていた。
食料自給率は100%以上でEU諸国に輸出しているほどらしい。
ガイドさんは、ヒツジや牛の堆肥を使った有機農法が主流で、農薬や化学肥料はほとんど使われていないので、野菜や果樹はとてもおいしい、と自慢していた。
カッパドキアには夕方6時に到着した。
洞窟ホテルということだったが、それぞれ部屋の作りが違うため、部屋はくじ引きになり我々が引いた鍵は、洞窟ではない継ぎ足した石造りの部屋で、大外れだった。
他の人たちの部屋も見せてもらったがみな洞窟に掘った部屋だった。
誰かが貧乏くじを引かなければならないわけだから、それをどんな部屋でもこだわるつもりもなかった我々が引いただけのことだ。
おかげでロビー周辺しか通じないWiFIも部屋からつながった。