2019年05月17日 (金) | Edit |
今日は佐久平水彩画研究会の例会の日なので、8時半前に家を出た。
今日は、写生の日ということだが、昨日までにどこへ描きに行くか連絡がなかった。
昨日留守電にテレビのLGの会社から午後に来訪したい、というメッセージが入っていたので、例会にはお昼まで出席して帰るつもりにしていた。
9時少し前に佐久の創錬センターに着くとすでに会員たちが集まっていた。
写生場所は、軽井沢の塩沢湖タリアセンということだった。
せっかくタリアセンで写生するなら、入場料も800円かかるし、いろいろ描くところもありそうなので、お昼で戻ってくるのはもったいないので、テレビの修理をキャンセルしてもらうようバアに頼んで午後3時まで写生することにした。
タリアセンに入るのは久しぶりだったが、いつの間にか湖の周辺は公園風に整備されて、人工的な風景になっていた。
それでもいろいろ描きたかったので、スケッチ画を描くことにした。
はじめに旧朝吹山荘が見える景色を描いた。
白樺林の中から塩沢湖のほとりに建つ山荘を描いた。

お昼までに1枚描いた後、数人の会員が描いていた園内のレストランの建物の近くから中之島へ渡る橋を描いた。
2時半過ぎまで描いて仕上げた。
少し時間を気にして雑な描き方になってしまった。
この会の人たちの描き方は、それぞれ今までジイが属してきた3つの会の人たちに比べて、デッサンにしっかり時間をかけていて、ほとんど完成に近い形まで描き上げていた人はいなかった。
あとで家で仕上げて次の例会に持参してお互いに講評するようだ。
ジイは小さな紙に描いたスケッチ画なので次回の例会までに10号の紙でもう1枚描いて持って行くことにした。

テレビの修理は、ジイが4時ごろに帰るとバアに電話したので、その時間に合わせてくるということだった。
軽井沢から佐久の創錬センターに戻ってきたのが3時半だったので、家には4時を少し過ぎて戻るとすでにテレビの修理にきていた。
1階の天井裏を開けて無線ランのルーターを調べていた。
どうやらテレビがそのルーターからの信号をキャッチするのに換気扇の管を巻いているアルミ箔が邪魔をしているとのことで、ルーターをキッチンのカウンターあたりに移動させれば問題なく信号を捉えることができるということだった。
結局持ってきた基盤は替えずに引き上げていった。
修理屋さんが帰った後、ルーターを移動させてもウ一度繋ごうとしたがそれでもだめだった。
結局テレビ本体に問題があることが分かっただけだった。
松本にある営業所からわざわざ2回も来てもらって心苦しいが、やはりネットで安く買ったツケということか・・・。
ジイが出かけている間に、我が家の奥のMさんが、段ボールに死んだミーちゃんを入れて見せに来たという。
Mさんの奥さんがはじめに野良猫だったミーちゃんに餌をやり始めて居ついた。
その後にメスのクロが来て、2匹の間にできた子供たちがチビやハナだ。
ミーちゃんをMさんから受け取り、ポチを埋めたお墓にヤマちゃんが埋めてくれたそうだ。
やはり12日に姿を見せたのが最後だったようだ。
2,3年前から体格のいいオスの猫に春秋の恋の季節ごとに大きな傷を負わされ、年々精彩を欠くようになったミーちゃんの晩年は、人間から見るとあまりいい猫人生ではなかったようにも見えたのだが・・・。
残されたメスばかりの猫3匹、安泰に暮らしていけるのだろうか?

今日は、写生の日ということだが、昨日までにどこへ描きに行くか連絡がなかった。
昨日留守電にテレビのLGの会社から午後に来訪したい、というメッセージが入っていたので、例会にはお昼まで出席して帰るつもりにしていた。
9時少し前に佐久の創錬センターに着くとすでに会員たちが集まっていた。
写生場所は、軽井沢の塩沢湖タリアセンということだった。
せっかくタリアセンで写生するなら、入場料も800円かかるし、いろいろ描くところもありそうなので、お昼で戻ってくるのはもったいないので、テレビの修理をキャンセルしてもらうようバアに頼んで午後3時まで写生することにした。
タリアセンに入るのは久しぶりだったが、いつの間にか湖の周辺は公園風に整備されて、人工的な風景になっていた。
それでもいろいろ描きたかったので、スケッチ画を描くことにした。
はじめに旧朝吹山荘が見える景色を描いた。
白樺林の中から塩沢湖のほとりに建つ山荘を描いた。


お昼までに1枚描いた後、数人の会員が描いていた園内のレストランの建物の近くから中之島へ渡る橋を描いた。
2時半過ぎまで描いて仕上げた。
少し時間を気にして雑な描き方になってしまった。
この会の人たちの描き方は、それぞれ今までジイが属してきた3つの会の人たちに比べて、デッサンにしっかり時間をかけていて、ほとんど完成に近い形まで描き上げていた人はいなかった。
あとで家で仕上げて次の例会に持参してお互いに講評するようだ。
ジイは小さな紙に描いたスケッチ画なので次回の例会までに10号の紙でもう1枚描いて持って行くことにした。


テレビの修理は、ジイが4時ごろに帰るとバアに電話したので、その時間に合わせてくるということだった。
軽井沢から佐久の創錬センターに戻ってきたのが3時半だったので、家には4時を少し過ぎて戻るとすでにテレビの修理にきていた。
1階の天井裏を開けて無線ランのルーターを調べていた。
どうやらテレビがそのルーターからの信号をキャッチするのに換気扇の管を巻いているアルミ箔が邪魔をしているとのことで、ルーターをキッチンのカウンターあたりに移動させれば問題なく信号を捉えることができるということだった。
結局持ってきた基盤は替えずに引き上げていった。
修理屋さんが帰った後、ルーターを移動させてもウ一度繋ごうとしたがそれでもだめだった。
結局テレビ本体に問題があることが分かっただけだった。
松本にある営業所からわざわざ2回も来てもらって心苦しいが、やはりネットで安く買ったツケということか・・・。
ジイが出かけている間に、我が家の奥のMさんが、段ボールに死んだミーちゃんを入れて見せに来たという。
Mさんの奥さんがはじめに野良猫だったミーちゃんに餌をやり始めて居ついた。
その後にメスのクロが来て、2匹の間にできた子供たちがチビやハナだ。
ミーちゃんをMさんから受け取り、ポチを埋めたお墓にヤマちゃんが埋めてくれたそうだ。
やはり12日に姿を見せたのが最後だったようだ。
2,3年前から体格のいいオスの猫に春秋の恋の季節ごとに大きな傷を負わされ、年々精彩を欠くようになったミーちゃんの晩年は、人間から見るとあまりいい猫人生ではなかったようにも見えたのだが・・・。
残されたメスばかりの猫3匹、安泰に暮らしていけるのだろうか?

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