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2020年01月23日 (木) | Edit |
7時の目覚ましで起きて、寝室のカーテンを開けると雨が降っていた。
天気予報どおりの雨だが、例年なら雨ではなく雪になっているはずだ。
朝の雨
ジイ小屋のテラスに黒い猫がいたのでクロリンかと思ったら別の黒猫だった。
窓ガラスをたたいてこちらに注意を向けさせたら、顔が大きくて見慣れたクロリンとはまるで違う顔だった。
全身真っ黒な猫の区別は難しい。
ウォーキングをしているときにも何度か黒猫と出会うが、クロリンだけは名前を呼ぶと可愛い声で鳴くのでクロリンとわかるが、それ以外の猫は知らん顔をするか逃げ出して初めて違う猫とわかる。
朝から雨が降っていたので、O先生に電話をして今日の上田支部の総会のために迎えに行こうとしたが、風邪を引いてしまったので休むとのことだった。
総会終了後新年会の宴会も予定されていたので、副支部長に連絡して1名キャンセルの電話をお店に入れてもらった。
その後支部長から、支部長と次期支部長の二人が電車で会場に行くのに、丁度いい時間の電車がなく、少し遅れるかもしれない、という電話があったので、ジイが車で迎えに行くことにした。
12時半に二人を迎えに行ってその足で会場のささやに向かった。
去年10月の大雨で千曲川に架かる橋が崩落した関係で、渋滞が起きるようになった国道18号を走るので、早めに迎えに行ったが、なぜかあまり渋滞が少なくて、会議の始まる40分前に会場に着いてしまった。
午後1時半から常任委員会を行って、総会の議案について審議したあと、2時半から総会を開催した。
提案した議案はいろいろ意見はあったが全部承認された。
これでジイも庶務として2年間会の運営にかかわることになる。
今までの2年間は庶務の仕事を事務的に補佐する立場だったが、これからは単独の庶務として、事務的なものは一手に引き受けることになりそうだ。
総会終了後、昨年11月の叙勲で紺綬褒章を授与された支部の顧問をしているYさんの講話があった。
長年描き貯めた価値ある作品の数々を上田市や東御市に寄贈したことによるものと思われるが、講話の中で83年の生涯の中で、いくつもの挫折を乗り越える中で絵を描くことが救いになったことを話されていた。
さらに若いときに家業を継ぐために、徒弟制度の厳しかった和食の料理人の修行をしていた時代に、そこで教え込まれたことの一つとして、一流の料理人になるのには、ただ包丁の技術だけではなく、学歴や出自に頼らない、自らの努力で身に付ける幅広い教養や文化的な素養が必要ということを学んだという。
それは絵の道にも通じること、といっているようにジイには感じられた。
講話の後、新年会になり午後6時まで宴会となった。
今回から宴会の参加費が500円値上げになったが、料理はそれ以上の内容によくなっていた。
お店は、講話をしてもらったYさんの経営する宴会場だ・・・。
午後6時に閉会したあと、新旧支部長を乗せて東御市役所まで行って二人を降ろした。
二人とも市役所から近いところに住んでいる。
運転中2度ほどカミちゃんから電話があったので、二人を降ろした後こちらから電話を掛け直したら、接骨院の段差のある廊下用に買ったタイルカーペットを寸法に合わせてカットする道具について相談したいということだった。
どんな様子か聞きたかったので帰りにカミちゃん家に寄った。
買ってきたものは、ジイがイメージしていたタイルカーペットではなく、木目調の表面にフェルトの底が張られたものだった。
倉庫に置いてあったじゅうたんなど切るハサミでは、刃が立たない材質だった。
カミちゃんはカッターナイフで苦労して切ったようだが、効率よくきれいにカットするには普通のノコギリで切るしかなさそうだった。
9時過ぎまでかかってあと数枚を残すところまでやったが、これ以上はカミちゃんも長女もまだ夕食も食べていなかったので明日やることにした。
廊下のカーペット
2020年01月22日 (水) | Edit |
今朝は例年らしい冷え込みとなった。
玄関の温度計の最低気温が、今季初めてマイナス10℃になっていた。
全国的に異常な暖かさで、スキー場の雪不足や天然氷が作れないというニュースが報じられている。
一昨日の大寒では、諏訪湖の御神渡りの状況を伝える報道があったが、例年はこの時期全面結氷か一部結氷しているはずが、湖の淵まで湖水が波打っている様子が映し出されていた。
我が家の裏のため池も同様だったが、今朝の冷え込みで久し振りに全面結氷した。
午後には8℃まで気温が上がったので、一部融け始めていたが・・・。
全面結氷したため池
昼食を食べた後、バアとリハビリウォーキングに出かけた。
午後からは曇りの予報だったが、まだ空は晴れ上がっていて見た目より風もなく暖かかった。
家に着く前に雲が出てきてお日様が隠れるようになってしまったが、1時間15分気分よく歩くことができた。
リハビリウォーキング
リハビリウォーキングから戻った後、丸子のベルプラザに買物に出かけた。
デーツーで、寒さに強い花を買って、大きめの鉢に寄せ植えをしようと思っていたが、この時期花苗は申し訳程度に少しだけ置いてあるだけで、イメージした苗は売られていなかった。
接骨院の玄関横に置いた花台に乗せる花鉢をイメージしているのだが・・・。
目的のものが買えなかったが、マツキヨやツルヤで買い物をして家に戻った。
夜になって、明日の日本水彩上田支部の総会の進行表を作った。
総会の議長用のもの、執行部用のものを作った。
2020年01月21日 (火) | Edit |
昨夜は午前1時に寝たのに、今朝は6時ごろから目が覚めて眠れなくなってしまった。
先週膝に注射を打ってもらってから、夜中にトイレで起きる以外は朝の目覚ましまで目を覚ますことはなかったのだが・・・。
べつに膝が痛くて目を覚ましたわけではないが、今朝はなぜか目が覚めてしまった。
それでも7時までベッドから出なかった。
10時ごろにカミちゃん家のリフォームと接骨院のリフォームをしてくれているKさんが来るというので、カミちゃん家に行った。
Kさんは家を購入した不動産屋さんの夫で、本業はカーテン屋さんらしい。
10時過ぎに行くと、接骨院の玄関にブラインドを取り付けていた。
サンプル品を無償で付けてくれたらしい。
玄関のブラインド
Kさんは、玄関やトイレの改装などの大工仕事も大工さんと一緒にやったりして、少しでも費用を抑えようといろいろ気を遣ってくれていた。
駐車場の整備も、お金のかかるアスファルト舗装はやめて、自分で砕石を取り寄せて敷きならすようアドバイスもしてくれた。
おかげでジイとカミちゃんで慣れない外工事をする羽目になったが、釣り仲間のマイスターと一緒に、ジイ小屋の木工工事や七二会の古民家の修復をやってきたことが、生きたように思う。
もう一つ試供品のブラインドを住居のキッチンにも取り付けてくれたらしいので、後日確認してみよう。
ジイは、廊下の入口の柱に手すりを取り付けた。
手すり
これで接骨院のリフォームはほぼ完了した。
後は廊下の約1㎝の段差をどう解消するか、Kさんからタイルカーペットを敷いたらと提案されている。
この後、住居のほうのガラリの補修をしてもらった。
去年10月越してきて間もなく、台風の後雨漏りが見つかった。
西側の2階部分のガラリから雨が侵入したらしい。
今日はKさんが屋根の登ってガラリを外したところ、ガラリの枠と壁の間に1㎝ほどの隙間ができているのが分かった。
どうやら、ガラリからではなくその隙間から雨水が沁み込んだようだ。
倉庫にあった断熱材で隙間を埋め、ジイが買っておいたコーキング剤で隙間を埋めてもらった。
これで来年以降嵐が来ても心配しないで済むだろう。
雨漏りで2階の壁紙が歪んでしまったのも無償でKさんが張り替えてくれたが、もうそれも再度お願いすることもないことを祈る。
2階のガラリ
お昼前に家に戻って、お昼を食べた後、午後1時に画集の作成を頼まれたSさんの家に行った。
撮影道具一式をもっていき、設営したあと早速撮影を始めた。
はじめの話では東京展に出品した絵を中心に10数枚、と言っていたが、せっかく作るのならなるべくたくさん画集に掲載したらと、先週打ち合わせをした時に話しておいた。
そういう勧めをしたので、用意していた絵を順番に撮影していったら全部で約90点ほどになった。
写真を撮りながら、いい作品ばかりなのでこれを半分に絞るのは難しいのではないか、と思った。
1冊に収められる枚数は13枚、26ページが限度なので、1ページに2~3点を掲載したとして1冊には50点前後だ。
場合によっては2冊セットということもありますよ、と話した。
御主人のほうが画集にすることに積極的なようなのでこの次までによく話し合ってもらうことにした。
全部撮影し打ち合わせを終えて帰宅の途に就いたときには5時を過ぎていた。
家に帰ったあと、カミちゃんから電話で、先日リハビリウォーキングの途中ですれ違って話した人が、いつ開院するのか聞きに来たと報告してきた。
また、数年来ジイのこのブログを読んでいる埼玉の人が、こちらに来るついでに受診しに来るという電話もあったという。
ブログに載せた画像に映っていた接骨院の電話番号を頼りに掛けてきたのだろう。
思いもよらぬところからの受診予告に喜んでいた。
2020年01月20日 (月) | Edit |
朝から晴れて気温は氷点下2℃、最低気温はマイナス5℃になっていた。
ため池の氷は朝のうち半分ほど凍っていたがお昼前には全部融けていた。
今日は立科町の歯科医院に9時15分の予約を入れていたので、9時に家を出た。
車なら10分弱で到着する。予約時間には処置室に呼ばれた。
この歯科医院は予約時間通りに診療が始まるのが何よりだ。
2週間前に壊れていた金属を取り除き、一部歯を削って型を取った。
今日はその型で作った新しい金属をかぶせる治療だ。
この2週間、金属を取った隙間を仮に何かを詰めていたが、削った歯の一部が尖って飛び出ていて、時々食べ物を噛んでいる時に、その尖った歯が頬の内側の肉を噛んで、ずっと口内炎が治らずに今日を迎えた。
新しく金属をかぶせるのに、30分近く調整してようやく歯に納まった。
後から予約で来ていた2,3人が少し待たされたようだ。
これで、口内炎もできなくなるだろう。
10時には家に戻ってくることができたので、バアとリハビリウォーキングにでかけた。
3日間休んだので4日ぶりのウォーキングだ。注射した膝のほうはほとんど痛みが出なかったが、大腿四頭筋や股関節の辺りが久し振りの歩きで時々痛くなった。
それでも整形外科に行く前に比べれば、ほとんど痛みが収まったと言える状態だ。
1時間ほど歩いて家に戻った。
リハビリウォーキング
午後は、カミちゃん家に行って、接骨院のエントランスの花台の塗装をした。
色は、木柵と似たようなこげ茶のニスがあったのでそれを塗った。
看板も着いたので、開院は今月28日という張り紙が入口のガラス戸に張ってあった。
曜日が違っているのが気になるな・・・。
花台 張り紙
古い家なので、離れの建物の近くに、深さ7,80㎝のムロがあったが、そのムロの板の蓋が腐って落ちそうになっていたので、その上に合板を乗せて、落ちないようにした。
接骨院に来るお客さんの中で、小さな子供が建物の周りを遊び歩いて、ムロに転落でもしたら大変だ。案内看板の杭などを作った。
行っている間、長女夫妻は買物に出かけて留守だったので、4時過ぎに家に戻った。
夜は、23日の上田支部の総会の資料を印刷した。
約300枚刷ったので刷り終わったら夜中になっていた。
2020年01月19日 (日) | Edit |
朝起きて寝室のカーテンを開けると、出たばかりの太陽の光線が目に入って眩しかった。
こんな日は放射冷却でぐっと冷え込むはずだが、今年はなぜか気温はそれほど下がっていなかった。
朝食の後の片づけや家の掃除をしたりしていたら、出かける時間になってしまったので、今日も歩くことはできなかった。
10時半に家を出て、東御美術会の総会が行われる市役所の隣にある平安閣というところに行った。
11時から総会が行われ、いくつかの議題が話し合われた。
中でも今年度の予算の根幹となる年会費について、従来の5,000円から6,000円に引き上げる案が出された。
昨年は、会員や元会員が4人亡くなり、その香典など臨時的な支出が多くて、毎年同額程度の繰越金があったのに、今年度の繰越金が大幅に減ってしまった。
今年度も、会員の高齢化と減少に歯止めがかからないので、会を維持していくには年会費を上げざるを得ない状況のようだ。
こうなるとますます会員が減少し、収入も少なくなる負の連鎖が続くことになる。
今年度は会の70周年記念事業を行う年でもあり、記念誌も発行する準備を始めているが、この先も会を維持していくためには、この会ではまだ若手の?ジイたちが踏ん張らなくてはいけないようだ。
1時間で終わる予定が20分オーバーして終了した。
そのあとは同じ会場で新年会となった。
今日は、年末の納会でお酒を飲んだばかりなので、お酒は飲まずに食事を楽しむことにしていたので、会場まで車で行っていた。
2時まで宴会を楽しんだ後、家に戻った。
帰ったら、バアとリハビリウォーキングに行くつもりでいたが、バアは一人で歩いてしまっていた。
ちょうど全国都道府県対抗駅伝の最終区を長野がトップで走っているところだったので、そのままテレビを見続けた。
埼玉代表の設楽選手に追い越されるかと思ったが、佐久長聖出身で早大の箱根の1区を走った選手が頑張ってトップを譲らず、そのままゴールインした。
思わず拍手をしてしまった。すっかり埼玉より長野のほうに応援する力が入っていた。
いつの間にかジイも信州人になり切っているようだ・・・。
2020年01月18日 (土) | Edit |
昨日は阪神淡路大震災から25年の節目の日だった。
在職中だった当時、仕事を言い訳に何も支援できなかった反省として、少なくてもこの大震災をしっかり記憶にとどめておこう、と思ったはずだった。
その後の2011年の3.11東日本大震災に圧倒され、阪神淡路大震災の影が薄くなるような錯覚もしていた。
大きな被害を自分のこととして受け止めるなどと、偉そうなことを言ったところで、実際に家族を失い、家や財産を失った人に寄り添えない弱さを告白するしかない・・・。
今日は、朝から曇り空で景色は寒々しいが、気温はマイナス1℃でそれほど冷えていなかったが、日中薄日が射す時間帯もあったが、ほとんど曇り空で気温が上がらなかった。
午前中、冷蔵庫の中身が空いてきたので、上田に買物に出かけた。
上田に行く前にカミちゃん家の接骨院に看板が付いたので、それを見に行った。
道路際に建てられた看板を見て、いよいよ開業が近づいたことを実感した。
今月28日に開院することも決まったようだ。
接骨院の看板① 接骨院の看板②
上田の買物ではまずカインズで猫ご飯などを買ったあと、アリオに行って自分たちの食料品を買い込んできた。
土曜日のハッピーデーなので子供連れのお客さんが多かった。
買物かご2個にいっぱいになるほど買物をした。
午後からは、天気が良ければリハビリウォーキングでもするのだが、曇って寒そうだったので、リハビリウォーキングはやめてこたつに入ってのんびり過ごした。
これで2日リハビリウォーキングは休止中だ。
2020年01月17日 (金) | Edit |
今朝もマイナス5℃と、昨日に続き例年に近い冷え込みとなった。
本当の冷え込みはこんなものではないが・・・。
いつもより30分早く起き早めの朝食のあと、佐久平水彩画研究会の例会に出席するために出かけた。
今日の講師のU先生は、長野市から新幹線で佐久平まで来るので、会員が迎えに行って、会場の創錬センターまで乗せてくる。
9時から例会は始まるが、先生が到着するまでの30分間ほど、会長を中心に話し合う。
今年3月までに二人がそれぞれ事情があって退会するという報告があった。
ジイは、この会では新参者だが、どこでも会員の高齢化と新しい人が来ないことで会員が減少し、会の維持が困難になっている。
新しい人が入ってこない問題の背景には、政府が進める働き方改革がある。
年金支給開始年齢の引き上げに伴い、ジイたち団塊の世代の後の人たちは、少なくても65歳までは何らかの形で就労し、賃金を受けなければ生活できなくなっている。
ジイの場合は、地方公務員だったので定年退職と同時に共済年金が支給され、国民年金だけ63才になって支給される形だったので、実質2年半貯金を食いつぶさなければならなかったが、その後は年金を満額受給できるようになって、身の丈に応じた生活ができるようになった。
その結果が田舎暮らしだった。
しかし、ジイが退職した5年後ぐらいからは、共済年金も国民年金も65才になるまで支給されなくなっている。
団塊世代は全共闘世代ともいわれ、その後の世代は「しらけ世代」と言われたものだが、支給開始年齢が65才になって年金がようやく受給できるようなった世代は、このしらけ世代とも符合する。
大方の人が、こんな年になっていまさら絵なんか描いている暇なんかあるか、と思っているのかもしれない。
東御市の生涯学習は、各地区の公民館を中心として比較的活発に活動してきたほうだが、ここ数年絵画だけでなく様々なジャンルの活動が全体的に衰退してきているという。
9時半からU先生の講話が1時間あったあと、今日の参加者が持参した作品の講評が始まった。
ジイのように今年の東京展に出品する作品を持参した人は、12人のうち二人ほどで、これから描き始めるためのデッサンや、10号程度の大きさのもの数枚から、どれをモチーフに出品作品を描いていくかをアドバイスしてもらう人が数人で、それ以外の半数以上の人は、東京に出すことは考えていなくて、日ごろ描いている作品について講評してもらっていた。
お昼をはさんで午後2時半までやって全員の講評が終わり、閉会となった。
作品講評
研究会の帰りに佐久の野沢整形外科に寄った。
朝起きてしばらくと、夜寝ているときに膝が痛くなる時があるので、我慢できない痛さではないが何か対処の方法があるか、聞いておきたかった。
先生の見立てでは、半月板損傷と変形性膝関節症の合併症なので、痛みが完全に消えてなくなるということはないそうだ。
痛みが出るたびに、ステロイドやヒアルロン酸の注射を打って様子をみるか、痛みが我慢できなければ外科的な手術をするしかない、ということだった。
最初に見てもらったときから半月板損傷に根本的治癒はないと言われていたが・・・。
しばらくは痛みとどう付き合っていくか考えるしかないか・・・。
今日はその注射を打ってもらって帰宅した。
2020年01月16日 (木) | Edit |
きょうも午前中は晴れた。
マイナス6℃まで冷えてため池も3分の2ほど薄い氷が張っていたが、お昼すぐには全部融けていた。
午後からは天気が悪くなりそうだったので、今日も午前10時半からリハビリウォーキングに出かけた。
二人とも今日は歩き始めから調子がよく、1時間20分歩いた。
歩いている途中、田んぼの南側の土手にタンポポが一輪咲いているのを見つけた。
3月になると三寒四温で暖かい日が続くとタンポポを見かけるが、1月の中旬に見るのは珍しい。
植物にも人間にもどんな厳しい環境でも生き抜く強いのがいるようだ。
とてもその強い中に自分が属しているとは思えないが・・・。
リハビリウォーキング タンポポ
天気予報どおり家に戻ってお昼を食べ始めるころには空が曇ってきた。
午後からはジイ小屋で、50号の絵の続きを描いた。
まだ完成度から言えば50%程度だが、今日までの状態で明日の佐久平水彩画研究会に持って行くことにした。
これで指導してくれるU先生はじめ、研究会のメンバーの意見や感想を聞いて、さらに描き進めていくつもりだ。
今日の絵
夕方長女からLINEで接骨院の折り込みチラシと、看板の一部の画像が送られてきた。
開院は今月の28日にしたそうだ。
往診、送迎用にクルマにも看板がついた。
接骨院のエントランスも看板が付いてそれらしい雰囲気になった。
チラシ 車の看板 エントランス
2020年01月15日 (水) | Edit |
朝起きると家の前の畑が白くなっていた。
寝ている夜中に降ったのか、その雪も家の庭には残っていなかった。
朝には雨に変わって融けてしまったようだ。
朝の雪
朝食を食べ終わるころには日が差してきて、畑から湯気が立ち上っていた。
昨日は水墨画のような霧氷、今日は湯気が立ち上る風景といろいろ楽しませてくれる。
畑から湯気
10時ごろにはすっかり青空が広がって風もなかったので、リハビリウォーキングに出かけた。
歩き始めはお日様を受けて、まるで春先のようなポカポカ陽気だった。
ちょうど1時間歩いて家に戻った。
リハビリウォーキング
今日は午後2時から長女夫妻がヤマちゃん夫妻を新居のお披露目に招待するというので、お相伴に預かった。
出かけようとしたら、午前中晴れ上がっていた空に黒い雲がかかり、風が吹いてきてあられが降り始めた。
雨でも雪でもないアラレだった。こんな冬の時期にこれも珍しい。
カミちゃん家についてしばらくすると雨雲が通り過ぎてまた青空が出てきた。
着いてすぐ住居のほうの見学をした。
近所なので外観は見ているだろうが、ヤマちゃん夫妻が家の中に入るのは初めてだ。
改めてみると柱や建具、欄間、天井など和風住宅としては贅を尽くした材料が使われていた。
築30年を過ぎているが、ガタは来ていない。
昔の住宅なので気密性は不十分で、寒い時期の底冷えはいかんともし難いが・・・。
接骨院のほうも見学した。ちょうど玄関のガラス戸も素通しのガラスに入れ替える工事もしていた。
片づけも進んで診療施設らしい雰囲気になっていた。
あと開院までの準備で残っているのは、看板の取り付けと玄関のカーテン、広告の配布ぐらいか・・・。
接骨院の再開への背中を押したジイとしては、ぜひこちらでも成功して欲しいと願っている。
2020年01月14日 (火) | Edit |
朝起きると外は濃い霧に包まれていた。
バアが猫に朝ご飯をやって戻ってきて、黒猫のクロリンの背中が粉を振ったように白くなっていると言った。
霧が顔に当たって氷粒のように感じるともいう。
外を見たら、先ほどまでの霧が、粉雪のようになって木の枝先に降り積もってきていた。
ナンテンの赤い実が、シュガーパウダーを振りかけられているようだった。
ドウダンツツジも白いペンキを吹き付けたようになっていた。
ナンテンの実 ドウダンツツジ
長野に暮らし始めて10年以上になったが、霧氷のできるさまを間近に見たのは初めてだ。
気温はマイナス4℃と、例年よりは寒くない。
温度計
やがて日が当たり始めて霧が消えかけたが、幻想的な風景になった。
一眼レフを取り出して写真に撮った。これは風景画を描く画題になりそうだ・・・。
霧氷の景色① 霧氷の景色②
以前に上田支部や彩明会で一緒に描いていたSさんという高齢の女性から、以前にIさんに頼まれて作った画集と同じようなものを自分にも作って欲しいと頼まれていたので、今日10時に自宅まで行って打ち合わせをした。
80代後半になりそろそろ終活の一環として、描いてきた作品を処分する前に画集として残したい、ということだった。
そんな頼みなのでむげに断るわけにもいかない。
すでに退会したが、日本水彩画会の会友だった人なので、東京展に出品していた作品も多数あったが、遠慮して10数点の作品を収録したい、といっていたので、絵のサイズに関係なく40点ぐらいは収録するように勧めた。
ブドウの巨峰などを作っている農家のかたなので、ブドウを画題としたものをはじめ、アジサイなどの花を描いた静物画中心の作品がほとんどだ。
ジイも一緒に描いているときに、ブドウの描き方など参考にさせてもらった記憶がある。
来週写真を撮りに行き、編集の仕方を打ち合わせして、2月末ぐらいに20部を完成させることにした。
Iさんの時は初めてのことで試行錯誤を続け失敗も多かったが、今度はその経験を生かせることができるだろう。
お昼前に家に戻ってきたときには、朝の霧氷の風景は何事もなかったかのように消え去っていた。
午後から、曇っていたが風もなくあまり寒くなかったので、リハビリウォーキングに出かけた。
歩いている途中でまた昨日の二人組と出会った。
しばし、立ち話をしていたら、何と娘さんが上尾に住んでいるとのことだった。
接骨院の開業も楽しみに待っているとのこと、これで二人の受診者が確保された?
リハビリウォーキング
家に戻ったあとは、昨日に続きジイ小屋で絵の続きを描いた。
最初の構図から少し手直しをした。まだ、彩色が少ないので修正はいくらでもできる。
17日の佐久平水彩画研究会で指導してもらう前にもう少し全体的な色彩をしっかりつけておいきたい・・・。
今日の絵
2020年01月13日 (月) | Edit |
今朝は再び青空になっていた。冷え込みはマイナス5℃ほどでたいしたことはない。
ため池の3分の2が凍っていたがそれも午後には全部溶けてしまった。
朝食の後、家の中の掃除をしてから、立科町のツルヤに買物に出かけた。
朝食用の卵やレタス、ヨーグルト、バナナなどが切れかけていた。
すぐに必要になる食材は家から一番近い立科町のツルヤに買いに行くようにしている。
一番近いといっても車で10分、約6㎞の距離があるが・・・。
昼食の後は、リハビリウォーキングに出かけた。
昨日は歩くのを休んだので、今日は歩き始めにバアは足が固まっているといっていた。
ジイは歩き始めこそ調子が良かったが、下り坂になったら少し膝に痛みが出た。
やはり毎日少しでも歩くのが肝心か?
陽が射して歩き始めはポカポカ陽気で気分よく歩いていたが、途中から太陽が雲に隠れた途端に涼しくなってしまった。
歩いている途中で最近時々行き違う二人連れの女性が声をかけてきた。
カミちゃん家の以前の住人の名前を出して、そこに越してきた人かと尋ねられた。
そこは娘夫婦が購入して住み始めたこと、近々接骨院を開業する予定だと言ったら、開業したら一番で受診しに行くと言っていた。肩や腕が痛くて、田中駅のほうの接骨院に通っているらしい。
住まいを聞くと同じ町内会で、バアが保健補導員としてお手伝いしている地区のいきいきサロンの参加者のようで、バアの顔に見覚えがあると言っていた。
こういう人たちが潜在的な通院者として、接骨院に来院してくれるようになればカミちゃんもやりがいがあるというものだ。
今日も1時間以上のウォーキングをして家に戻った。
家の入口のシデコブシの花芽が少し膨らんできているように見えた。
リハビリウォーキング シデコブシの花芽
一休みしたあと、ジイ小屋で昨日から始めた50号の絵の彩色に着手した。
今年の年賀状の絵に使ったのと同じ構図で、初めて描くわけではないので、絵の具もどんな色を使ったか、混色をどのようにしたか多少覚えている。
あまり迷わず最初の下塗りを終えた。
今日の絵
2020年01月12日 (日) | Edit |
今日は朝から一日曇り空だった。
午前中、ジイ小屋で絵を描く準備をした。年が明けてから最初になる。
昨日の彩明会が描き初めになると思ったのだが・・・。
東京展に出す絵の候補の一つとして、去年上田支部展に白馬の雪景色の絵を、改めてFの50号のサイズで描き直すつもりで画用紙も準備した。
今の50号用の額は、Fではなく風景画によく使われるP用に作ってもらったものなので、長辺は同じだが、短辺が10㎝強短い。
絵の4辺を囲むマット紙をカットすれば、多少画面は小さくなるがなんとかなりそうだ。
マット紙を45℃の角度をつけてカットする道具は、先月東京に行ったときに世界堂で買ってきてある。
新しく額を画材屋さんに頼むと数万円はかかる。
午前中は、画用紙にメッシュの区割り線を入れるだけで終わった。
お昼を食べた後、カミちゃん家に座椅子や座布団を運んだ。
長女夫妻が越してきてから、引っ越しの片づけや接骨院の準備など慌ただしく新年を迎えたが、ようやく落ち着いてきたので、あらためてヤマちゃん夫妻に家のお披露目をすることになった。
一昨日その時に使うコタツとコタツ布団を運んだが、今日は残っていた座椅子などを運んだ。
カミちゃん家に行ったついでに、接骨院の入口の市道に接しているレンギョウの花壇と道路の間に木柵を植えこむ作業をした。
北側の日陰の部分なので、年末の冷え込みで土が凍っていたが、年が明けてから好天と高温が続いていたので、土が融けて軟らかくなっていた。
1時間ほどで作業が終わった。
今月下旬には開業するそうだが、これでジイが頼まれていたことはひとまず終了したので、ホッとした。
接骨院入口① 接骨院入口②
家に戻った後、ジイ小屋でデッサンを始めた。
縦構図でF50号だとイーゼルに立てると上辺がかなり高い位置になる。
背伸びをするようにしないと手が届かない。
17日の佐久平水彩画研究会の例会までに、彩色してある程度の仕上がりの状態で、長野から来る先生に見てもらうつもりなので忙しい。
デッサンを始めた
2020年01月11日 (土) | Edit |
今朝は最低気温がマイナス6℃まで下がっていた。ため池は半分ほど凍っていた。
今日は彩明会の総会があるので、8時15分に家を出たがその時の外気温はマイナス4℃だった。
先月の納会の際は、O先生の送迎の連絡を前日だけして当日迎えに行ったら、忘れていて急遽欠席となった。
そのあと、先生が思い直して歩いて1時間はかかる祢津公民館まで、歩いてきて玄関前で転び大けがをしてしまった。
そんなことがあったので、昨日電話で連絡したあと、今朝も7時過ぎに電話をして迎えに行くことを伝えた。
やはり忘れていた様子だった。
8時半にO先生の家に行き、車に乗せて祢津公民館まで一緒に行った。
先生の家から祢津公民館までは、浅間山系の山裾をずっと登っていく坂道だ。
よくこんな急坂を登ってきたものだと感心した。
先月は、歩いている途中で一度休んだと言っていたが・・・。
総会では、今後の会の存続、運営について話し合われた。
O先生が、会の出席を継続したいという意思表示をしたので、存続は他に異議なく決定された。
4月から11月の外での写生場所については、市内及び近隣に限定して運転者の負担を軽減するようになった。
具体的な写生場所は、翌月の場所を毎回話って決めることにした。
年1回行っている会員展も、その都度翌年どうするか話し合って決めることとし、とりあえず来年度は実施することになった。
みんな長い先のことまで決められる状況ではなくなっている。
1年前の月始めに会場の予約をしなければならないので来年のことだけは決めた。
来月の会員展の準備についても話し合ったので、会議が終わったのは11時半近くになってしまった。
今時間から絵を描くのはさすがに無理なので、早めの昼食になった。
近くのスーパーから取り寄せた仕出し寿司を食べた。
昨夜イワナ・ヤマメの甘露煮を作ったので、それをみんなに食べてもらった。
甘露煮
12時半に解散したあと、O先生を自宅まで送り、帰りに上田支部の支部長、庶務の家に総会資料を届けてから家に戻った。
午後1時前に帰ったのでバアが驚いていた。
長女夫妻も来ていて一緒にお昼を食べていた。
長女夫妻が帰った後、リハビリウォーキングに出かけた。
歩き始めた時には、南風が背中を押してくれたので上り坂も楽に感じた。
朝出かけるときはマイナス4℃だった気温も10℃以上まで上がって、歩いている途中で汗ばむほどだった。
家の戻るころには向かい風になるはずの南風が止んで無風状態だった。1時間10分歩いた。
リハビリウォーキング
2020年01月10日 (金) | Edit |
今朝も冷え込みが弱く、起きた時は氷点下にはなっていなかった。
この時期裏のため池が凍っていることが多いのだが、今季はまだ全面結氷したのが二度だけ、それもすぐ融けてしまい、今は部分結氷もしていない。
気候変動が加速していることは否めない。
グレタ・トゥンベリさんに言われるまでもなく、国も世界も本気で脱CO2に取り組まなければいけない。
午前中、郵便局に行って彩明会の会員展の招待状を郵送した。
私製ハガキに切手を貼って出したが、最近はシール状の切手を売っているので、それなら水に浸けたり舌で舐めたりしなくても簡単に貼れる。
ついでに7日を過ぎてからこちらから出していなかった人から届いた年賀状への返信の年賀状も出した。
こういう時のために5枚ほど余分に年賀ハガキを買っておいてよかった。
午前中から午後にかけて、明日の彩明会の総会資料を印刷した。
会員が一番多かった時期から比べると半分に減ってしまったので、印刷する部数は少ないが、印刷する手間は同じように掛かる。
夕方から、マスコミ、ミニコミなどの報道機関にファックスで、会員展の案内を送った。
毎年のことだが、それぞれ会員展に近い発行日に掲載してくれたり、開会中に取材に来て会員展の模様を記事にしてくれたりする。
その記事を見て、会員展に来てくれる人もいるので貴重だ。
今日も午後1時過ぎからリハビリウォーキングに出かけた。
天気もいいし、寒さもきつくないので、歩き始めるときに躊躇しない。
元旦から今日までリハビリウォーキングを休んだのは一日だけだ。
歩いている途中で、綿を植えている畑があった。
昔はこれから木綿の糸を紡いで、生地を織ったり綿として使ったりしたのだが・・・。
最近はほとんど見ることがなくなった光景だ。
リハビリウォーキング 木綿① 木綿②
2020年01月09日 (木) | Edit |
朝起きたら掛布団が半分ベッドから落ちていた。
夜中の室温が高かったようだ。朝までの最低気温が氷点下にもなっていなかった。
上田支部の支部長から、今月23日の総会に向けて、今日の10時から議案などのすり合わせをしたいというので、打ち合わせの場所になっている文化会館に行った。
支部長と庶務のMさんとジイの3人だ。
一番の懸案だった支部長の交代については、現支部長が二人目の副支部長として主に対外的な対応を補佐するという形で、話がついたようだ。
それ以外の内容については、先月の常任委員会で事前の検討をしていた内容で総会の資料を作成することになった。
11時45分に打ち合わせを終わって家に帰った。
お昼を食べた後、バアとリハビリウォーキングに出かけた。
少し風があったので、比較的風の吹かない立科町の市道を往復して、ちょうど1時間のコースを歩いた。
右膝のほうは、やはり下り坂を歩くときに少し痛みが走るので、下り坂を歩いているときはバアが前に、上り坂になると膝への負担がないので、今度はジイが前を歩くような状態だ。
ただ、今季は寒さが例年より弱いので、毎日のように歩けるのが幸いだ。
膝周りの筋肉が強化されれば、膝の痛みも弱くなるだろう。
今はその膝周りの筋肉に負担をかけているために起きている筋肉痛のような気もしている。
リハビリウォーキング
夕方から、今日打ち合わせしたことを忘れてしまう前に、総会の資料を全部作り直し、ページなども入れて、あとは印刷すればいいだけにした。
とりあえず支部長と庶務に事前に校正してもらうため、2部だけ印刷した。
2020年01月08日 (水) | Edit |
昨日の雪は夜のうち止み、明け方からは雨になっていた。
気温は異常に高かった。午前11時ごろには雨も止んで青空が広がった。
晴れ間
午後には気温が14℃まで上がった。例年の5月初めの気温だという。
午前中早めに買物に行くつもりだったが、雨が降っていたので、午後から行くことにした。
お昼を食べた後、午後からは風が強くなるという予報だったので、買物に行く前にリハビリウォーキングに出かけた。
いつもなら防寒着をしっかり着こんで出かけるが、今日は春先のコートを着て出かけた。
それでも途中から汗ばむほどだった。
下着に極暖の生地のものを着ていたせいもあるが・・・。
ちょうど1時間歩いて家に戻った。
リハビリウォーキング
その後すぐに上田に買物に出かけた。
カインズホームで接骨院の入口の砂利と木杭を買った後、アリオで食料品を買った。
お正月に飲んだお酒やワインのボトルをはじめトレイやペットボトルなどリサイクルに出す資源物もたまっていたので出してきた。
買物の帰りにカミちゃん家に寄って、入口前に買ってきた砂利を敷いた。
大晦日に敷いたが砂利が足りなかった。
木杭は、市道との境に植えてあるレンギョウの周りを、植えこむためのものだ。
また時間があるときにやりに来るつもりだ。
作業が終わって一息ついていたら、リハビリウォーキングの間見えていた浅間山系に雨雲がかかって、その上に虹が出ていた。
よく見たら二重に虹がかかっていた。
ここからは、虹の端から端まで180度見える。
スマホのカメラでは全部入れられなかったが・・・。
接骨院の入口 虹
津久井やまゆり園の事件の裁判が3年半を経てようやく始まった。
改定後まもなく被告の不規則行動による退廷まであって、はじめから荒れた裁判となってしまった。
被告の刑事責任能力の有無が裁判の焦点になりそうだが、それはこの問題の本質ではない。
障碍者を一個の人間として見るのではなく、経済的な有用性や生産性など特定の価値観だけで見てしまう偏った価値観をどう抉っていくができるかがこの裁判の重要なポイントだ。
3月には判決を出す予定のようだが、拙速な結論を出さずにじっくり審理して欲しい。
2020年01月07日 (火) | Edit |
今朝7時に起きて朝食の準備をした後、7時半ごろ今年最初の可燃ごみを出しにステーションまで行った。
外に出て東の空を見たら今まで見たこともないような雲に覆われていた。
昨日の夕方の雲もおかしな形だったが、秋の空によく見かけるうろこ雲とも違う。
調べたらひつじ雲(高積雲)らしいが、真冬の今時に出るのがめずらしいようだ。
夕方のローカルニュースでも取り上げられていた。
ひつじ雲① ひつじ雲② ひつじ雲③
午後から雨か雪の予報になっていたので、10時過ぎにリハビリウォーキングに出かけた。
気温は3℃ほどで低かったが、風がなかったので昨日より寒さは弱く感じた。
歩いている途中で身体の中が熱く感じるほどだった。
八重原台地の一番高いところまで足を延ばした。
ひつじ雲が出るような湿度の高い大気のせいか、昨日までのスッキリ晴れ渡って見える景色ではないが、浅間山系はよく見えた。
今日も1時間を超えて歩いた。
リハビリウォーキング 八重原台地
午後は、彩明会の会員展の案内ハガキを100枚印刷し、市長はじめ行政機関や文化協会絵画部会の関係者への宛名印刷をした。
先日作った総会資料の修正をした。
昨日ベイシアで会ったAさんと話し合って変更した部分を修正した。
午後2時ごろから、予報通り雪が降りだした。
ボタン雪で地上に落ちるとすぐ融けてしまうので、夕方までの間白く積もることはなかった。
夜になると雪は止んでしまった。
午後の雪
2020年01月06日 (月) | Edit |
今朝の冷え込みはマイナス2℃とそれほどでもなかった。
本当の寒さを経験していない長女夫妻は、このぐらいなら暮らしていけるといっていた。
ただ長女は職場の同僚にも、長野の寒さはこんなもんじゃない、といわれているようだ。
晴れてはいたが1日北風が吹いていて気温は3℃までしか上がらなかった。
ため池が今年は結氷してもすぐ融けてしまう。
ため池と浅間
ジイは9時に歯医者の予約をしていたので、10分前に家を出て歯科医院に行った。
5分前に着くと待合室に3人いたので、これは待たされるだろうと、持って行ったタブレットで週刊誌を読み始めると、待合室にいる他の3人を差し置いて治療室に呼ばれた。
待合室にいた人たちは8時半からの開院ですでに治療を終わって会計を待っている人たちだったらしい。
上尾にいるときは、歩いて5分のところにある口コミで評判の歯科医院だったので、予約をしていてもいつも混んでいて30分や1時間待たされるのは当たり前だった。
こちらは、予約している時間にほとんど待たされずに治療が始まるので、評判や技術はともかく待たなくてもすぐにやってくれるのでそれだけでも満足している。
今日はかぶせてあった金属の一部が欠けてしまっていたので、その金属を全部取り除く治療だった。
はじめに麻酔を打たれ、それが効いてくるまでの間上の歯の歯垢を取り除いてもらった。
金属を取り除いた後型を取り、その後は次の治療日までの仮の詰め物をして治療が終わった。
家に戻った後、市の広報に掲載してもらう原稿を持って市役所に行った。
2月中旬に発行するお知らせ版に掲載してもらうつもりだったが、2月18日から開催する内容だと、2月1日号の広報に掲載する必要があるとのこと、すでに編集が進んでいるので空きスペースがあるか担当者から後で連絡してくれるとのことだった。
発行の2か月前には申請するように言われているが、もう1か月を切っているので果たして掲載してもらえるか心配だ。
市役所へ行った後ベイシアに買物に行ったら、彩明会の副会長兼会計のAさんとばったり会った。
ちょうど相談したいこともあったのでナイスタイミングだった。
昼食のあと、午後1時前からリハビリウォーキングに出かけた。
朝から北風が強かったので少し迷ったが、歩くことにした。
風の吹き抜けない地形のところを選んで約1時間歩いて家に戻ってきた。
リハビリウォーキング
家の近くまで来ると風を感じた。
我が家の周辺は冬から春にかけて風の通り道になる。
リハビリウォーキングから帰った後、しばらく休んでからカミちゃん家から運んできたレンギョウを植えた。
運んでから半月以上経ってしまったので、根付くかどうかわからないが・・・・。
レンギョウ
夕方日没になるころ、西の空が雲でおどろおどろしい風景となった。
夕暮れ

2020年01月05日 (日) | Edit |
昨夜12時ごろ寝る前に外を見たら、雪が積もっていた。
音もなく降るので、気が付かなかった。
見た時は星も出ていたので、降り終わった後のようだった。
今朝起きて改めてみると、雪は2センチほどで雪かきするような量ではなかったが、表面が凍っていて歩くと滑りそうだった。
今日も晴れていたので日が当たるところからどんどん融けて、午後にはほとんど日陰のところ以外は融けてなくなった。
朝の雪景色
午前中は風が強く気温はあまり上がらなかったので、リハビリウォーキングは見合わせた。
午後2時前に長女夫妻が新幹線で戻ってくると連絡があったので上田駅まで迎えに行った。
上田駅は、帰省していた人たちが首都圏へ戻る人たちでごった返していた。
二人はその逆なので、空いた電車で戻ってきた。
帰りは指定席を取って座ってきたそうだが、自由席でも座れたのではないかと言っていた。
我が家に寄って、カミちゃんのお母さんのお土産のロールケーキをいただきながらお茶をした。
二人を自宅まで送った後、歩くことも考えたが気温が下がり始めていたので、今日は元旦から続けてきたリハビリウォーキングを休むことにした。
夕方から夜にかけて、今週末の彩明会の総会の資料を作成した。
先月の納会の日に、今後の会の存続について話し合う予定だったが、顧問の先生の怪我でごたごたして話し合えなかった。
今年度については、会の存続を前提として年間の事業計画などを提案することにした。
来月の会員展についても、会員数が減少している中でそれぞれ何点出品するか、絵の大きさをどこまでにするかなど決めなければいけないことがまだ決まっていない。
明日は市の広報担当に、会員展の開催の案内記事を掲載してもらうに依頼に行ってこなければならないので、その原稿も作成した。
まだおとそ気分が抜けない3日に、トランプ政権がイランの革命防衛軍ソレイマニ司令官を無人機で殺害した、というニュースが全世界を震撼させた。。
踏んではいけないトラの尾を踏んでしまった。
これで中東の混迷がますます深まり、戦争の泥沼から抜けられなくなる懸念がぬぐえなくなった。
アメリカはとんでもない人を大統領に選んでしまったものだ。
それにしてもこんな時にゴルフ三昧で、何のコメントも出せない日本の首相も同じようなものだ。
中東に自衛隊の艦船を国会にもかけずに派兵してしまうのだから・・・。
2020年01月04日 (土) | Edit |
長女夫妻が上尾に新幹線で行くのを、上田駅まで送るため朝6時に起きた。
家を出るまで時間があったので、2階の窓から赤くなった東の空を撮った。
まだ日の出にはなっていなかったが空はだいぶ明るくなっていた。
朝焼け
カミちゃん家に行って、二人を乗せ上田駅に向かった。
さすがにまだ9連休中なので道路は空いていて、発車時刻の20分前に上田駅に着いた。
家に戻ってきた時間がちょうど発車時刻だった。
もう帰省客で新幹線も混み合ってきているとニュースで言っていたが、長野始発の北陸新幹線はまだ自由席もガラガラで難なく座れたそうだ。
バアが朝食の支度を整えておいてくれたので、帰宅してすぐに食べることができた。
朝食の後は、テレビを見ながらいつの間にか1時間ほど居眠りしてしまった。
三が日はいつも通り7時ごろに起き、夜は遅くまでテレビを見た後ブログを書くので、12時前に寝たことがなく、寝不足状態だった。
お昼は、おせちの残りを食べた。
これで新年のおせちは少し残したが食べ終わった。
体重は1キロほど重くなった。
午後は、また1時過ぎにリハビリウォーキングに出かけた。
元旦から毎日歩いていて、今日が一番風が強かったが、立科町の町道を歩くとその風が地形の関係であまり感じられないので、寒さはあまり感ぜずに歩くことができた。
リハビリウォーキング
次女からのラインで、飼い猫のじゅんちゃんが本の表紙になった画像が送られてきてびっくりした。
小学館のアプリで写真を張り付けて編集できるものがあるらしい。
何が本当かわからない情報があふれる時代だ。
ネコの本
2020年01月03日 (金) | Edit |
朝のうち曇っていたが、10時ごろには青空が出始めた。
12時前に外に出ると、西の空はすっきりとした青空で、山並みがきれいに見えた。
晴れ間
朝食は普段の食事に戻した。
朝食を食べ始めるころには、箱根駅伝の復路もスタートした。
青山学院大学の選手の布陣は盤石で、他大学に付け入るスキを与えなかった。
昨年の覇者東海大学には、佐久長聖高校の監督をしていた両角さんが監督をしている関係で、佐久長聖高校出身の学生が多い。
それだけのことで、どちらかといえば東海大学に肩入れしてみていたのだが・・・。
ジイが若いときの常連校や強豪校が今や10位以内のシード権を確保することが難しくなっている姿を見ると、時代の移ろいを感じてしまう。
私大などは、能力の高い学生を特別枠で入学させて、チーム力の強化を図っているのだろう。
少子化の時代、大学も生き残るためには知名度を上げなければならない。
そんな中で国立の筑波大学が26年ぶりの出場ということで注目してみていたが、やはり壁は高かった。
夜勤明けでお昼ごろ長女夫妻が新年のあいさつにやってきた。
長女の職業がら年末年始に彼らが我が家に来るのは、埼玉にいるころからまれだった。
我々が長野に来てからは初めてのことだ。ささやかな我が家のおせちを喜んで食べてくれた。
長女にとってはずいぶん昔の懐かしい味だったに違いない。
果たしてカミチャンの口にあったかどうか・・・。
明日は朝早く埼玉にいるカミちゃんのお母さんのところへ行くというので、2時間ほどで家に帰った。
そのあとは、天気も良かったのでリハビリウォーキングに出かけた。
正月三が日はずっと晴れて空気も澄んでいた。
おかげで3日間ずっと気分よく歩くことができた。
2020年01月02日 (木) | Edit |
今朝も快晴の朝になった。家の前の畑が霜で白くなっていた。
最低気温がマイナス6℃なので、それほど寒さが厳しいというわけではない。
箱根駅伝のスタートが7時だと思って、7時の目覚ましですぐに起きてテレビをつけたが、8時のスタートとわかってゆっくり朝食をとることにした。
おせち料理のほかに、生野菜も食べた。
健康を維持するためには、食生活に気を付けなければいけない。
高価な美食を好む人もいるが、経済的にそれを許されないわが身にとっては、質素でも健康にいい食べ物を選ぶことしかない。
朝食の後は、しばらく箱根駅伝をみながら、小屋裏にしまっていたコタツとコタツ布団を出し、布団をデッキで干した。
カミちゃん家で来客用にこたつを使うというので、引っ越してからほとんど使わずにしまってあったものだ。
午後1時からリハビリウォーキングに出かけた。
昨日も今日も天気が良く、日中の気温も上がって歩くのに寒くはない。
久し振りに、立科町の十八塚リンゴ園のほうまで足を延ばした。
去年の今日は朝雪が降っていたが、今年は晴天続きだ。
十八塚リンゴ園は、去年の台風の風でリンゴの落果が多く、収穫が大きく減少したらしい。
同じ立科町でもジイがいつも買っている鷹野林檎園は大きな収穫減はなかったようだが・・・。
リハビリウォーキング
3時にお隣のヤマちゃん夫妻が来訪した。
毎年新年のご挨拶に来てくれる。
2時間ほどよもやま話に花が咲いた。
2020年01月01日 (水) | Edit |
無事新しい年を迎えることができた。
残りの人生がどれほどかわからない身にとって、新年はまた少し先が伸びたような気になるから不思議だ。
去年1年を振り返っても、自然災害や人災で突然命を奪われた人が数えきれないほど発生した。
その中の一人に自分が加わっていたとしても不思議ではない・・・。
今日は朝から青空が広がり、浅間の山々も雲にかからずスッキリと見えた。
田舎暮らしを始めて10余年、こんな景色を眺められるだけでも、移住してきてよかったと思う。
朝の浅間山
朝は、食卓におせち料理が出た。毎年同じようなものだが、これがないと新年を迎えた気にならない。
岩手の師匠から送られたアユを解凍して作った甘露煮も添えられた。
お正月なので、一升瓶のお酒を開けて朝から飲んだ。
おせち
恒例のニューイヤー駅伝を見ていたが、午後1時過ぎ勝敗も見えてきたので、新年初のリハビリウォーキングに出かけた。
風もなく寒さもほどほどのリハビリウォーキング日和だ。
ただでさえ車の通りが少ない田舎道だが、元旦で車の通りもなく、すれ違ったのはウォーキングをする男性一人だけだった。
いつもより少し多めの1時間15分歩いて家に戻った。
歩きながらバアと今年はどこか長期で出かけられるところはないか、と話し合った。
具体的な案が出たわけではないが、旅行も健康でなければできない、まずはその健康を維持することが一番だ。
数年前から1年の計を立てなくなった。
1年という長いスパンで計画など立てられなくなってきた。
先を見ないで、一日一日を生きることのほうが精一杯になってきたと言ってもいいだろう。
せめて後ろ向きになるのだけは控えるようにしよう。
2019年12月31日 (火) | Edit |
1年の締めくくりの大晦日を迎えた。
若い時には、毎年当たり前のようにこの日を迎えていたが、70代にもなると、無事この一年も命を永らえたことを噛み締めるような気分になる。
マスコミに数多く顔を出していた人たちの訃報を聞く1年でもあった。
中には同年代やジイよりさらに若い世代の人もいた。
70代はかつては古稀といわれていたことを思えば、もういつ死んでもいい年ということでもある。
そこまで覚悟ができているわけではないが・・・。
今朝7時に起きてデッキの温度計を見ると、すでに10℃になっていた。
大晦日に長野でこんな気温になったことは初めてだと思う。
春先に吹くような南風が少し強く吹いていた。
カミちゃんが、9時にオープンするコメリに、駐車場の車止めを買いに行くというので、他にトラロープやペグを買う必要もあるので、一緒に買いに行くことにした。
8時半に家を出てカミちゃん家に行き、ジイの車で東部湯の丸インターの近くのコメリに行った。
道路が空いているので9時10分前に着いてしまった。
他にも早く来ているお客さんもいたので、5分前にはお店を開けてくれたので、車止め、トラロープ、ペグを買った後道をはさんで反対側の園芸コーナーに行って、白い玉石なども買った。
10時前から接骨院の玄関に敷くレンガ調の石板を敷き始めた。
はじめに昨日凍土のようになった土を剥がして穴が開いていたところに土を入れて平らにし、その上に砂を敷きならした。
暑いぐらいの気温なので、防寒着を脱いで作業した。
石板のレベルを合わせるのが簡単ではなく、何度もやり直した。
お昼までかかりそうだったので、途中で長女夫妻には年末の買い出しに行ってもらった。
12時までかかってなんとか8枚の石板を敷き終わった。
どうやっても完ぺきにはならなかったが、そこは素人なのだから仕方がない。長女夫妻にはこれで許してもらうしかない。
お昼になったので家に戻って昼食を取った。
お昼前から黒い雲が空を覆い始めて、少しずつ気温が下がってきていた。
午後1時前に家を出ると雨が落ち始めてきた。ときおり白いもの混ざっている。
午前中は異常な暖かさだったのに、午後は北風に変わってぐんぐん冷えてきた。
午後は木製の柵の植え込みをした。
買物から帰ってお昼を食べ終わった長女夫妻も手伝ってもらって、石板の周りや建物に近いスペースに砕石や玉砂利を敷いた。
玄関前の石板
そのあとは駐車場のトラロープの貼り付けと車止めの設置の作業をした。
当初5台が停められる計算をしていたが、実際には4台ぐらいしかスペースがなかった。
さらにフィットとN-boxを並べて置いてみると、車と車の間に余裕がなかった。結局余裕で置ける3台の駐車ができるようにした。
それで置けないほどお客さんが来るようなら、敷地が広いので他にも置ける場所はある。
駐車場
全部作業が終わったら4時になっていた。
途中から寒くなって顔や耳が赤くなるほどだった。
終わった後はすぐに家に戻った。バアが恒例のおせちづくりを終わらせていた。
あとはジイが担当の栗きんとんや松前漬けを作るのみだった。
一息入れてから早速栗きんとんと松前漬けを作った。
1時間ほどで完成した。松前漬けは味が染みるのに一晩かかる。
いつもの夕食の時間に、年越しそばとおせちの一部の煮物を、ワインを開けて飲みながら食べた。
年越しそば
この一年、3月の左足の静脈瘤の手術から始まり、6月には鼠経ヘルニアの手術で3日間入院した。
初めての入院と言っていいだろう。
8月には右ひざを痛め、整形外科で変形性膝関節症と診断された。
小康状態を保っていたが、1か月後の9月に写生に行っているときに下り坂でグキッと右膝を痛めてから、2か月以上整形外科に通ったが痛みが引かず、膝に水が溜まって、整形外科に行くたびにその水を抜いてもらった。
一向に痛みが引かないので整形外科を変えて、ステロイド注射を打ってもらったら2日もしないうちに痛みと腫れが引いた。
年末になってようやく健康と言える状態になった。
この一年はそういう意味で肉体的には大きく変化し、年相応の状態になったと言える。
年の割に若いと自負できなくなった。
来年は、亥年も終えて子年になるので、若さに暴走することなく、身体をいたわって無理をせず、好きなことをするように心がけよう。
2019年12月30日 (月) | Edit |
朝起きた時は曇っていたが、そのうち雪が降りだした。
湿った大粒の雪なので、畑があっという間に白くなってきたが、積もる雪ではなかった。
昼過ぎまで降ったり止んだりしていたが、雪は残らなかった。
朝の雪
午後になって雲が薄くなって明るくなる時もあった。
空の一角に青空が見えたときもあり、また虹が出ているかもと、外に出て北東の方角を眺めてみたが虹は出なかった。
雨上がりのあと、畑から湯気があがっていた。
雨上がりの湯気
昨日から師匠からいただいたアユの解凍をしていたのが、完全に融けたので、2尾はお昼に塩焼きにしていただき、残りは甘露煮にした。
お昼に食べた塩焼きのアユは、秋の落ちアユなので味がどうか、と師匠は言っていたが、どうしてどうしてお腹には卵も入っていて、すごくおいしかった。
アユの塩焼き
送ってもらったアユの数が多く、我が家の圧力鍋では小さすぎるので、長女の家から大きめの圧力鍋を借りてきて、それで甘露煮を作り始めた。
夕方には出来上がったので、夕食の時に試食してみたが少し骨が硬かった。
どうやら圧力鍋の使い方を間違えたようで、カミちゃんに聞いたら蒸気が抜けてしまう位置にレバーをセットしてしまったようだ。
夜からもう一度圧力をかけ直して煮直した。
圧力をかけ終わった後、もう一度弱火で煮込んだが、1時間のセットしておいたら煮詰めすぎてしまい焦げ付く寸前だった。
午後4時ごろカミちゃんから電話があって、玄関前の凍っていた土をスコップで掘り起こしているという連絡があったので、すぐに飛んで行った。
昨日買ってきた石板を敷くのに水平に土を削らなければいけないので、二人で水平になるようさらに土を削ったり、削り過ぎてへこんだところを客土したりした。
そのうち薄暗くなってしまったので残りの作業は明日にすることにした。
玄関前
2019年12月29日 (日) | Edit |
今朝は放射冷却でマイナス8℃まで気温が下がった。
これだけ冷えると、裏のため池の水が凍る。今朝は全面結氷していた。
毎日来ているシラサギがさすがに今日は来ていなかった。
全面結氷したため池
家の掃除を終えた後、11時過ぎからリハビリウォーキングに出かけた。
空気が冷えて澄んでいるせいか山並みがすっきりして見える。
雪を被った山を眺めながら、田舎道を歩くのは気分がいい。
去年あたりまで1時間15分以上かかって歩いていたコースを、ジャスト1時間で歩いてきた。
近頃は、バアが先導してジイが後ろをついていくほうが多くなった。
バアは登り坂になると遅くなり、ジイは下り坂になると遅くなる。
ジイは下り坂のほうが膝にかかる負担が大きくなるために遅くなる。
リハビリウォーキング
午後からカミちゃん家に行き、接骨院の玄関周りをどのように外構工事するか、実際にホームセンターに行って、売っている材料を見て決めることにした。
バアも一緒に行ってもらうので、車2台でジイが先導して出かけた。
はじめに家から近い丸子のデーツーに行った。
ここでは、実際に展示されている石材や敷砂利などをカミちゃんにも見てもらった。
次に上田のカインズホームに行き、展示されている敷石の中からこれぞと思う石材を選んで購入した。
境目を区切る木製の柵や砂利や山砂も買い、2台の車の荷台に分けて乗せて帰った。
カミちゃん家に戻って買ってきた石材や柵などを仮置きしてどのように配置したら見栄えがいいか検討した。
石材を据え付けるのに、土を削らなければならないが、26日の夜からの冷え込みでさらに土が凍って硬くなっていて、簡単には削ることができない感じだ。
年内は硬くて無理そうなので、年を明けてから作業することにした。
買ってきた石材
2019年12月28日 (土) | Edit |
今朝は快晴に近い天気になった。冷え込みはマイナス3℃でそれほどでもない。
昨日のあれた天気は、浅間連山など山裾まで雪をもたらしたようで、山全体が白くなっていた。
特に浅間山や烏帽子岳などの山頂部分は真っ白になっていた。
浅間連山の雪
午前中上田に買物に出かけた。
カインズで、新聞や雑誌、段ボールなどリサイクル資源を出してきた。
家の倉庫もこれでスッキリした。
アリオはたくさんのお客さんであふれていた。
学校も休みなっているし、9連休の最初の休日なので、子ども連れのお客さんが多かった。
動きが素早い子供たちがいるので、足や腰に不安のあるジイやバアには歩いていても恐怖感がある。
お正月の気分が湧くおせち料理の食材などを買った。
昔ほどたくさんは食べられないので、量は控えたほうがいいのだが、売っているものは少量だけというのが少ないので、またあったとしても割高になってしまうので、気が付けば食べ切れるだろうかと思うほどの量の買物をしてしまった。
これでも1年に一度のことだからまぁいいか・・・。
レジで領収書と一緒に30日、31日の5%引きの割引券を渡された。
これでもかと購買意欲を掻き立てる算段か?
今年は、次女家族も年末年始のどちらかで来ていたのが来れないということで、二人だけで新年を迎えそうだ。
午後、カミちゃん家に、接骨院の玄関の外構工事をどのようにするか、相談するため出かけた。
カミちゃん家に着くと、二人が買物から帰ったばかりだったので、近くを20分ほどバアとリハビリウォーキングをしてから打ち合わせをした。
一昨日敷きならした駐車場の砕石が、凍って硬くなっていた。
機械で圧し固めていないので仕方がない。
しばらく自分たちの車を出入りさせて固めるしかない。
外構工事は、晴れの日が続いたときにやるしかないかも・・・。
今日の最高気温は3℃までしか上がらなかった。
2019年12月27日 (金) | Edit |
今日は朝から空が荒れ模様で、雨雲の流れが早かった。
陽が差したかと思うと、雨が降りだしたり、みぞれになったりと変化が激しかった。
太陽光の発電の状態を表すモニターのグラフがその変化をグラフに表していた。
荒れ模様の空 発電モニター
午前中、ジイ小屋で来年の東京展に向けて描く絵用の紙を準備した。
今回初めて50号のFサイズで描くつもりでいる。
Pサイズと違ってFサイズは縦の長さは同じだが横の長さが広いので、今まで使っていた木枠が使えない。
市販のベニヤ板などは90㎝で、1㎝足りない。のりしろを入れるとさらに2,3㎝足りないので、ベニヤ板と同じサイズの加工しやすい断熱材のポリスチレンフォームをカットして間に足りない分をつぎ足し、ガムテープで張り合わせた後、ベニヤ板で裏打ちした。
画用紙は水張りできないので、4辺をマスキングテープで留めた。
サイズは大きいが木枠より軽くなった。
ただ問題は、今持っている50号の額縁ではサイズが小さくて、絵の周りを縁取るマット紙を使うと、絵をだいぶカットしなければならない。
と言って新しい大きな額縁を買う余裕もないし・・・。
F50号の画用紙 裏打ち
午後3時に佐久の整形外科のリハビリテーションに予約してあったので、2時過ぎに出かけた。
バアが一緒に行って、途中のイオンで買い物をして待っていることになった。
リハビリは予約制になっているので、ほとんど待たされることなく理学療法士のリハビリを受けた。
膝関節の構造と動きについて、模型を使って詳しく説明してくれた。
筋肉の強化する場所やその動きについても実際に足を動かしながら教えてくれたので、普段家で自分でやるべきこともよくわかった。
最後に電気治療のおまけも含めて45分間やってもらった。
ちょうど1時間ほどで佐久のイオンに行くとすぐにバアと合流できた。
買物をしたりスタバでコーヒーを飲んだりして待っていたようだ。
家に着く頃には日没になって薄暗くなりかけていた。
2019年12月26日 (木) | Edit |
朝7時に起き、朝食の準備をしてから上八重原公民館にプラごみを出しに行った。
気温はマイナス2℃だった。公民館に着く頃になってようやく車の暖房のスイッチが入った。
公民館から戻る途中、雲の切れ目から朝日が部分的に射していて幻想的だったので、車を停めて写真を撮った。
家に戻ってきたときには雲が広がって光は射さなくなっていた。
幻想的な朝日
今日はカミちゃん家の接骨院の駐車場の地ならしをすることになっていたので9時過ぎに出かけた。
最初にスコップを入れると土が硬くて刃先が土に入らなかった。
ミニ耕運機でやってみるが初めのうちは同じような状態で、回転する刃が反動するように跳ねた。
何度かやるうちに削れてきたので、再びスコップで掘り返すと、板状の土がはがれた。
なんということはない、土が寒さで3㎝ほど凍ってまさに凍土になっていた。
凍土になった土
看板屋さんの対応をしていたカミちゃんが15分ほどで看板屋さんが帰った後、手伝ってくれたのでそれからはどんどん作業が進行した。
さすが若くて力があるのでジイが一人でやるより素早く掘り返してくれた。
午前中でほぼイメージ通りの地ならしができた。
砂利を入れる前の地ならし
砂利屋さんに連絡したら、午後1時には砂利を届けるということになったので、急いで家に戻ってお昼を食べた。
一休みして1時前にカミちゃん家に行くと、間もなく2トンダンプに砕石を積んで砂利屋さんがやってきた。
最初の1杯を下ろした感じでは、3杯ぐらい必要と思われた。
2トンダンプ
大きな一山に降ろされた砂利をカミちゃんと二人でスコップを使って敷きならした。
約1時間かけて汗だくになりながらやった。
2台目のダンプが来る前に、いったん家に戻りバアを乗せてもう一度カミちゃん家に行った。
ちょうど2台目のダンプが砕石を下ろして帰るところだった。
懸案事項だった今度はカミちゃんの指示で、ダンプから砕石を下ろすのに少しずつずらして4つの山に下ろしたので、あとの作業が楽になった。
最初の目見当では3台分必要かと思ったが、2杯で駐車場のほか接骨院と母屋の間のスペースにも砕石を敷きならすことができた。
途中から雨が降ってきたが、カッパを着るほどの雨でもなかったので最後までやり切れた。
砕石の敷き均し作業 駐車場の敷き均し完成
午後4時近くなったので、道具を片付けてバアと家に帰った。
駐車場をどのように整備するか懸案事項のひとつだったが、意外と経費がかからず仕上げることができ安堵した。
最初に考えていたアスファルト舗装だとかかる費用は、砕石を敷くよりも一桁以上になっただろう。
接骨院の玄関のところだけは、あとでジイのイメージでDIYでやらせてもらうことにした。
2019年12月25日 (水) | Edit |
久し振りに12月下旬の寒さが戻った。
最低気温はマイナス7℃で、裏のため池が全面結氷していた。
ため池
朝食の後、北御牧郵便局が開くのを待って出かけた。
昨日出来上がった年賀状を出しに行くのと、宛名データがおかしくなって印刷にずれや間違いが出た年賀状を交換してもらいに行った。
昔は書き損じなどのハガキの交換は2円だったが、今日は5円かかった。
とりあえず年末の懸案事項の一つが終了したので、家に戻った後、家の大掃除に取り掛かった。
最初に掃除を始めたのは浴室だ。
ここ数年、寒くなる年末より少し前に掃除をするようにしていたが、今年は膝の痛みが長引いてなかなか掃除をする気になれなかった。
風呂場は、水垢やカビなど油断するとすぐに発生してしまうので、日ごろから心がけてこまめに掃除するほうがいいのだが、わかってはいてもできないのが、凡人のはかなさだ…。
簡単に終わらせて次の場所に移るつもりが、お昼近くまでかかっても終了できなかった。
今日は長女夫妻が、クリスマスを祝って昼食会を企画してくれていた。
もう数年も前に、長女がネットで調べて丸子の音楽村のフレンチレストランで食事をご馳走になったことがあるが、どうやら同じお店をまた予約してくれたらしい。
当時も今も土地勘がない長女夫妻は同じ店とは思わなかったようだが、音楽村にあるフレンチレストランはそこしかない。
ル・ポタジェという名前までは記憶がなかったが・・・。
ル・ポタジェ
今日は下戸のカミちゃんが運転手役ということで、ワインをいただきながらの食事となった。
前菜は、大根やハクサイなど季節の野菜にゴルゴンゾーラを乗せたもので、初めて食べたがなかなかおいしかった。
アオカビのチーズの好きなバアはにんまりだ。
ワイン 前菜
次のスープは落花生のポタージュで、口に入れると落花生の香りが広がって、思わず「うまい」と声を出してしまった。
メインディッシュは、魚料理は真鯛、肉料理は牛肉というので、二つを頼んでバアと半分ずつ食べあった。
最後のデザートまで全員一つも残さずきれいに食べた。
スープ 真鯛 牛肉
午後1時の予約だったせいかお店は貸し切り状態で、食事を終えてお店を出るまで1時間半近くゆっくり食事とおしゃべりを味わうことができた。
長女夫妻がごちそうしてくれるというので甘えることにした。
食事のあと音楽村の公園を散策してからカミちゃん家に戻った。
物置の中に、接骨院の玄関の上に掲げる看板にしたい板があるというので、それを見ると相当古い板で汚れがしみになっていた。倉庫にあるグラインダーで、表面の汚れを落とす実演をした。
あとはカミチャンに仕上げてもらおう。
その後自宅に送ってもらって、風呂掃除の続きをしていたら長女から電話がかかってきて、接骨院の駐車場に入れる砂利屋さんが現場を見に来るというので立ち会って欲しいとのことだった。
まだ酔いが醒めていないのでまたカミチャンに迎えに来てもらった。
大型のダンプで運ぶか、2トンのダンプで複数回運ぶのかによって値段が違うようだ。
結局2トンの小型ダンプで2回運ぶぐらいの量ということで明日見積もりと車の手配状況を連絡してもらうことになった。
場合によっては明日の午後にでも運んでくるような話なので、明日は朝から駐車場の土をもう少し削る作業をしなければならなくなった。