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2019年03月27日 (水) | Edit |
昨夜11時半ナポリ空港に着き、手荷物を受け取って迎えのバスに乗って、ナポリ市内のホテルに着いたときは、もう12時になっていた。
旅の荷物をほどき、シャワーを浴びてベッドに入ったのは2時前だった。
徹夜をした後のように疲れ切っているのに、神経は高ぶっていて、寝つきは良かったのに、何度も目を覚まして5時ごろからはなかなか寝付けなかった。
バアも同じようにごそごそしていた。
食事は8時に集合してグループ一緒にテーブルに着くようになっていた。
集合時間より少し早く部屋を出て、ホテルの外からホテルの外観を撮ろうとしたが、外は通勤時間帯で車の通りが激しくてうまく撮れる場所が見当たらなかった。
ナポリのホテル
朝食の後、荷物を片付け9時15分にロビーに集合し、最初の観光地ポンペイに向かった。
雨の降った後らしく道路が濡れたところもあったが、雨は降っていなかった。
曇りがちの空だが、青空も一部のぞいていた。
ポンペイはナポリから27㎞の距離にある。
ナポリからポンペイに向かう車窓の中からカプリ島が見えた。
青の洞窟などがある島だが、今回の観光のルートには入っていない。
カプリ島
観光の都合か最初にポンペイ遺跡の入口にあるカメオショップに案内された。
初めてイタリアに行ったときにカメオのブローチを買ったので、今回はバアもカメオには見向きもしなかった。
カメオショップ
ポンペイは紀元74年に近くのベスビオ火山の噴火によって都市全体がその噴煙で埋もれてしまった。
その遺跡が発見されたのが18世紀中ごろ、それ以来発掘され続けているが、いまだに発掘は続いている。
紀元74年の日本はまだ弥生時代後期、住居は竪穴式という時代だが、ポンペイではすでに、水道や道路などのインフラが整い、商業施設や娯楽施設、宗教施設なども整備されていたのが驚きだ。
そのころの生活様式まで残された遺跡から類推することができる。
2万人を収容できる円形競技場など当時の人口規模も分かるし、サウナ付きの浴場やその排水を利用した水洗トイレの跡まで残っている。
円形劇場 住居跡
石畳の道路には排水設備も整備されていた。
石畳に車の轍が付いていた。
ポンペイの道路 車の轍(わだち) 水場
すでに鉄の車輪を使って運搬が行われていたことが想像できる。
建物の形や大きさから貧富の差までわかる。
海路を使った交易で経済的な富を築いた都市国家だったことが遺跡を歩いているそこかしこに見受けられた。
ポンペイに限らず、ヨーロッパのどこへ行ってもローマ帝国の影響を見ることができるが、現代にいたるまで幾多の変遷を経て今があるのと違って、紀元74年から歴史が止まったまま現代に蘇ったというのは、ポンペイだけだ。
大きな建物の入口の内側の壁にフレスコ画が残されていた。
壁に描かれたフレスコ画には、ルネッサンス時代に開花したと思われていた遠近法の描写が、すでに紀元1世紀にその手法で描かれたものが残っていたことなど驚きだった。
遠近法のフレスコ画
別の大きな建物には、モザイクで装飾された泉が残されていた。
まだ竪穴住居に暮らしていた日本に比べて、すでに地中海周辺ではこれだけ高度な文明の中で、人々が暮らしていた。
日本ではようやく稲作による定住文化が始まったばかりというのに・・・。
精巧なモザイクの噴水① モザイク噴水②
神殿などがある広場から、ポンペイを一夜にして噴火で埋め尽くしてしまったベスビオ山がよく見えた。
神殿のある広場 広場から見えたベスビオ山
広場の一角に、発掘で出土したたくさんの陶器が並べられていた。
大きな壺は、ワインを入れて船で運ぶために作られた形という。
埋もれていた人体の模型も展示されていた。
埋もれていた人物や陶器
3時間の観光の締めくくりは、秘儀荘と言われる当時の富裕層の別荘を訪ねた。
床には精緻なモザイク模様が施され、食事をする場所では、鮮明な色彩のフレスコ画があまり褪色せずに残されていた。
秘儀荘全景 秘儀荘のフレスコ画① 秘儀荘のフレスコ画②
長い時間をかけて見学した割には、息をのむような遺跡群で時間が経つのも忘れさせてくれた。
秘儀荘から歩いて行けるレストランで遅い昼食をとった後ナポリに戻って市内見学をした。
昼食① 昼食② 昼食②
ポリ市内の中心にあるサンタキアラ教会などを3つの教会を入場観光した。
教会の中は、他の国々を代表する教会に比べるとそれほど華美とは言えないが、床や柱にはモザイクがあったり何世代にもわたった歴史が分かる様式の変遷が随所に見受けられた。
サンタキアラ教会ファサード サンタキアラ教会② サンタキアラ教会③
2時間半ほど市内見学をした後は早めの夕食をナポリ市内でとった。
まだお昼を食べてから3時間半しか経っていなかったので、あまり食べられなかった。
夕食に頼んだ赤のハウスワインが飲み切れないほどあったので、レストランを出たころには立っているのが辛くなるほど酔いが回っていた。
夕食① 夕食2
夕食後は、港から出るフェリーに乗った。
明日の朝シチリア島のパレルモに入港する。
フェリーに乗り込み船室に行ったが、小さなベッドが鍵型に二つ、小さなシャワールームと洗面台、トイレがワンセットになったものだけの部屋だった。
海が見られる窓もない4面壁の部屋だった。
部屋が狭いので、スーツケースはバスに積んだまま、一泊するのに必要な最低限のものだけを用意するよう言われていた意味がようやく分かった。
ジイは着替えも入れてこず、ワインで酔いつぶれて8時過ぎには寝てしまった。
フェリー室内
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