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2017年05月26日 (金) | Edit |
昨夜は10時頃就寝、早く寝たせいか4時半にトイレで起きた後しばらく寝付けなかった。
5時半にはバアが起きてカーテンの隙間から外を見て、天気を気にしていた。
山には霧がかかって今にも雨が降り出しそうな様子だった。
久しぶりにバアは足をつったらしく、湿布を張ってやった。
痛み止めと再発防止の薬を飲んでいた。
ベッドに潜っていてももう眠れそうもないので起きて着替えた。
7時からの朝食に7時に行くとまだ席を選べるほどの人数しか来ていなかったので、二人でゆっくり食べられる席を取って食事した。日本から持ってきたサラダドレッシングをレストランに持ってくるのを忘れたので、部屋まで取りに戻った。
部屋はレストランのすぐ上の階の106号室だ。
ちなみに昨日のホテルは、車のナンバーと同じ727だった。
朝食のあと、出発まで1時間以上時間があるので、昨日のブログを読み返したら、間違いだらけだった。
普段のように寝る前にブログを書いていたら就寝が遅くなるので、旅行中は移動しているバスの中で、暇を見つけながらメモを取るように書き込んでいるので、これからもしょっちゅう誤記や脈絡のない文になってしまうかもしれないが悪しからず・・・。
いずれ帰宅して画像などもはめ込みながら書き直すつもりだ。
今日の観光の出発は9時、今日も予定時刻前にスタートした。
ホテルの部屋の窓から雨が降っている様子が見えていたが、バスが出る頃には雨がやんでいた。
少し風景に霧がかかっていて、これもよしかな、と思うことにした。
車窓から菜の花畑が広がっているのが見えた。
小麦やトウモロコシ、ジャガイモのほかこのような菜種から油を取るのも重要な産業のひとつのようだ。
菜の花畑
最初の観光地はシギショアラ、歴史地区がユネスコの世界遺産になっている。
社会主義時代のルーマニアは、ほかの社会主義圏の国より国家統制が緩かったせいか、それほど画一的な建物群が多くない。
経済的にも豊かではなく、インフラの整備も進んでいなかったので、中世からの歴史遺産が手つかずに残されたようだ。
古くからの建造物は痛みも進行していたが、中には原型を留めるものも多く、社会主義政権が崩壊してヨーロッパの資本が入り込むようになって、インフラ整備や古いものの修復に手が入れられるようになって、現在のような景観に変わったようだ。
トランシルバニア地方は、歴史的には東方からのオスマン帝国の侵入に対するハンガリー帝国の防衛線に位置するところだ。
バスが走る道路に両脇には家並みが続いているが、面白いことに家がほとんど隙間なくつながっていて、まるで城壁のようになっているのが多く見受けられた。
丘の上には教会があって、その周りはがっちり要塞のように壁に囲まれているのが見られる。
普段は、教会のふもとで暮らし、いざとなったら要塞教会に立てこもって侵略者に対抗する、教会はそういう役割を担っていたようだ。
城壁のような家並み 要塞教会の一つ
ホテルを出てから途中1回トイレ休憩をはさんで、2時間15分で最初の観光地シギショアラに到着。
バスは要塞のふもとまでしか入れないので、そこから下車して坂道をゆっくりのペースで登った。
添乗員の谷さんは途中で息切れしながらガイドしていた。
13世紀ごろからザクセン人によって造られた町で、道はいかにもヨーロッパという石畳だ。
バスは入れないが普通の乗用車は入れるので、城壁の中の狭い道路なので車が来るたびによけなければならなかった。
城壁の中に現在も居住している人たちがいるので仕方がないのだが・・・。
入口の門 石畳の道
城門をくぐるとそれぞれ職業別のギルドの建物が立ち並ぶ。
靴職人、鍛冶屋などなど。
ブラド3世が12年間ここシギショアラに幽閉されていたということで、現在市庁舎として使われている建物の一角にブラド3世の像が立っていた。
市庁舎 ブラド3世の銅像
見どころは時計塔と山上の教会だ。
時計塔
時計塔に入場するには有料ということでここは入場せず外観のみ、広場に出た後山上の教会に登る屋根付きの階段を上がった。
教会の隣にある初等教育の学校の子供たちのために屋根付きの階段が作られたのだという。
息を切らしながら登った先の教会も外観だけぐるりと見て回った。
階段 山上の教会
山上の教会見学後は再び階段を下りて広場の一角にあるレストランで昼食となった。
お店の名前がブラド・ドラクエで、ドラキュラにちなんだお店だった。
ドラゴンの像がお店のシンボルになっているが、ドラキュラ=ドラゴンということか?
スープの代わりに血を思わせるトマトソースのひき肉とナスの料理がスープ代わりに出された。
メインはマッシュポテトとソーセージや豚肉で、これも美味しくいただけた。
昼食のレストラン 昼食① 昼食②
午後はまた300以上の要塞教会群のあるビエルタンにいくので、ビールはやめてオレンジジュースで我慢した。
1時半にバスに戻ってシギショアラからビエルタンに向かった。
シギショアラは全然雨が降っていなかったが、ビエルタンに至る道中は土砂降りになった。
ビエルタン到着の際も傘がないと歩けない状態なので、バスで待つ人もいた。
城壁内に入って間もなく雨は小降りになり、中心の教会の中を見学している間にすっかり雨は止んでいた。
一番上の城壁から下を見ると、城壁が三重になっているのが分かった。
三重の城壁
実際にこの要塞教会に立て籠もってオスマン軍と戦ったかは定かではないが、ここまでして自己防衛するエネルギーは大変なものだったろうと推察させられた。
現在の北朝鮮の核やミサイル開発のエネルギーともダブって見えた。
教会の内部は正面の祭壇のイコンは比較的新しいものに見えた。
いざという時の隠れ部屋の入口には、16の鍵で開ける頑丈な鍵が付いていた。
一番上の教会の場所から下の普段生活する場所までの通路も、人の手が数えきれないほど入った石積みの痕跡があった。
ビエルタン城塞教会 教会の祭壇のイコン 扉の鍵 城塞の通路 城塞の外観
約30分の観光を終え、バスに戻ると、バスが止まっている近くの住宅の屋根でコウノトリが巣づくりしているのを見つけた。
思わず北御牧の我が家の屋根の鳥の巣を思い出した。
コウノトリの巣
3日も何もしていないのでもうしっかり巣が完成して卵も産んでいるかも?
ビエルタンからブラショフまでの帰路は雨が降ったり止んだりだったが、ブラショフに近づくにつれて雨が強くなった。
2時間後にはブラショフの中心地に戻ってきたときには、不思議とまた雨がほとんどやみかけていた。
夕食はフリーになっていたが、自分で探すのは面倒だったので、添乗員さんが連れて行ってくれるレストランに行くことにした。
6時にブラショフの中心街に着き、ホテルにまっすぐ戻る組と、フリータイムを中心街で過ごす組とに分かれた。
添乗員さんと一緒に食事するのはジイとバアのほか4人だけだった。
添乗員さんに案内されたレストランで、ルーマニア語と英語が併記されたメニューで、添乗員さんがお店の人と英語で話し合いながら、頼みたいメニューをオーダーしてもらった。
ジイとバアは、ポークにベーコンを詰めたグリルを頼んだ。
お酒は頼まずオレンジジュースにした。
昨日一日調子に乗って食事の度にビールを飲んで、飲み過ぎてしまったので、今日はお休みだ。
料理はオーダーしてから40分後ほど経ってようやく出てきたが、ルーマニアではこれぐらいが当たり前のようだ。
夕食のレストラン 夕食
7時半には食事を終えて外に出ることができた。
バスが8時に迎えに来ることになっていて、まだ少し時間があったので、近くのスーパーで添乗員さんお薦めの白ワイン1本とミックスナッツを買った。
8時にはバスが迎えに来るバスのところに全員集合して、ホテルまで帰った。
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