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2017年01月17日 (火) | Edit |
今朝はもう雪が上がりかけていたが、昨夜からの積雪で一面の銀世界になっていた。
玄関前には、新聞配達の人の足跡だけが残っていた。
いつも5時ごろに配達に来ているので、もうそのころには10cm以上積もっていたのだろう。
新聞配達の足跡
すぐに晴れてきたので雪が融けるのも早いだろうが、今日はコープの宅配日なので、車が来る前に雪かきをしておかなければならない。
昨日頼まれた総会資料のファックスを送ったり、パソコンで家計簿をつけたりしたあと、雪かきを始めた。
雪かきをしているときに、今年上八重原区の区長になったOさんが、今年の組長のMさんに配布物を届けに来るのに行き合った。
Oさんとは生涯学習の写真教室で一緒に1年学んだ顔見知りだ。
区の除雪車が我が家のほうやヤマちゃん家やMさんの家のほうまでやってくれないことを言ったら、今度除雪の係に伝えてくれる、とのことだった。
そうなれば随分負担が減るので助かるのだが・・・。
毎年町内会費で、除雪費用も均等割りで負担しているので、権利を主張できるはずだ。
雪かきした道
今度の雪は、上からというより横殴りに降ったというのがよくわかる光景があった。
木の幹の西側に貼りついている雪、藁を掛けたイチジクの木に積もったモンスターのような雪など・・・。
木の幹の雪 モンスターのようなイチジク
雪かきをしたところだけ午後にはすっかり乾いていた。
浅間連山もかなりふもとまで雪で白くなっていた。
雪かきしたところは乾いた 麓まで雪になった浅間連山
今日で阪神淡路大震災から22年が経った。
その後に起きた東北大震災の陰に隠れるようになってしまったが、当時の被災の状況は、経験したことのない衝撃だった。
市役所に勤め始めて数年のころ、有志と自主研修で当時30年以内に必ず起こると言われた駿河トラフを発生源とする東海沖地震を調べ、静岡県や富士市などの防災対策を聴きに行ったことがあった。
東海地震では最大マグニチュウド8規模の地震が起こり、関東地方もその影響を免れない、と言われ防災対策、地域の防災組織づくりが叫ばれていた。
したがって、当時は大きな地震は東海から関東にかけて起きるものとばかり思い込んでいた。
崩壊し、火災に見舞われた神戸の街を見た時、自分たちの町でそれが起きたら、行政マンとして自分たちだったらどれだけのことができただろうかと思いをはせたものだった。
被災し、家族を失った人の悲しみは時間が経っても、昨日のことのように蘇って来るに違いない。
第三者はあれからもう22年、時の経つのは早いものだと、簡単に言ってしまうのだが・・・。
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