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2015年10月04日 (日) | Edit |
今朝は6時に起きた。昨夜も12時過ぎに寝たので少し眠い。
朝食のレストランは7時に開くが、昨日の朝は6時半には開いていたというので、6時45分に行ったが、結局今日は7時まで開かなかった。
出発が8時の予定が8時半に延びたので、朝食の後は部屋で日本のニュースを朝日新聞デジタル版で見ていた。
プロ野球のセ・リーグはヤクルトが優勝し、巨人は2位が確定したようだ。
相撲は鶴竜が照之富士との優勝決定戦の末優勝したようだ。
いよいよバルト三国・ポーランドを巡るツアーの観光も今日が最終日となった。
初めの二日は昼食前後に通り雨に遭ったが、それ以外はずっと天候には恵まれた。今日も朝から雲一つない快晴だ。
最後の観光は、午前中はクラクフの郊外にあるカルヴァリア・ゼブジドフスカに行った。
行程表では出発してから2時間と書かれていたが、今日は日曜日なので、道路がガラガラで30分で到着した。
クラクフからの距離が36㎞だから、普通ならそのぐらいと思うのだが、クラクフの市街は平日は渋滞が激しいようだ。
町の歴史は、17世紀初頭に地元の有力者ミコワイ・ゼブジドフスキが、この地をキリスト受難の丘であるゴルゴタ(ラテン語名はカルヴァリア Calvaria)に見立てて宗教的建造物群を建てたところから始まる。
町の名前もそのことに由来する。
ここにある教会は、フランシスコ派の教会で、今日はその守護聖人であるフランシスコの記念日らしく大勢の信徒が礼拝中だった。ミサが終わるまで中には入れないので、その間ゴルゴダの丘に見立てて造成された登り坂を登って、頂上に建てられている礼拝堂などを見学した。
ゴルゴダの丘を模したジオラマ ゴルゴダの丘に摸した坂道 丘の上の礼拝堂
丘を下りて教会の中を入場観光した。カトリック巡礼地の一つとして、ユネスコの世界文化遺産の登録されている。
教会の入口には、前ローマ教皇だった聖ヨハネ・パウロ二世の大きな像が立っていた。
聖ヨハネ・パウロ二世は、ポーランド出身なので、ポーランド国内を刊行している間、至る所に銅像や肖像画を目にした。
カトリックの信者が国民の8割以上というポーランドのお国柄、聖人になったヨハネ・パウロ二世は、特別な人なのだろう。
フランシスコ派の教会内部 教会前のヨハネ・パウロ二世像
10時40分に見学を終え、次の観光地チェンストホーヴァに向かった。ここからの距離は170㎞ある。
途中チェンストホーヴァの近くの町にあるレストランで昼食を食べた。
野菜スープのあとのメインは、この土地の名物で「ビエロギ」という餃子と白身魚の揚げ物だった。
飾りっ気のない盛り付けだったが、麦で作ったしょう油風のたれにつけて食べたらおいしかった。
最後の昼食となったレストラン 野菜スープ ランチのビエロギ
午後2時半にチェンストホーヴァに着いて、ヤスナ・グラの修道院に着いた。
日曜日とあって。午後にもかかわらずミサに来た人と観光客でごった返していた。
聖母のイコンを主祭壇に飾られている修道院の内部を見学した。
ここのマリアは、イエス・キリストを抱いたマリアを描いたイコンで、描かれているマリアの顔が、修道院に火が点けられた時の煤で黒くなっているので、「黒い聖母」とも呼ばれ、ポルトガルの人たちには、この呼び名のほうで通っているようだ。
このイコンは、1382年にこの修道院が建てたオポーレ公ヴワディスワフによってエルサレムから持ってきたものだという。
17世紀スウェーデン軍がポーランドに攻め込んできたときに、ワルシャワやクラクフなどが陥落してしまったが、この地だけはスウェーデン軍の攻勢に耐え陥落を免れたことから、このイコンの聖母マリアの奇蹟として信仰されたという。
8月15日のマリア被昇天の祝日には、ポーランド全土から歩いて巡礼にやってくるという。
また、ルネッサンス期、反カトリックのフス派との宗教戦争の時に多数の修道士が殺され、このイコンのマリア像も3か所傷つけられ、それが今も残っていて、それがまたポーランド人の侵略への抵抗や民主化運動のシンボルにもなったという。
祭壇の黒い聖母
我々のツアーのガイドをしてくれたのはこの修道院の神父だった。
神父がポーランド語で説明し、現地ガイドのリチャードさんが日本語で通訳する変則的な通訳となった。
案内してくれた神父 現地のガイドと神父
ミサ中の礼拝堂の中を急いで通ったので、バアなど主祭壇に飾られているマリア像を見過ごす人が何人もいたようだ。
ジイは辛うじて1枚写真に収めることができた。
ミサの最中
教会内部の見学の先にお土産売り場があり、お土産を買った人は神父から祝福を受けていた。
こんなことで祝福するカトリックの姿を見て、ルターの怒りがよく分かった気がした。
人間が罪を赦され、祝福されるのは、お土産を買ってではなく、信仰によってのみと叫んだルターのほうに共感する。
それにしても礼拝堂の中は、年末のアメ横のような人混みで、現地ガイドの話では、今日は1年のうちで特別の葬儀の日?日本でいえばお盆のような感じの日らしく、午前中には10万人が訪れて野外でミサが行われたということだった。
ヤスナ・グラ修道院 野外ミサの会場
午後4時まで約1時間半の見学を終え、クラクフに戻るバスに乗った。
これで今回の旅行で予定された観光はすべて終わり、最後の夜はクラクフの町のレストランで過ごした。
席は横並びに座れるようになっていて、まるで最後の晩餐の様な感じだった。
ツアー参加者ともそれぞれ打ち解けて気軽におしゃべりするようになるころはもうお別れだ。
夕食ンはスープの後、メインにチキンとポテト、最後のデザートは丸ごとの焼きリンゴだった。
最後の晩餐?会場 最後の夕食のスープ 最後の夕食のチキンとポテト 最後のデザートは焼きリンゴ
明日は10時15分にホテルを出発し、クラクフ空港からミュンヘンに飛び、そこで乗り継いで羽田に明後日の、日本時間で10時前に到着する予定だ。
明日は朝一番で朝食を食べた後、すぐ隣にあるコンビニでポーランドの通貨ズローチを使い切るつもりだ。
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