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2023年11月04日 (土) | Edit |
今日の午前中は上田支部会員展(小品展)の受付当番になっていたので、あわただしく朝食をとり、食器洗いをバアに任せて、8時半に家を出て東御市文化会館に行った。
3連休の中日で道路が空いていたので、8時45分に着いた。
9時からオープンなので、しばらく展示室のカギを受け取るのに待った。
9時5分前にようやく鍵を受け取って開場した。
当初、今日の午後の受付当番をするようにしていたが、上田市長が午前11時に来場するというので、午前の部の受付をする予定だった人と入れ替わった。
9時半には、上田市長の対応をするため支部長も家から歩いてやってきた。
10時半ごろまで来場者ゼロで心配したが、その後は三々五々来場者があった。
市長は、予定の11時より20分遅れて来場した。
上田市長
市長の対応は支部長に任せ、ジイは同行した秘書課の職員と一緒に作品を観て回った。
3連休中なのに職員は仕事で随行していた。
仕事とはいえ、ほとんどの展示作品を丁寧に見て回ってくれた。
ついつい自分の過去の仕事の立場を思い返して、職員に同情してしまった。
受付当番は午後0時45分で、午後の人と交代し、家に戻った。
遅い昼食をとった後、テレビを見ているうちにいつの間にか30分ほど寝てしまった。
昨日夜中までかかって、長野一水協から依頼された会報に掲載する原稿を書いたので、少し寝不足だった。
一水会展初入選の感想文を依頼されていた。
300字以内とのことだったが、いろいろ書いていたら450字近くになってしまった。
10日までに送って欲しい、ということだったが、文字数が多過ぎるので書き直しも想定して早めに郵送することにした。
原稿は以下の通り。「定年を機に長野県に移住して16年が経ちました。「60の手習い」で東御市の生涯学習講座で水彩画を始めました。中学、高校の美術の授業で水彩画を描いた記憶がありますが、それ以来絵筆を握ったことはありませんでした。水彩画を始めて数年してから日本水彩展に出品するようになり、何度か当落を繰り返して現在に至っております。今年6月ごろ、一水会の会友の方から一水会展にも挑戦してみたらと勧められ、他流試合に挑むような気持で8月の長野一水会展に初めて出品しました。居並ぶ作品群のすばらしさに圧倒されたうえに、一水会の代表と最高顧問の私の作品に対するやさしくも、丁寧でかつ手厳しいご批評をいただいて、自らの未熟さに打ちのめされてしまいました。ダメでもともとと修正を繰り返して、本展に出品をいたしましたので、入選の通知をいただいたときは、信じられない思いでした。初出品ということで、これから頑張るようにとの激励の意味も含まれての評価と思いますので、さらに今後精進して挑戦していきたいと思います。」
3時ごろから畑に行って、植えたタマネギの苗の株元に培養土を入れる作業をした。
1時間ほどかけて培養土を入れたと水やりをした。
水やりをしている間に、今日は皮膚科医院に行く予定をしていたのを思い出した。
イボの治療をしているがだいぶ液体窒素で焼いたイボがかさぶたになり、それが剥がれてきれいになりつつあるので、今日が最後になるかと思いながら、急いで医院に行った。
4時半を少し過ぎて医院に行ったら、土曜日の受付は4時半までということだったが、なんとか頼み込んで診察してもらうことができた。
まだインフルエンザの要望接種などに来ている患者もいて待合室は混んでいたが、5時前に呼ばれて治療を受けることができた。
まだイボが残っていて液体窒素で焼いてもらった。
来週も来るように言われてしまった。
今日で無罪放免とはならなかった。
皮膚科に行くための家を出るときの畑でトラクターが種蒔きをしていた。
何の種かわからないが、麦だと思う。
引くかから帰ってきたら、ちょうど種蒔きを終えてトラクターが帰るところだった。
当たりはすっかり暗くなっていた。
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